第五章『泡の音がした』
展示週間の三日目。
オクタヴィネルのブースには、
今日も大勢の生徒たちが訪れていた。
だがネリネはその中にいなかった。
機械室の隅にこもり、ひとり、
何かの修理をしているふりをしていた。
( ……めんどくさい。ジェイドの顔、見たくない )
そう思っていたのに、頭の中には彼の声がずっと残っている。
——「あなたには特別かもしれませんよ」
——「あなたがいてくれると、安心するんです」
その優しい言葉が、どうしてこんなにも苦しいのか。
( ボク、ほんとは…… )
ふと、扉が開いた。
「ここにいると思いました。ネリネ」
静かな声とともに、ジェイドが入ってきた。
「……キミ、展示は?」
「あなたがいなくて、少し不安になりまして。探しに来たんです」
「ボクがいなくても、監督生がいるでしょ。
あの子、僕と違って可愛いし、わかりやすいから」
「……ネリネ」
ジェイドは机の向こうに立ち、静かに言った。
「あなたは、怒っているのですか?」
「……怒ってなんか、ない。ボク、感情とかそういうの、得意じゃないし」
「では、悲しいのですか?」
その言葉に、ネリネの肩がぴくりと動いた。
「……わかんない。ジェイドが、誰かと楽しそうにしてるの、見てると……なんか、胸がモヤモヤするだけ」
ジェイドは、少しだけ驚いた顔をした。
けれど次の瞬間には、微笑を浮かべていた。
「それは……嫉妬という感情かもしれませんよ、ネリネ」
「しっと……」
ネリネは言葉を反芻する。
「……ボク、ジェイドのこと、好きなの?」
言ってから、自分で驚いたように口を押さえた。
でも、もう戻れない。口にしてしまった泡の音は、もう割れてしまったのだから。
ジェイドは静かに微笑んだ。
「……それは、僕にとっても、うれしい言葉です」
「……うそ」
「いえ、ほんとうです。
僕もまた、あなたが誰かに取られるような気がして、
胸がざわつくのですから」
ネリネの目が、ゆっくりと見開かれた。
「じゃあ……これは、両想い?」
「たぶん、そうですね」
「……めんどくさいなぁ」
「ふふ。でも、少しだけうれしそうに見えますよ」
ネリネは、肩の力を抜いて、つぶやいた。
「……そっか。ボク、恋してたんだ」
ようやく、自分の泡の中にいたことに気づいた。
けれど、ジェイドの手はもう、
しっかりと泡の中に差し伸べられていた。