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「おい、皆、何でそんな顔してるんだ? オーリ、お前には理由が分かっているのかい?」
戸惑った様に尋ねたヒットに、オーリは微笑みを見せながら彼にではなくナッキに対して声を掛けた。
「貴方たちが何故そんな顔をしているのか、ヒットに教えて上げて、ナッキ」
ナッキは大きな目を二度三度瞬(しばた)かせてから、驚きの表情を浮かべたまま話し出した。
「何でってヒット、君の強さに驚いているのさ、たぶん僕だけじゃなくて皆もね! 君は僕の事を勇気があるって言ってくれたけど、それは勘違いなんだよ…… 僕が皆の心配や今まで犠牲になった鮒の事を悲しんでいたのは、君の様に自分の死に向き合っていなかったからさ! 向き合う勇気が無かったと言ったほうがピッタリかな? ニンゲンを忌み嫌っても、他の鮒の不幸を悼(いた)んでも、落ち着かない冷たい澱(おり)の正体は、自分自身が釣りによって惨(むご)たらしく殺される事から目を背けた臆病な気持ちだったんだ…… 皆はどうか分からないけど、少なくとも僕には君の様に自分の死を現実的に想像する勇気は無かった…… なのにヒット、君は自分の死を具体的に想像して、その恐怖のなかでオーリの事を心配し、更に怯える僕に声を掛けてくれた! 君は自分が死ぬ恐怖より他者の為に動く事を迷わずに出来る鮒なんだよ! ああ、本当に君は強い鮒だよ」
最後は笑顔を取り戻し語ったナッキの言葉に、集まった鮒達は皆同意するように頷いた。
驚いて仲間達の顔を見回すヒットに向けて、ナッキは更に言葉を続ける。
「僕は臆病で小さい只の鮒だけど、もう自分の事では怯えたりしないよ! それより、強くて優しい僕の大事な友達を失わない為に、これからはヒット、いつも君と行動を共にして、万が一ミミズと出会ってしまったら、君が食べてしまわないように僕が止めるよ! ねえ、それでいいかい? ヒット」
笑顔で精一杯明るく話したナッキだったが、その体は未だ小刻みに震え続けたままだった。
向き合ったヒットは涙を流しながら、こちらも精一杯に笑って返した。
「ありがとうナッキ、でも、お前が守るのは俺一人じゃ駄目だぜ? だって、そうだろう? オーリも皆だってミミズがどんな物か知らないんだからな! ナッキにはいつも皆と一緒にいて注意していて貰わなくちゃならないだろう? どうだ、皆、これからは出来るだけ全員一緒にいて、ナッキに守って貰うようにしないか?」
「まあ、名案だわ! ナッキ、守ってくれる?」
オーリが答え、聞いていた若い銀鮒達も、揃って涙を浮かべて、ヒットの提案を受け入れる様にコクコクと頷きを返すのであった。
「ぼ、僕が? 勿論、い、良いけどぉ…… 皆全員をか…… で、出来るかな?」
首を傾げるナッキに向けてヒットは言う。
「よし! じゃあ早速始めようぜ! 皆一緒だ!」
そう言い終えて、大好きな緑の枕をしっかりと掴んだまま震えているナッキの左側に、ヒットが並ぶように寄り添うと、オーリが右側に無言のまま体を並べた。
他の銀鮒達も前後左右上下に身を寄せて行き、全員がナッキを中心にして、まるで巨大な一匹の魚の様に固まると、皆揃って目を瞑り眠りに就き始めた。
ナッキは仲間達の優しさと温もりを、心と体で目一杯感じながら、深い眠りに誘われて行った。
最早、体の震えはすっかり収まり、心の澱(おり)もどこかへ消え去っていた。
実はオーリと仲間の鮒たちは、ヒットとナッキが揃って勇気を持っている事を、とても頼もしく思っていたし、友達である事を誇らしくも感じていたのである。
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