テラーノベル
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デリス子爵領の麦畑が圧巻の黄金色で、皆の目を楽しませる頃、ナーシャは3歳になる息子のヒューズを連れて麦畑のある場所へ向かった。
畑の見える少し手前で馬車を降りて、そこからは歩いて向かう。
トテトテと前を歩くヒューズを、追い越さないように気をつけて、手を伸ばせば直ぐに支えられるほど近く彼の後ろを歩くナーシャ。
偶に、道の端っこに座り込もうとするヒューズを、誘導するように声をかけ、軌道修正を繰り返して目的地に着いた。
そこの畑は少し小高い場所にある何も植えていない畑。ナーシャはジェストと話してその場所をヒューズの為に空けていた。
何も植えていないから自由に走り回るヒューズ。
それを設置されているベンチに座りナーシャは眺めている。
しばらく燥いでいたヒューズも流石に疲れたのか、ナーシャのそばにやって来て隣に座ろうとベンチによじ登り始めた。
護衛が手を出そうとするのを、ナーシャは手で制して、ヒューズを見守る。
漸く登れたヒューズは、ナーシャにニコリと笑う姿は、大変満足した達成感を得られた笑みだった。
「ヒュー、良くできました」
ナーシャがヒューズの頭を撫でながら褒めると、ヒューズは誇らしげに鼻を膨らませ胸を張る。
「きでい!」
小高い場所だから、そのベンチからは麦畑の黄金色がよく見える。舌足らずのヒューズがそれを見て、綺麗と感想を口にしながらパチパチと拍手をして喜んでいた。
拍手のあとは頭を揺らして、歌を歌い始めた。使用人棟に住む子ども達がよく歌う即興の節だった。
「きでいねぇ♫きでいねぇ♫」
陽の光に輝く金色の髪はナーシャ譲り、何事にも興味を持って煌めかせるコバルトブルーの瞳は、ジェストにそっくりだった。
まるで絵本に出てくるような天使のヒューズ。
ナーシャは、ヒューズと一緒に麦畑を眺めながら今日も幸せを感じている。
「あで!」
ヒューズが何かに気付いて指を差して声を張り上げた。麦畑の一画を領民たちが収穫し始めていた。丁度今日が収穫日だったのだろう。
「麦を刈入れているのよ」
「むぎ?」
「そうよ」
「ふうん」
麦畑を差しているヒューズの指を握って、そのまま手を繋ぐ。
ヒューズが頭を振りながら再び歌い出す。
「きでいねぇ♫むぎーきでいねぇ♫」
知ってる節に無理に仕入れた情報を詰め込むから、変な拍子の歌になっているが、ヒューズがご機嫌だから良しとする。
ナーシャは、ヒューズの歌を聞きながら呟いた。
「領民の皆が働いてくれているから、私はこんなに幸せなのね。有り難いことだわ」
「あじがちゃい」
「有り難いよヒューズ」
いつもは訂正しないナーシャに、不思議そうな顔を向けるヒューズに、ナーシャは祖母から受け継いだ言葉を教える。
「ヒュー、見て。あのように領民のみなさんが働いてくださるから、私達は生きていけるのよ」
キョトン顔のヒューズに、少し難しかったかとナーシャは思ったが、続けることにした。
「ヒューのこのお洋服も、このお靴も、ほらポケットに入ってる飴もね。ああしてみんながヒューのお祖父様やお父様を信じて働いてくださるから、ヒューは買ってもらえるのよ」
「ちんじて?」
分かっているか自信はないが、ナーシャが一番伝えたいことをヒューズは口にした。
「そうよ、私達を信じて働いてくださるの。だからねヒューも彼らの期待に、応えなければ行けないわ」
ナーシャの言葉に、ヒューズは、空いてる片手で胸に手を当て、ポケットから飴を出し、靴には手が届かないようで膝を触って、それからナーシャを見上げて頷いた。
小さなヒューズはまだ3歳だから、この言葉を直ぐには理解できないかもと思ったが、彼なりに何かを感じ取ってくれたかもしれないとナーシャは思った。
そして握ったままのヒューズの手に、少しだけ力を入れて、ナーシャは空を見上げて祖母に話しかけるように呟いた。
「私幸せだわ」
「わたちも」
思いもかけない可愛い合いの手に、ナーシャは嬉しくて破顔した。
その時、駆けてくる足音がしてそちらを見ると、ジェストが手を振りながらこちらに向かって走ってくる。
ジェストに気付いたヒューズは、早々と抱っこをせがむように手を広げている。
黄金色が風にそよいで揺れていて、ナーシャの幸せはずっと続くよと、語りかけているように見えた。
end
コメント
2件

最後まで読んで頂きありがとうございました☺
第37話エピローグ、読み終わったよ…! もう、めちゃくちゃ沁みたわ。 ナーシャがヒューズに「領民が働いてくれるから私たちは生きていける」って教えるシーン、胸にグッときた。祖母から受け継いだ価値観を、今度は3歳の息子に伝えるって、この物語の根っこがそこにあるんだなって思った。 ヒューズの「わたちも」って返しで完全にやられた。小さな手で飴や靴に触れて「しんじて?」って確認するところも含めて、もう尊すぎる。 ジェストが手を振りながら走ってくるラストの風景、黄金の麦畑と重なって、ずっと続く幸せがそこにあるって感じがした。完結、おめでとうございます! 本当にいい話だった。