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悠真くんは木曜日、一日がかりでロケ、金曜日から週末にかけ、映画の御礼舞台挨拶のため、京都・大坂・兵庫の映画館を行脚するという。つまり、メッセージアプリで連絡を取り合うことはできるが、直接会うことはできない。
告白に対する返事。
それはやはり直接会って伝えたい。
そう思ったのでまだ悠真くんと私は恋人同士ではないのだけど……。でも恋人同士のような甘いメッセージのやりとりが続いている。「鈴宮さんを抱きしめていないと、熟睡できません」とか「また一緒に朝食を食べたいです」とか「鈴宮さんの手料理が恋しい」とかもう……。
会社では絶対に見ることができない!
見たら最後、頬が緩むことを押さえられないだろう。
だから仕事が終わった後に……。
「鈴宮先輩、行きましょう! 中村先輩は出先からお店へ向かうんですよね? 私が景品とか運ぶのを手伝いますよ」
「! そうね。ありがとう、森山さん」
「あ、僕、中村先輩から荷物運ぶの手伝うように言われています。僕も手伝いますよ」
「ありがとう、岡本くん、助かるわ!」
仕事が終わった後は、ボージョレ・ヌーヴォーの飲み会。
絶対届いているだろう、悠真くんからのメッセージを見る時間は……残念ながらない!
三人で景品を抱え、お店へ向かうと、入口で中村先輩が待っていてくれる。店員さんとも話し、荷物を運び込み、用意を整え……。
「では、今年も恒例のボージョレ・ヌーヴォーの飲み会、始めたいと思います! 速報によると、今年は例年になく春夏に気温が高温で推移し、雨にも恵まれたことで、葡萄の発育はよかったそうです。その結果、よりフルーティーで雑味のない味わいに仕上がったとのこと。その味は……これから皆で確認しましょう」
中村先輩がそう声をかけ、部長の音頭で乾杯し、ボージョレ・ヌーヴォーの飲み会がスタートした。
もう乾杯の後から、幹事の私と中村先輩は大忙し。
基本、ボトルで届いてくれるので、近くの席同士でワインを注ぎ合い飲んでもらうが、空になったボトルを片付け、追加で注文し、お偉い様にはお酌をしに行く。そして開始40分ぐらいで、イントロクイズも始まり……。
2時間半は、あっという間に終了。
お偉い様は帰り、既婚者も帰宅、独身の若手を中心に二次会となった。
二次会はイタリアンのバーで、アルコールは勿論、フードメニューも充実している。イタリアンのお店であるが、ボージョレ・ヌーヴォーも置いてあり、女性達は引き続き、ワインを楽しんでいる。男性はハイボールやサワーを頼んでいた。
「鈴宮先輩、ボージョレ・ヌーヴォーもいいんですけど、当たり年の2016年のイタリアンワインがありました! どうぞ」
森山さんが持ってきてくれたイタリアンワインは、確かに美味しい!
美味しいが……。
お腹空いたな……。
なんだかんだで最初のカナッペとチョリソーを摘まんだぐらいで、後はワインを飲み、忙しく動き回っていたから……。
「鈴宮」
中村先輩に手招きされ、バーカウンターの影にひっそりあるスタンディングテーブルに向かうと……。たっぷりのチーズに生ハムとトマト、バジルが薫る焼き立てのピザが!
「ろくに食べていないだろう? だからこれは俺と鈴宮、つまり幹事専用。みんなには悪いけど、俺達二人で食べさせてもらおう。これだけ別会計にしてもらったから」
「わあ、ありがとうございます! 丁度、お腹すいたぁって思っていたところなんです」
「ベストタイミングだったな」
中村先輩は、さっぱりな味わいのモヒートのグラスを私に掲げる。私はワイングラスを掲げ「「乾杯!」」と声を合わせ、それぞれのアルコールを口にした後、出来立てもちもちのピザを口に運ぶ。
「うううんんん! 美味しいです!」
「これは……バーで出すフードのレベル超えているな。本格的で旨い!」
中村先輩と二人、あっという間に平らげてしまう。
おかげでお腹は満たされた。
「本当に鈴宮は、食べている時に幸せそうな顔をするな」
「それは……! 食品会社に就職したぐらいですから。食べるのは大好きですから」
私の言葉に、中村先輩はスポーツマンらしい爽やかな笑顔になる。
「鈴宮の笑顔を見ながら食べる飯は、本当に美味しく感じるよ」
「ありがとうございます! でも中村先輩が行くお店が、味の名店だと思いますよ」
「それもあるけど、鈴宮の笑顔がいいスパイスだよ」
ワインを何杯も飲み、いつもより気分が開放的になっていた。
それもあって、中村先輩の褒め言葉も、気軽に受け答えできている。
「鈴宮はさ、どう? 俺との食事」
「そうですねー。いつも美味しいお店に案内くださるので、大満足ですよ」
「いや、そうじゃなくて」
苦笑した中村先輩は、真顔で私に尋ねる。
「俺との食事、鈴宮は楽しんでいる?」
「それは勿論!」
「そっか。それは良かった……」
そこでモヒートをゴクリと飲んだ中村先輩は、こんなことを提案した。
「俺が住んでいるマンションさ、外国人向けで。キッチンにデフォルトでオーブンがついているんだよ。七面鳥とか焼けそうなでかいやつ。それでピザも、窯焼きに負けないぐらいカリカリに焼くことができるんだ」
「へえ~、すごいですね! そんなに大きなオーブンが備え付けであるなんて」
「ピザも一人じゃ食べきれないサイズを焼ける。しかもホームベーカリーがあるから、生地から手作りできる」
食品会社に勤務しているからなのか。わりと料理男子が会社には多い。スポーツマンで料理好きという男性が多かった。
「じゃあ、中村先輩、料理男子ですね」
「まあな。……それでさ、ピザ、一人じゃ食べきれない。だからどうだろう。食べに来てくれないか?」
「え、それって、中村先輩が作る手作りピザを食べさせてくれるってことですか?」
中村先輩は「そう」と頷く。
「わー、それ、すごいこと聞きました! いつですか、いつ行っていいですか!?」
いつの間にか森山さんと何人かの女子が、私達のところへ来ていた。そしていつ食べに行っていいのかと大騒ぎしている。
その結果。
なんと明後日の日曜日。
中村先輩のマンションにお昼に遊びに行くことが決定していた。
みんな土曜日は予定をいれる。
でも日曜日は予定をいれないことが多いようだ。
ほぼ二次会に来ていたメンバー全員が、中村先輩のマンションに行くことが決まっている。
「こんなに大勢が遊びに来るなんて……予定外だけど、でもまあ、うん……が来てくれるのだし」
中村先輩はなんだか独り言をブツブツ言っているが「みなさーん、終電そろそろ意識した方がいいかもです! お会計しましょう~」と岡本さんが言ってくれて、二次会は23時前に解散となった。
駅のホームに着くと、金曜日ということで人も多い。
途中まで一緒の後輩の男女と別れた後。
ようやく、スマホで悠真くんのメッセージを確認することができた。
「大阪、到着!」
「梅田スカイハイビルの空中展望台!」
天気にも恵まれたようだ。大阪の街を一望できる景色の写真が添えられている。展望台から見える風景もすごいが、梅田スカイハイビルという建物自体にも驚いた。SF映画に出てきそうな建物に驚いてしまう。
「鈴宮さんはこのビル、行ったことありますか? なければ僕が案内しますよ。今日はデートの下見も兼ねていると、勝手に思っています」
写真の後に送られてきているメッセージに、悶絶しそうになる。
デートの下見……!
しかも悠真くんが案内してくれるなんて……。
瞬時に妄想は広がり、頬が緩む。
さらに。
「やっぱり大阪ということでお好み焼き!」
現地スタッフの案内で食べたというお好み焼きは実に美味しそう。ピザとは全く違う味と香りを想像すると、満腹のはずなのに。食べたくなってしまう。
「上手にお好み焼きを焼くコツも習いました。
フライパンでもふんわり焼くには山芋を入れる。
裏返した時、上から押さえつけないこと。
蓋をしてしっかり焼くといいとのことです!」
なるほど。本当は鉄板があるといいのだけど、なかなか一人暮らしでは難しいわよね。
「鈴宮さんと一緒にお好み焼きも作りたいです。
それで食べさせてあげたいな。鈴宮さんに。
はい、あーんしてって! 」
これにはもう腰が砕け、車内の通路に座り込みそうになってしまう。
悠真くん、これ、無自覚? それとも確信犯?
ともかく彼は私のことをいとも簡単に瞬殺できる。これは間違いなかった。