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こちらの作品はirxsのnmmn作品となっております
上記単語に見覚えのない方、意味を知らない方は
ブラウザバックをお願いいたします
ご本人様とは全く関係ありません
ゆき@低浮上さまのイラスト案をお借りしました
これがわたしの精いっぱいでした……😢
本当に小説もイラストも凄い方なので、
ぜひ読まれることをお勧めします✨️✨️
2月4日の朝焼けが綺麗すぎたので
書いてみました
雲ひとつない青空
どしゃ降りの雨
あかね色の夕空
空って
人と同じだと思うんだ
楽しいときは
思いっきり笑って
悲しいときは
涙を流して
そんな空を
俺は
手に入れたい
だって、綺麗だから
夜も遅く、
暗すぎて人っ子一人いないこの道を、
俺は寂しく、のそのそと歩いていた。
向かう先は、ないこハウス。
先ほど、いきなり
『俺の家来て』
と、ないこから連絡が入ったからだ。
理由を聞く暇もなかった。
いや、
聞かなかった、が正しい。
ないこが好きだから。
呼ばれたのがないこだったから。
それだけで、
俺はふたつ返事で向かってしまった。
家の目の前に来ると、
タイミングよく連絡が届く。
『鍵は開いているから』
言われた通り、
扉は容易に開き、
俺は静かに家の奥へと足を進めた。
「ないこ、来たで」
そう言うと、
ないこはゆっくりと振り返った。
「まろ。いらっしゃい」
その仕草だけで、
簡単にときめいてしまう
自分が憎らしい。
「何しとるん?」
近づくと、
ないこの手や頬に
絵の具がついているのが見えた。
「絵、描いてた」
短くそう言って、
今はその片付け、と
パレットやバケツを手際よく片付けている。
ないこは、よう朝焼けの絵を描いていた。
メンバーの中でも絵が上手いりうらですら、
ないこの朝焼けには敵わへん、言うくらい。
何回も、何回も朝焼けを描いとるのに、
その絵の中に人がおることは一度もない。
それに、不思議なことに、
朝焼け以外の風景が描かれることも、
ほとんどあらへん。
なんで朝焼けばっかなんか。
なんで、ほかは描かへんのか。
ほんまは、
メンバーみんな気になっとる。
特に、
夜空は朝焼けと同じ部類だと思うんやけど……
せやけど、
ここまで徹底して
朝焼けに行き着く理由が分からんくて、
誰も踏み込めへんまま、
それがいつの間にか
暗黙の了解になりつつあった。
まぁ、
朝焼けが上手すぎて何でもえぇんやけど。
今回はどんなん描いたんかな。
視線をキョロキョロしていると
ないこがん、と
両手がふさがったまま、
どこかを顎で指し示した。
その先には、
一枚の画用紙。
そこには、
息をのむほど綺麗な朝焼けが
描かれていた。
「……また、すごいの描いたな」
「そう?」
パレットをシンクで洗うないこが、
なんでもないことみたいに言う。
その声音が、
この絵を描いた人のものだと思うと、
胸の奥が、どうしても柔らかく痛む。
「俺、こんなん描けへんわ」
朝焼けは、
赤、水色、白、ピンク、青、黄。
俺らのメンバーカラー以上の色が使われ、
言葉には表せないほど複雑で、
見る者の心を鷲掴みにする、そんな色だった。
どれか一色だけじゃ、
きっと、この空にはならへん。
そう思わせるところが、
いかにも、ないこらしい。
ないこの感性は、
相変わらず、ずば抜けているものだと思う。
濡れた手を拭きながら、
ないこがこちらへ歩いてくる。
その距離が縮むたび、
さっきまで見ていた朝焼けの色が、
まだ視界に残っている気がした。
「今日の朝焼け、すごく綺麗だったんだ」
ほら、見てよ。
そう言って、
近くにあったスマホに手を伸ばし、
1枚の写真を見せた。
さっきの絵に
どこか似ているようで、
似ていない。
「今日はね、
月までちゃんと見えてたんだ」
画面の端っこには、
しっかりと輪郭を残した月。
絵の中に描かれていた位置とも、
驚くほど、何ひとつ変わらなかった。
せやけど、やっぱり。
「この写真、ないこの絵とは違うな」
自分でも、
思っていたより静かな声が出た。
その言葉に
ないこがわずかに眉を寄せた。
「あ、下手とか、そういうんちゃうくて」
慌てて言葉を継ぐ。
この人の絵を、
否定したいわけがない。
「絵ってさ、
描いた人の心が表れると思うんよ」
ないこは首を傾げたまま、
何も言わずに、
俺の次の言葉を待っている。
「ないこの絵はさ、
こう、見ている人を包むような、
優しくて、暖かい、絵」
言いながら、
それがそのまま、
ないこのことを言っているみたいで、
少しだけ、目を逸らした。
「……そっか、ありがと」
ふふ、とないこは嬉しそうに笑う。
その笑顔で、
胸の奥の張りつめたものが、
すっと緩んだ。
それにつられて、
俺も少し、笑ってしまった。
そして、
この空気のまま、
何事もなかったみたいに話が続けばいいのに、
なんて思ってしまう。
「そういや、なんで呼んだん?」
そう言うと、
ないこは、あ、と声を漏らした。
「いむ、持って帰ってほしくて」
なんや、
俺だけが呼ばれただけじゃないんや。
その事実に、
勝手に落ち込む。
……にしても、ほとけ?
持ち帰るって、どういうことだ。
俺が不思議そうな顔をしていたのだろう。
ないこは、すぐに口を開いた。
「なんか悩んでそうだったから、
俺の家おいでって呼んで
しばらく話してたら、
疲れてたみたいで寝ちゃって」
その様子が、
妙に目に浮かんでしまう。
ほとけのことだから、
きっと、
また一人で抱え込んでいたのだろう。
「まろなら、いむの家から2分らしいし」
それに、と続ける。
「まろなら来てくれると思ったから」
その言葉は、
あながち間違ってはいないし、
信頼しているということも理解できるから、
嬉しい。
けれど、
胸の奥に、少しだけ引っかかるものが残った。
確かに、
ほとけの家から2分なのは事実だ。
でも、それは結果であって。
実際は、
ないこの家の近くに住みたいと、
そう思っただけなのに。
「……そ、ほな早いとこ
こいつ連れて帰るわ」
少しだけ間を置いて、
そう言うと、
「お願いね」
ないこは、
いつも通りの優しい声で返した。
リビングの隅で、
ほとけはソファにもたれたまま、
気持ちよさそうに眠っている。
「おい、ほとけ。起きろ」
肩を軽く揺すると、
ほとけは小さく唸って、
ゆっくり目を開けた。
「……ぁれ、いふくん……?」
状況を理解していない声。
「帰るで。家」
そう言うと、
ほとけは一瞬だけきょとんとしてから、
申し訳なさそうに目を伏せた。
「……ごめん」
その一言で、
また無理してたんやろうな、と
瞬時に察せられる。
「ええよ。ほら、立てる?」
支えながら立たせると、
後ろから、
ないこの視線を感じた。
振り返ると、
ないこは、
さっきと同じように笑っている。
けれど、
どこか寂しそうに笑っているように思うのは
俺の勘違いだろうか。
結局、それは分からないまま、
俺はほとけを連れて、
玄関へと向かった。
「いふくんさー、聞いたことある?」
歩き出してすぐ、
ほとけが不意に声を上げた。
さっき一人で歩いた道を、
今は二人並んで進んでいる。
……こいつと歩くのは、不本意だが。
「何を?」
ここで興味を示したら
面白がって煽られるのが目に見えてる。
やから、できるだけ、
何でもない風を装って返した。
「ないちゃんが、
朝焼けしか描かない理由。
特に、夜空を描かない理由」
その言い方に、胸が一瞬ひっかかる。
朝焼けしか描かへんのに、
なんで夜空だけ、わざわざ言うんや。
「さぁ……知らんけど」
思いのほか、
素っ気ない声になってしまった。
「僕さ、聞いてみたんだよね」
その一言で、
耳が、はっきりとそちらを向く。
「何でやったん?」
問い返す声に、
ほんの少しだけ、力が入った。
「……綺麗だから、だって」
「それで終わりか?」
「うん。でもさ」
ほとけは前を向いたまま、続ける。
「朝焼け以外は全部描かないのに、
夜空だけ、
なんか特別に避けてる感じしない?」
避けてる。
その言葉が、
胸の奥に、ちくりと刺さった。
「いふくんも聞いてみてよ」
「はぁ?なんで俺が」
思わず、
不満がそのまま声に出た。
すると、
ほとけは肩をすくめて、
別にいいじゃん、と軽く返してきた。
「ないちゃんの夜空、見たくない?
いつも朝焼けばっか描いてさ、
あんなに上手なのに、
夜空は描かないんだよ!?
もったいないじゃん」
悪気がないのは、分かってる。
分かってるからこそ、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
俺は、
あえて一度、ため息をついてから、
口を開く。
「あんなぁ、
そないな野暮なこと、
聞き回るほうがあかん思うんやけど」
考えればわかるやろ、あほとけ。
そう言い切ると同時に、
ほとけの頭を、軽くごつく。
「いった!?」
夜の道に、
その声だけが、
ぷかりと浮いた。
『野暮なこと、聞き回るほうがあかん』
……とは言ったものの。
気になるか、気にならないかと聞かれれば、
正直、気になる。
ほとけと別れてから、
俺は、もう一度外に出て、
夜でも煌々と光るコンビニに立ち寄っていた。
昼間みたいに明るい店内が、
さっきの夜道を、
もう遠い出来事のように感じさせる。
棚にずらりと並ぶ酒類を眺め、
考えるふりをしながら、
無造作に一本、手に取った。
ラベルもろくに見ず、
手に取ったそれをカゴに入れる。
別に、
酔いたいわけじゃない。
ただ、
頭の中を少しだけ静かにしたかっただけだ。
会計を済ませて店を出ると、
自動ドアの向こうは、
さっきまでよりも一段と暗く深い夜だった。
無意識に、
空を見上げる。
雲はなく、
星が、思ったよりも多い。
夜空。
ないこは、
こんな空を見て、
何を思うんやろう。
綺麗やから、
描かない。
そんな理由だけで、
あいつが筆を止めるとは、
どうしても思えなかった。
ポケットの中で、
スマホが重く感じる。
……聞くな、って言ったのは、
俺や。
せやけど。
立ち止まったまま、
少しだけ迷ってから、
俺は画面を点けた。
名前を探す指が、
自然と、
ひとつのところで止まる。
……今夜ぐらい、
ええやろ。
あいつも、前触れなく呼んできたし。
そう自分に言い訳してから、
俺は、
メッセージを打ち始めた。
「おかえり、まろ。
どうした?いきなり飲もって連絡してきて」
「なんとなく、
ないこと飲みたくなったから?」
「何その理由」
思いっきり笑うないこをよそに、
俺は、さっき買ってきた酒を次々に取り出す。
「お、いっぱい買ってきたね」
色も形もばらばらな瓶が並ぶのを見て、
ないこは興味津々といった様子で
身を乗り出した。
その距離の近さに、
胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
「適当や。
どれがええか分からんかったし」
「どれでもいいって言ってるでしょ、
いつも」
見たことないやつばっかだ……
そう言いながら、
ないこは一本を手に取って、
ラベルをじっと見つめた。
「へぇ……こんな味、あるんだ」
差し出されたその瓶に書かれていたのは、
〝夜空の味〟
その言葉を目にした瞬間、
胸の奥が、どきりと跳ねる。
ついさっきの、
ほとけとの会話が頭をよぎって、
まるでそれを見透かされたみたいで。
「……な、俺もびっくりしたわ。
ほら、ないこ、こっちや。
いつも飲んどるやつ」
半ば強引に、話題をすり替える。
「ありがとー」
気づいているのか、いないのか。
ないこは気にした様子もなく、そう言った。
「珍しいわ、ほんとに」
その一言は、
たぶん俺が急に飲もなんて
言い出したことについてだろう。
言えるわけなんかない。
ないこと夜を過ごしたかったからだなんて。
ないこのことをもっと知りたいからだなんて。
そんなことを言えていたら、
きっと、
こんな曖昧な関係がだらだら続いてへん。
自嘲しつつ、
俺もお気に入りの酒を一本取った。
ないこは薄手のカーディガンを羽織り、
夜の窓辺に身を預けている。
グラスを口に運んで、
一口。
「……ん、うま」
その横顔を見ながら、
俺はもう一度だけ、
棚に並んでいた〝夜空〟の文字を
思い出す。
グラスを傾けるたび、
窓の外の夜が、ゆっくりと揺れる気がした。
俺も一口飲んで喉を潤し、
意を決して、ぽつりと切り出す。
「……なぁ、ないこ」
「んー?」
返事は軽い。
けど、視線はまだ夜のほうを向いたまま。
小さく息を吸って、
俺は言った。
「……なんで、
夜空は描かへんの?」
空気が、ほんの一瞬だけ止まった気がした。
ないこはグラスを持ったまま、
くるくると中身を揺らす。
「……どうしたの、急に」
「まぁ……朝焼けあんだけ上手なら、
夜空も上手に描けそうやん?」
否定も肯定もせず、
ただ事実だけを並べる。
しばらくして、
ないこはおもむろに口を動かした。
「別に、描けないわけじゃないよ」
「うん」
「なんか夜空ってさ……」
言葉を探すみたいに、
視線が少し下がる。
「綺麗で綺麗で、
俺なんかが手を入れたら
だめな感じがして」
その声は、
いつもより少しだけ静かだった。
俺は何も言えず、
ただグラスを握る。
「夜空は、
見るのは好きなんだよ」
そう言って、
ないこは困ったみたいに笑い、
でも、と続ける。
「描くと、
自分の中の、
いらない気持ちまで出ちゃいそうでさ」
ちょっぴり苦しそうに話すないこ。
やけど、夜の窓に映るその横顔は、
朝焼けみたいに、
やっぱり優しくて。
だから俺は、
それ以上、何も聞かなかった。
ないこの中にある〝いらない気持ち〟
それを聞いてしまえば、
俺の心も想いもどうなってしまうか
わからなかったから。
夜空の話を打ち消すみたいに、
活動の話やら、メンバーの話やら、
取り留めのない話題を次々と重ねた。
笑って、相槌を打って、
気づけば、
グラスの中身は
いつの間にか半分ほど減っている。
「……んふ、まろ、かっこいいねぇ」
ないこは唐突にそう言って、
くすっと楽しそうに笑った。
酒の飲み過ぎで、
少しばかり眠気を感じ始めてたはずやのに、
その一言で、頭が一気に冴える。
「……飲むペース早いんちゃう?
水、飲んどき」
ほんのり赤くなった頬。
酔ってるからこその言動やって、
分かってる。
分かってるのに、
俺の心は馬鹿みたいにかき乱れる。
「やぁだ、水飲まない。
しょうがないじゃん、美味しいんだもん。
夜空の味」
ふわりと笑うその表情に引き寄せられて、
俺もないこの隣へと歩み寄り、
同じように夜の窓に背を預けた。
並んで見上げた先には、
静かに瞬く無数の星々。
「なぁ、ないこ」
「ん?」
空を仰ぎながら、
ぽつりと、零す。
「……星、綺麗やな」
この想いが、
少しでも伝わればえぇなと、
淡い期待を胸の奥に忍ばせて。
「うん、綺麗だね」
そう返されて、
その声も、視線も、
全部が夜空に向いているのを見て。
……まぁ、そうやんな。
横顔を見る限り、
俺の言葉の裏までは
届いていなさそうで。
胸の奥が、
またほんの少しだけ、沈んだ。
期待してた分だけ、
誰にも気づかれないくらいに、
静かに。
「ね、まろ」
そんな俺をよそに、
ないこは満面の笑みで俺を呼んだ。
「何?ないこ」
返事をすると、
ないこは、
んふふ、と
いたずらっ子みたいに笑って、
突然、俺の手を引く。
「え、え……!?
ちょ、どこ行くん!?」
驚いて声を上げる俺をよそに、
ないこは振り返って言った。
「ないしょー」
「えぇ……」
引っ張られるまま廊下を進んで、
辿り着いた先は、寝室だった。
「……寝室やん」
「うん」
何でもないことみたいに頷いて、
ないこはそのまま電気をつける。
ベッドの脇、
壁際に置かれた小さな棚。
その一番下の引き出しを開けて、
ないこは中から
一冊のスケッチブックを取り出した。
「座って」
言われるまま、
ベッドの端に腰を下ろす。
ないこは向かいに立ったまま、
スケッチブックを胸に抱え、
少しだけ迷うように視線を落とした。
「ね、まろ」
「ん?」
「……まろはさ、俺が夜空、描いてないって
言ってたけど」
ゆっくり、ページを開く。
そこにあったのは、
完成していない線。
塗り切られていない色。
でも、
見間違えるはずもない。
「……夜空やん」
ないこは、少し照れたように笑った。
「途中まで、ね」
そう言って、
指先でページの端を押さえる。
「描いてるとさ、
どうしても……
見てほしい人の顔が浮かんじゃって」
その言葉に、
喉が、きゅっと詰まる。
「だから、完成させられなかった」
ないこは顔を上げて、
まっすぐ俺を見た。
「でもね。
今なら、いいかなって思った」
夜は、
まだ終わっていない。
終わらせなくていい。
パレットの上に、
幾つもの青が並べられる。
濃い青、
淡い青、
夜に溶けるみたいな青。
ないこは踊るように筆を走らせ、
迷いなく、空を広げていく。
俺はただ、
その様子を眺めているだけでよかった。
途中で、
手に絵の具がついても。
頬に色が跳ねても。
ないこは気にも留めず、
一度も筆を止めない。
楽しそうに、
夢中になって。
これが、
ないこの夜空。
誰かに見せるためじゃなく、
誰かを想いすぎてしまった夜の色。
その一瞬を見られたことが、
今はもう、
何よりも嬉しかった。
黙々と、
一言も発さずに描き続けて。
やがて、
ふっと筆が止まる。
「……できた」
そう、独り言みたいに呟いて、
ないこはゆっくりと息を吐いた。
俺は少しだけ間を置いてから、
そっと近づく。
「……見ても、えぇ?」
一瞬だけ迷うように視線を伏せて、
それから、こくりと頷いた。
キャンバスの前に立った瞬間、
言葉が、喉で止まった。
深く沈む青。
静かに瞬く星。
そして
その中心に、淡く浮かぶ月。
朝焼けとはまるで違うのに、
確かに、ないこの色だった。
俺はしばらく黙ったまま、
その夜空を見つめてから、ぽつりと零す。
「……この月、綺麗やな」
思っていたより、
ずっと素直な声だった。
ないこが、少し驚いたように俺を見る。
「そう?」
「うん。
主張しすぎんのに、
ちゃんと、そこにおる」
そう言うと、
ないこはキャンバスの月と、
窓の外の夜空を見比べて、
小さく笑った。
「まろっぽい感想」
「なんでや」
「大事なとこ、ちゃんと見てるから」
その言葉に、
胸の奥が、きゅっと鳴る。
俺はもう一度、
その夜空に視線を戻した。
どこか、不安定で、
でも
不思議と目を離せない、そんな絵。
「……ないこの絵は、
朝焼けでも夜空でもない、ないこの絵やな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
ないこは一瞬だけ目を見開いて、
それから少し遅れて俺を見る。
「何それ」
そう言いながら、
照れたように、でも嬉しそうに笑った。
「優しくて、
ちょっと寂しそうで、
せやけど、ちゃんと前を向いとる」
その言葉に、ないこは何も返さない。
ただ静かに俺の隣へ来て、
肩が触れる距離で、同じ夜空を見つめる。
「ね、まろ」
「ん?」
「この夜空さ……
まろみたいで、綺麗でしょ?」
その一言で、
胸の奥が、はっきりと音を立てた。
「俺にとっての夜空は、まろだもん」
そう言って、ないこはにこりと笑う。
「だから、描かなくていいんだ」
続く声は、穏やかで、どこか決意めいていた。
「俺は、夜空の先にある朝焼けを描くだけ。
夜空は綺麗で綺麗で仕方ないから、
描かないの。
描いたら気持ちが溢れちゃうから」
そこまで聞いたところで、
もう、考えるより先に体が動いていた。
そのまま、
ないこを引き寄せて、
ベッドへと押し倒す。
「……っ」
小さく息を呑む音。
ないこは一瞬、
何が起きたのか分からないみたいに
目を瞬かせたまま、
ただ俺を見上げている。
酒で少し熱を帯びた瞳が、
焦点を探すように揺れて。
「……ま、ろ……?」
名前を呼ぶ声も、
どこか間が抜けていて、
まだ状況を飲み込めていないのが
はっきり分かった。
その無防備さが、
もう戻れへん場所を指している気がした。
「それ、期待してえぇの?」
そう問いかけると、
数拍遅れて、
ないこの表情が、ゆっくり意味を理解する。
それから、ふっと力が抜けたように笑った。
「ねぇ、まろ。
月はずっと前から綺麗なんだよ。
そんぐらい、知ってるでしょ?」
三日月みたいに弧を描くその唇に、
俺は
迷いなく、口づけた。
夜は、
まだ終わらない。
でも、
これ以上、言葉はいらなかった。
重なった唇の温度だけが、
確かにそこにあって。
窓の向こうで、
月は変わらず、静かに輝いている。
ずっと前から、
綺麗だったもの。
そして今、
ちゃんと
隣にあった。
夜空は、
もう、ひとりで描くものじゃない。