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僕は女の子が苦手だ。
いや、苦手というレベルの話ではない。もはやトラウマと言った方が正しいのかもしれない。いわゆる女性恐怖症というやつだ。そりゃそうだ、『あんな出来事』を経験をしてしまったら。
どうして僕が女の子に対して苦手意識を持つことになってしまったのか。説明したいのはやまやまだけど、今はそれどころではなくなってしまっているというのが実のところだ。
何故かというと――
(うわあーーーー!!)
ただいま、絶賛悶絶中なのだ。机にガンガンと頭を打ち付けている最中。ここが学校の教室であることも忘れて、何度も何度も打ち付けている。一応、声には出さないように気を付けてるけど。
それにしても、まるでバスドラムだな、こりゃ。打ち付けるたびに、乾いた教室の中にリズミカルな低音が響く。
(思い出すな! 忘れろ、忘れろー!!)
心の中でそう叫び、自分に言い聞かせる。少しでも気持ちを落ち着けないと。しかし、昼休みに青春ものの小説なんて読まなきゃよかった。それがトリガーとなって、先にも言っていたあの時のことを思い出してしまった。
で、こんな感じになってしまったというわけだ。このようになってしまうのは中学生の頃から。それは高校生になった今でも未だに治っていない。ずっと変わらず。
それにしても……。
「ん? どうしたんだろう?」
なんだかやたらと静かだな……。さっきまで皆んなの話し声や笑い声、それに女子のキャピキャピ声が聞こえてきていたんだけど。
「あ……」
ちょっと冷静になったところで教室のぐるりを見渡すと、クラスメイトの皆んながポカーンとしながらめっちゃこちらを見ていた。視線をコチラに向けられていた。
教室内はしーんと静まり返り、しかも皆んな固まったまま動かない。なるほど。どうやら僕には時間を止める能力があったらしい……て、違う! 皆んなをドン引きさせてしまっただけだ。
考えてみたら、そうか。高校に入学してからは初めてか。皆んなが僕のこの異常なまでの行為を見るのは。まあ、当然か。僕だってこんなことをしている人を見たらこう思うことだろう。『危ない奴』と。
「ご、ごめんね皆んな! 気にしないで!」
そう言って、僕は意味もなく襟を正す。いや、もう遅いんだけど。
「また、やってしまった……」
はあー、と溜息をひとつ。これじゃ中学の頃と全く変わらないじゃないか。高校に入学して早一ヶ月が経とうとしているけど、相変わらず女子と会話をしたことがないし。できないし。いや、一度だけあるか。「消しゴム落としましたよ?」って、隣の席の女子に声をかけてもらったっけ。
……会話って、何さ。
「ああ、もう嫌だ……」と、僕は頭を抱えながら一人ごちる。
それにしてもこの前、席替えがあって本当に良かった。窓際の隅の席をゲットすることができたから。やっぱり隅っこは落ち着く。外の景色も見ることができるし。それに授業中に居眠りをしてもバレにくい。隅っこ最高。
だけど、僕にとってこの席替えで一番良かったと思う理由は他にもあるんだ。
僕はチラリと隣の席を見やった。うん、やっぱり落ち着く。
僕の隣に座っている女の子。名前は心野雫さん。なんだか彼女を見ていると、とても落ち着くんだ。理由は簡単であり、シンプルであり、そして明白だ。失礼を承知で言ってしまうと、僕と同類なんじゃないかなと思えてしまうんだ。親近感が湧くんだ。
心野さんはとても大人しい人――いや、大人しいどころじゃないか。高校生になってから、心野さんがクラスメイトと一緒にいるところも、喋っているところも見たことがない。こんな僕でさえ、一応男友達くらいはいるのに。一人だけだけど……。
心野さんは伸び切った前髪を下ろしていつも顔を隠している。他の女子と比べてスカートの丈も長いし、制服も着崩したりはしないし。ちょっと失礼だけど地味子ちゃんという言葉がしっくりくる。そんな女の子。
(はあー、一度でいいから話してみたいな)
女の子が苦手な僕だけど、不思議と心野さんとは喋ってみたいと思えてくるんだ。それに女性恐怖症克服のためにも、まずは心野さんと友達になりたい。そんな気持ちが自然と湧いてくる。
僕の名前は但木勇気。その名に恥じぬよう、僕もそろそろ勇気を出す時が来たのかもしれない。
だから僕は今朝、登校しながら決意したんだ。今日こそ心野さんに話しかけてみようって。だけど喋ることを拒否されたらどうしようだとか、そんなネガティブなことばかり考えてしまう。それに話しかけても絶対に喋ってもらえないはず。
だってこれまでクラスメイトに話しかけられても言葉を発することなく、ただただ頷いたりするだけだったから。だから僕が話しかけても同じ結果になってしまうことだろう。
それに、女性恐怖症である僕はやっぱり女子に話しかけるのは、なんだかんだ言っても怖い。しかも、もし他のクラスメイトと同じように対応されたりしたら、僕は絶対に落ち込むことだろう。
(いや、自分を信じろ! 但木勇気! 大丈夫だ。心野さんはちゃんと何かしらのアクションは起こしてくれるはず。確かに普通に会話ができるようになるまでには時間がかかるかもしれない。長期戦になるに違いない。でも、それは重々承知の上だ。大丈夫……大丈夫)
そうだ。悩んでいても仕方がない。何も変わらない。まずは行動をしないと何も始まらない。そうしなければ、僕は一生女性恐怖症を抱えたまま人生を終えてしまうことだろう。それに、高校生になったのにまた中学の頃のように女子に対してびくびくするつもりか? 否。そんなの絶対に嫌だ!
こうなったら、もう勢いに任せて話しかけてやる!
「ね、ね、ねねね、ねえ、こ、心野さん? ちょ、ちょ、ちょっといいかな?」
「ヒ、ヒイッ!!!!」
話しかけたその瞬間、心野さんは驚きの声を上げ、そして椅子に座った姿勢のまま飛び上がってしまった。『お尻が浮く』という言葉は知っているけど、本当に浮くんだ……初めて見たよ。それに、僕もやっぱりキョドってしまった。まるで針の壊れたレコードみたいに。
でも――。
「な、なななな、なんでしょうか!」
(え? 嘘……だろ!?)
心野さんが、僕に返事を返してくれたのだ。
初めて聞いた、心野さんの声。僕と同様、キョドりすぎではあるけれど。でも、言葉を返してくれただけでも驚きだった。しっかりとコミュニケーションを取れるまでには絶対に時間がかかると思っていた。なのに、どうして?
そして、急に教室内がざわつき始めた。ぐるりを見渡すと、クラスメイト達もそれに気付いて驚いているみたいだ。心野さんが喋ったことに。声を発したことに。
「ご、ごめんね驚かせちゃって。い、いやね、席替えしてからまだ挨拶したことなかったなあって思って。それで話しかけたんだ。……迷惑だったかな?」
「そ、そんなことは、ない、です……はい……」
そう言いながらも、心野さんは両手で長い前髪を掴み下に引っ張って、いつもより顔が見えないようにしてしまった。に、しても不思議だ。緊張はまだ若干はしているものの、女性恐怖症である僕が、いつもよりも普通に喋ることができている。
でも、どうして僕に対してはちゃんと会話をしてくれるんだろう。
「そ、そっか、それなら良かった。あ、ぼ、ぼぼ、僕の名前は但木――」
「し、知ってます。た、但木勇気さん、でしたよね……?」
心野さんはこっちを見ず、まだ前髪を両手で掴んだままだけど、僕の名前を声にしてくれた。意外な展開だ。
「……心野さん、僕の名前覚えてくれてたの?」
「は、はい、入学式の時の自己紹介で……」
嘘!? え!? あの時の自己紹介で僕の名前を覚えてくれていただなんて。ビックリだ。ビックリだけど、それ以上に嬉しくてたまらない。
「す、すごいね心野さん。もしかしてクラスの皆んなの名前も?」
「は、はい。い、一応は覚えてます……はい……」
すごい記憶力だな、心野さんって。でもこの流れ、悪くないぞ。なけなしの勇気を振り絞って話しかけて本当に良かった。それに、緊張感の方も少しずつ解けていくのを感じる。今なら自然体で会話を続けられるような気がする。ほんの一握りの小さな小さな自信。そして希望が湧いてきた。
と、いう時に限って出てくるんだよね、アイツが。
「おーい、但木。なに心野さんのことナンパしてるんだよ」
「な、なななな、ナンパ!!?? え!? 但木くん、わ、わ、私のようなミジンコ以下の人間に、な、ナンパしてくれたんですか!?」
……なんて最悪なタイミングで話に入ってくるんだよ、友野!
あと心野さん。自分のことをミジンコ以下とか言ってるし。そこまで自分を卑下することはないでしょ。
「友野、お前な……僕がナンパなんかするわけないだろ! 知ってるだろ! 僕は女子が苦手だってことを!」
「ああ、知ってるよ。当たり前だろ。中学の時からずっと同じクラスだったんだぜ? お前のことは誰よりも知ってるし理解してるよ。それにしても但木、お前さっきもまた机にガンガン頭打ち続けてただろ。その癖、いいかげんやめろよな」
「やめたいよ! やめたいけど、無理なんだって!」
いきなり会話に割って入ってきたコイツは友野はっちゃく。この名前、あだ名でもなんでもなく本名なのだ。親父さんが好きな漫画のキャラの名前を付けたらしいけど、さすがにはっちゃくはないだろ……と、僕は思っている。
「友野、ちょっと邪魔しないでくれるかな? 僕は今、心野さんと話して……って、こ、心野さん!? どうしちゃったの!?」
心野さん、机に突っ伏したままだらーんと両手を投げ出して動かない。え? 本当にどうしちゃったの!?
「お父さん、お母さん……私は生まれて初めてナンパされちゃいました……。我が生涯に一片の悔いなしです……」
「ナンパじゃない! ナンパじゃないって心野さん!」
「ああ……こんなミジンコ以下の私がナンパされるだなんて……。これで私、リア充の仲間入りです。あ、三途の川が見える。去年亡くなったひいお婆ちゃんが手招きしてる。今からそっちに行くね、お婆ちゃん」
「ちょっ!? 待って心野さん! 話をちゃんと聞いて! ナンパじゃないってば! だからこっちの世界に戻ってきて! というか心野さん、一体何が見えてるの!?」
「ふふ……うふふふ……」
「ぶわっはっはっは! 心野さんってこんなに面白い人だったんだな。一度も会話できたことがなかったから知らなかったけど。いいんじゃね? ナンパってことで。二人ともお似合いだと思うぜ」
「友野、お前……この状況を見て笑えるお前、すごいよ」
――結局、心野さんは全ての授業が終わるまでずっとこのままだった。帰る時も「ナンパ……ナンパ……」と呟きながらフラフラと教室を出て行ったし。
あれでちゃんと帰れるのかな……。