綿の精霊たちがいる世界の女王様は自分の姿を偽《いつわ》っていた。
出会った時は成人女性だった。
けれど、それは偽《いつわ》りの姿。
本当は幼《おさな》い女の子だったのだ。
彼女はナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)にそのことを知られたくなかった。
しかし、現実は残酷だ。
ミノリ(吸血鬼)と戦い、敗れたせいで理想の外見にする魔法が解けてしまった。
しかも彼に自分の本当の姿を見られてしまったのである。
「なあ、女王様。俺、いくつに見える?」
「え? そ、そうですね……十歳くらいに見えますね」
「まあ、外見だけはそうだな。けど、残念ながら俺は今年で二十八歳になるんだよ」
綿の精霊たちの女王様は目をパチクリさせた。
「そ、そんなことって」
「あるんだよ。まあ、俺が二月の誕生石の力を使っちまったせいだけどな」
「ということは、あなたも私と同じ……」
「一緒にするな。俺のは自業自得だが、あんたのはただの虚飾《きょしょく》だ」
「えっと、私の食欲の話ですか?」
ん? なんか会話が噛み合ってないぞ。
ナオトが反応に困っていると、ミノリ(吸血鬼)が女王様にこう言った。
「あんたが想像してるのは食を拒《こば》む方の拒食でしょ? ナオトが言いたいのは見た目を偽《いつわ》る方の虚飾よ」
「そ、そうなのですか。すみません。不勉強で」
「大丈夫よ。誰にだって知らないことがあるんだから」
ミノリ、お前……。
「たまにはいいこと言うんだな」
「いつもいいことしか言ってないわよ? あたしは」
そうかな?
まあ、いいや。とりあえず女王様を立ち直らせよう。
「まあ、要するに……。あんたはあんたのままでいいってことだよ」
「こんな幼《おさな》い体に欲情する人なんていませんよ。今までここに連れてきた人間たちはみんなそうでした」
「まあ、いきなりその姿で出てこられたら反応に困るだろうけど、別に悪くないと思うぞ?」
彼女は彼の顔をじっと見つめ始める。
「な、なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、その……そんなこと今まで誰にも言われたことがなかったので」
「それはあれだろ? 今まで誰にも優しくされたことがないから……耐性がないから、そんな恋する乙女みたいな気持ちになってるだけだろ?」
恋……。これは恋……なのでしょうか?
「ちょっとー。まだ話終わらないのー?」
「うーん、まあ、そうだなー」
「あっ、そう。じゃあ、終わったら呼んで」
「おう」
ミノリ(吸血鬼)はその場で横になった。
まあ、ナオトの方に背を向けた状態で話を聞いているのだが。
「女王様ー。大丈夫かー? 生きてるかー?」
彼が彼女の目の前で手を振っていると、彼女ははっと我に返った。
「あっ、すみません。ぼーっとしてしまって。えっと、私は今のままでいいという話でしたっけ?」
「ああ、そうだ。まあ、あんたは多分、甘える方が向いてるから、甘えたくなったら俺を呼んでくれ」
「甘える……。で、では、今甘えても、いいですか?」
「ああ、いいぞ。ただし、一つだけ条件がある。俺の前では、その丁寧な口調をやめてくれ。なんかあんまり嬉しくないから」
「分かりま……分かった」
「よしよし。じゃあ、おいで」
彼はその場にあぐらをかいて座ると両手を広げた。彼女は一瞬、躊躇《ためら》ったが彼に自分の体を預けた。
「あなたの心臓の音を聞いていると、すごく落ち着きま……落ち着く」
「そうか? 別に普通だと思うけどなー」
というか、俺の心臓じゃないし。
「そんなことないよ。すごく落ち着くよ。ねえ、あなたのこと、お兄ちゃんって呼んでもいい?」
ミノリ(吸血鬼)は「ダメよ!」と言いそうになったが、彼女はそれを腹の中に押し込んだ。
「ああ、いいぞ。あっ、そういえば、あんたの名前知らないな」
「そういえば、言ってなかったね。まあ、名前なんてものはないんだけどね」
え? ないのか? まあ、この世界の女王だから名前なんてなくても困らないだろうが。
「そうなのか。じゃあ、俺があんたに名前をつけてやるよ」
「本当? じゃあ、お願い」
「おう! 任せとけ!!」
……綿……コットン……女王……クイーン。
うーん、なんか違うな。白……ホワイト……。
「……うーんと……じゃあ……メイン、とかどうだ?」
「メイン? なんて意味?」
「えっと、主《おも》な、とか重要な……って意味だ。女王様はこの世界にとって重要な存在だから……って安直すぎるかな?」
「ううん、それでいいよ。ありがとう、お兄ちゃん。大好き」
彼女は彼の首筋に優しくキスをした。
「ど、どういたしまして」
「終わったー?」
「まだだよ。せっかちさん」
「はぁ? あんた、ケンカ売ってんの?」
「今、お兄ちゃんは私とイチャついてるんだから邪魔しないで」
ナオトが首を横に振っていなければ、彼女は女王様を殴っていただろう。
「えへへへ、お兄ちゃーん」
「おー、よしよし。メインは可愛いなー」
「えー、そうかなー? そうかなー?」
ミノリ(吸血鬼)は彼女に手を出さなかった。
彼女が満足するまで、ぐっと堪《こら》えていた。
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