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#ファンタジー
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テント内の茣蓙に座り込んだユミヨは、専用の壺に入った馬乳酒を木のヘラでかき混ぜていた。モズルフの紹介もあり、手伝い見習いの体でルパイヤ族に取り入ることができたのだ。
「サネさん。あの白フサフサの家畜は何て名前なの?」
「バヨウよ。毛も高く売れるし、この集落の生計を支えている」
見たところ二十代後半のサネは、長身で痩せぎす。だが、褐色の体はキビキビ動く。短髪の黒髪は刈り上げに近く、ボーイッシュ全開だ。
そのサネが大きな盃をユミヨに手渡す。
「飲みなさい、精が出る」
作業の手を止めたユミヨが盃を覗き込む。乳白色の液体がなみなみと注がれていた。
「これは酸っぱい。結構酸味効いてますね」
盃に口を付けたユミヨが顔をクシャクシャにする。
「しっかり発酵された醸造酒は、栄養豊富。野菜を食べない私らの生命線なのよ」
馬乳酒を一気飲みしたサネが誇らしげに語る。すると、テントの扉が軋む音がした。
身を屈めて入って来たのは、なんと勇者レカーディオだった。目を剥くユミヨを一瞥した彼は、所在なげにうろつく。
「あんたはこっちに座りなさい。その壺を混ぜるのよ」
手厳しいサネの言葉を受け、レカーディオが動き出す。その動きがややぎこちない。襟付きシャツで隠しているが、傷は完治していないようだ。
レカーディオは木製のカウチに座ると、壺の中身を攪拌し始める。その様はやや投げやりに見える。
「だらけてないで、チャッチャとやりなさい! 無駄飯食わせる気はないよ」
レカーディオを叱り飛ばしつつ、サネがテントを出ていく。
「はじめまして。ゾノドコ新聞のユミヨといいます」
ここぞとばかりに、ユミヨが彼に詰め寄る。その手にはペンと手帳を握っている。
「誰だよあんた。新聞記者の仲間か?」
「その卵です。カチ割らないで下さいね」
訝しむレカーディオに対し、ユミヨが冗談めかす。
面と向かって見ると、彼は幼さの残る青年だった。負けん気強そうな顔つきとざっくばらんな黒髪がヤンチャな印象を醸す。象牙色の地肌とアメジストの瞳はハルヴァード人の証だった。
(私より年上、二十代前半ぐらいかなぁ。ちょっと生意気そうな皇子様だけど)
馬乳酒を混ぜ返しつつ、若き勇者を淀みなく観察する。
「まあまあ、駆けつけ一杯」
ユミヨが出来立ての馬乳酒を注ぎ、盃を勇者に手渡す。すると、彼の険のある表情が幾分和らぐ。
「ふん! 自分が作るものの味ぐらい、知っておくか」
受け取ったレカーディオが盃を傾けると、予想通りの渋面になる。
「早速質問、この集落に来たきっかけは?」
「魔物との戦いで傷を負ったから、治療のために世話になっている。それだけだ」
彼はむっつりした表情で答える。
「タダ飯食らう訳にはいかないから、ここの仕事を手伝えだとさ。それが皇子に対する態度かよ」
呆れ交じりに言い捨てると、壺内を雑に攪拌する。先ほど『皇子と呼ぶな』と叫んだのはなかったことにしたらしい。
「では肝心要。故郷のお父様を説得できる自信はありますか?」
ユミヨの質問を受け、自称皇子の動きがピタリと止まる。
「父上は優しさと厳しさを兼ね備えた賢人だった。魔に堕ちたとて、俺ごときの意見は聞き入れまい」
返答を濁したレカーディオが意気消沈する。
「だが、共和連合はお前をご指名だ。行くしかなかろう」
勇者の背後から、黒人戦士のヴァグロンが姿を現す。齢三十がらみの彼は彫り深い顔立ち。オールバックにした黒髪を後ろで束ね、浅いM字の前髪が凛々しい印象を引き立てている。
(彼は、名うての戦士ヴァグロン。リアルで見ると凄い体ね……)
戦士は袖なしのプレートを装備しており、隆々とした上腕二頭筋には入れ墨をしていた。
「それにしても、何で俺がこんなことを……」
「お前には社会経験がない。いい機会だから、ここで少し働いておけ」
図星指された若輩二人が畏まる。とばっちりを被弾したユミヨが苦笑を浮かべる。
馬乳酒を飲み干したヴァグロンがユミヨに向き直る。
「記者のユミヨさん、ちょいと外で話せるかい?」
無言で頷いたユミヨが彼の後を付いていく。レカーディオは寂し気な様子でそれを見送った。
***
盆地の縁、その小高い丘から二人は集落を見下ろしていた。剛健なヴァグロンと並ぶと、小柄なユミヨがことさら華奢に見える。
(彼は魔王率いる帝国に滅ぼされた少数民族の軍団長……だったはず。ぶっきらぼうな態度が玉に瑕だけど)
萎縮気味のユミヨが、おずおすとヴァグロンを見上げる。
「あいつ、ドでかい蛇に噛まれたんだ。毒無しの奴で助かったぜ、九死に一生ってやつだ」
ヴァグロンの細長い眉目に優しさがよぎる。勇者本人にはあえて厳しく接していたようだ。
「でもちょっと幻滅しました、あんなやる気なさげだなんて……」
ユミヨがそう思うのも無理はない。ゲーム内での彼は主役で、内面描写が乏しかったからだ。
「故郷を魔物に蹂躙された上に、父親がその頭領になるなんざたまったものじゃない。同情の余地はあるさ」
ヴァグロンが遠い目で空を仰ぐ。似た境遇が、二人を引き合わせたのだろうか。
(確かレカーディオは側室の子で、母とは死別しているはず。彼も孤独と向き合っているのね……)
ユミヨが悲し気に目を細める。
「勇者は戦いのセンスを持て余している。訓練を重ねて、ハルヴァードに向かって下さい」
ユミヨが真剣な眼差しで見つめるが、ヴァグロンは鼻で笑う。
(私も最終局面には同行したい。けれど、ここで切り出すにはあまりにも……)
「姉ちゃん、知ったかぶりもほどほどにしときな。あいつのお守りを頼んだぜ」
言い置いたヴァグロンが、片手を上げて立ち去って行く。
「そう言われても、私も今日で……」
と言いつつ、前方に連なる山脈を仰ぎ見る。その稜線には太陽の一部が隠れていた。
(あれ? そう言えば約束の時間……)
辺りを見回すがチョビ髭の姿は見当たらない。その代わり、草原中に散らばっていたバヨウたちが群がっていた。
「不思議でしょう? あいつら、夕方になると自然と集まってくる」
サネが横合いから声を投げる。エプロンめいた衣装が泥にまみれていた。
「夜中には魔物が出るから、檻の中が安全ってわかっているのよ。あんたも泊っていきなさい」
サネが強引にユミヨの腕を引く。
「分かりました。夜の仕事も手伝うわ」
引っ張られつつ集落を見やると、族長のテント前でドワーフのロコモンが大きく両手を振っていた。