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食事の後、セックスの後、圓治は必ずタバコを吸う。そして、シャワーを浴びてまた一服。
パンティを履き、ブラジャーをつける。そこで、美緒は気が付いた。
「プレゼント?」
綺麗に畳まれたジャケットの上に、リボンのついた小さな箱が置かれていた。
「圓治!」
美緒は笑みを浮かべ、圓治の元へ走る。シャワールームを開け、プレゼントを掲げて見せた。
「びっくりしたかい? プレゼントだ。開けてごらん」
汗を流しながら、圓治は笑った。
「ありがとう!」
美緒は着替えるのも忘れ、下着姿でソファーに座った。
早速、プレゼントを開けてみる。
「あっ……」
トクンッ。
心臓が一つ鳴った。
プレゼントの中身は、先日、慧と一緒に見たあのカチューシャだった。スワロフスキーが鏤められた、カチューシャ。
「あのカチューシャだ」
慧の笑顔が甦る。
胸が痛くなった。
あの時は綺麗だと思ったカチューシャが、ラブホテルのギラギラとした光り照らされると、どこか毒々しく感じる。
圓治から貰ったプレゼントで、慧を思い出してしまう。
「…………」
意識して、美緒は慧を思い出さないようにしていた。だが、こうしてちょっとした事で慧を思い出してしまう。
「綺麗……」
目に眩しいスワロフスキーの輝き。それを、美緒は指先で一つ一つなぞっていく。
今頃、慧は何をしているのだろうか。きっと、大好きな本を読んでいるのだろう。
「慧君……」
ふと、慧の名前が口から零れた。
それを自覚すると、カッと顔が赤くなるのが分かった。
「気に入ったかい?」
シャワーから上がった圓治が、体を拭きながらこちらに近づいてくる。
「似合うと思ってな」
「うん、ありがとう。凄く気に入った」
「高かったぞ」
「知ってる」
「?」
美緒は服を着替えると、貰ったばかりのカチューシャをつけてみた。
姿鏡に映る美緒は、体を回転させ、カチューシャの具合を確認した。白い柄物のシャツに、ベージュのパンツ。キラキラと輝くカチューシャは、少し浮いていた。きっと、モノクロの服や原色系の服と合わせると、映えるかも知れない。
「…………」
美緒はカチューシャを取ると、鞄にそっとしまった。
欲しかったはずのカチューシャ。だが、不思議な事に、あの時慧と一緒に見た時のようなトキメキが胸にはなかった。折角に手に入ったというのに、不思議と胸には穴が開いたままだった。
「美緒、いこうか」
ホテルの支払いを済ませた圓治が、靴を履き美緒を促す。
「うん」
最後に、忘れ物が無いかを確認し、美緒はサンダルを引っかけた。
ホテルから出ると、ムッとした空気が美緒を包んだ。
シャワーを浴びたばかりだというのに、すぐに汗を掻きそうだ。
圓治と手を繋ぎ、美緒は裏口にある小さな出口から外に出た。
繁華街の片隅にあるホテル街。入り口は大通りに面しているが、出口はその裏手にある。ここを通る人は殆どいないため、安心して歩くことが出来た。
「よう」
ホテルを出て数メートルも歩かないうちに、横手から声が聞こえた。
心臓が止まりそうになる。
「鹿島美緒、久しぶりだな」
美緒の前に現れたのは、白いカットソーにダメージジーンズを履いた青年だった。少し長い髪に、白い肌。人目を引きつける、少し切れ長の目。まるで、アイドルグループにいそうな青年だった。
人目を引きつける外観。しかし、それ以前に、彼の雰囲気が異常だった。氷の様に冷たい雰囲気。見つめられるだけで、魂を鷲掴みにされるかのようだ。
「あなた、黛……那由多?」
最悪だった。
中学の時の同級生が、そこにいた。見計らったかのような、絶妙すぎるタイミングだ。
「あ……あの」
二の句が継げなかった。
胃袋が、石を詰め込まれたかのように重く感じる。手足の感覚がなくなり、ピリピリと痺れる。
「…………」
那由多は何も言わない。
ただ、黙ってこちらを見て、横にいる圓治を見る。
「あの……」
「止めておけ。お前、良くないよ。破滅の音が聞こえる」
「え?」
耳を疑った。那由多は、何を言った?
ふと、彼は視線を美緒の背後に送る。そして、僅かに目を細めた。
美緒は釣られて背後を見る。那由多の視線の先には、あの『少女』が立っていた。暗い、闇に沈み込むような眼差しをこちらに送っている。
「お前、慧と付き合ってるんだって?」
「えっ?」
美緒は驚いて圓治を見る。圓治は肩を竦め、那由多を見る。
「なんだい、君は?」
「そういうお前こそ、誰だい? 高校生と遊んで、人生を捨てる気かい?」
「…………お互い同意の上だ」
「関係ないだろう? 同意の上だろうと無かろうと。立派な犯罪だぜ?」
「ガキが……!」
圓治は、悔しそうに唇を噛んだ。美緒を背後にやり、ズイッと一歩前へ出るが、那由多は眉一つ動かさず、圓治を見つめる。
「これは忠告じゃない、警告だ」
那由多は圓治と、その背後に佇む美緒に告げる。
「早くその関係を清算しないと、大変なことになる」
「何を訳の分からないことを――!」
圓治は那由多の胸ぐらを掴もうとしたが、那由多は伸ばされた手首を掴むと、それを捻り上げた。
「ウッ!」
腕を決められた圓治は、無造作に那由多に押され、尻餅をついた。
「警告はしたぞ。それと――」
那由多は溜息をつくと、美緒に詰め寄った。
美緒は、体が金縛りになってしまったかのように、その場から動くことが出来なかった。
黛那由多。中学の頃から、掴み所のない不思議な男だった。何度か話したことはあるが、そう親しい間柄でもなかった。
那由多の口が耳元に添えられる。
ぞくりとする感覚。性的な感覚ではなく、背筋が凍るような、恐怖に近い感覚だった。
「絶対に慧を泣かすな。分かったな?」
「那由多、あなた、なんなの? 何者なの? どうしてここに?」
「偶々、タイミングがあったからな」
「タイミング? 私をつけていたの?」
「そこまで暇人じゃない。この辺りに用事があったから、立ち寄っただけだ。お前達が来るのは、分かっていたからな」
「分かっていた? どういう事?」
「情報通の友人がいるだけだ」
那由多! 早く! 何やっているのよ!
その時、遠くから那由多を呼ぶ声が聞こえた。
見ると、遠くに金髪の少女が手を振っている。確か、那由多の妹、『波呂』だ。
フッと溜息をついた那由多の雰囲気が、突然柔和なものへと変化した。
「分かっているよ!」
大声で応じた那由多は、最後に美緒と圓治を見た。
「警告はしたぞ。後は、お前達次第だからな」
そう言い残すと、彼は波呂を追って走っていった。
「あのガキ、何者だ? それに、彼氏が出来たって?」
起き上がった圓治に手を貸した美緒は、曖昧な笑みを浮かべただけだった。
仲間内の悪ふざけで、嘘をついて慧と付き合っている。そんな事を言えば、圓治だって幻滅するはずだ。
それに、口にしてしまうと、自分のやっている愚かなことを再確認するかのようで、嫌だった。
「時間でしょ? 帰らないと」
那由多の登場。そして、彼の言う警告。
予言めいた事を言っていたが、果たして本当の事なのだろうか。
普段は、占いなど全く気にしない美緒だったが、こと、あの那由多の言葉だ。彼は明確な事は何一つ言わなかったが、やはり引っかかる。
『破滅の音』。彼の言う破滅とは、一体何を指すのだろうか。
「気にすることはない。所詮、ガキの戯言だ。焼き餅を焼いているだけだ、どうせ」
「うん……」
圓治に作り笑いを浮かべながら、美緒は歩き出した。
その後、駅まで一言も話さず、美緒と圓治は別々の電車にのって帰路についた。