「ど、どうもすいやせんでした。
あなた様があの高名な『万能冒険者』
だったとは……」
薄いダークブラウンの短髪をした―――
2メートル超の長身の男が、その巨体を縮める
ようにして、私に頭を下げる。
「ははは、まあ取り敢えず食べてください。
食べながらでもお話は出来ますから」
傭兵たちをメルとアルテリーゼに黙らせて
もらった後、村の中へ入れて……
無効化させた魔法はこっそり解除、その後
自己紹介し、
ドラゴンは私の妻だという事―――
公都『ヤマト』から知人の故郷のこの村へ
来た事などを説明して、何とか落ち着いて
もらった。
「おかわりいる人ー。
まだまだあるよー」
「我らの手料理じゃ。
遠慮なく食うがよい」
黒髪セミロングとロングの妻が、『傭兵』たちの
間を忙しなく料理を運ぶ。
とはいえ、即興なので―――
味噌汁に野菜や肉団子、つみれなどを無造作に
入れただけのものだが……
「うめええぇえ!!
これがあの『ミソスープ』ってヤツか!」
「体に染み渡る……!」
「す、すいやせん姐さん!
もう一杯ください!!」
どうやら食べるのは初めてらしく―――
好評のようで何より。
「あの『万能冒険者』手ずからの料理なんて、
他の傭兵仲間に自慢出来やすぜ!
奥さんたちにも迷惑をかけたってのに、
申し訳ございやせん!」
「いえ、元々こちらに来たら料理するつもり
でしたし、人数が増えた分むしろ味付けは
楽になりました。
もう少ししたらご飯も炊けますし、本格的な
料理が来ますよ」
避難でも遭難でも緊急事態でもそうだが―――
温かい物を腹に入れればたいていは落ち着く。
「この御恩、傭兵・『鷹の爪』の隊長ラジー、
決して忘れやしません!!」
『鷹の爪』……
それって日本だと唐辛子の別名なんだけど。
そういえば辛い系の調味料って、こちらでは
まだ見た事がないなー。
そもそもここの鷹って何だろう。
この前襲撃してきたガルーダとかかな?
などど思いつつ思考を元に戻し、
「いえ、まあ……
それでラジーさん。
ここへはどういうご用件で来られたのですか?」
ある程度冷静になったところで、情報収集に入る。
「へい、申し遅れやした。
実は我々は、新生『アノーミア』連邦に
いたんですが……
そこから逃げてきたんです」
「?? と言いますと?」
彼は手に持ったお椀をぐいっと持ち上げ、
中身を飲み干すと、
「シンさんほどのお方なら、すでにご存知かも
しれやせんが―――
連邦各国で、獣人族のガキどもが行方知れずに
なっているって話です」
「ええ、聞いた事はあります。
でもそれがどうして、ラジーさんたちに
関係が?」
まさかその事件に関わっているという事は
無いだろうが……
「今、連邦じゃ―――
血眼になって犯人を捜し回っておりやす。
こちらとの交易を拡大したい連中に取っちゃ、
そりゃ死活問題ですからね。
そんで、我々の居心地も悪くなってきたんで」
「??」
言っている事がイマイチ飲み込めない。
そんな私の表情を読んだのか、彼は続けて、
「犯人は捕まえたい。
しかし、なかなか見つからない……
そういう時、お役人は何を考えると
思いやすか?」
「いえ……」
私が首を傾げると、
「誰でもいいからとっ捕まえるんでさあ。
理由なんざどうでもいい。
とにかく、捜査は進行しているって証にね。
そういうのは、俺たちのような根無し草が
一番いい」
なるほど……
要はスケープゴート、生け贄にされそうだから
逃げてきたのか。
「特に我々のように小さな傭兵団なら、代わりは
いくらでもいやすしね。
死んだところで誰からも苦情は来ないし、
いくらでももみ消す事が出来まさあ」
「いやでも、後で真犯人が見つかったとしたら」
ラジーさんは首を左右に振り、
「そういう時は、別の理由をでっち上げまさあね。
処刑した後ならいくらでも改ざん出来やすし、
死んじまった後じゃ抗議も出来やせんから」
「それで逃げてきたわけですか……」
聞けばかなり重たい事情だった。
苦し紛れにウソを吐いているかも知れないけど、
その判断は自分には出来ない。
「ちなみに、行方不明になった獣人族の子供って、
何か情報はありますか?」
「ええ、ありやすぜ。
もともと、この情報を取引材料にして、
ウィンベル王国でいったん落ち着こうと
思っていやしたから。
行方知れずになったのは20人ほどです。
そのどれもが連邦各国のどれかで消息を
絶ったようですが―――
……マルズ国だけ、獣人族のガキの
行方不明が確認されておりやせん」
……
連邦各国と言えば、元帝国で中心国家の
マルズ国以外に、ポルガやフランバルといった
国々があるのは知っているが―――
そこへ、短い茶髪の若い男性が、
「シンさん!」
次いで対照的に淡黄色の長髪をした、
中世的な男性―――
「ご飯炊けましたよー」
最後に白銀のロングヘアーを持つ、上品そうな
女性が駆け寄ってきた。
「他の料理も間もなく出来上がります」
彼らはこの村出身の3人組だ。
料理の報告もあるが、村を代表して様子を
見に来た、といったところだろう。
「わかりました。ありがとうございます。
ではラジーさん、場所を変えましょう。
詳しい話はそこで……
カート君・バン君・リーリエさんも、
ちょっと付き合ってください」
こうして彼らを交え―――
今後の方針を話し合う事になった。
―――小一時間後……
「ではシン、行ってくるぞ」
ドラゴンの姿になったアルテリーゼは『乗客箱』を
装着し、私たちを見下ろす。
「オイ! ボケっとしてんじゃねえ!
シンさんと姐さんたちにご挨拶しろい!!」
ラジーさんの号令で、傭兵団の部下たちがビシッと
『気をつけ』の姿勢となり、
「「「ありがとうございやした、姐さん!!」」」
と、全員が揃って頭を下げた。
その後の話し合いで―――
彼らがウィンベル王国行きを希望していた事、
また彼らの持つ情報は王都にも伝えた方がいいと
思われ、まず公都へ行って冒険者ギルド支部から、
本部へ話を通す事にした。
基本的にはジャンさんに丸投げだが、
『真偽判断』を持つ彼経由なら、まず間違いは
起きないだろう。
そのため、傭兵『鷹の爪』から5人ほどこの村へ
置いていってもらい―――
残りをひとまず公都『ヤマト』へ移送する事に
したのである。
5人を残すのは、彼らのような傭兵が今後も
この村に来る可能性を考慮しての事で……
その時は彼らに同業者か否かの判断を任せる。
またアルテリーゼは彼らを移送した後、公都から
この村を警備するための人員を連れて帰還して
もらう。
防御系の土魔法に優れるラミア族を3名ほど、
さらにブロンズクラスの冒険者を、見張りと
パトロールのため、10名ほど派遣して欲しいと
要請。
公都の冒険者ならあの3人組とも面識があるし、
トラブルは起こさないだろう。
私とメルは現場で―――
村のセキュリティ態勢が整うまで、待機する
運びとなった。
「あの……
何から何までありがとうございます、シンさん」
メルと二人で、村の水路や魔物鳥『プルラン』の
施設を見回っていると―――
カート君から声をかけられた。
「いえ、構いませんよ。
無関係ではありませんし」
「い、いえ。その事ではなく―――
シンさんは戻らなくても大丈夫なんですか?
村に居て頂けて大変心強いのですが」
彼の言っている意図が読めず、首を傾げていると
「シンに取っちゃこの程度、予定を変えるほどの
事でもないよ」
メルの説明に―――
ようやくカート君の言葉の意味を理解する。
ここに来た目的は彼らの故郷への面通しと挨拶、
各施設の確認だった。
傭兵集団の襲撃があったとはいえ、それらは
すでに解決済み、気にする事は無いと思って
いたのだが、彼らに取ってはそうでは無かった
みたいで……
私たちがアルテリーゼが戻ってくるまでの間、
その本来の用件通り動いていたのを見て、
逆に気を使わせてしまったようだ。
「まあ公都には同じドラゴンのシャンタルさんも
おりますし……
私一人が早急に戻る必要もないでしょう。
そういえば3人とも、いつくらいから本格的に
村に移るんですか?」
「あ、はあ……そうですね。
バンやリーリエとも話し合ったのですが、
冬になる前には」
彼は懐かしそうな視線で村を見渡す。
この世界の冒険者は本来、よほどの物好きや
特別な目的でも無い限り―――
好き好んで選択する職業ではない。
身寄りの無い彼らは、この村で生活する術が
無かった。
だから冒険者になった……
なるしかなかったのだろう。
それが、鳥や魚を獲るトラップ魔法を習得して
村に戻り、その発展に寄与する。
『故郷に錦を飾る』というか、似たような感情が
あるに違いない。
「寂しくなりますが、この村をもっともっと
大きくさせる事を期待していますよ」
「はっはい!
頑張ります!!」
半ば涙目になるカート君を前に―――
空気クラッシャーのメルが口を開き、
「そういえばさー。
バン君はともかくとして、カート君や
リーリエさんの『恋人』はどうするの?」
「え!? あ、そ、そのっ」
思わずガクッと肩が落ちそうになるが、
目の前の彼は焦り出し、
「ん? え?
お二人にそういう人がいたんですか?」
別にいてもおかしくないのだが、初耳なので
思わず聞き返してしまう。
「いい、いや……
あのどうしてその事を?」
挙動不審になるカート君に、妻は追撃する。
「女の情報網なめちゃいけないよ~?
カート君は確か、ラミア族の女の子と、
リーリエさんは魔狼の―――」
「……ん? でもラミア族って」
ラミア族の男女比率はかなり極端だ。
今公都にいる子供たちの割合は女13:男2。
だからこそ彼女たちは、ラミア族の住処に
来てもらう事を前提条件としているわけで。
でもカート君を始めとする3人組は―――
故郷の村で暮らす事を望んでいたはず。
私とメルが『どうするの?』という目を
彼に向けると、
「す、好きになってしまったんですから
仕方がないですよ!
そ、それにこの村は、ラミア族の住処から
公都への道のりの間にあるみたいですので、
行き来はまだ多分? 楽かも? 知れない?」
わたわたと釈明するように慌てる彼に、
私はポン、と肩を叩き、
「落ち着いてください。
今は公都とラミア族の住処は、定期的に
ドラゴンの『乗客箱』が飛んでいるん
ですから。
その時にこの村を中継地点とすれば、
往来に問題はないでしょう」
つまり、今までは
『公都』-『ラミア族の住処』間で飛んでいた
ところを、
『公都』-『この村』-『ラミア族の住処』
にするのだ。
「あ、ありがとうございます……っ!」
私の提案に、カート君は半泣きになりながら
頭を下げる。
「よっし!
それじゃー後はリーリエさんだね!」
「?? リーリエさんの恋人は魔狼って
言ってなかったっけ……?
何か問題でも?」
メルの言葉に思わず聞き返すが、
「いやーカート君だけこういう話をするって
いうのは、ちょっと不公平でしょ?」
「いやそれはどうなんだろう……」
彼の方を見ると、私と同じく微妙な表情となる。
私の方も若干メルと一緒に悪ノリしてしまったので
強くは言えないが。
「何よー、じゃあアルちゃんが帰ってきたら、
一緒にあそ……相談に乗ろうっと」
う~ん……
女性同士ならまあいいかな?
その後、戻って来たアルテリーゼと共に、
『突撃ー!!』と言いながらメルはリーリエさんの
ところへ走っていったが……
一体どのような話をしたのかは、教えて
もらえなかった。
―――3日後。公都『ヤマト』冒険者ギルド支部。
私はそこの支部長室で、ギルド長と対峙していた。
「……というわけで、村の防衛体制が
出来上がったので戻ってきました」
「おう、ご苦労。
こっちもワイバーン騎士隊に、その村を
巡回範囲に入れるよう頼んでおいたから」
アラフィフの筋肉質の男が、白髪交じりの
頭をかきながら、私の報告を聞く。
アルテリーゼによって、まず傭兵たちはこの
公都へ送られ……
村を警備するラミア族と冒険者の混成部隊が、
入れ替わりに配備された。
「あと、ラジーはワイバーン騎士隊と同行して
王都へ行ってもらった。
あちらの情報は貴重だし、聞くとかなり
重要な情報もありそうだ」
「そうなんですか?」
一通り話は聞いていたと思ったが―――
「傭兵は各地を転々としているッスからねえ。
それに横繋がりもそれなりにあるッスから」
黒髪の短髪に、褐色肌の青年が両目を閉じながら
話す。
「それに、こちらでも問い質したところ、
どうも軍に関する話も持っていたようです。
ただ、いわゆる伝聞なので信頼性に疑問がつく
感じですけど」
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアーをした、
いかにもな事務タイプの妻が、夫の後に続ける。
ミリアさんの話によると―――
『友達の友達の友達……』から聞いたというような
具合の情報らしいので、まあ信用性は低いだろう。
「他の傭兵の方々は?」
ラジーさんは『鷹の爪』のリーダーだったはず。
ワイバーンで行かせたという事は単独だろうし……
残ったメンバーはどうしているのだろうか。
「それなんスけど……
全員、ここの冒険者になりたいと
言ってるッス」
「へ?」
レイド君の発言に思わず疑問の声が出る。
するとジャンさんが、
「ここはブロンズクラスでも、それなりに
稼げちまうからなあ―――
あと今はシンが導入した『護送船団方式』って
ヤツか?
あれで、薬草採取とか漁とか猟とか……
プルランの生息地巡りも集団でやるのが
フツーになっちまっているだろ」
その方が安全性を高めるので、冒険者への
依頼は集団で当たるようになっていた。
基本的に依頼は個別だが、護衛などの特殊なものを
抜かせば―――
ほとんどは薬草採取とかの素材収集であり、
それならば、カート君・バン君・リーリエさんの
3人組がやっていた、漁や猟の合間に薬草採取と
いうように、細かい依頼は統合して行うように
なったのである。
結果、討伐依頼は別としても―――
個別依頼は公都内の頭脳労働や、荷物運搬の方が
多いくらいになっていた。
「集団でやるのなら、傭兵やっていた時と
変わりは無いってんで、
それなら冒険者になって、ここで落ち着き
たいんだとよ」
半ば呆れたように、ギルド長が息を吐く。
「冒険者になって『落ち着く』っスか」
「そんなお仕事では無かったと
思うんですけどねー。冒険者って」
レイド夫妻がチラチラとこちらを見ながら話す。
まあ自分の影響が大きいのかも知れないけど……
でもイメージ良くするためっていうのもあったし。
「で、ですが傭兵の方たちって30人ほど
いましたよね?
それだけ一気に増えても大丈夫でしょうか」
「あー、それなんだがよ。
今回の件を受けて、新規開拓したところも
警備用に人員が必要なんじゃねーかって
話が出てきているんだ。
だからそっち方面に交代で、伯爵サマの私兵と
合同で派遣しようかと思っている」
ジャンさんの言葉で、各地の開拓地の事を
思い出す。確か今は―――
・ロッテン元伯爵様の別荘
・東の村と公都の中間の麺類製造専門施設
・ドーン伯爵領とブリガン伯爵領の間の新規開拓地
・ワイバーンの巣近くの居住地
これだけの土地が開発されている。
まあワイバーンの巣は、警備する必要は
無いだろうけど。
「ちなみに今、公都の冒険者って何人くらい
いるんですか?」
するとミリアさんがクイッと眼鏡を直し、
「現状で220人を超えています。
もし『鷹の爪』全員を受け入れるとすると、
250人を超えますね」
「そんなに!?」
それほどの人数がいるようには見えなかったん
だけど……
すると今度はレイド君が、
「あの魚醤の村にも50人ほど常駐させて
いますし、王都に行くのでもなければ、
荷物運びとしてあちこち出払っているッス
からねえ。
その時はもちろん、ラミア族か魔狼ライダーが
護衛につくっスけど」
「あと公都の各所にも、住み込み可能な詰め所を
作ったからな。
支部にいる冒険者が全員じゃねえって事だ」
ギルド長の補足するような説明に、改めて大所帯に
なったんだなーと感心していると、
「あーそれとな、シン。
イスティールたちから伝言を頼まれている。
時間が空いている時でいいんで、パックの
ところで研究している―――
オルディラに会ってやって欲しいとの事だ」
「オルディラさんが?
わかりました」
こうして一通りの報告を終えた私は―――
その足でパック夫妻の屋敷へと向かう事になった。
「これは……!」
平たい小皿に入った黒い液体を見て、私は思わず
うなる。
そこへ満面の笑みで、濃い褐色肌に対照的な
長い白髪をした女性が言葉を発する。
「さあ、シン殿!
どうぞご賞味くださいませ」
その彼女の後ろに―――
この施設の主である、白い長髪をした男性と、
彼の妻である白銀のロングヘアーを持つ女性が
立っていた。
パック夫妻も興味深そうにこちらを見つめ、
私の一挙手一投足を見守る。
緊張しながら小皿を手に取り―――
指先をその液体に浸し、口に入れ……
「……醤油だ」
香ばしい匂いと塩気、適度なまろやかさ―――
間違いなく異世界の味。
私はオルディラさんに視線を向け、
「ど、どうやってこれを?
まだオルディラさんたちがこの公都へ来てから、
3週間くらいしか経っていないはず」
地球なら科学的・合理的に製造する方法はあるが、
それでも3ヶ月は要すると聞いている。
するとパックさんが書類を片手に、
「オルディラさんの能力によるものです。
菌や微生物を活性化させるのはご存知の
通りだと思いますが」
「どうも初期に全力で魔法をかけると、
一気に期間が短縮される事がわかったのです。
失敗すると腐敗してしまいますが―――
この2・3週間の試行錯誤で、それなりに
効率の良い発酵方法が見極められました」
シャンタルさんも一緒になって説明してくれる。
なるほど……
確かに発酵食品は、ちゃんとした菌と結び付けば
後は放っておいても自然に出来上がる。
「それで今は、彼女にいったん任せて発酵が
始まった後……
引き続き魔法をかけ続けてもらうのと、
放置して様子を見る、2通りの方法を試して
いる最中です」
「どれくらいの期間短縮になるのかの確認と、
現状、これが出来るのはオルディラさんしか
いませんからね。
ただ時間さえ把握出来れば―――
他の村や町で作成する事も可能になります」
そこまで考えてくれていたのか。
パック夫妻の報告に、思わず頭を下げる。
「ありがとうございます。
しかし、これでまた料理の幅が広がりますよ。
オルディラさんの魔法は―――
まさに、この世界の料理に欠かせないものに
なるでしょう」
私の賞賛を受けて、彼女は顔を赤らめるが、
不意にニヤッと笑って、
「驚くのはまだ早いですよ、シン殿」
そう言うと、パック夫妻がそれぞれ―――
何か液体の入ったビンを1本ずつ持ってきた。
両方とも無色透明に見えるが……
中身は何だろう?
という疑問に答えるように、それを目の前で
コップの中へと注ぐ。
ふわ、と強烈に香るアルコールの匂い。
これは―――
「え……まさか!?」
それぞれのカップに口を付ける。
「こ、これは米で作ったのですか?」
「はい。
そしてこちらは、お芋で作りました。
シン殿から、お酒がどうやって出来上がるのか
教えて頂きましたので―――
お芋の方が楽でしたけどね」
ニコニコと笑いながら、オルディラさんが
嬉しそうに語る。
「お米の方は、火入れやろ過など手順が多くて
大変でしたけど」
「お芋の方は結構すんなりと出来ました。
麹でデンプンをブドウ糖に変えて、それが
お酒の成分であるアルコールを発酵させる……
『どうやってお酒になるのか』、
それがわかっていると、こうまで作り方が
スムーズになるものなんですね」
パック夫妻が感心しながら語る。
「お芋の方は、蒸留させるとアクアビットという
お酒になります。
さらに『寝かせる』と、味もすごく
良くなりますよ」
「おお、そうなんですか?
ではさらに樽詰めにして、魔法をかけて
みましょう」
オルディラさんが目を輝かせる。
彼女に教えた事は、漫画の知識で語っただけの
ものなのだが……
研究者・科学者であるパック夫妻もいた事で、
理解が早かったのだろう。
「ですが、ちょっと公表は控えた方が
良さそうかと」
「えっ!?」
「それはまた、どうして」
「何かマズい事でも」
私の言葉が意外だったのか、3人とも疑問と
驚きの声を上げる。
「いえ、醤油はともかくとして……
お酒の方は少量だと、間違いなく奪い合いに
なりそうな気が」
それを聞いて3人は『あ~……』考え込む。
「では、10日ほど頂けますか?
それまでには、それなりに量をご用意出来ると
思いますので……」
「それが良さそうですね」
「では、お米の方のお酒も『寝かせて』
みましょうか。
それと既存のワインも―――」
こうして少しの間だけ、醤油とお酒は
『秘密』となり―――
お披露目の機会を待つ事になった。
「だ~……」
数日後―――
マルズ国某所で、赤髪の短髪をしたアラサーの
男が、本や書類に埋もれながらうなっていた。
「あのシンさんに会って以来、いい加減驚く事には
慣れたと思っていたけどよ……
コイツは強烈だわ」
彼の前には、相当に古い年月を経たであろう、
年季の入った古書が並び、
「300年以上前にあったといわれる、
魔族と人族国家連合との世界的大戦……
その中でも最も恐れられた―――
4人の魔族軍幹部……
『霧』のイスティール、
『対鏡』のノイクリフ、
『永氷』のグラキノス、
『腐敗』のオルディラ……
そしてそれらを統べる大魔王・マギア。
マジっすかコレー。
何でこんなのがあの公都にいるの?」
アラウェンはイスに座ったまま両腕をダランと
下げ、顔を突っ伏せるように机の上に乗せる。
「揃いも揃って名前が全員たまたま同じだけ……
なワケねーよなあ。
しかもそいつらと模擬戦やって、引き分け
もしくは勝ち越している公都の連中って
なんなの?
何でこう立て続けに、人生で一番の爆弾が
次々運び込まれるんだよオイ」
ブツブツ独り言をしている彼の背後で扉が開き、
「アラウェン隊長、ここにいたんですか。
ここは史書室ですよ?
どうしてこのような場所に……」
彼の部下である、アラフォーの筋肉質の
男性が、白髪の割合が多い髪に手をかけながら
上司に声をかける。
「フーバーか、どうした?」
「例の、獣人族児童連続誘拐の件に関してですが、
その調査過程で、気になる事があったと報告が」
アラウェンは彼の方へ振り返り、
「気になる事?」
「はい。軍の新兵器開発部門で、何やら
きな臭い動きがあると」
上司は髪をガシガシとかきながら、
「軍がきな臭いのはいつもの事だろ。
……いや待て。
どうしてそれが、獣人族の児童誘拐の調査で
引っ掛かったんだ?」
「それが―――
『誘導飛翔体』開発をしている現場で、
獣人族の子供を見たとの事で。
そもそも兵器開発の現場に子供がいる事自体、
不自然なので、印象に残ったのだと……」
アラウェンは両腕を組んで、天井を見上げる。
(誘導飛翔体の開発をしている連中が、
何で子供なんて使うんだ?
そういえば事実上の開発凍結に追い込まれたと
聞いちゃいるが―――
その腹いせにしてはリスクが大き過ぎる。
狙いがサッパリわからねえ)
彼は部下へと視線を戻すと、
「その情報はどれくらい正確なんだ?」
「さすがに確認は取れていません。
目撃情報を伝え聞いただけだと―――」
アラウェンはテーブルの上をトントンと
指で叩くと、
「……今、誘拐事件に当たっている連中の
半分をそちらに割いて当たらせろ。
お前はルフィタと共にそれを支援。
情報が事実なら救出を実行するように」
「わかりました、隊長!」
一礼して部下が出ていくと、上司はまたテーブルに
向き直り、
「さてとこちらは―――
歴史のお勉強の再開といきましょうかね……」
膨大な本や書類を見て、深くため息をついた。
さらに数日後―――
同じマルズ国・某所で男が2人、密室と思しき
暗い部屋で話し合っていた。
一人は短いブラウンの髪を持つ、40代くらいの
小太りの男、
もう一人は―――
いかにも科学者といった風貌の、30代後半の
グリーンの短髪をした、長身の男が対峙して
イスに座る。
「……では、予定通りにお願いします。
ズヌク司祭。
すでにマルズ国王都、サルバルにて―――
例の魔導具は運び込まれておりますので」
「何度も同じ事を言うな。
聞き飽きたわ。
それより―――
アストルとやら、貴様こそ約束を守れよ?」
兵器開発主任であり、『誘導飛翔体』計画の
責任者である、アストル・ムラトと……
創世神教『リープラス派』司祭、ズヌクは、
ロウソクのようなわずかな魔導具の明かりを
頼りに、お互いの顔を見つめる。
「もちろんです。
しかし、計画は予定通り実行されます。
あなたは所定の時間に例の魔導具を
起動させた後……
打ち合わせ通りに約束の場所へ必ず
来てください。
合流次第、この国を離れランドルフ帝国へ
向かいます。
あなたが来ても来なくても―――
我々は時間通りに離脱する事をお忘れなく」
「わかった。
では、その時にまた会おう」
ズヌクは少し痩せたその体をイスから
立ち上がらせると、振り向く事なく
部屋から出ていった。
アストルもまた、彼が出て行った扉を
見ようともせず―――
(……愚か者が。
お前と手を組むつもりなど最初から無い。
陽動作戦後、我々が逃げ切るまでの
時間稼ぎとしてせいぜい頑張るがいい。
ま、最後に復讐の機会を与えてやったんだ。
あの世で感謝するのだな)
一人、暗闇の中で口元を歪めると―――
彼はゆっくりとイスから立ち上がった。
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