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「カーッ、効くなあコレ!」
「水のように透明ですけど、あの蒸留酒のような
強い酒精ですねー」
私の視線の先で……
白髪交じりのアラフィフの筋肉質の男と、
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアをした
タヌキ顔の若い女性が、父娘のように酒を
酌み交わす。
「オッサン、ミリアも―――
ちょっと飲むペースが早過ぎないッスか?」
黒い短髪の、褐色肌の青年が心配そうに
2人に声をかける。
「何よレイド、ノリ悪いわね~」
「そっちは何飲んでるんだ?」
レイドは持っていた木製のコップを掲げ、
「こっちは米から作ったというやつッス。
ギルド長たちが飲んでいる芋から作った
酒と同じく、透明ッスけど……
匂いも味も全然違うッス」
そこへ、焦げ茶の短髪をした細身の長身の少年と、
亜麻色の髪を三つ編みにした少女―――
ギル・ルーチェ夫妻が料理を片手にやってくる。
「あー、やっぱりミリ姉は食べ物よりお酒かー」
「でもこのワインもすごく美味しい……!
『熟成させた』って言ってたけど、
味も香りもこんなふうになるんだね」
オルディラさんから、『醤油』の開発成功の
報告を受けてから10日後―――
醤油は元より、それらを使った料理、
そして各種のお酒のお披露目を―――
宿屋『クラン』で、いつものメンバーを招待して
行う事になった。
「醤油ラーメンが美味し過ぎるの……!」
麺を頬張りながら、12・3才くらいの外見の
少女が、透き通るようなミドルショートの白い髪を
邪魔にならないようにかきあげる。
「肉でもお魚でも、これを付けるだけで
香ばしい匂いがします」
その氷精霊様の隣りで、グリーンのサラサラした
髪を持つ10才くらいの少年が、焼き魚にお箸を
つける。
「うみゃー!! にゃぐー!!」
さらに彼の足元には、土精霊様の眷属である
山猫が、平たく調理された肉にかぶりついていた。
「ううむ……
これが豆で出来ているとは信じられぬ」
燃えるような真っ赤な長髪を持つ、見事な
プロポーションを持つ女性が、お皿を片手に
舌鼓を打つ。
彼女は―――
ワイバーンの女王、ヒミコ様の人間化した姿だ。
今回のお披露目、そして一度は公都に来て欲しいと
要望し、招待したのである。
そしてその両隣りにボディガードのように、
白と緑の中間色のようなミドルショートの髪と、
鮮やかな黄色の長髪の青年2人が、同じテーブルに
座っていた。
「どうですか、お味は?」
私は3人のもとへ歩み寄ると、
「ここへ来てからというもの―――
いろいろと味わいましたが、また逸品が
加わりましたな」
「シン殿には、何もかも負けっぱなしですよ」
この2人の男性は―――
レイド君の愛騎であるワイバーン、『ハヤテ』、
そして『ノワキ』である。
歴戦の戦士を思わせるいかつい顔の、白緑の
髪をした青年が『ハヤテ』さん、
中性的とまでは言わないが、ほっそりとした
面持ちの―――
黄色の長い髪を持った方が『ノワキ』さんだ。
個人差があったのか、それとも身近にヒミコ様が
来た影響なのか、この数日の間に彼らも人間の姿に
変化したのである。
「あ、ハヤテさん。
それにヒミコ様、ノワキさんも。
いつも旦那がお世話になってます」
そこへミリアさんがやってきて、彼らに一礼すると
3人もまた頭を下げる。
「ふむ、旦那か……
で、お前たちはいつ相手を見つけるのだ?
このままでは『ムサシ』に先を越されるぞ?」
ヒミコ様が、かつての跳ねっかえりに
からかうように話題を向ける。
「ああ、確か―――
人族の貴族のお嬢様といい仲になっていると
聞いておりますが」
「そろそろ俺たちも身を固めるべきですかね」
ムサシ君とは、人間の姿になったワイバーンの
少年で……
今ではチエゴ国からの留学生である、
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢とは公然の
恋仲となっていた。
「まあ、互いに好きになったのであれば、
それが一番かも知れませんが」
私の言葉に、ヒミコ様が振り向き、
「そうじゃ。
それは天地自然の理というものであろう」
「そーそー。たいした問題じゃねえ。
それはドラゴンと結婚したお前さんが
よくわかっているだろう?」
不意に聞こえた声の方へ視線を向けると、
白髪交じりのグレーの短髪をした、
細マッチョといった感じの男性がイスに
座っていた。
王都の冒険者ギルド本部長―――
ライオットさんだ。
今回、醤油の開発成功の報告を受けてから、
ある程度の期間はあったので―――
彼もお披露目に招待していたのである。
「それに、魔狼と結婚したのもいるし、
ラミア族といい感じになったヤツも
見かけますよ」
「ああ。
今チエゴ国にいる、フェンリルが獣人族と
婚約したのだって―――
この公都がきっかけだったんでしょう?」
少し離れたテーブルで、鎧姿のままの
少しガタイの良さそうな男性……
ロンさんとマイルさんが会話に入ってくる。
出会った頃は門番兵だったが、今では公都の
門番兵長にまで出世し―――
こういう機会でもなければ、なかなか
話せないでいた。
そこへ宿屋の女将である、長髪を後ろで束ねた
クレアージュさんが料理を運びながら来て、
「でも、どうして昼間から?
いつもなら夕食がてら、お披露目して
いたじゃないの?」
「いや~……
料理はともかく、結構お酒の新作が
あったので。
そのまま宴会になってしまう気がして」
私の答えに、黒髪セミロングとロングの
妻2人がやってきて、
「確かにねー。
芋のお酒、お米のお酒……
ワインと蒸留酒の寝かせたヤツ?
どれもこれも、めっちゃ美味しいモン」
「そこに醤油で味付けされた料理の数々。
飲み過ぎるなと言う方が無理じゃ」
「ピュピュ!」
醤油は焼き魚や焼き肉、他に―――
氷精霊様が食べていたようなラーメンといった
麺類にもベースとして使用され、
特に焼うどんは醤油ベースで香ばしい匂いと共に、
かなりの早さで消費されていった。
「これが豆から作られているとは……
とても信じられん!」
スキンヘッドの、出会った時よりかなり
肥えたなあ、と思えるロック前男爵が、
醤油ベースの昆布出汁をスープにした
ソバをすすり、
「味付けが一変しますね……
ただ焼いただけの物に、この醤油をかける
だけでも―――
味も香りもサッパリとしていて、
油のしつこさを消し去っています」
神経質そうな顔の―――
長い髪を後ろにポニーテールのようにまとめた、
従者のフレッドさんが、相変わらず食レポの
ようにまとめてくれる。
「シンさん……」
不意に話しかけられた方向へ振り返ると、
そこには濃い褐色の肌と、対照的な純白の
長髪を持つ女性がいた。
「オルディラさん。
醤油の作成、それに発酵を利用した食品の
数々……
本当にありがとうございました。
これで今までとは一線を画すほどの
食生活の発展が―――」
「わたくしは不満です」
私の感謝と賛辞の途中で、彼女は口を挟む。
「えーと……オルディラさん?」
「どうして、あの、最高傑作が……
わたくしの集大成ともいえるものが……!
『納豆』がどうしてこうまで不評なんです
かあぁああっ!!」
叫ぶオルディラさんに、同郷の人間が
なだめるように取り囲む。
軽く外ハネしたミディアムボブの、パープルの
髪を持つ同性の人が、
「まあまあ……
私は美味しいと思いますけど、アレは」
イスティールさんの次に、短い茶髪の
細マッチョという感じの青年が、
「ウン、ありゃあ……人を選ぶと思う。
俺はアレ好きだけど」
ノイクリフさんに続いて、今度は細長い眼鏡を
かけた、青色の髪の男性が口を開く。
「自分も好みの味ではあったが……
見た目と匂いがな。
合わなければとことん合わないと思う」
言いにくそうにグラキノスさんが言うと、
彼らの足の間から、
「えっと……オルディラお姉ちゃん?
ボクも好きだよ、納豆」
「マギアさ……マギアちゃあぁあああんー!!」
透き通るようなベージュの巻き毛をした、
5、6才の少年に彼女が両ひざをつけて
抱き着く。
しかし、オルディラさんの言う通り―――
納豆に対する評価は微妙なものであった。
実際、納豆の作り方はそれほど難しいものでは
なく……
乾燥させた大豆を水に数時間浸した後、
それを蒸し―――
熱湯で煮沸消毒したワラに包んで放置する
だけである。
ワラにはもともと納豆菌が付着しており、
さらに納豆菌は化学兵器に使われる炭疽菌くらい
熱に強く、これで納豆菌だけが生き残る。
2・3日保温して放置した後、1日冷たい場所に
置いて、発酵を落ち着かせれば完成だ。
オルディラさんの魔法があれば、一瞬で納豆は
発酵するので、その後グラキノスさんに
クーラーボックスのような氷の箱を作ってもらい、
そこで1日寝かせる事にした。
(氷室はあるが、匂いが強烈&納豆菌は強力なので
他の発酵食品から隔離する必要もあった)
時間をかければ、自分でも再現可能だったと
思うけど―――
しなかったのは、『外国人は絶対食べない』
とまで言われていた理由から。
それをふと話してしまったところ、
オルディラさんに『絶対作る!』と押し切られ、
教える事に。
彼女と同郷の方々には好評だったものの、
他は予想通りというか何というか。
「児童預かり所にも持っていたけど……
誰も手をつけなかったしー」
「獣人族と魔狼の子は真っ先に逃げ出したしのう」
「ピュ~……」
妻たちの言う通り―――
ライさんと一緒に来ていた、童顔でロングの
金髪と、黒髪ミドルショートの眼鏡の女性二人……
サシャさんとジェレミエルさんが
『まずは児童預かり所へ!!』と
言ってきたので、
そのついでという事で、醤油を使った各種料理を
まずそちらで振る舞う事にしたのだ。
(ちなみに精霊様2人がここにいるのは、
サシャさんとジェレミエルさんから逃れる
ようにして来たという経緯がある。
精霊様は飛べるからなあ……)
米酒とメープルシロップシュガーを混ぜた、
みりんの代用品で味付けした煮物も作り―――
それらは子供たちや職員の方々に喜ばれたのだが、
『納豆』だけは全身全霊で拒否されたのである。
「なあ……アレ、シンの故郷ではみんな
食っていたのか?」
ジャンさんの質問に、私は首を左右に振る。
「地域差はありましたね。
食べないって人は絶対食べない感じで。
私は普通に食べていましたけど、まあ
半々というところです」
日本人でも関西ではダメって人、多いそう
だからなあ。
ともかくそういう事情で、ここでの納豆の
お披露目は、味見程度の少数に止めたのである。
「ううむ、私は食べられない事は無かったが」
ヒミコ様は認めるものの消極的で―――
ハヤテさんやノワキさんは答えにくいのか
視線を背ける。
「シ~ン~……
さすがにアレ、ウチには持ち込まないでね」
「家に入れたら 燃 や す 」
「ピュイ!」
私は家族に釘を指され―――
オルディラさんの方を見ると、ガックリと肩を
落とし、仲間に慰められていた。
どう言葉をかけていいものか悩んでいると、
「た、大変です!!」
宿屋の扉を勢いよく開け放ち、鎧装備の
男性が呼吸を荒くしながら入ってきた。
「お前は―――
確か王都のワイバーン騎士隊の……」
この近辺を空中警戒している、ワイバーン騎士隊の
一人だ。
顔は知っているが、何かあったのだろうか。
「な、南方より火を噴いて飛行する巨大物体を
確認しました!
その数、およそ10!
進路はこの公都のやや東を、間もなく通過すると
思われます!
このまま飛行すれば……王都・フォルロワに
到達するかと!」
その情報に何人かテーブルから立ち上がり、
一気に食堂がざわつく。
「南から……
だとすると、また……いや。
……待て。
ワイバーンに乗っていたんだろ?
迎撃出来なかったのか?」
ライオットさんが片眉をつり上げて彼に
問い質すと、
「そ、それが……
全ての飛行物体の上に―――
獣人族の子供らしき姿を視認。
それでいったん対応確認するために、公都へ」
「な……っ」
それを聞いてレイド君を始め、周囲が絶句する。
「シン!」
メルが叫びながら私の方を向く。
「……多分、魔導具で拘束されているんでしょう。
そしてある程度の操縦は可能―――
その飛行物体を止め、子供たちの拘束を解く事は
出来る……と思います」
「おお!」
「さすがシンさん!」
私の答えに、ロンさんとマイルさんが声を
上げるが、
「ただ―――」
「?? ただ、何じゃ?」
「ピュウ?」
アルテリーゼとラッチが先を促す。
「空中に放り出された子供たちを助ける方法が、
ありません」
そこで重い静寂が一気に室内に圧し掛かる。
「ヒミコ様。
ワイバーンは……空中で落下してくる物体を、
捕獲する事は出来ますか?」
私の問いに、彼女は首を横に振る。
「すまぬが無理であろう。
そもそもワイバーンの爪は攻撃用。
ドラゴンのように前足も無く―――
口で捕らえるのが確実であろうが、
その場合は」
女王は言葉を中断させる。
噛みつくのも食事と攻撃以外の用途は無い。
いくら甘噛みしたとしても、物体を30kgと
想定するならば―――
それだけの物量をキャッチするのに、それなりの
『力』が必要となる。
そうなると、とても無事で済むとは思えない。
「ア、アルちゃんやシャーちゃんに任せれば!?
ドラゴンなら両手があるんだし!
それに、飛行物体なら以前も相手した事が
あるじゃない!」
(64話 はじめての ひこうじっけん参照)
メルが解決策を見出すが、
「それは難しいと思う。
飛行物体が一つだけなら、個別に対応出来る
だろうけど……
複数ある場合は、一気に『落として』しまう
可能性がある」
『無効化』の条件は設定出来るが……
それがどれだけの範囲に適用されるかわからない。
子供たちの命がかかっているんだ、賭けの要素は
なるべく排除しないと。
「それに―――
火を噴いて推進しているなら、まずはそれを
止めてから子供たちを解放しないと危ない。
どちらにしろある程度動いている状態から
子供たちは投げ出される事になる」
落下速度は飛行物体も子供も変わりはない。
同時に落ちたら、より救出が難しくなる。
だから―――ある程度慣性が働いている間に
子供たちの拘束を解かなければならない。
そこで私はアルテリーゼの方を向き、確認を取る。
「ドラゴンの両手で―――
子供を受け止める事は出来るか?」
「一人なら何とかなろう。
じゃが、10人ともなると……」
という事は、シャンタルさんを入れても2人―――
助かる命の『選別』……
その決断が自分に出来るのだろうか。
「レイド!
パック夫妻を呼びに行け!」
「わかったッス!!」
ジャンさんの声に、レイド君が宿屋を飛び出す。
そして、待っている間は無言という決まりでも
あるかのように、沈黙が支配する。
「ええと、精霊様は……」
私は2人に顔を向ける。
どんな可能性でも、この際確認しておかないと
後悔する。
すると彼女の方から口を開き、
「協力してあげたいけど……
地面から抱えて飛ぶのならまだしも、
空中で捕まえるのはわらわでは多分無理ー。
眷属のフクロウでも難しいと思う」
「ボクも、です。
風精霊なら何とかなるかも知れませんが、
ボクたちでは厳しいです。
ご、ごめんなさい……」
土精霊様が申し訳なさそうに視線を落とす。
そこでメルが片手を上げて、
「じゃ、じゃあ!
ガルーダの時みたいに、私が……!」
彼女の申し出を私は首を振って否定する。
「それもダメだ。
あの時は万が一、ガルーダが子供を手放した
場合に備えてもらったけど……
ほとんど垂直に落下させる事が前提だったから」
(96話
はじめての りゅうがく(だんたい)参照)
それに、今回は爆発する可能性のある魔導具が
相手なのだ。
魔法前提なら私が無効化出来るけど、物理的な
爆発物が無いとも限らない。危険過ぎる。
こうしている間にも、飛行物体は王都へ近付きつつ
あるだろう。
だが今のところ―――
これ以上に最善の策は見当たらない。
意を決して、これで作戦決定だと口を開こうと
した時、
「シン殿」
いつの間にか、5、6才の少年が私の足元まで
近付いてきていた。
「……マギア君?」
私は彼と視線を合わせるため、しゃがむ。
「お話は聞いておりました。
つまり、空を自在に飛行出来て、かつ
人間のように捕まえたり、抱き止めたりする
事が可能な存在があればいいと。
そういう事ですね?」
「え? う……うん。そういう事です」
急に大人びた話し方になるマギア君に戸惑いながら
返事をすると、彼は後ろへ振り向き、
「イスティール!
オルディラ!」
「はっ!!」
「ハ……ッ!!」
少年の前に、同郷の女性二人が跪く。
「ノイクリフ!
グラキノス!!」
「ははっ!!」
「はい!」
男性二人も名前を呼ばれると、彼女たちに続き
身を屈める。
幼児に大の大人4人が頭を下げる異様な光景。
状況が飲み込めず―――
周囲も目を丸くして驚いているが、
「状況は聞いていた通りだ。
これよりシン殿の指揮下に入れ。
獣人族の子供たちの救出作戦に参加せよ。
お前たちなら、一人につき二人くらいは
引き受けられるはずだ」
「「「「仰せのままに!!」」」」
彼らが声を揃えて返事をすると、マギア君が
こちらへ振り返り、
「シン殿。
彼らなら―――
きっとこの件でお役に立ちます。
どうかご指示を」
「え……あ、は、はい。
では改めて、作戦を説明します」
5分後―――
宿屋『クラン』から中央広場へ移動した
私たちは、合流したパック夫妻を加え、
最後の確認をする。
「まず私が『抵抗魔法』で―――
魔法による爆発の可能性を排除します。
同時に飛行物体の推進力である―――
火の噴出を停止。
その後、恐らく子供たちを拘束しているで
あろう魔導具を無力化。
子供たちが空中に投げ出されたら、
アルテリーゼ・シャンタルのドラゴン組が
1人ずつ―――
イスティールさんたち4名が、各2人ずつ
救助。
万が一取りこぼしがあれば、メルと
パックさんが身体強化で落下しながら確保。
なお、これはあくまでも最終手段です」
同じ白銀の長髪を持つ―――
パックさんとシャンタルさんが続いて、
「もし落下してしまったとしても、
息があれば私が必ず治します!」
「パック君の言う通りです。
最後まで諦めないでください!」
パック夫妻の言葉に他のメンバーもうなずき、
「今、レイド君と『ハヤテ』が上空を警戒して
います。
発見次第作戦に移ります」
レイド夫妻は『範囲索敵』で―――
公都上空を中心に飛行物体を探し出し……
彼らから報告があった時点で飛び上がる
手はずになっていた。
そこで王都ギルド本部長と公都支部長が
こちらへ歩み寄り、
「さっきのワイバーン騎士隊のヤツは、
先に王都へ戻らせた。
酷な話だが……
もしお前たちが失敗して、飛行物体が
王都に近付いた時点で―――」
「……わかっています」
ライさんの正体は前国王の兄。
最優先すべきは王国、王都の防衛。
非人道的な攻撃を仕掛けてきたのはあちら側。
防衛側がそれを考慮する理由も必要も無い。
即座に撃墜を命じない事が―――
彼のギリギリの妥協点なのだろう。
「すまん、シン」
続けて隣りのジャンさんが頭を下げる。
普段見ている彼の様子からすれば無表情に
近いが……
それだけに怒りと苦渋がにじみ出ているのが
感じられた。
そこへ、レイド夫妻を乗せたワイバーン
『ハヤテ』が急降下し、
「シンさん!!
飛行物体、感知したッス!!
ここから東におよそ、ワイバーンで
15分ほどの距離!
その数、10で間違いないッス!!」
「わかりました、先導お願いします!
全員空へ上がってください!!」
そこでアルテリーゼとシャンタルさんが
ドラゴンの姿となり―――
私はメルと共に、パックさんは一人で
それぞれの妻の背中へと乗り込む。
私だけは落ちたらタダでは済まないので、
ガチガチに命綱を装着され……
まずはドラゴン2体が公都上空へと
舞い上がった。
「(そういえば……
あの4人は、どうやって飛ぶんだ?
確かイスティールさんは、強烈な風魔法を地面に
叩きつけて、驚異的なジャンプを模擬戦で見せて
くれた事があったけど……)」
200メートルほどの高さで待っていると、
離陸地点から、何かが近付いてくるのが見える。
「……お?」
メルが何かに気付いたように声を上げると
同時に―――
『4人』は私たちの前に文字通り『飛んで』きた。
その背中には大きな翼があり―――
顔は彼らに間違いないのだが、頭には鬼と
形容するしかないような、角が2本生えている。
イスティールさんはコウモリのような、
オルディラさんはアゲハ蝶のような羽を
羽ばたかせ、空中で停止する。
ノイクリフさんはカラスのように黒い羽を……
グラキノスさんは氷の彫刻のような、細長い
ひし形の羽を左右2枚ずつまとっていた。
「では行きましょうか、シン殿」
「この翼―――
ドラゴンやワイバーンに勝るとも劣りませんぞ」
イスティールさんとノイクリフさんが話し掛けて
くるが、私は視線を反らし、
「あの……
イスティールさんとオルディラさん?
どうして上半身裸なんでしょうか」
男性陣も同じく上半身はさらけ出しているが、
女性でそれというのはちょっと問題なワケで。
「い、いえその……
これ用の服に着替える時間が無かったと
いいますか」
声で、オルディラさんが答えているのだと
認識するが、後ろからチョップをくらう。
「シン!
今はそれどころじゃないでしょ、
このスケベー!!」
「そうじゃぞ。
胸なら後で我らがタップリ見せてやるから、
早く作戦に入るのじゃ!」
何で自分が非難されるのかわからないんですけど。
まあ確かに、メルの言う通りそれどころじゃない
状況ですけれども。
しかし、いい感じに肩の力が抜けた。
私はレイド夫妻へ向かい、
「レイド君! 案内お願いします!」
「了解ッス!!」
こうして、ワイバーンを先頭にドラゴン2体、
そして有翼の4人が現場へと急行した。
「……あれか!」
15分後―――
上空、およそ200メートルほどの高度で、
筒状の物体の群れが飛行しているのを発見。
それぞれが10~15メートルほど離れて
いるだろうか。
それが一つの方向を目指して飛んでいた。
「アルテリーゼ、一番前のヤツに近付いてくれ」
「了解じゃ!」
同時に、私は小声で『爆発』を無効化させる。
「(魔法・魔力による爆発など……
・・・・・
あり得ない)」
少なくともこれで魔力前提の爆発は防げるはずだ。
そしてそのまま『ミサイルもどき』に接近する。
「だ、誰!?
さっきのワイバーンの人の仲間?」
そこに乗っていたのは、焦げ茶のボサボサの
髪をした、10才前後の少年で―――
撒き毛のシッポと耳を見るに、恐らく犬型の
獣人族だろう。
さっき、と言うのは―――
恐らく最初に彼らを発見した、ワイバーン騎士隊の
一人の事に違い無い。
それぞれの飛行物体の上に、様々なシッポや
耳をした子供たちの姿が見えるが―――
人間の姿は見られず……
そしてやはりというか、筒状のそれにまたがる
彼らは、足を枷のような物で拘束されていた。
「えーと、先頭の……
君、名前は?」
「は、はい!
ナインと言います」
まずは警戒心を解かせないとダメだろう。
私はわざと気さくに振る舞い、
「あーナイン君ね。
うん、知ってる知ってる。
実は、君たちの親御さんから頼まれているんだ。
連れて帰るようにと」
「ええっ!?
か、帰れるんですか!?
お母さんのところへ……!」
すがるような表情になり、聞き返してくる。
私は拡声器を取り出すと後続に向けて、
「みなさん!
これから帰る準備をしますので―――
先頭の彼についていってください!
私たちは、皆さんのご家族に頼まれた者です!
全員で帰りましょう!」
すると、残りの9本の飛行物体の上で、
喜びの声が上がった。
そこで私はまた先頭の彼に向き合うと、
「ちょっといいかな?
それ、どれくらい動かせるの?」
レバーのような物がナイン君の前にあり、
それをしっかりと握っている。
「は、はい。
左右には動きませんが……
上下には動かせるようです。
それで何とか、飛んでいる状態で」
なるほど……
進路は王都へ向けているようだが、長距離飛行は
少しズレるだけで、目標を大きく外れてしまう。
それなら最初から、直線だけ設定した方が楽だ。
そして落ちたくないのなら、何とか高度を保つしか
無いわけで……
「ええと……
何か言われている事はありますか?」
「飛行を続ければ、そのうち大きな都市が
見えてくると。
そこで高度を下げれば、後は勝手に
着陸すると聞かされました」
うん。100%ウソだな。
下手をすると高度がある程度下がった時点で、
地上に突っ込むように細工されている可能性
すらある。
「わかりました。
これから拘束している魔導具を解除して
いきますので……
落ち着いて行動してください。
まずは思いっきり上に向かってください。
出来ますか?」
「は、はい」
すると先頭の彼が、垂直になって飛翔し……
続けて後続も、それに従い上昇する。
最悪、水平飛行のまま投げ出されるのを想定して
いたが、これなら落下してくる彼らを受け止める
だけで済む。
先頭が高度およそ300メートルくらいに
達したところで、
「これから彼らを救出します!
全員準備お願いします!!」
私の号令に、イスティールさんたちと
シャンタルさんが無言でうなずく。
そして『ミサイルもどき』に向かって、
「魔力によって飛行する人工物など、
・・・・・
あり得ない」
そうつぶやくと、噴射していた炎が消え、
その速度がやや落ちた。
私は続けて、
「魔力を使った道具―――
拘束する魔導具など、
・・・・・
あり得ない」
そう小声で話した途端、
「わぁあっ!?」
「きゃあぁああっ!!」
「おかーさーん!!」
案の定、10人は空中へと投げ出され―――
私が乗っているドラゴンも含め、急いで2体の竜が
両手を差し出しながら彼らの下へ潜り込む。
「よし、確保!!」
「こっちもです!!」
まずはアルテリーゼとシャンタルさんが、
一人ずつ子供を受け止め、
「一番下のヤツから捕まえろ!!」
「うおおぉおおお!!」
グラキノスさんとノイクリフさんが
猛スピードで飛行し、やがて両腕に子供を
抱えて戻ってきた。
「こちらも無事です!!」
オルディラさんが、2人の獣人族を
抱きしめるように―――
大きな翼をバサバサと羽ばたかせ、
「私も、2人……!」
イスティールさんもやや下の方で、子供に
しがみつかれるようにして、ホバリングのように
空中に留まっていた。
これで10名、全員救助に成功。
後は……
「みなさん、念のためこの場から離れてください」
無人になった『ミサイルもどき』は速度を
落としながらも、上昇を続けていたが……
多分このままだと落下するだろう。
眼下には木々があるだけの土地が見える。
しかし、火事になる可能性もあるしな……
ここで始末しておいた方がいい。
「魔力で飛行する、爆発するものは―――
この世界では
・・・・・
当たり前だ」
私は飛行物体を『元に戻す』と、それは再び
火を噴いて速度を持ち直す。
続けて私は、妻であるドラゴンに声をかける。
「アルテリーゼ、頼む!」
「了解じゃ」
彼女はその長い首を上空へと向ける。
「忌々しい『みさいる』とやらめ。
……消え去れい!!」
瞬間―――
ドラゴンの口から火球が放たれ、それは
先頭の飛行物体に直撃した。
するとそれは大爆発を起こし……
後続の9本も次々と連鎖する。
まだ陽が高いにも関わらず、四散する
炎の光は、まぶしいとさえ感じるもので―――
「……消滅、確認したッス。
『範囲索敵』にも不審な感知ナシ」
「私たちはこれから王都へ報告しに行きます。
シンさんたちは公都へ帰還してください」
こうして、レイド君とミリアさんから
救出作戦完遂を告げられたメンバーは……
獣人族の子供たちを連れ、公都へ戻る事になった。