テラーノベル
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臆病に震えていたのは自分だけでは無かった事を知り、ナッキは少しほっとしていたが、それでもまだ尚、彼の小さな体は震えを止める事が出来ないままだった。
鮒達は、言いたかった事を言い終わると、段々静かになり、只ナッキの周りでお互いの顔を見回したりしていたが、この間黙り続けていた最初にナッキに声を掛けた一匹が、待っていましたとばかりに口を開いた。
それはヒットだった。
「なあ、ナッキ、皆が恐いと思っている事は俺も恐いさ! ほらアレだろ? 釣られるなんて死そのものだからなぁ、それにさ、オーリも学校で口にしていたけど、ニンゲンって生き物の残虐さ、この世界がそんな悪魔みたいな物の存在を許して居たなんて、恐怖を通り越して絶望すら感じているぜ? だけどさぁ…… 俺が一番恐かった事はそんな事じゃあ無かったんだよ…… 俺が想像し、震えながら恐れていたのはお前が食べたミミズ、只々、その一事だったんだよ…… もちろん、只の虫、ミミズ自体に恐怖してる訳じゃあないっ! お前がさっ! ナッキがミミズを食べたあの瞬間にその場で、一緒に居たのは俺とオーリだっただろぉ?」
ナッキが頷くと、それを確認したヒットも頷きを返して言葉を続ける。
「オーリはどうかは知らないけれどさ、俺はミミズって食い物にめちゃくちゃ興味を持ってしまったんだよ…… 興味と言うより執着と言った方が正しいかな? いつも大人しいナッキがあんなに大きな声で、凄く興奮して全身でミミズの味を表現しているのを見た時な、本当にびっくりしたんだぜ? まるでお前じゃないみたいだったよぉ? 生まれつきの性格まで変わるほどの美味しさって何だよ、有り得ないだろうっ! って、そう思ったらさぁ、んもうっ、自分も食べてみたいって、もう食べなきゃ居られないってぇっ! 心の底から願っていたんだよ!」
「ええっ! だけどヒット、ミミズは釣りの――――」
「判ってる、だけど…… 今、釣りやニンゲンの恐ろしさを知って尚、目の前にミミズが現れたら、辛抱できるか、無視してやり過ごせるのかって、そう考えると自分はきっと釣られてしまって、先生の奥さんみたいに死んで行くんだろうと想像しちゃうんだよ、ナッキぃ! 俺って可笑しいのかな? オーリ、ナッキぃ、どうかなぁ?」
ヒットはそこまで話すと、ナッキの顔を真っ直ぐに見つめて続けて言った。
「その事で恐くて仕方なくなって、一緒にいたオーリはどうだろうって様子を窺(うかが)ってみたんだけど、やっぱり震えていた様だけど俺よりは落ち着いて見えたんだ…… それなら、実際にミミズを食べてその味を知ってしまったナッキはって気になって見てみたら、真っ青な顔で、ぶるぶる震えているのがはっきりと分かったんだっ! それでナッキに声を掛けたんだよ、俺と同じ気持ちで怖がっているんだろうって疑いもしなかったよ、でもな、ナッキは違った…… オーリも皆も、俺以外は皆、自分の事じゃなく、過去に被害にあった鮒や、今の仲間の事、釣りの理不尽さに恐れ、怒っていただろう? 俺はこんなでかい図体をしているが、自分の心配ばかりしている臆病者だ…… だけどナッキ、お前は違っただろう? お前は仲間たちの未来に心を砕いていたじゃあないか? それで判ったんだよ…… お、臆病者はこの俺なんだよ…… お前は…… うん、ナッキ、お前は体は小さくても勇気と思いやりがある立派な銀鮒だっ! そう、そう俺は、えっとぉ、そう俺は思っているんだぁ!」
言い終えたヒットはナッキと周りの仲間達の表情を見て不思議に思った。
そこにいた全ての鮒が口をぽかんと空け、真ん丸い目を見開いてヒットを見つめていたからだ。
只一匹オーリを除いて。
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