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◆◇◆◇◆◇◆◇
風呂に入り、自室に戻った慧はベッドに倒れ込むように寝転がった。
疲れた。
久しぶりに体を動かしたからだろうか、脹ら脛と太ももが痛い。
慧はバイトを始めた。
切っ掛けは些細な事。あの日、美緒と一緒に見たショーウインドに飾られていたカチューシャ、それを買おうと思ったからだ。
週二回、知り合いの喫茶店でのアルバイト。慧の通っている高校では、原則としてアルバイトは禁止だ。そこで、慧は叔父が経営している喫茶店に、無理を言ってアルバイトとして雇って貰った。
当然、時給は安いが、時間に融通が利くことと、個人経営の喫茶店なのであまり同級生が来ないという事で都合が良かった。
アルバイト初日。
慧の仕事は接客が中心だ。それと、店内の清掃。大した仕事ではないが、初めての接客ということもあり、気疲れしてしまった。そして、五時間近く経ちっぱなしだったため、不覚にも筋肉痛になってしまった。
「少しは運動しないとダメだな」
時刻は午後九時。普段なら勉強をしている時間だったが、今日はそんな元気はなかった。
開け放たれた窓から、虫の音と温い風が入ってくる。六月も初旬。まだ、暑いと言うには時期的に早い。雨は降っていないが、徐々に空気は湿気を帯びてくる季節だ。
優しい風が、僅かにレースのカーテンを揺らす。
慧は目を閉じた。
虫の音を子守歌代わりにしながら、慧は夢の中へと墜ちていった。
……ルルルルル……
……ルルルルル……
スマホの着信音に、慧は浅い眠りから呼び戻された。体は反応しているが、頭は反応していない。
「はい……」
画面を見ず、慧は通話ボタンを手探りで押した。
「慧君? 美緒だけど。もしかして、寝てた?」
「え? 美緒さん?」
のそりと起き上がった慧は、ベッドの上で正座をした。
「ゴメン、少しウトウトしていた」
「そっか。起こしてゴメンね……。どうしても今日中に電話したくって」
「うん。なに? どうかしたの?」
急速に眠気が覚めていく。時計を見る。時刻は十時になろうかという所だ。一時間近く寝てしまったのだろう。
「うん――」
美緒は言い淀む。
声のトーンがいつもと違う。何かあったのだろうか。
「どうかしたの?」
もう一度尋ねる。
「いや、あの……。慧君、那由多と友達だよね?」
「うん。たまにSNSでやり取りはしてるよ?」
「そっか……」
「那由多君がどうかした?」
美緒の口から意外な名前が飛び出した。
途端、慧の心臓が一つ大きく震えたように感じた。彼が、美緒に何かしたのだろうか。彼の行動は予想がつかない。何もかもがミステリアスな人物なのだ。
「……ううん。何でもない」
「そう? なら良いんだけど、悩んでいることがあったら、なんでも言ってね。僕に出来る事なら、何でもするから」
「慧君、ありがとう」
電話口から美緒の溜息が聞こえてきた。
「ねえ、明日、デートしない?」
「デート?」
「慧君の時間があればだけど。……突然で、ゴメンね。予定入ってた?」
「ない、ないよ! 全然ない」
「本当に? 良かった、じゃあ、明日駅前で待ち合わせしない?」
「良いよ、僕は一日暇だから」
「じゃあ、午後一時に駅前ね。私ね、見たい映画があるの」
「分かった。じゃあ、午後一時ね」
最後、美緒は笑いながら通話を切った。
彼女の言いたかったこと、那由多の事が気になったが、彼女が口にしないのなら、無理に聞き出すのも悪い気がした。それに、那由多が絡んでいるのだ、悪い事ばかりとも思えない。
「デートか」
学校帰りなどは、ファミレスなどに寄ったことはあるが、改めて休日に会うというのは初めてだ。半日近く、美緒の時間を独り占めできる。果たして、会話が続くのだろうか。
色々と心配はあるが、それ以上に楽しみの方が大きかった。
そこで、慧はハッと我に返った。浮かれてばかりいられない。明日は、初めての休日デート。私服姿を見せるのは、始めてた。美緒がどんな服を好むのか、全く分からない。
「困ったぞ」
慧はベッドから飛び降りると、クローゼットへ向かった。そして、明日着ていく服を日付が変わるまで思案してしまった。
結局、最後に思い至ったのは、以前那由多が言っていた言葉だ。
清潔、新しい服装。丁度、先日近所の量販店で購入したシャツと、黒のスキニーのパンツがあった。それに、柄物のシャツを合わせれば良いだろう。雑誌を見て色々勉強したつもりだが、やはり那由多の言うとおり、自分にはそれが合わないように思える。
身の丈のあった物。
今までの慧の人生がそうであったように、高校生は高校生らしい服装でデートをすべきだ。
「…………」
デート。果たして、それだけで終わるのだろうか。
服が決まり、余裕が出来た慧の脳裏に邪な考えが浮かび上がる。
美緒の唇、そして、同級生の中でも大きめな胸の膨らみ。
もしかすると、デートの後に――。
有り得ない。常識で言えば、初めてのデートで、それも高校生で一気に大人の階段を駆け上るなど有り得ない。
経験豊富な人なら兎も角、慧は何も感もが初めての経験。さらに、口下手というおまけ付きだ。もちろん、童貞でもある。キスの経験だってありはしない。
そんな事、有り得ない。有り得ないと思いながらも、期待している自分がいることに、慧は腹立たしかったし、恥ずかしかった。自分の心の内を、美緒に知られるのが恥ずかしい。軽蔑されるのが怖い。
心とは裏腹に、美緒の事を想像すると、まだ見ぬ彼女の裸体が浮かび上がる。
闇の中に浮かび上がる白い肌は、滑らかなでまるで磁器のようだ。仄かに温かく、柔らかい。少し荒い息づかい。肌の上を流れる黒い髪。少し汗ばんだうなじ。口紅を差した唇。
美緒の全てが官能的だった。
目を閉じると、まるでそこに美緒がいるかのように、匂いと熱を感じ取れるようだ。
いつの間にか、ペニスがはち切れんばかりに膨張していた。
唇を噛んだ慧は、頭の中から美緒を追い出そうとした。
静まれ静まれ静まれ。
だが、なかなか美緒は頭の中から離れない。それどころか、裸の美緒は慧を誘惑してくる。
結局、慧は美緒の誘惑に勝てず、自分で自分を慰めてしまった。
美緒の事を思ってする自慰。だが、終わった後に感じる罪悪感は凄まじい物だった。