テラーノベル
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昔、地面を掘って壁を越えようとした坑夫の話を聞いた。
その坑夫は結局壁を越えることはできず、友人共々行方不明になったそうだ。
この話が本当かどうかは分からなかったが、その時私は思った。
我々が見ている物とその本質は、全く違うものなのかもしれない。
私が今、青空だと思って見ているものも
他の人から見たら夕焼けなのかもしれない。
だが私はその事実に気がついても、全く興味が湧かなかった。
自分は好奇心というものとは無縁の存在に感じた。
新しいものを見たとしても、そこまで。
さらに深く追究したりはしない。ただ入ってくる情報だけを使って生きてきた。
好奇心が無い代わりに、物の本質というものを理解する能力には長けていたと思う。
一目見ただけで、人の本質も物の本質も…その他色々な物の本質を理解できた。
そのおかげで私は、この生き方でも何不自由なく暮らせていた。
12歳になり、やりたいことも無かったので
私は兵士になることにした。そのまま訓練兵団に入り、
運良く10番以内に入れたら憲兵団に入ろうと考えていた。
「おーい!お前!」
訓練兵になり一週間した頃、私に話しかけてきた奴がいた。
「モブリット…だっけ。お前いつも一人で飯食ってるよな。」
「別に、騒がしいのが苦手なだけ。」
そのままその男は話し続けた。
そのうち相槌を打つのも億劫になり、私は無心で夕食を食べる。
彼は相槌が無くなったことも気にせず話し続ける。
どうやら男の名前はアーベルというらしい。
家は酒場で、夜まで騒がしくて眠れないとか。
最近ついに堪忍袋の尾が切れ、逃げるように訓練兵団に入ったらしい。
私はその一方的な自己紹介を一通り聞いて、食器を下げにいく。
「なんだ、つれないなぁ。質問とかないのか?」
「自分で全部話してただろ。」
「あ、そうか。」
その日を境に、アーベルはなにかと私に話しかけてくるようになった。
座学がよく分からないから教えてくれだの、髪が少し伸びたんじゃないかだの、
今日の飯は味付けが濃いだの…
正直言って鬱陶しくて仕方がない。
私はいつしか、彼を避けて日々を過ごすようになった。
「よう!なんか久しぶりだな!」
「げ…」
「その反応はなんだよ、失礼だな。」
彼は、今日の座学の内容について話し出した。
「今日のは難しかったな…右耳から聞いても左耳から抜けていくぞ。」
「左耳に栓でもしておいたらいいんじゃないの。あと、そこまで難しくはないと思う。」
「お前座学得意だからな…頼む!今日パン半分やるから教えてくれ!」
どうせもらうなら金の方がいいと思いながら、私は首を横に振る。
「座学は…嫌いなんだよ。」
「え?けどいつも満点じゃないか」
「得意と好きは違う。座学は得意だけど、嫌いだ。」
私はそう話すと軽く会釈をし、次の訓練場所に向かった。
そう、座学は…嫌いだ。 なんの興味も湧かないし、聞いてれば分かる内容ばかり。
本質を理解する能力に加え、記憶力も良くなっていたので
さらに座学は、私にとってつまらないものになっていた。
次の訓練は対人格闘技だった。
これが大した点数にならないというのが、私には一目見ただけで分かった。
憲兵団に入りたかった私は、教官にバレないように上手く訓練をサボる。
その時、私の肩を掴んだ者がいた。まずい、教官にバレたか。
そう思い振り向くと、そこにはアーベルがいた。
「おいおいモブリット…サボりはよくないぜ。」
ちょっとオレと一戦やろうや、と彼は言い
木製のナイフを私に渡す。対人格闘訓練は、このナイフを相手から奪うのが目標である。
「お前みたいな筋肉バカに、私が敵うはずないだろ…」
「やってみなきゃ分かんないだろ? 」
結果は惨敗。私はまだ少し荒い息を整え、ゆっくり立ち上がった。
「はぁ…もういいだろ。私は行くよ。」
「ちょっと待てよモブリット、次はお前がオレからナイフを奪う番だぞ」
まだやるのか、バカは自分の限界が分からないとはこの事だな…と思いながらも
教官にチクられたら憲兵団どころではなくなるため、渋々もう一戦交える。
「ふっ!」
「ぐおっ!?痛ってぇ!!」
先程とは打って変わって、今度は私の圧勝。
地面に倒れ込んでいる筋肉バカから、ナイフを奪う。
「卑怯だぞ…向こう脛思いっきり蹴りやがって…」
「いざ実戦ってなった時、お前は相手の向こう脛ががら空きだったらどうするんだ?
可哀想だから蹴らないって…?早死にするよ。」
私はそう言って、さっき奪ったナイフを投げて返す。
アーベルはまだ私に言いたいことがあるらしく、私の腕を掴む。
「ちょっと、痛い…いつも同類とばっかつるんでるから、
人間への力加減が出来なくなったんじゃないのか?」
「おっと、悪い。あの、お前さ…」
「いつもつまらなそうだよな。」
彼は、唐突に私の核心を突いてきた。
返事をすることも出来ずに、私はただ黙って地面を見る。
「なんか、達観してるというか…いや、それとも違うな。
お前は、もう物事の本質を理解してるんだ。見るだけで本質を理解できる。
だからそれ以上のことを知ろうとしない。
こんなにすごい能力が、 お前の好奇心を殺してるんだ。」
こいつは、なんなんだ 。
心を読めるのか?いや、違う…私と同じだ。
彼も私と同じく、見るだけで物事の本質を理解できるタイプの人間なのだろう。
こいつの場合、それ以前にバカなため自覚がないようだが。
「そりゃどうも、心配してもらわなくても結構だよ。」
「ああ、これはご丁寧にどうも…別に、心配してるわけじゃねえよ」
ただ、言いたかっただけだ。アーベルがそう言ったのと同時に、訓練終了の合図が出た。
まったく、こいつのせいで訓練をサボるどころか無駄な体力を使わされた。
今日は筋肉痛確定だろうな、と考えながら私達は兵舎に戻った。
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今日の座学は、巨人についての講義だった。
私は、その時初めて“理解できない”という感覚を味わう。
立体機動装置の仕組みや内部の作り、故障した際のメンテナンス方法…
これまでやってきたものの方が難易度が高いように思えた。
しかし、これは難易度という問題ではないということが分かった。
私は巨人の本質だけが理解できなかった。
人間を食べること?違う。種を繁栄させること?違う。人類を滅ぼすこと?違う…
「…怖いな……」
「何が?」
「…お前、いつからいたんだ。」
聞いてみると、アーベルも巨人については全く理解出来なかったらしい。
今までは理解出来ていてあの点数なのか…と、私は少し呆れる。
「こりゃ二人で徹夜だな。」
「私を巻き込むな」
「なんだよ、モブリットのケチ!」
「分かった…私もここまできて10番以内逃すのは嫌だからね。一緒にやろうか。」
私は、その夜初めて調べるということをした。
私達は一夜漬けで巨人について猛勉強し、明日の座学に備えた。
「きゅ、95点だ…」
「99点」
「お前の残りの1点はなんなんだよ。」
「スペルミス」
しかし感動したよ、このオレが90点台なんて…と、アーベルは呟く。
その間、私はずっと巨人のことについて考えていた。
巨人にはまだまだ謎が多い。私やアーベルや、古参の兵士ですら分からない巨人の本質。
「アーベル、所属兵科は決めたのか?」
「いや、まだ決めてないな」
「私は…調査兵団に入るよ」
「は…?お前、正気なのか?調査兵団って…
訓練兵卒業まで待ってから考えたらどうだ。10番以内だったら、憲兵だって…」
彼にそう言われても、私の決心は揺らがなかった。
調査兵団に入って、巨人を間近で見てみたら…何か分かるかもしれない。
それまで、巨人に関する基礎的な知識を身につけなくてはならない。
私はそれから、巨人に関する本を読むようになった。
そのうちアーベルも興味が湧いたようで、彼も一緒に読むようになった。
他の同期達から、私達は「巨人オタク」と呼ばれるようになった。
それでも私達は巨人についての事を徹底的に調べあげ、
もはや暗唱まで出来るようになってしまった。
「変わったよな、お前の目」
「え?」
「初めて会った時はもっと冷たい目だったよ。死んでるみたいな。 」
「なんだそりゃ…」
私は明日の訓練について考える。
「生きて帰れればいいが」
「雪山の訓練だっけか。遭難したら調査兵団もくそもないもんな…
二人で抱き合って暖でも取るか?」
「吐きそう」
とりあえず、明日に備えて体力を温存しておこうということになり
私達は他の同期達よりも早く眠りについた。
日光を遮断すると動かなくなるという巨人の性質とかけて、私達のあだ名は
「巨人オタク」から「巨人」になったらしいが、今の私たちにそれを知る由はない。
風が冷たく、まるで頬を切り裂かれているような感覚だ。
昨日話していたことが現実になってしまった。
もうさっき通ってきた道すら分からない。足跡はすぐ新しく降ってきた雪でかき消された。
「はー…はー…私達、もうどれぐらい歩いただろうな…」
「はぁ…はぁ…さあ…明日があるとすれば、筋肉痛は確定だろう。」
そのうち、私は視界がぼやけてきた。
手も尋常ではないくらいに震えている。
「アーベル…はー…もう、ダメかもしれない…」
「おい、そんな簡単に諦めるなよ…はぁ…とりあえず…死ぬまで、足掻いてみようぜ」
お互い息を荒くしながら言葉を交わす。
風もさらに強く冷たくなってきた。このまま訓練地に戻れなければ…
私達はここで死ぬ。
せめて巨人と戦って死にたかった。
雪山訓練で凍死、調査兵団志願者にしては大分間抜けな死因だ。
「あ、あれは…モブリット、あれ…見えるか?」
「なんだ五月蝿いな… 」
アーベルが指差す方向をよく見てみても、何が見えるというわけでもない。
こいつはついに幻覚が見えるまで追い詰められてきたのか…
私の番ももう少しだな、と考える。
「お前の方が視力いいのになんで見えないんだよ!」
「悪いね、目が霞んでよく見えない」
「は、それって…大丈夫なのか?」
「分からない」
アーベルに何が見えたのか聞くと、山小屋のようなものが見えたらしい。
そんな訓練兵が喜びそうな場所が訓練地にあると思うか?と彼を宥めたが
確かに見えたと言って聞かないので、とりあえず信じて着いていくことにした。
しばらく歩くと、アーベルが言った通りの山小屋があった。
確かに山小屋だが…こんな都合よくあるなんて、絶対何かがおかしい。
「あのね アーベル…こういうとこには入らない方がいいよ」
「絶対何かおかしいとか言うんだろ?大丈夫だって、きっと遭難者用の小屋だ」
「これは訓練だ、訓練地にそんなものあるわけないって、さっきから言ってるだろ」
私の必死の忠告虚しく、バカのアーベルはお邪魔しますだの叫んでから 山小屋の扉を開く。
意外にも中は荒れておらず、暖炉も薪も食料もあった。
これじゃまるで…
「遭難者用の小屋じゃないか」
「だからそう言ってるだろ」
ひとまずここで風が止むまで待つことにした。
「しかし、なんだってこんなところに遭難者用の小屋が…」
「上官方も見逃してたんだろ。こんなだだっ広い雪山だぞ?全部見て回れるかねぇ」
私達は暖炉の前で冷え切った手を暖めながら話す。
「しかし、暖炉があっても寒いな。よし、いっちょ抱き合うか」
「吐きそう」
「ハグの方だぞ?」
「ハグの方って…お前は別の方を考えてたのか」
窓の外を見ると、風は大分落ち着いてきたように見える。
あと何分かしたら外に出ても大丈夫そうだ。
「念の為食料も持っていくか」
「そうだね」
少しの食料をリュックに詰め、出発の準備をし始める。
アーベルの方に視線をやると、どうやら手が止まっている様子だった。
何か考え事をしているようだ。
「おい、手動かしな」
「いや…お前とこうやって二人きりで話すことなんて、あんまり無かったなって。」
「まあいつも周りに人がいたもんな。一生ここにいたいか?」
「それは嫌だ」
いつの間にか風の音が止んでいた。これなら外に出れるだろう。
準備が整ったので、山小屋を後にする。
風が止んだおかげか、雪で遮られていた視界もクリアになったように感じる。
私達はまた歩き続けた。もう何時間雪山にいるだろう。
ドベは私達で確定だ。アーベルもそう思っていたのか、お互い焦ることなくゆっくり歩く。
もうドベは確定しているので、走って行ったところで意味がないと感じたからだ。
しばらく歩くと、やっとゴールが見えてきた。
教官や同期達が外で待っているのが見えた。
「私達に変なあだ名つけたくせに、あいつら心配してる様子だね」
「ああ…人間ってそういうもんだよ」
やっと訓練地に辿り着き、私とアーベルは雪の上に倒れ込む。
途中思わぬ休憩を挟んだとはいえ、雪山をこれだけ歩いたんだ。
私達の体力は底をついていた。
結果はやはりドベ。
いや、これでドベじゃなかったら逆に怖かったが。
大変だった雪山の訓練を終え、眠りにつく。
次の日寝坊したのは、やはり私とアーベルだった。
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訓練兵になってからニ年が経過した。
あと一年、あと一年で所属兵科の選択を迫られる。
私は調査兵団で決まっていたが、アーベルはまだ悩んでる様子だ。
「おいモブリット…お前10番以内は堅いはずだぞ?まだ調査兵団にするつもりなのか? 」
「ああ、巨人を間近に見られるのなんて調査兵団くらいしかないだろ」
「うーん、オレは…調査兵団にした方がいい、のかな」
私はアーベルのその言葉を聞き、呆れてため息をつく。
「お前は私に死ねって言われたら…死ねる?」
「それがお前のためになるなら死ぬけど」
「なら調査兵団になったらいいんじゃないか。」
こいつはどれだけ私に入れ込むつもりなのだろう。
魚のフンみたいにふわふわひっついてきやがって…
ここから何年もした頃に、私はこのやり取りを思い出すことになる。
だが、おそらくここにその場面が書かれることはないだろう。
今日の訓練は、巨人との戦闘を想定したものだった。
森に配置された巨人の模型のうなじを削ぐ。削いだ分だけ、点数になる。
「モブリットー!おーい!こっちに模型あるぞー!」
「お前が見つけたんだろ。お前が削ぎなよ。」
「譲ってやるよ、オレはさっきいっぱい削いだからな。」
その場面を教官が見つめる。
そして、手元の手帳に兵士それぞれの評価を書き留める。
アーベル・ベットナー
訓練兵に入ったばかりの頃は、座学に難があったが
弛まぬ努力のおかげか点数が伸びてきた。
対人格闘と立体機動に長けており、力があるためうなじへの斬撃も深い。
作戦理解能力には少し難あり。記憶力にも難 あり。
他人のことをよく見ており、気遣いができる。非凡な発想に長ける。
モブリット・バーナー
座学と技巧は主席。判断力と発想力には目を見張るものがある。
うなじへの斬撃はやや浅い。体力面でも心配な部分がある。
人一倍鍛えても筋肉がつかない体質らしく、これからも苦労することになるはずだ。
他人のことをよく見ており、適切な指示を出せる。
その後も教官は、他の兵士の評価も書き留めていった。
どの兵士も一長一短あり、上位10名を決めるのは苦戦しそうな様子だ。
「はー…疲れた。うなじ削いだ数も数えるの忘れたし。」
「7だぞ」
「え?」
「だから7だって。数えるの忘れてるだろうなって思って、代わりに数えてた。」
こいつは…記憶力がないくせに、そんな事したら…
「自分が削いだ数は覚えてるの?」
「 あっ」
他人のことを気にしすぎて、自分のことが疎かになっている。
こいつは調査兵団に入っても長生きできないタイプだろう。
「けどどうせ教官が数えてるから大丈夫だって」
「そういう思考回路をしていたら、いつかきっと痛い目見るぞ」
私とアーベルは、今日の訓練で疲れ切って布団に入った。
そろそろ眠れそうになったところで、近くで物音がする。
目を開けてみると、アーベルが口に人差し指を当て「静かにしろ」と言いたげな顔をする。
そのまま腕を掴まれ、外へと連れられた。
こいつに腕を掴まれたのは対人格闘訓練の時以来だが
前よりは力加減が出来ているように感じた。
「なんだ、こんな夜遅くに。」
「知ってるか?変わり者の班長の噂」
「変わり者の班長?知らないよ、そんな話」
話を聞いてみると、どうやら巨人研究をやっている調査兵団の班長らしい。
今は巨人の捕獲を目標にしており日々奮闘しているのだとか。
だが、巨人研究はよく思われないことが多いため、その班長は変わり者扱いされてるらしい。
「もし調査兵団に入団するなら…この人の班に入れるように頑張ろうぜ」
「確かに、私の目的には合致してるかもしれない。で、その噂の班長さんの名前は?」
「名前は確か…ハンジ・ゾエとか言ったっけ。かなり前の卒業者だな。」
「覚えておくよ。」
この話にわざわざ睡眠時間を削るほどの価値があったのかは疑問だが
知っていて損はない内容だった。
それにしても、こいつはどこからこの情報を手に入れたんだか。
こんな噂、同期達の話にいつも耳を澄ませているが聞いたことがなかった。
こういう奴はたまにいる。一体どこからそんな情報を仕入れたのか分からないやつが。
私達はゆっくりと共用寝室に戻り、他の同期達を起こさぬように用心しながら布団に入った。
明日も厳しい訓練が続く。しっかり睡眠をとっておかなくてはならない。
次の日、やはり寝坊したのは私とアーベルだった。
教官に次やったら殺すと脅され、私はアーベルを睨む。
「悪い…けど、夜に外へ連れ出すって…なんかロマンチックじゃないか。」
「巨人に頭を齧られて死ねばいい。」
「あ、ここすごい寝癖ついてるぞ」
「触るな、さらにひどくなるだろ」
お前はオレをなんだと思ってるんだ…とアーベルは悲壮な顔で言う。
正直、ちょっと座学が出来る筋肉バカとしか思っていない…はずだ。
今日の立体機動の訓練中、私は事故を起こした。
立体機動装置に髪が巻き込まれたのだ。
前から伸びっぱなしだった髪は鬱陶しいと思っていたし、女に間違われて厄介だったが
まさか訓練にまで支障が出るとは。切らなくちゃいけないな…と思いつつも
失敗してしまったらまずいので、頼める人を探す。
まず手先が器用そうな女子に頼んでみたが、あいにく用事があったそうで断られた。
「アーベルに頼んだらいいんじゃない?仲いいでしょ?」
「あいつが器用そうには見えなくてね…」
「知らないの?意外と器用だったりするのよ。
妹がいるみたいで、よく髪を編んでやってたとか。」
これは初耳だった。あいつに妹がいたなんて、
最初の一方的な自己紹介でも言っていなかった。
こうなると本格的にあいつに頼むしかなさそうだな…と、ため息をついてから歩く。
アーベルは技巧室で補習を受けている最中だった。
仕方がないのでしばらく外で待ち、終わった頃を見計らい中に入る。
「お、モブリットじゃないか。髪大丈夫か?」
「その髪についてなんだけど」
私は先程までの話を話し、彼に散髪を頼む。
分かってはいたが、こいつは食い気味に了承してきた。
とりあえず落ち着ける場所を探し、そこに座る。
「で、どこまで切りゃいいの」
「どこでもいいよ」
「おまかせ?え?本当に?まじで言ってるの? 」
「うるさい」
アーベルはしばらく悩んでいた。正直そこまで悩まれるとは思っていなかったが
言ってしまったものは仕方がないので、満足するまで悩ませることにした。
「だ、ダメだ。もう普通に切るわ。二年前と同じ髪型でいいよな?」
「別に、こだわりとかないからなんでもいいよ」
「まあ、お前はあれが一番似合ってるよ。」
アーベルは慣れた手つきで髪を切ってくれた。
そして、また伸びてきたら自分に頼んでくれればいいと言う。
流石に次は専門のところに行くよ、と言ったが、恐らくこいつに頼むことになる。
そんなに時間もかからずに終わり、次の訓練にも間に合いそうだ。
「ありがとう。ここまで上手いとは思わなかった。」
「いや、別にいいよ。それでさ、この切った髪もらっていい?」
「前言撤回、気持ち悪いからさっさと死んでくれ。」
色々なアクシデントがありながらも、さらに一年が経った。
そう、ついに訓練兵卒業の時が来たのだ。
夜の闇の中に、たいまつの灯りが揺れる。
私達は、今日訓練兵を卒業する。訓練兵…その中でも憲兵団志望の者は、
今からされる上位10名の発表を心待ちにしていた。
「これから最も訓練成績が良かった上位10名を発表する、呼ばれた者は前へ。 」
「主席、アーベル・ベットナー。2番、モブリット・バーナー。3番、ルーク・シス。
4番、ブラウシュ・ボルツマン。5番、アガーテ・ゲオルギー。6番、ミラ・グロート。
7番、リーネ・ヘニッヒ。8番、ハイゼ・ヘルツェル。9番、エミリア・プルシュケ。
10番、ルドルフ・ホフマン。以上10名が、今期の成績上位者だ。」
私はひとつ不服なことがあり、隣のアーベルを睨む。
アーベルは気付いていないらしく、ムカついたので頬をつねってやった。
「あ痛」
「おい…なんでお前が主席なんだ」
「教官に聞けよ…僅差だったんじゃないのか?」
私は絶対、シスが主席で自分が2番、そしてアーベルが3番だと思っていた。
訓練兵になりたての頃、座学が大の苦手だったアーベルが主席で卒業するまでになるとは。
私は人の成長は早いなと感じ、前へ向き直る。
「本日を以て訓練兵を卒業する諸君らには、三つの選択肢がある。
壁の強化に努め、各街を守る“駐屯兵団”犠牲を覚悟し、壁外の巨人領域に挑む“調査兵団”
王の元で民を統制し、秩序を守る“憲兵団”…無論、新兵から憲兵団に入団出来るのは
成績上位10名だけである。後日配属兵科を問う。
本日はこれにて訓練兵団解散式を終える… 以上!」
解散式を終え、私達は食堂で夕食を摂った。
成績上位10名の者は他の者からちやほや持て囃され、それは私も例外ではなかった。
アーベルに至っては、周りに集まる人が多すぎてどこにいるのか分からない。
人の波を掻き分け、私はアーベルの隣に座る。
「良かったな、お前。やっとモテ期が来たんじゃないのか?」
「いや、オレにはもう心に決めた人がいるからさ」
「ふーん、アガーテ?」
「察しが悪いな」
「?」
言ってることの意味が分からなかった。
とりあえず腹が減っていたため、食事を済ませることにした。
周りの奴らがうるさかったが、適当にいなしながら食事を口に運ぶ。
そのうち私達への興味は薄れたようで、次はシスとブラウシュの方へ人の波が押し寄せる。
私はその風景を見ながら食事を終える。
「じゃあ、私は先に寝てるから」
「おう、おやすみ。」
次の日、訓練地はいつにもなく騒がしかった。
全員所属兵科について話している様子だ。
「アーベル、お前は本当に調査兵団にするのか?」
「ああ、憲兵にしちまったら…多分よほどの事がないとお前に会えなくなるからな。」
「私に会ってどうするのさ。」
別に、どうもしない。と答え、アーベルは窓の外を見た。
大きな壁がそびえたっているのが見える。
私はふと思い出し、地面を掘って壁を越えようとした坑夫の話をした。
アーベルはその内容を聞くと少し驚いた顔をし、周りをしきりに見渡す。
「ふー、危ねぇ…お前、その話あんま言いふらすなよ。」
「何か不味かったか?」
「それ…もしかすると禁書の内容じゃないか」
禁書?そういえば、この話は誰から聞いたんだったか。
そうだ、家庭教師から聞いたんだった。
家庭教師のアルレルト先生。
ということは、アルレルト先生が禁書を持っていたのだろうか。
息子がもうすぐ結婚すると聞いていたのに、もし禁書の所持がバレたら死刑だろう。
「まあ、周りに人がいなくてよかった。あと、オレは調査兵団にするよ。」
「それがお前の選択なら、止めることはしない。」
私達は決意を固め、まだ迷っている者達を尻目に
夕方まで自主訓練をしに向かった。
あっという間に日は暮れ、兵団勧誘式の会場に
まだ何者でもない兵士達がずらりと並ぶ。
調査兵団団長、キース・シャーディスの演説が始まる。
聞いているうちに恐れをなした者が多く、震えてる者もいた。
「さあ、逃げるなら今のうちだ。駐屯兵団や憲兵団に入りたいという者は、
ここから立ち去るがいい。」
その言葉を聞いた途端、兵士達がガヤガヤとその場を去っていく。
残ったのは私とアーベル、シスとリーネ、それにブラウシュ。後は知らない。
両手で数えられる程度しか残らなかった。
それだけ調査兵団を避ける者が多いということだ。
「勇敢なる兵士諸君に敬意を表する。」
「「「ハッ!!!!」」」
嫌な予感がし、隣のバカ…アーベルに目線を向ける。
「アーベル…お前の心臓は右にあったんだね…」
「え?あっ畜生間違えた!!」
慌てて敬礼し直すも、全く誤魔化せていない。
ピリピリしていたその場の雰囲気が、少し和らいだように感じる。
私達は訓練地に戻った。
調査兵団の隊服やマントなどをもらうのは明日だ。
そして運が悪いことに、3ヶ月後には我々新兵も壁外調査に参加しなければならない。
「タイミングが悪かったね」
「まあ、お互い頑張ろうや。あんなに訓練してきたんだ、きっと生きて帰れるぞ!」
アーベルの理想論を聞き、私はその通りになってほしいと願った。
こいつの死体なんて私は見たくないし、こいつに私の死体を見せたくない。
そんな事を考えながら、私は夜空を見上げた。
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分かっていた。3ヶ月なんてあっという間なんだ。
私達は壁の上で、壁外の風景を見つめる。
「おい新兵、そんな遠くばっか見てねえで、下を見てみろよ」
言われた通りに下を見てみると、そこには巨人が3匹いた。
座ってるやつと、寝転がってるやつ。そして、壁を叩いてるやつ。
姿勢も見た目も様々だが、どの巨人も壁の上の私達を見ている。
目は虚で、とても不気味だった。
私はしばらく息をするのも忘れて、巨人達を見ていた。
「モブリット、大丈夫か?」
「あ…いや、別に。」
私はアーベルに名前を呼ばれ、やっと意識を現実に戻す。
「これから、あれと戦うのか…って思って。」
「きっとオレ達ならやれる、教えられた通りにやるだけだ。」
私達は先輩兵士達に連れられ、シガンシナ区へ向かった。
ここから壁外調査に出るらしい。
馬に跨り、開門を待つ。運がいいのか悪いのか、アーベルと私は同じ班だった。
これは後で聞いたのだが、兵団勧誘式の時の私とアーベルを見たキース団長が
私達を同じ班に入れたらしい。いらない気を利かされたようだ。
「開門10秒前!!!!」
「げ、10秒って…覚悟決めるのに10秒は短いだろ」
「せめて30秒前に教えてほしいね」
恐怖を紛らわせるように、私達は無駄口を叩いた。
ついに壁外に出るんだ…アーベルが言う通り10秒では短すぎると思ったが、
それでも私は覚悟を決めることができた。
「開門始め!!!!!!!!」
兵士達が一斉に走り出す。周囲の巨人は援護班があらかた片付けたようで
巨人の死体が蒸気を上げて消えていっていた。
援護班の支援は旧市街地まで。
そこから先は、己の力で巨人を倒さねばならない。
「各班持ち場につけ!!!!」
団長の指示で、私達は自分の班と合流した。
持ち場といっても、しっかりとした目的があるのは荷馬車護衛班のみ。
他の班はとりあえず、巨人を陣形の内部に侵入させない事が目的。
私達は班長に着いて、馬を走らせる。
今のところ、前線にしては平和だった。まだ巨人と遭遇していない。
だが、その平和の均衡はあっさり崩されるものだと知った。
巨人が4体、こちらに向かってきている。
こんなに群れるものなのか?座学で聞いていた話と違う。
やはり実戦になると、上手くいかないことが殆ど。
「戦闘準備!!新兵、俺たちに任せておけ!!」
班長と古参兵士が、巨人4体に向かっていく。
そんな無茶な、と思ったが、恐怖が勝り
私達はただそれを見つめることしか出来なかった。
巨人は1体倒したようだが、そこまでだった。
残りの3体に身体をぐしゃぐしゃに潰され、もう原型がない。
古参兵士の方は6年調査兵団でやってきてると聞いていたが、
死ぬ時はみんなあっさり死んでしまう。
私達はやっと我に帰り、顔を見合わせる。
「 おい、これ…どうすればいいんだ」
「どうもしない、私達に課せられた任務は巨人を陣形内部に侵入させないこと。
ここで倒すしかない。近くに他の班はいないみたいだしな。」
決意が固まっていないらしいアーベルを置いて、私は立体機動に移る。
他の2体と少し離れた位置にいる1体のうなじにアンカーを刺す。
うなじを直接狙った方が効率がいい。
「はっ!!」
削いだ…が、浅すぎる。巨人に振り払われそうになり、慌ててアンカーを抜く。
他にアンカーを刺す場所が見当たらず、姿勢も悪かったため
私はそのまま地面に落下した。
受け身をとったため、折れてはいなさそうだ。
ふと同じ班のバカの存在を思い出し、アーベルを探す。
巨人と戦っている最中だった。私とは違い、まず足を削いでからうなじを狙っている。
その瞬間、巨人の腕が動いたのが見えた。
まずい、あのままだと掴まれるか叩かれる!!
「逃げろアーベル!!!」
「うっ!?がはっ!!!!」
アーベルは叩き落され、地面と強く激突する。その衝撃で頭を打ち、気絶したようだ。
メガネは既に外れ、ぼろぼろになっていた。
これじゃ視力があまり良くないこいつは、起きても大した戦力にはならないだろう。
私は1人で巨人と戦うことにした。
まずは1匹、1匹倒せれば後は2体だ。
さっきアーベルが足を削いだ巨人のうなじを削ぐ。
今度はしっかり削ぎ落とすことができた。 討伐数1。
次はさっき殺し損なった10m級。
こいつは運動精度が普通のやつとは違うように感じた。
動きが早い。
「はあっ!!」
うなじを削ごうとするも、角度が悪かったのだろう。
刃が折れてしまった。今降りてブレードを替えたら、確実に死ぬ。
私は2枚の折れたブレードを地面に向かって投げ、そのまま新しいブレードに交換した。
ほんの思い付きだったが、上手くいった。
私は今度こそ、と10m級のうなじにアンカーを刺す。
「いい加減に死ねっ!!!」
10m級が倒れる。やったようだ。
これで討伐数2、新兵にしてはよくやった方だろう。
残りの1体が見つからない、逃げたか…
いや違う、後ろに回り込まれた!!
急いで方向転換しようとするが、巨人のほうが早い。
「ぐああああああっ!!!!」
巨人に掴まれ、おそらく肋骨が何本か折れた。
変な汗が頬をつたった。ここで死ぬのか。
ここで死んだら、アーベルもやられるだろう。
あの時戦わずに一緒に逃げていれば…
たまたま別の班に合流できて 助けてもらえたかもしれない。
教官には判断力を評価されたようだが、実戦になるとそうもいかない。
やっぱり、上手くいかない。
薄れる意識のなかで、思い出すのはアーベルの顔。
死の間際の走馬灯でまで、この阿呆ヅラを見なければならないのか。
いいやつに出会えた、いい人生だった。
そう思って目を閉じる。
「やあっ!!!!」
その瞬間、誰かの声が聞こえ目を開ける。
そこにはアーベルではない、調査兵団の兵士がいた。
クリーム色の髪色をした、ショートカットの兵士。
性別は分からないが、彼女と呼ばせてもらう。
彼女は私を掴んでいた巨人をいとも簡単に倒し、私の方を見る。
「君、見ない顔だね。新兵の子かい?」
「は…はい。あの、ありがとうございます」
「いいよ。…ふーん、他の3体は君がやったの?」
「いえ、1体は…もう死にましたけど、班長と先輩がやってくれました。
もう1体は同期のやつと、もう1体は1人で。」
彼女は少し悲しそうな顔をした。
「そうか、残念だったね。でもすごいじゃないか、新兵が巨人を単独討伐なんて…
なかなか出来ることじゃないよ。」
「あ、待ってください…同期のやつがそこで気絶してるんですけど…」
「同期の子は生きてたみたいだね、それは良かった。」
彼女は私達を自分の班に合流させてやると言った。
優秀な兵士が他に3人いるらしく、前線だと1番安全な場所がそこだという。
「じゃ、君…その子背負って馬走らせられる?」
「が、頑張ります」
「健気だね、恋人のためならなんでも出来るのかな?」
「違います!!!ただの同期です!!」
彼女に茶化されながら馬を走らせる。
走りながら簡単な自己紹介をすることになった。
彼女の名前はナナバというらしく、2年前から調査兵団にいるらしい。
私も自分の名前と…ついでにくそ重い荷物(アーベル)の名前をナナバさんに伝えた。
「さっき地面にブレード刺さってたけど、あれはどうしたの?」
「ああ、あれは…空中でブレードを変えたんです。咄嗟に思いついて。」
「へえ…頭が柔らかいね。新兵とは思えない発想だ。」
しばらく走っていると、前方にナナバさんが言っていた班が見えた。
「あのデカブツがミケ、そして2番目にでかい美丈夫がエルヴィン。班長だよ。
で、あそこのゴーグルのやつが…ハンジだね。」
班に合流する前に、ナナバさんは班員の名前を教えてくれた。
私は、最後のハンジという名前にとても聞き覚えがあった。
そして、昔アーベルに聞いた変わり者の班長の話を思い出した。
どうやら今はここの班に入れられたらしい。
ナナバさんは私を班員たちに紹介する。
「この子達は今年入ってきた新兵の子。
色々あって、うちの班に合流させることになったんだ。」
「へぇ、大分可愛い子連れてきたね!こんにちは、私はハンジ・ゾエ。」
「モブリット・バーナーです、よろしくお願いします。
あとこっちは…アーベル・ベットナー、同期です。」
私はくそ重い荷物(アーベル)の紹介も忘れずにし、軽く会釈をする。
陣形を乱すといけないから、と再度馬を走らせる。
この時点でかなり陣形は乱れている気がするが。
その件のくそ重い荷物が目を覚ます。
「う…あれ、あの後どうなったんだ?」
「色々あって、この班と合流した。」
「色々、か…後で説明してくれよ。」
「後があればな」
私は、起きたならさっさと自分の馬に乗れとアーベルを急かす。
アーベルはまだ頭が痛いようで、怪我人を1人で馬に乗せる気か!など喚いている。
「言っとくけど、私も怪我人だから。肋が折れてるんだよ。」
「ああ、そりゃ…お大事に」
「どこ目線の台詞なんだ…」
それを聞くとアーベルはいそいそと自分の馬に乗った。
意外と素直だな…と思ったが、あー痛いなど言いながら私の事を睨んでくる。
なんだかムカついたのでいっちょ睨み返してみると、
ハンドサインで“すいません”と伝えてきた。
そういえば、と私はアーベルに伝えたかった事を思い出し
こっちに来いと目で訴える。
「…?」
「…」
「……?」
ダメだ、全く分かっていない。
仕方なくこのバカのマントを掴み、無理矢理こちらに来させる。
「おい、壁外だぞ?あんまちょっかいかけんなよ」
「ちょっかいじゃない、あと五月蝿いから静かにしろ」
私はとりあえずアーベルを黙らせ、出来るだけ近くに馬をつけ、
それと同じく出来るだけ顔を近づけて小声で話す。
「あのゴーグルの人、お前が言ってた変わり者の班長だよ。
今は班長じゃないみたいだけど。」
「んー?よく見えな…あ、あれか。」
「…お前、あの人みたいなゴーグルに変えれば?外れないだろうし、
滅多な事じゃ壊れなさそうだぞ」
前向きに検討しておく、とアーベルは言う。
そして私は本題に入る。
「あの人にいい感じに気に入ってもらえれば…また班を作るってなった時に
スカウトされるかもしれない。」
「気に入られるって、どうすんだよ」
「巨人研究だよ、興味があるって言ったら覚えてもらえるかも。」
2人でこそこそ話していると、前で馬を走らせているナナバさんが唐突に振り返る。
「あらら、真昼間の壁外のど真ん中で…お盛んだね。」
「だからただの同期ですって」
「おいおい、オレらの仲だろ?ただの同期の一言で片付けんのか? 」
「ただの同期だろ」
この後の壁外調査は、なんともあっさり終わってしまった。
目立った巨人との遭遇といえば、最初の4体だけで
後はあまり…遠目に兵士と戦ってるところが見えた、とかそれくらいである。
とりあえず「行って帰ってくる」事は出来たので、私は安堵した。
それはそれとして、私は肋が3本折れていた。
こんな状態でアーベルを背負って馬を走らせていたのか…と、思い出すと吐き気がした。
アーベルといえば、目立った外傷もなく帰ってこれていた。
ハンジさんのようなゴーグルを買ってきたようで、
元からこれを付けてたんじゃ?というくらい、とても似合っていた。
だがアーベルは精神的な面だとかなりの傷を負ったようで、しばらくひき肉を見ると
どこかれ構わず吐く体質になっていた。(そもそもひき肉を見る機会があまり無いが。)
「お前、巨人かよ。」
「確かに巨人はよく吐くけど…それとこれとは違うだろ!」
そこで私は巨人の性質を思い出す。
巨人には消化器官がない。だから人を食べて腹がいっぱいになると、吐き出してしまう。
だから巨人が人を食うのは生きるためではない。
殺すためなんだ。
「…巨人ってさ、なんで人間を食べるんだろうね。消化器官もないのに…
ただ殺すだけなら、食わなくてもいいじゃないか。」
「さあ…巨人が何考えてるのかなんて、オレ達人間は分からんね。」
「きっと…食わなきゃならない理由があるんだと思う。
けど、巨人は人を食わなくても生きていける…ああ、何にも分からないな。」
私はため息をついた。結局、巨人を間近に見てもなにも分からなかった。
やはり、生きて帰ってこれただけでも良しとしよう。
そう思い、私はアーベルの方を見る。
「……巨人は元々人間だったりしてな。ゾンビみたいな。
人間の脳みそいっぱい食ったら、人間に戻れるとか?」
「…は?」
「いや、冗談だよ。ほら、さっさと怪我治せよ!」
アーベルは私の頭に軽く触り、自分の部屋へと戻っていく。
なんだろう、あいつは時々…私より頭がいいんじゃないかと思うことがある。
非凡な発想に長けているのだろう。
彼に言われるまで、私は巨人が元々人間だったんじゃないかなんて、考えたことも無かった。
あいつは冗談だと言ったが、私はそうは思えなかった。
きっとアーベルは、巨人を間近に見た時にそう感じたのだろう。
私が見れなかった巨人の本質、彼はそれが見えたのかもしれない。
だとしても…
「巨人が、人間だなんて。」
私はそう呟くと、いつの間にか眠ってしまっていた。
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:
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しばらくして、私の怪我が完治した頃。
アーベルと私はハンジさんに会ってみようという話になった。
あれからたまに会って話すようになったナナバさんに、
ハンジさんの予定について聞いてみる。
「ハンジの予定?ああ、今日とかちょうど空いてるんじゃないかな。
どうせなら連れてってあげるよ、私も暇なんだ。」
「ありがとうございますナナバさん、無理言ってすいません」
いいよいいよ!とナナバさんは手をひらひらさせる。
彼女に連れられ、私とアーベルはハンジさんの部屋にお邪魔することになった。
「へぇ、君たち、巨人研究に興味があるの?珍しいねぇ。」
いかにもマッドサイエンティストという出立ちで、長めの髪を後ろでまとめている。
こちらも見ただけでは性別が分からないが、ナナバさんとの呼び分けの都合上、
ここでは彼と呼ばせてもらおう。
部屋には巨人の研究資料が散乱しており、一体何に使ったのかも分からない…
というか、知りたくないティッシュの数々が散らばっている。
(さっきは呼び分けの都合上とか言ったが、これもあって男だと思っている。)
巨人のスケッチや基礎的な巨人の知識。
そして彼が研究してきたであろう、まだ公開されていない巨人に関する論文。
それらが床に全て散らばっており、人類の勝利に役立つ資料を踏んでしまってはいないか、
私とアーベルはしきりに足元を確認する。
「ごめんね、ちょっと散らかってて。」
((ちょ、ちょっと…?))
私達はその言葉を聞いて顔を見合わせる。
これがちょっとだとすると、かなりの場合はどうなるのだろうか。
ひょっとすると、この人の班に入るのはやめておいた方がいいかもしれない…
私はそう思い、何か適当な理由をつけて帰ろうとする。
だが空気が読めないバカのアーベルは、私の気も知らないでハンジさんと話し始める。
「はい、巨人についてはまだまだ分からない事だらけで…
その謎を解明しようとするハンジさんに憧れて、調査兵団に入ったんです。」
「それはそれは…嬉しい事言ってくれるじゃないか。アーベルって言ったっけ?」
「はい!」
こ、こいつ。こういう時に限って人と話すのが上手くなる。
これじゃいい感じに気に入られてしまうぞ…と、もう今から胃が痛くなってくる。
よく見ると、ハンジさんの頭にはフケが見えた。
ああ、もしかすると…研究で疲れ切って風呂に入っていないのか。
この人の班に配属されたら、きっと私達が風呂に入れる羽目になるだろう。
変な悪寒がしてくる。
「で、そこの…モブリット、だったよね。君も巨人研究に興味があるんだよね? 」
ここまで来たら私もいい感じに気に入られる他あるまい…と考え、
私は咄嗟に文章を考える。
「は、はい。幼い頃から好奇心が無かった私が、
初めて興味を持ったのが巨人だったんです。それから巨人に関する文献を読み漁り…
ある程度の知識はつけたつもりです。」
「ほうほう、モブリット・バーナー…覚えておくよ。」
ああ…メモ用紙らしきものに自分の名前を書かれてしまった…
これは絶対ロックオンされてしまったに違いない。
拷問…いや、生き地獄だ。
せめてこの人が一生あの班にいてくれれば…
私は、そう願うばかりであった。
「ハンジさんは巨人の捕獲を当面の目標にされていると聞きましたが、
何か進展があったりはしましたか?」
「うーん、全くダメだね。巨人の捕獲が出来れば人類は勝利に近づく!って
言ってるのにさ。今の団長は頭がお堅いんだよ。」
エルヴィンが団長になってくれればいいのにー、と彼はため息をつきながら言う。
しばらく会話をしているうちにアーベルも気に入られたらしく、メモ用紙に名前を書かれる。
私は内心可哀想にと思いながらアーベルを見つめるが、
このおめでたい頭のバカは何も気付いていない様子だ。
そのうちハンジさんは急用を思い出したと言い、部屋を後にした。
「論文とかスケッチとか…適当に見てていいよ!」
ナナバさんはどうやらハンジさんのスケジュールを把握できていなかったようだ。
予定、あるんじゃないか…と思いながら、足元で踏みかけていた巨人のスケッチを手に取る。
「…上手いな。」
「やっぱりスケッチとか出来た方がいいのかな、オレ絵心無いんだけど。」
「まあ、出来といた方がいいんじゃないかな。 役に立つやつだと思われそうだし。」
私はスケッチをハンジさんの机の上に置き、散らばっている論文やら何やらを整理し始めた。
しばらくすると、さっきまではゴミ溜めのようだった部屋が綺麗さっぱり。
こんなに広かったのか…と、改めてハンジさんのえげつなさを実感する。
「お前…お母さんかよ」
「なんだよお母さんって」
「お母さんっていつも勝手に部屋片付けてるじゃないか。
で、むふふな本を机の上に置いておくんだよ。」
アーベルが指差したハンジさんの机の上には、確かに私が見つけ、
怒りに任せて机に叩きつけたそういう本の数々が並べられていた。
「ハンジさんは雑食タイプだな。 」
「それを知ってどうするんだ…」
私はアーベルの腕を引っ張り、ハンジさんの部屋を後にする。
用事を済ませて帰ってきたハンジさんは、一瞬部屋を間違えたと思ったらしい。
そして部屋の片付けが出来ることもハンジさんに知られ、いよいよ気に入られ始めたとか。
もちろん今の私は自分がしたことの重大さに気がついていない。
部屋を片付けをしていなければ、
もしかすると 彼にスカウトされる事もなかったかもしれない。
私はその晩、将来あの人の世話をすることになるかもしれないと考え、
キリキリ痛む胃をさすりながら眠りについた。
「次の壁外調査っていつだっけ」
あれから何ヶ月か経ったころ、アーベルが言う。
「確か…今年はもう無いと思うよ」
「そっか、結構頻度は少ないんだな。」
アーベルは胸を撫で下ろす。
私はそんな彼を見ながら、次の壁外調査について考える。
次は前回ほど上手くいかないかもしれない。
いよいよ私達2人で巨人の胃袋に直行してしまうかもしれない。
すると、アーベルも同じことを考えていたようだ。
「…巨人の腹の中ってどんな感じかな…」
「巨人に言ってみなよ、しっかり噛んで食べてくださいってね。」
生きたまま食われるのもごめんだけど、しっかり噛まれるのもなぁ…彼はそう言い、
やっぱり食われないように頑張ろうぜ、と私に言う。
この後も色々な話があったが、ここでは省かせてもらう。
なんせバカのアーベルだけでなく、調査兵団の変人達まで加わった癖のある日常。
全て話していたら、きっとなかなか話の大筋に辿り着けないはずだ。
話はここからさらに何ヶ月かした頃。
調査兵団の新年会に移る。
まさか調査兵団に新年会があるとは思っていなかった。
私とアーベルは、ハンジさんに誘われて新年会の存在を知った。
聞いてみると、壁外調査が終わった後の打ち上げなどもやっているらしい。
どうやら私達は誘われていなかったようで、少し心にダメージが入る。
「ほら!君たちも飲みなよ!」
「飲みなよって…これ、お酒ですよね?」
「大丈夫!兵士になったってことは、もう大人になったようなもんだ!」
アルハラだ…そう思いながらアーベルに助けを求めようとすると…
「つ、潰されてる…」
「彼が心配かい?さっきエルヴィンに酒を勧められてたよ。」
そのあと私も、半ば強引に酒を飲まされる。
そして永遠に巨人についての話をされる。
落ち着いたかと思ったら、酒が進んでないだの言われ、また強引に飲まされる。
「…それ…全部 巨人についての講義で習ったんですけど」
「うん、そうだね。だからここからは独自の解釈を…」
「ちょっ!?ちょっと待ってください!」
「ていうか、あれだけ飲ませたのに素面じゃん。ザルなのかな?」
生き地獄だ…苦行の放置だ…
私はそう思いながら、早く新年会が終わるのを祈るばかりだった。
私はその日、だいぶ早い段階で酔い潰れたアーベルを背負い(途中から引きずり)
兵舎へと戻った。明日二日酔いに悩まされたことは、言わなくても分かるだろう 。
話は飛ぶが、調査兵団に入団してから2回目の 壁外調査の話に移る。
開門前にアーベルと話したが、その内容は前回とあまり変わらなかった。
状況も前回と変わらない。こいつと同じ班で、他には班長と古参兵らしき人。
ひとつ違うことがあるとすれば…それはアーベルがゴーグルをつけているということだ。
前よりは使い物になるだろう。
陣形を展開し、私達の班は持ち場につく。
しばらくは何事もなく馬を進められたが、しばらくすると巨人に遭遇した。
幸い1匹だけだ、これならやれる…と思った矢先、後方からもう1匹巨人がやってきた。
「後方から、ということは…」
「ああ、陣形を無視してやってきたようだ。奇行種だろう。」
奇行種、遭遇したのはこれが初めてだ。
1人の人間を執拗に狙うなど、予測が出来ない行動を繰り返すため
討伐するのはとても困難だ。
「俺らはこっちの奇行種を相手する。お前らはあっちの通常種だ。やれるな?」
「は、はい!」
落ち着け、前よりは部のいい勝負のはずだ。
2対1でかかればきっと大丈夫だ…
「アーベル、私は足の腱を削ぐ。お前はうなじを頼む。」
「おう、任せとけ。」
軽い打ち合わせをし、そのまま立体機動に移る。
平地での立体機動は慣れない…それでもこれは実戦。失敗は許されない。
「はっ!!」
削げたか…?振り返ると、巨人は今にも倒れかかっているところだ。
その後ろから、アーベルが斬りかかる。
私より力があるから、仕留め損なうことはそうそう無いはずだ。
「ふんっ!!」
ブレードを振り下ろし、うなじを削ぎ落とした。
巨人は倒れ、蒸気を出しながら消えていく。
ふと班長達のことを思い出し、辺りを探す。
どうやら上手くいったようだ。奇行種も蒸気を出して消えていっている。
私達はまた馬に乗り、前へと走らせる。
今回の任務は、今後の壁外調査に向け補給用拠点を設営することだった。
その後も特に何事もなく、私達は任務を終え帰還するところだった。
班長はそんな私達を見て、こう話す。
「いいか新兵、こういう帰還する瞬間にこそ異常事態ってのは起きるもんだ。
急に奇行種が3体出現したこともあったし、
異様に足が速い巨人に陣形が壊されたこともあった。まあ俺が言いたいのはな…
行って帰ってくるまでが壁外調査ってことだよ。」
最後まで気抜くなよ。そう付け足し、班長は前を向く。
結局その後も巨人に遭遇することは無かったが、この言葉は多分
これから何年経っても忘れることがないだろう。
いや、忘れちゃいけない。
この言葉を忘れてしまった時があれば、それが私の最期だろう。
壁外調査から帰還すると、そこにはハンジさんがいた。
「やあやあ!会いたかったよ2人共ぉ!!」
「ど、どうも」
「モブリット、君新兵なのに討伐数が3なんだって?すごいじゃないか!」
「いや、こいつのおかげですよ。私が自分1人で倒した巨人は、1体だけですから。」
討伐数の他に、討伐補佐数というのも作った方がいいんじゃないか。
私はそう思いながらアーベルの方を見る。
「あっそうだ、これから打ち上げなんだけど…君達も来るよね?」
「はい、是非行かせてください」
このバカ!!是非行かせてくださいじゃないんだよ!!
新年会の時秒で潰れたのを忘れたのか!
目で必死に訴えかけるも、アーベルにはいまいち伝わってないようだった。
「目にゴミでも入ったか?」
「…死ね」
「ゴミに対して殺意高すぎるだろ、その殺意を巨人に向けろよ」
「お前に向けてるんだよ…」
私達はハンジさんに連れられるがまま打ち上げに参加する。
ハンジさんは席につくが否や酒を飲み始めた。
酒癖が悪いのだろうか、嫌だな…
そう思いながら、向かいの席のエルヴィンさんを見てみる。
「ハンジ、新兵の子が怖がっているぞ。
巨人研究が進まなくてイライラする気持ちは分かるが…」
「…団長がさ、降りたいって言ってるの聞いたんだよ。」
これは、このまま聞いててもいい話なんだろうか。
降りたい…団長の座を降りたいってことか?
「次の団長は誰になるんだろうね。こんな事初めてだから、認められるか分からないけど。」
「ああ、巨人研究に理解がある者だといいな。」
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この2人を忘れていた頃、キース団長は団長の座を譲った。
相手はあのエルヴィンさんで、まさにハンジさんが願っていた通りの結果になったようだ 。
だが、その後もキース元団長は調査兵団に残り
一般の兵士として壁外調査などに参加しているらしい。
「聞いたか?ハンジさんとミケさん、最近分隊長になったみたいだぞ。」
「あの人達は仲が良さそうだったからな。いい役職をもらえたんだろう。」
私達も調査兵団に入ってかなりの年月が経ったように思える。
恐らく、ベテランとはいかなくとも中堅くらいは名乗れるだろう。
壁外調査もなあなあで生き残れている。
私もアーベルも悪運が強いからな…そう思いながら、アーベルと一緒に食堂を出る。
すると、私達が出てくるのを待ち構えていたようにハンジさんが現れた。
「ふふふ…やっと会えた。探したんだよぉ…」
「そうですか、私はこれからこいつと用事があるのでこれで。」
「おいおいこの後はなんも用事ないだろ」
話すら合わせられないバカがいるか!そう心の中で叫ぶ。
今にも膝から崩れ落ちそうになったが、必死に耐える。
「私さ、分隊長になったんだよ。あ、それはもう知ってるよね?
それでさ、エルヴィンが班を作ったらどうだって…!言ってくれたんだよ!
それも指名制だって!ねえ、君たち巨人研究に興味あるんだよね?
ならいいよね?いいでしょ!!」
驚くほどのマシンガントークだ。展開が早すぎてついていけない。
私が返事を考えていると、隣のバカが勝手に話し始める。
「オレは大丈夫ですよ、多分こいつも…な?」
「あ、ああ…」
な?じゃねえよ…ついにこの人の班に入れられてしまった。
「じゃあエルヴィンに班員2人スカウトしたって言っておくね!それじゃ!」
私は隣のバカをいつもより鋭く睨みつける。
こいつはいつも余計なんだ…きっと私を思っての行動なんだろうけど、
何かする前に一言言ってくれればいいのに。
「なんだよモブリット…目怖いぞ?良かったじゃないか、ハンジさんの班に入れて」
「おいアーベル…あの人の頭見たか?今日もフケがびっしりだったじゃないか。
きっと巨人研究の手伝いだけじゃなくて、身の回りの世話までさせられる…
助手兼介護士みたいなもんだよ。」
「あー…そりゃ、大変そうだな。頑張れよ。」
「お前もやるんだよ!」
私はぶっきらぼうにじゃあな、と言い、自分の部屋に戻る。
これからあのハンジさん…いや、分隊長の元でやってかなくちゃいけないのか。
…胃が痛い。さっさと寝てしまおう。
暗い気分で布団に潜る。
疲労が溜まっていたようで、次の日目覚めても疲れが取れていなかった。
重い足取りで食堂に向かい、いつもの朝食を摂る。
そしていつものようにアーベルと一緒に食堂を出ると…嫌な予感がする。
「あ、やっぱり2人一緒だ。本当に仲がいいんだね。
早速だけど、君たちに頼みたいことがあってね…」
この人は私達の後をつけているのだろうか。
毎回毎回行く先々で出会う。
正直とても疲れていたので断りたかったのだが、予想するまでもない。
アーベルが勝手に了承してしまい、私も渋々了承する。
ハンジさんに連れられ、私達は巨人研究室に向かった。
エルヴィン団長がハンジさんに与えたらしい。
だがやはり、その部屋もゴミ溜めのようになっている。
頼みたいことというのは、巨人を捕獲する道具を一緒に考えてほしいとのことだった。
「とりあえず今は、アイデアを出していってほしい。
作れるかどうかは作る時に考えればいいからね。」
どうやら自分1人ではいいアイデアが出ないらしく、
丸めた紙がそこらじゅうに散らばっている。
私達はしばらく悩んでいた。
その時、いい案が思いついたらしいアーベルが口を開く。
「銃…なんてどうでしょうか。弾丸じゃなくて、捕獲用の網と
それを固定する釘が発射されるんです。 けどそれじゃ巨人をうまく運べないな…
いい感じの場所に誘導して、そこを巨人研究所にするとか?」
「うん、今の技術じゃそれしかないね。とりあえず、それが1番現実的かな。
まあ誘導するのも楽じゃないけど…仮として、君の案を採用しよう。」
それから私達は、その捕獲銃の設計図を書き始める。
書いていくと、捕獲銃の開発は現在の技術と資材でも可能だというのが分かった。
言い出しっぺのアーベルがおおまかな設計を書き、
技巧でトップだった私が細かいところを書く。
一見いい感じに役割が分かれているように思えるが、負担は私の方が大きかったりする。
なんせこのバカの設計図はあまりにざっくりしすぎていたので、
細かいところを修正するのに手間取った。
「2人とも、ありがとうね!後はこの設計図を技巧班のとこに持ってくよ。
今日はもう遅いから帰っていいよ!」
ハンジさんのその言葉を聞き、私は窓を見る。
ああ、いつの間にかすっかり日が落ちてるじゃないか。
私達は研究室を出て、各々の部屋に向かう。
あの捕獲銃がしっかり機能してくれればいいが…
理論上は不可能ではないが、やってみないことには分からない。
これからも忙しくなりそうだ、と思い自室の扉を開ける。
捕獲銃の存在を忘れかけていた頃頃、
私達は、久しぶりに同期のシスとリーネに会った。
2人とも元気そうで安心した。
「お前ら、ハンジ分隊長の班にいるんだって?」
「まあ、色々あって。」
「2人とも、昔から巨人に興味があったみたいだし…いい班に入れたんじゃない?」
いい班かどうかは分からない。
とりあえず相槌を打ってはおくが。
しばらく話していると、2人の顔色が変わった。
一体なんだ?と思っていると、背後から変な気配がする。
「へへへへ…ちょっと2人、研究室に来てくれるかな?」
「ぶ、分隊長?また何かするんですか?」
「そりゃ…さいっこうに滾るやつだよ…!」
ハンジさんは目をキラキラさせて息を荒くさせるばかりで、
一旦落ち着かせないとまともな会話すら出来そうにない。
せっかくシスとリーネに会えたのに、残念だった。
一応2人の部屋の場所を聞いておき、また会えるようにメモしておく。
ハンジさんが言っていた“最高に滾るやつ”とは、捕獲銃の試作品らしい。
作るまでに意外と時間がかかったようだが、無事に完成したようで安心した。
「それじゃ、2人とも。壁外に行く準備をしてね!」
「え?今から行くんですか?」
買い出しに行くようなノリで準備を促され、思わず聞き返す。
巨人を壁内に捕獲する作戦が、少々強引だが思いついたらしい。
クィンタ区の門の近くには、土壌が悪いらしく人が住んでいない。
なので、門を開けっぱなしにし巨人を何体か壁内に誘い込むのだとか。
「そんな、壁内に巨人を入れるだなんて…強引にも程がありますよ分隊長」
「他にどうしろっていうんだ!大丈夫、精鋭中の精鋭兵達にも同行してもらう。
もし失敗するようなことがあったら、彼らがカバーしてくれるはずだ。」
少々他人任せすぎる気もするが、巨人の捕獲方法がこれしか思い浮かばないのも事実だ。
ハンジ分隊長が言うに、巨人の身体は軽いらしいが
それでも荷馬車に乗せることは困難だし、
それこそ巨人運搬用の荷馬車でも作らなければいけないだろう。
この作戦が成功しなければ、次は巨人運搬用の荷馬車の設計図を書く羽目になる。
頼むから成功してくれよ、そう考えながら私は準備を終える。
程なくして、私達はクィンタ区へ辿り着いた。
作戦開始まであと1分というところだ。
するとハンジ分隊長が、顔をしかめる。
「あ、別の作戦思いついちゃった…」
「はぁ?」
「ご、ごめんごめん。今更作戦の変更をするつもりはないよ…
けど、今思いついた作戦の方が安全かもなぁ…」
「言ってみてくださいよ、人が死ぬより作戦を急に変えられた方がマシですから」
「そうですよ」
私とアーベルはハンジ分隊長にそう言い、作戦を聞く。
その作戦の内容は、巨人の性質を使った先程よりかは安全なものだった。
まず、作戦は深夜に決行する。周囲に巨人がいないか確認し、巨人を見つけた場合
緑色の信煙弾で知らせる。巨人は夜に動かない。
その動かない巨人に捕獲銃を撃ち、網で捕獲する。
その後兵士総出で手足を限界まで削ぎ、重量を落とした巨人を板の上に乗せる。
そして巨人が乗った板を荷馬車に乗せ、そのままシガンシナ区の内門近くまで運ぶ。
「途中で巨人の手足が再生し切っちゃったら元も子もないから、誰かに監視させて
手足が再生しそうになったら削いでもらわないとな…」
「じゃあ、その監視する役をオレ達がやります」
「おいアーベル…!」
「別にいいだろ?相手は網にかかった巨人だぜ?」
またそうやって勝手に返事をする。
こいつのこの癖は永縁に直らないのだろうか。
とりあえず私達は日が落ちるのを待ち、日が落ちてしばらくすると馬に乗り
巨人の捜索を始める。
だいぶここら辺をうろうろしてみたが、巨人は一向に見つからない。
すると、遠くに緑色の信煙弾が見えた。
巨人発見の合図だ。
信煙弾の元に向かうと、そこには11m級の巨人がいた。
座った姿勢だったので腕や足を削ぎにくいと思ったが…
精鋭達からしたら造作もないことだったらしい。一瞬で腕と足を削いで見せる。
「よし!このまま板に乗せるぞ!」
網を発射する際に同時に射出される釘のせいで、板に乗せる作業は難航した。
とりあえずちまちま釘の位置をずらしていき、やっと終わった時には
もう夜明けが近づいていた。
板に乗せたあとは比較的スムーズに進み、あっという間に荷馬車に巨人が乗る。
そのまま壁内に帰還し、たまに再生しかかった手足を削ぎながら
シガンシナ区内門近くまで巨人を運ぶ。
作戦は成功。1体の巨人の捕獲に成功した。
だが、ここまでやって1体とは…2体捕まえるとなったら、
一体どれだけの時間がかかるのだろう。
巨人捕獲に成功したその日から、私達はさらに忙しく動き回ることになった。
まずハンジ分隊長は巨人との意思疎通を図る。
「こんにちは、いい天気だね!調子はどう?」
「分隊長、近すぎませんか」
「大丈夫大丈夫!」
「モブリットの言う通りですって!もう少し距離を取ってください!頭齧られますよ!」
その後は私達に巨人のスケッチをやらせる。
スケッチを描く分は問題ない。問題は、私達がスケッチを描いている間にも
ハンジ分隊長が巨人と戯れることだ。
「分隊長!何やろうとしてんですか!?」
「いや、ちょっと巨人と親愛の意味を込めてハグをだね…」
「肋折れますよ!!」
心配で心配で集中してスケッチすら描けない。
私が異様に速筆になった理由は、全てこの分隊長にあると言っても過言ではなかった。
次は巨人に名前をつけたいと言い出す分隊長。
勝手にやっててください、というわけにもいかない。
名前を考える間も、ずっと巨人の前を歩き回っている。
しかも、とても近い。巨人が本気を出したらすぐに食べられてしまうだろう。
「思い付いたぞ!よーし、お前の名前はアグネスだ。
アグネスっていうのは、人喰い一族の女でね…」
そのあとも彼は人喰い一族の話を続け、他の兵士の中には吐いているものも見られた。
話が終盤に差し掛かったところで私達も気持ちが悪くなり、
お互いの背をさすりながら吐いてしまった。
しばらくは食堂で肉が出たとしても、食べれないと思う。
その人喰い一族の話が終わる頃には、もう周りに他の兵士はいない。
みんな具合が悪くなり帰っていってしまったようだ。
「うっぷ…オレまだ吐き気が…」
「あっちで吐いてこいよ…」
アーベルがもう一度吐きに行こうとした瞬間、分隊長が呼び止める。
「あ、まだやることが残ってるから、そこにいてくれる?」
終わったな。私はそう思い、隣の可哀想な同期を哀れんだ。
結局、今日も深夜まで帰ることが出来なかった。
最近寝ていなかったな、そう思い布団に倒れ込む。
この生活はいつまで続くんだろう。
私はそう思いながら眠りについた。
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私とアーベルが調査兵団に入団し、6年になる。
後輩の兵士たちも出来、壁外調査でも自分のことばかり考えていられなくなった。
第四分隊の4班は、まだ班員が分隊長含め3人だけ。
平均4〜7人のため、最低あと1人欲しいというところだった。
なので壁外調査では、仮として新兵が1〜2人うちの班に入れられる。
分隊長は巨人に夢中で新兵を守るどころでは無いため、
必然的に新兵を守るのは私達の仕事になった。
そんなある日、私は団長室に呼び出される。
呼び出される理由が分からず、内心焦りながらドアを叩く。
「入ってきたまえ」
「はっ、第四分隊4班所属のモブリット・バーナーです」
「ハンジのところの割には、随分と礼儀正しいようだ。
久しいねモブリット。」
エルヴィン団長は、意外と冗談が好きなようで
私に対しても冗談を言った。
さて本題に入ろうか。そういうと団長は真面目な顔で私を見つめる。
切り替えが上手い人だな、私は彼を見てそう感じる。
「君に、第四分隊の副隊長を任せたい。」
「…私がですか?」
「ああ、君はとても優秀だからね。この調査兵団で9年生き残った。
そして何回も死戦を潜り抜けている。頭もとても良いと、ハンジからいつも聞いているよ。
出来ることなら、私の側近にしたいほどだ。」
団長からこんな風に思われていたのか…
私は副隊長の称号に見合う実力を持っているのだろうか。
そう思い、俯く。
「嫌ならいいんだよ、他にも候補はいる。
だが…その候補の中でも特に優秀で、副隊長に見合う実力を持っているのは君だけだ。 」
「……やります」
私は顔を上げ、そう答える。
団長は最初の優しい笑みを浮かべ、静かに頷く。
団長室を出ると、そこにはアーベルが立っていた。
私が心配になり、話が終わるのを待っていたそうだ。
「で、団長がお前になんの用事があったんだ」
「第四分隊の副隊長にならないかって」
「…え?本当かよ?受けたのかその話?」
「断るわけないだろ、迷ったけどね。」
まじかよ、同期なのに。アーベルはそう言いながら私の背を叩く。
「まあ、これからもよろしく頼むぜ副隊長殿」
「モブリットでいい」
次の日、私達はハンジ分隊長に呼び出され、研究室に向かった。
「やあ副隊長殿!昇進おめでとう!分隊長と副隊長が揃った班なんて、なかなか無いよ!」
彼はそう言ってから、ある紙を私に見せる。
そこにはおかっぱの少女と、頭に剃り込みの入った青年の顔と、
その2人の名前が書かれている。
「今期の新兵にいい子がいてね。一緒にスカウトしに行こうよ。」
「いや、分隊長ひとりで行ったらいいでしょう。このおかっぱの子とか…
男3人にいきなり囲まれたら、怖がっちゃうんじゃないですか?」
「アーベルはともかく、私と君は顔が可愛いから大丈夫だって!」
「ちょっ!ともかくってなんですか!?オレの扱いひどくないですか!?」
私と君って…ちゃっかり私にまで可愛いって言ってきたぞこの分隊長。
モテるタイプだろうな、そう思いながら
正直気乗りしなかったが班員のスカウトに向かう。
まずはおかっぱの少女、ニファ。
今期の座学主席者で、背が低い。
小柄ながら最終的な成績優秀者として、10番以内に入った実力を持っている。
前回の壁外調査でも生き残っており、討伐数は5。
新兵にしてはかなりの討伐数だ。
そして最近新たに討伐補佐数というのも加算されるようになったのだが、
そっちの方は7。合わせて12体…しかも1回の壁外調査でこの量を相手したのか?
可愛い顔してやっている事が化け物じみている。
「こんにちは、君がニファだね?」
「は、はい。そうですけど…何か用ですか?」
やはりいきなり数人の男(全員175cm程度の身長)に囲まれ、
少し怖がっているようにも見える。
巨人をあれだけ倒したっていうのに、175cm級が怖いのか…
そう考えていると、ハンジ分隊長が話を続ける。
「びっくりさせちゃってごめんね、私はハンジ・ゾエ。第四分隊の分隊長をやってるんだ。
で、こっちの可愛い子がモブリット。同じく第四分隊の副隊長。
で、こっちの…髭ゴーグルがアーベル。役職無し。」
「泣いていいですかね?」
「ふふっ…あ、すいません…で、その第四分隊の分隊長方が、私になんの用ですか?」
彼女の緊張は解けたようで良かった。
私が可愛い子なのかどうかは些か疑問だが…
アーベルについては全く異論はない。こいつはただの役職がない髭ゴーグルだ。
「私達は第四分隊の4班に所属してるんだ。で、私は分隊長って事で
自分の班の班員を自由にスカウト出来る権限を持っている…もう分かるね?」
「私をスカウトしにきたってことですか?」
「そうだとも、この話…受けてくれるかい?」
彼女は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに首を縦に振った。
「ハンジ分隊長、モブリットさん、アーベルさん。これからよろしくお願いします。」
ひとまず今日は普段通りに過ごしていいと伝え、次の班員のスカウトにいく。
剃り込みの入った黒髪の青年、ケイジ。
今期の技巧主席者で、こちらも成績優秀者として10番以内に入っている。
最初の壁外調査ではニファと同じ班にいたらしく、巨人を倒そうと
ビュンビュンアクロバティックに飛び回る彼女を宥める役をしていたらしい。
討伐数は7で、討伐補佐数は0。
討伐数が7…確かニファの討伐補佐数も7だった筈だ。
これは…ニファが仕留め損なった巨人をこの子が仕留めた結果こうなったのか。
その光景を思い浮かべると、巨人と戦っているにしては微笑ましい風景が浮かぶ。
「こんにちは、君がケイジかな?」
「はい、あなた達は…第四分隊の4班の方々ですか」
「おお、よく分かったね。予習済みってわけか。」
「巨人研究を中心に活動されていると聞いています。」
この感じ、ハンジ分隊長に気に入られるタイプの人間だ。
私がそう思った通り、分隊長は彼をとても気に入ったようだ。
「私は君に興味があってね…ぜひ私の班に入ってくれないかい?」
「え、いいんですか?」
((い、いいんですかだと…?))
私とアーベルは彼の言葉にドン引きする。
ニファでさえ少し悩んでいたのに、こいつは即答でいいんですか?と来た。
これは強い、そう確信する。
班員のスカウトを終え、私達は研究室に戻った。
「いい子達がスカウト出来てよかったよ!さらに研究が捗りそうだ!」
「新兵に負担をかけないようにしてくださいよ、最悪班を抜けたいって言われるかも。」
「分かってるよ、ほどほどにするからさ!」
分隊長のほどほどは全然ほどほどじゃないんだよな…
2人とも苦労しそうだ。
私は資料をまとめ終え、兵舎に戻る。
それから1年後のことだ。
分隊長と私とアーベルは、分隊長が無くしたらしいある資料を探していた。
巨人が昼にしか動けない理由を考えて、それをまとめた資料らしいが
その書いた張本人が無くしたとは…
前捕獲した巨人を誤って殺してしまい、
やることもないのでみんなで見ようということになったのだが
いかんせん分隊長は片付けが苦手だ。
どこに仕舞ったのか忘れてしまったらしい。
3人で手帳を探していると、研究室の扉が勢いよく開く。
扉を開けた兵士は敬礼をしてから大きな声で叫ぶ。
「エルヴィン団長にハンジ分隊長に伝えてくれと…
ウォール・マリアが、巨人によって突破されました!!!!」
私達は耳を疑う。
「ウォール・マリアが…突破されただって?」
「はい!突如出現した超大型巨人と鎧の巨人によって…門が破壊されたようです!」
「くそ、今日は人類最悪の日になるな…モブリット、アーベル、
お前らはニファとケイジを連れてこい!装備を整えておくぞ、
恐らくもうすぐでエルヴィンから 号令がかかるだろう!」
まだ状況が飲み込めていない私の腕を、アーベルが掴む。
しっかりしろと言わんばかりの彼の表情を見て、私は自分を奮い立たせる。
ここで私がしっかりしなきゃダメなんだ…
私はアーベルと一緒にニファとケイジを探す。
幸いすぐ見つかったので状況を手早く伝え、ハンジ分隊長の元へ戻る。
「エルヴィンから号令がかかった!装備を整えて、すぐシガンシナ区へ向かうぞ!」
私達は装備を整え、既に沢山の調査兵団兵士達が並んでいるトロスト区の門の前へ向かった。
兵士達は皆、神妙な面持ちで手綱を握る。
ウォール・マリアに家族がいる者もいるだろう。
「開門1分前!!!!」
今回の任務は住民の避難を完了させることだが…
遭遇する巨人の数も、決して少なくはないはずだ。
生きて帰れるだろうか。そう思い、アーベルの方を見る。
本人には言えないが…こいつの顔を見ると安心する。
「開門1分前だってよ、前は10秒しかなかったのに…随分良心的になったな。」
「今話す内容がそれか。」
こいつのおかげで緊張もほぐれた。
だが巨人領域に足を踏み入れるのだから、少しは緊張感を持っていなくてはならない。
私は最初の壁外調査のことを思い出した。
あの時は巨人に掴まれたんだっけな…
今となっては巨人に掴まれることなどそうそう無いが、
最初の頃は掴まれてばっかりだった。
昔のことを考えていると、ついに門が開かれ始めた。
「開門始め!!!!総員、進めぇぇぇぇぇぇ!!!!」
エルヴィン団長の声で、兵士達の士気が上がったのが見てとれる。
私達は巨人捕獲の時に世話になった、クィンタ区の住民避難を任される。
外門近くには目立った集落や街は無いが、その代わり内門近くに人間が密集している。
既に大量の巨人が群がり、避難は完了していないだろう。
門を破られることは無いだろうが、ここで避難させなければ
クィンタ区は完全に王政から見捨てられるだろう。
「巨人が陣形を無視して迫ってきています!奇行種のようです!」
ニファが巨人を見つけたらしく、ハンジ分隊長にそれを伝える。
だが、ここで奇行種の相手をしている時間があるだろうか…
ハンジ分隊長もそう思ったのか、少し苦しそうな顔をする。
だが何かを決めたようで、私たちに聞こえるように大きな声で指示を出す。
「モブリット、お前は私と一緒にクィンタ区へ向かってもらう。
アーベル、お前はニファとケイジと一緒に、あの奇行種の相手をしてくれ。 頼んだよ。」
「は、ハンジさん!?私とアーベルが奇行種の相手をします!
クィンタ区へはニファとケイジと向かってください!」
ハンジ分隊長は、すまないという顔で首を横に振った。
「君たちの仲がとてもいいことは知ってるよ。
できることなら一緒に行動させてやりたい。」
「い、いや!そうじゃないです!新兵2人に奇行種の相手をさせたくありません!」
実際は分隊長が言う通り、アーベルと離れるのが嫌だっただけだが
そんなこと言ってしまったらあのバカは浮かれてしまうに決まっているので
もっともな理由をつけて否定する。
「大丈夫だ、2人とも新兵にしては巨人との戦闘に慣れている。
奇行種にも何回か遭遇している筈だし…きっとうまくやってくれるよ」
「でも…!」
まだ諦めきれていない私の頭を、アーベルが叩いた。
「痛…」
「おい、さっきから聞いてりゃ…人類滅亡の危機だぞ?
なにグズグズしてんだよ!あの3班だけでクィンタ区に群がる巨人をやれると思うか?」
そう言って前方を走る班を順番に指差す。
どれもお世辞には優秀な兵士がいるとは思えない。
新兵を寄せ集めたような班だった。
確かに、あの3班とハンジ分隊長、それにニファとケイジだけでは
クィンタ区の避難を完了させるのは難しいだろう。
かと言って、ニファとケイジだけに奇行種を任せるのは心配だ。
巨人との戦闘慣れしてるとはいえ、あいつらはまだ新兵。
分隊長の采配も、それを考えてのことだろう。
私は目を伏せ、小さく呟く。
「分かった…けど、ひとつ言わせてほしい」
「なんだ?」
「……死ぬんじゃないよ」
素の口調で、アーベルにそう伝える。
アーベルは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに「ああ」と返す。
私はアーベルやニファとケイジと別れ、ハンジ分隊長と共にクィンタ区へ馬を走らせる。
調査兵団に入ってから、アーベルとはいつも一緒にいた。
きっとクィンタ区の住民の避難も、そこから帰るのも大分日数がかかるだろう。
とても1日で終わるとは思えない。
会えるのはいつ頃になるだろうか…ほとぼりが冷めたころかもしれない。
そもそも、生きて会えるか分からない。
私は手綱を強く握る。そんなこと考えている暇があるなら、目の前の任務に集中しよう。
しばらく馬を走らせていると、クィンタ区が見えた。
やはり門の前には巨人が蔓延っており、全て倒さなければ開門することは出来ない。
見たところ10体はいるようだ。
「10体…意外と少ないね。巨人はシガンシナ区に密集しているようだ。
きっと巨人を集める何かが…そこにあったんだろう。」
「巨人を集める何か…?それより、シガンシナ区は大丈夫ですかね?」
「ミケやナナバが向かったから大丈夫だろう。
さあ、さっさと壁の前にいる子達を片付けるよ。」
ハンジ分隊長は抜刀し、すぐに立体機動に移る。
それを追う形で、私もすぐに立体機動に移った。
お前らに構っている時間はない、そう言いたげな顔で巨人を削いでいく。
いつもの分隊長とは打って変わり、本気を出した分隊長は怖い。
私も何体か討伐し、門の前の巨人は全て片付けた。
「よし、それじゃあ住民をクロルバ区まで避難させないとね…
骨が折れるな、この数の人間を巨人から守らなきゃいけないのか。」
シガンシナ区に巨人が密集しているとはいえ、ここにいる巨人の数も0ではない。
水路があって船で避難できるシガンシナ区は避難がすぐに終わるだろう。
まあ、あっちの場合はそこに行き着くまでが大変そうだが。
とりあえず巨人の注意を散らすため、3班それぞれで住民を避難させることになった。
これで個々の負担は、少し軽くなるはずだ。
道中巨人に遭遇したが、私が立体機動に移ろうとした間に分隊長が斬り伏せてしまった。
やはりベテラン、いつもはただの変人にしか見えないが実力は確かだ。
私達は無事クロルバ区への住民避難を完了させた。
いつの間にか沈んでいた太陽が、また登り始める。
長いようで短い1日だった。
「これでトロスト区に帰還したら、作戦は終了ですかね」
「いや、クィンタ区にもう一度戻って、逃げ遅れた住民がいないか確認する。
その後シガンシナ区に寄ってから、トロスト区に帰るつもりだ」
「だいぶかかるんですね…」
「人類の存続がかかっているからね」
私はアーベルのことを考える。
今何してるだろう…巨人の胃袋の中にいるか、クィンタ区で合流できるかもしれない。
入れ違いになるかもしれないし、もしかしたらとっくにトロスト区に帰っているのか?
「アーベルが心配かい?大丈夫だよ、彼も優秀な兵士だ。」
「はい、分かってます。すいません…任務に私情を挟んでしまい」
「いいんだよ…それより君たち、付き合ってないって本当なの?」
「は…?私とあいつはそういう関係じゃないですって。 」
私は少し怒り気味にそう言う。
これまでに何回恋人と間違われたことか…
どうやら調査兵団ではそういうのは珍しくもなんともないとか。(男が多いから)
あのミケ分隊長とエルヴィン団長にもそういう噂があって、
あとリヴァイ兵士長とエルヴィン団長とか…
…エルヴィン団長率が高い。
「なにぼーっとしてんの!アーベルに会いたいんでしょ?
さっさと任務終わらせて愛しのダーリンに会いにいけばいいよ!」
「だからそういう関係じゃなくてですね…!」
親友だから。そう言いかけて、私はやめてしまった。
ナナバさんはともかく、ハンジ分隊長に言ってしまったら
すぐにアーベルにチクられるだろう。
あのバカのことだ、未来永劫それについてイジられるに違いない…そう思ったのだ。
ここで言ってしまえばいいものを、私は貴重な機会を逃すことになった。
その後クィンタ区で逃げ遅れた住民を捜索し、シガンシナ区に向かう。
どうやら避難は完了したようだ。人は1人もいなかった。
「…なんて血の量だ。あちらこちらに血がべっとり。 」
「きっと…避難用の船に乗れなかった人達のものでしょうね。」
「ああ…残酷だな。」
ハンジ分隊長はそう言い、立体機動装置で壁を登る。
私もそれに続き、壁を登った。
あたかもあっさり終わったかのように話してしまったが、
任務完了までにかかった日数は3日。
私は疲れ切っていた。分隊長も同じだろう。
手綱を握る手に、明らかに力が入っていない。
そのうち私達は完全に疲れ切り、ウォール・ローゼの壁上で野宿することになった。
「君、寝相悪かったりしない?」
「さあ、普通だと思いますが」
「気をつけてね、昔寝相が悪すぎて壁から転落死した兵士がいたんだ。」
「それは…可哀想な話ですね。」
「私の同期だよ…失うには惜しいやつだった。」
冗談なのか本当なのか分からない彼の話に、私は適当に相槌を打つ。
そのうち、今日一日の疲れで瞼が重くなってくる。
それと同時にハンジ分隊長が話し始めた。
「私達が見ているものと実在するものの本質は…全然違うんじゃないかって思うんだ。」
私はその言葉を聞き、少し驚いた。
昔私が考えていたことと全く同じ内容だったからだ。
「例えば、ここに赤色の花があるとする。
花を買いに来た男は、赤と青の色が反転して見える体質だった。
そのため男にはその花が青く見えていた。だが男は“この赤色の花をください”と言った。
それはどうしてだと思う?」
「はあ、よく分かりません…自分の体質を知っていたのでは?」
「男の考える赤は、私達が考える青を指す色だったからだ。
これを人は逆転クオリアと呼ぶ。」
ああ、これも私が子供の頃に考えていたことに似ている。
ここまでは興味深い話だと思い素直に聞いていたが、しばらく経つと
いつもの巨人の話になっていた。
「それでこれは持論なんだけど…って、寝てる?」
「いや、寝てないです起きてます」
実のところ眠りかけていたが、手の甲を強くつねり
なんとか起きていようとする。
だがここからの記憶がない。
健闘虚しく、私は眠ってしまったようだ。
次の日、ハンジ分隊長は私より先に起きていた。
「起きたね!いやぁ、今回の任務にスケッチブックを持ってこなかったのは失敗だった。
君の寝顔はとても可愛らしかったよ。スケッチしたいくらいね。」
「そうですか…で、頭のどこら辺を打ったんですか?」
「ひどいじゃないか、どこも打ってないよ。」
さあ出発だ、ハンジ分隊長はそう言い立体機動装置で壁を降りる。
私もそれに続いて降り、再びトロスト区を目指す。
結局帰れたのは昼ごろだった。
私は自分の部屋に行き、倒れたように眠る。
すっかりアーベルに会うのを忘れていた。
そう思ったのは深夜の1時だった。
変な時間に起きてしまい、やることもなくぶらぶらと歩く。
意外とこの時間に起きている兵士もいた。
きっと私と同じく、昼ごろに寝てしまい変な時間に起きた輩達だろう。
「あ、モブリットさん!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにはニファがいた。
「ニファ…こんな時間に出歩くのは危ないよ。
本当の巨人は人間の心の中にいるんだからね…」
娘に夜遊びされる親の気持ちが今分かった気がする。
とても気が気じゃない。
「す、すいません…昼寝のつもりが長めに寝ちゃって
こんな時間に起きちゃったんです…」
「やっぱり君もそうか。…アーベルは?」
私は周りを見てみる。アーベルが一緒というわけではないようだ。
ニファは、えっと…と一息おき、アーベルについて話す。
「アーベルさんなら、兵団の診療所で療養中ですよ」
「は?あいつ、怪我したの?具合は?大丈夫なの?」
私はニファの肩を掴み問い詰める。
思わず普段の口調を忘れ、素の口調が出てしまった。
「あ…ご、ごめん」
「いえ…お二人、やっぱり仲がいいんですね。
アーベルさんは軽傷ですよ。ケイジは…骨が一本。」
とりあえず、アーベルが軽傷だと聞き安心する。
あの後、他に2体の巨人と遭遇したらしい。
合計3体、うち奇行種が1体。それでこの子は無傷なのか、と少し怖くなる。
気づいたら討伐数が3桁行ってそうだ。
私は、流石に今行くのは無理か…そう思い部屋に戻る。
特にやることもなかったので、そのまま本を読んだり絵を描いたりして過ごした。
紙は貴重なので、普段描いている巨人のスケッチの裏に描く。
気づいたらもう朝になっていたので、私は兵団の診療所に向かった。
「おはようアーベル、大丈夫か?」
「おはよう。ああ、大丈夫だよ。ちょっと足捻っただけだ。」
「心配かけさせやがって。」
「…そういえば、お前は知ってるか?」
私が首を横に振ると、アーベルはもうすぐ始まるらしい作戦について話し出す。
領土奪還を賭けた総攻撃が行われるそうだ。
「領土奪還だの大義名分掲げておいて…実際はただの口減しにすぎない。
一般人まで駆り出すとはな。」
「そんな…一般人まで? 」
私は思わず聞き返す。アーベルが言う通りこれが口減しじゃなきゃなんだというのだろう。
戦力だけだったら駐屯兵と調査兵だけで十分足りる。
ため息をつきながら頭を抱えた。
この作戦が本当に行われるのだとしたら、肉親を亡くしてしまう者もいるだろう。
こんな事が許されるというのか。
「仕方ないぜ…オレ達にどうこう出来る話じゃないからな。
多分作戦は2ヶ月後か、それより早いかもな。
作戦開始を遅らせる暇は無いんだろう。巨人が入ってくる一方だ。」
お前も今のうちに覚悟を決めておいた方がいい。アーベルはそう言い、
今日はもう帰れと言わんばかりに背中を叩く。
きっと、今までで1番過酷な作戦になるだろう。
私は来る日のことを考え、気持ちが沈むばかりであった。
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役職の高そうな兵士が叫んだ。
「これよりウォール・マリア領土奪還作戦を開始する!!!!」
私達以外の兵士は、それに共鳴するように声を上げる。
「領土奪還って…何で門を塞ぐっていうんだろうな。」
「さあ…口減しのための作戦だろ?あいつらも深くは考えちゃいないよ」
「巨人で壁の穴を塞げれば…」
アーベルは何かを考えているようだ。
壁の穴を塞ぐ方法を思いついたというが、今言っても間に合わないだろう。
とりあえず話はこの作戦が終わってから聞く、私はそう言って目の前の任務に集中させる。
この奪還作戦には、分隊長や兵士長、団長などという
位の高い兵士が参加出来なかった。作戦が円滑に進んでしまえば
本来の目的である口減しが出来ないという上層部の判断だろう。
そういう理由もあり、私は一時的にハンジ班の指揮を任された。
他の班が次々と配置につくのを見て、私はアーベルを急かす。
「さあ、配置につこう。他の班はもう既に準備が出来ているみたいだ。」
「まじか、一般人が混じった班に負けたぞ」
「誰のせいだと思っている」
もう巨人との戦闘が始まっている班もいるようだ。
立体機動装置の操作がおぼつかない兵士もいる。
恐らくあれが一般人…たった2ヶ月で立体機動装置の使い方が分かるわけがない。
作戦開始当初は、そういう兵士を助ける余裕もあったが
作戦が中盤に近づくにつれそんな余裕も無くなってくる。
目の前で死んだ者もいた。
「……ごめんなさい…」
「…仕方ないだろ、お前は自分の班を優先しただけだ。
それともなんだ、オレ達を優先したことに悔いがあるか?」
「いや…無いよ」
私達は作戦続行不能の合図が出るまで戦い続けた。
普通だと続行不能の判断は全兵士に委ねられているが、今回は違う。
続行不能の判断を下すのは、憲兵のいかにも偉そうな兵士。
終わりの時はいつも唐突に来る。
私は嫌な予感がし、ガスボンベを叩く。
「しまった…ガスを吹かしすぎた」
ボンベの中には、もう少しのガスしか残されていない。
今作戦続行不能の煙弾が打たれたとしても、壁を登ることは出来ないだろう。
私の青ざめた顔を見て、何かを察したようにアーベルが歩いてくる。
「これ、使えよ。」
「え、それは…お前のじゃないのか?」
だがアーベルの立体機動装置を見ると、ガスボンベは2本しっかり装填されている。
「これは、もう死んだ兵士のだよ。
使われないよりお前が使った方がいいと思って取ってきた。」
「…」
私は一瞬躊躇うも、すぐにそのボンベを受け取り
もう空のボンベと交換する。これで壁は登れるだろう…
私は周りを見る。大分兵士は減った。作戦続行不能の煙弾が打たれるのも時間の問題だ。
生きて帰れる。
そう思った瞬間、四足歩行の巨人がこちらに向かって走ってくる。
通常の巨人とは一線を画す速さ。
私とアーベルは咄嗟に避け、殺されるのは免れた。
厄介だ…すると、自分達の名前を呼ぶ声がすることに気がつく。
「モブリットさん!アーベルさん!!後ろ!!!」
ニファとケイジか…後ろ?
前の巨人に手一杯だった私達は、後ろから迫っていた巨人に気付けなかった。
振り返って見てみると、15mはありそうだ。大きい。
私はその巨人が地面を踏み込んだ衝撃で、後方に吹き飛ばされる。
四足歩行の巨人がいた方向だ。
地面に落ちる時に頭を打ってしまい、意識が朦朧とする。
ニファとケイジは四足歩行の巨人を、アーベルは15m級と戦っている。
だが私の事を心配しているようで、動きにキレがない。
このままじゃみんなやられる…
その時、2人の兵士が増援にやってきた。
あれは…シスとリーネか。
ニファの叫び声を聞いて嫌な予感がし、駆けつけてくれたようだ。
2人も随分実力をつけたようで、15m級と四足歩行の巨人をあっさりと倒す。
「 モブリット、大丈夫?うわ、頭!!血出てるよ!」
「た、助かったよリーネ。それにシスも…ありがとうな。」
「何言ってるんだ、俺達同期だろ?こんなの当然さ。」
シス…ではなく、リーネが私の身体を軽々と持ち上げた。
もちろん、お姫様抱っこで…どうして私はこうもお姫様抱っこ率が高いのだか
全く理解出来ない。いや、理解したくない。
「はい、私達用事があるからさ。あんたが持ちなよ。」
そう言って、すぐにアーベルに私を渡すリーネ。
その用事というのは、あの偉そうな憲兵の奴らに指示を仰ぐこと。
シスとリーネはガスが有り余っているようで、
疲れ果てた新兵を見て、いてもたってもいられなくなった2人は
壁を登って 作戦の続行は不可能だと伝えに行く途中だったようだ。
「安心してよね、私の交渉術で上官を説得してきてあげるから!」
「こいつ、前500円の紅茶を100円まで値切ったんだぞ?上官なんてイチコロだよ」
「はは、それは…その紅茶売ってた店、潰れたりしてないか?」
アーベルは、少し見当違いな回答をしている。
こいつはいつもこんな調子だ。
シスとリーネが壁を登り少し経った頃、作戦続行不能の煙弾が打たれた。
私達はそれを大いに喜び、すぐさま壁を登る。
頭を打っていた私は、アーベルに担がれ運ばれる形で壁を登ったが…
作戦開始直後は100を超えていた兵士が、今は46人程度しか残っていない。
私はそれを朦朧とする意識の中見つめる。
私が助ければ助かったかもしれない兵士もいた…
「モブリット、寝ててもいいんだぞ」
アーベルが心配そうに私の顔を覗き込む。
「いや…大丈夫…」
私はそう言って気絶してしまったらしく、しばらくこいつにバカにされた。
そうして作戦は、上層部の目論見通り失敗に終わった。
だがそんな領土奪還作戦を終えた私達調査兵団には、仮の平穏が訪れた。
いつ超大型巨人と鎧の巨人が現れるか分からない。言葉通り仮の平穏だ。
私の怪我が治ってしばらくした頃、ハンジ分隊長に飲みに誘われる。
アーベルやニファ、ケイジも既に誘ってあるそうで、とても 断れない雰囲気だ。
この人はそれも見越して先にあいつらを誘っておいたのだろう…
正直病み上がりに酒は飲みたくなかったが、渋々了承する。
じゃあ決まり!と言われ、腕を引っ張られ連れていかれる。
分隊長はまたしても席に座った瞬間から、ぐびぐびと酒を飲み始める。
「えへへ、アーベル…意外とお前も可愛い顔してるねぇえへへ」
「はぁ?」
早速酔い始めたようで、いつものが始まった。
分隊長は酔うと途端に部下達にセクハラをし始め、終わったかと思えば巨人の話を始める。
そしてそれが終わったと思ったら唐突に泣き始め…と、
とにかく酒癖が悪い。
「ニファ、ちょっと発育良くなったよねぇ…」
「分隊長…あなたが私の上官で良かったですね」
ニファは満面の笑みで拳を握り締める。
前ニファがりんごを取ってきて、そのまま握り潰してジュースにした事があった。
分隊長はそれを忘れたのだろうか…生き急ぎすぎだ。
「ケイジ、私知ってるんだよ?君の純ケツはもう既に」
「ああ今日はいい夜ですね!!!!!!」
うん、ケイジは…なんだかその…
ドンマイとしか言いようがない。
反応に困るタイプのいじられ方をされてしまった可哀想なケイジは
顔を真っ赤にしながら俯いている。不覚にも可愛い。
だがその表情には、別の感情も読み取れたように感じる。
何か、悲しそうな…
「モブリット、顔は可愛いし腕も細いけど意外と尻でかいし太もも」
「はっくしょん!!ああ、花粉がすごいですね!!!!」
「なんだよ、みんな私の愛の告白を遮りやがって…
さて、それじゃ巨人を初めて討伐した人物の話でもしようかな。その人物の名前はキュクロ。
彼は人類史上初めて、立体機動装置を用い巨人を討伐した。
だが巨人が倒せる存在だと立証した人物は別にいるんだ。その人物の名前はアンヘルで…」
その話が始まった途端、ニファはおもむろにポケットからペンを取り出した。
慣れた手つきで瞼に目を描くと、そのまま堂々と眠り始める。
座学主席のくせに、この方法を使ったのは初めてではないようだ。
恐らくもう理解し切ってしまった授業の時は
体力温存のためこの方法を使いサボっていたのだろう。描かれた目もクオリティが高い。
ハンジ分隊長の話が2時間ほど続いた頃、ケイジは健闘虚しく眠ってしまったようだ。
手や頬に強くつねった跡が残っている。
起きているのは私とアーベル、そして話をしている張本人。
「それでこの話はここからが面白いんだけど…!」
「…ここからが?へぇ…」
うとうとしながらもしっかり相槌を打つアーベルには敬意を表したい。
私は意識を保っている事で精一杯で、相槌を打つ余裕などない。
分隊長はそれからも話し続け、ついに外からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「……分隊長、もう朝です…」
「うん!朝だね!で、この立体機動装置には試作号があって…」
私とアーベルはその返答を聞いた途端、椅子から転げ落ちた。
なぜこの流れで話を続けるんだ…と、内心呆れる。
「どうしたのさ、怪我したら危ないよ?」
「すいません、私達帰らせてもらいます。」
「あの、分隊長の話を聞きたくないとかじゃないんですけど、ほんと無いんですけど!!
用事を思い出したのでオレ達はこれで…」
「…」
アーベルの下手すぎる言い訳で、分隊長に私達の心中を察されてしまったようだ。
どうせ察するならもっと早くに察してほしいものだ。
ハンジ分隊長は涙目で私とアーベルの腕をがっしり掴む。
「うっ、私…私の話を聞いてくれるのはお前達しかいないから…
ごめんね、迷惑なのは分かってるんだけどあと1分だけ、先っちょだけ!!」
「なんの先っちょですか、泣きたいのはこっちなんですよ!!」
そうして分隊長と一進一退の攻防を繰り広げていると、食堂の扉が勢いよく開く音がした。
見てみると、そこには目付きが悪くて黒髪のチビ…ではなく、小柄な兵士が立っている。
彼の名前はリヴァイ。以前調査兵団に入団し、兵士長にまで上り詰めた実力者である。
彼は私達を見つけると、一直線に向かってくる。
そして、何をしているんだ…という表情をしてから話し始める。
「おいクソメガネ、それとそこの芋くせぇ副長と髭メガネ。
会議の呼び出しだ。すぐに出席しろ。」
「えぇ〜?今良いところだったんだよ?」
「お前の部下はオレのことを救世主のような顔で見ているようだが…
おい、てめぇ頭くせぇし酒くせぇぞ。そんなんで会議に出席するつもりか?」
「だって、当日に言われたんじゃ準備のしようがないでしょ!」
リヴァイ兵士長は抵抗するハンジ分隊長をどこからか取り出した縄でぐるぐる巻きにし、
そのまま兵団の大浴場まで運び始める。
「おい、お前の性別を教えろ。性別を知らないんじゃ男湯にも女湯にもぶち込めねぇ。」
「私?純然たる女…」
「「男です」」
堂々と女湯にぶち込まれようとする分隊長を止める。
性別を確定させてしまうような発言はしたくなかったが、
分隊長が大浴場で大欲情してしまったらそれこそ大問題なので仕方がない。
むしろ男湯の方が、分隊長は大欲情するのかもしれないが。
リヴァイ兵士長はいきなり分隊長を立たせたかと思うと、殴って気絶させた。
「え!?リヴァイ兵長!? 」
「オレの仕事はここまでだ、後はお前らが洗え。いつもやってるんだろ。」
会議に遅れるなよ、兵士長はそう言ってさっさと出ていってしまった。
ぶち込むって、入り口までかよ…私はそう考えながら分隊長の服を脱がせる。
気絶した分隊長は、しばらく目を覚まさなかったが
身体を流すところで目を覚ました。
「いてて、リヴァイのやつ、利き手で思い切り殴りやがって!
ところで立体機動装置の試作号の話なんだけどさ?」
「分隊長、やめてください」
「お?いいのか?暴れるぞ?君達の服が濡れるぞ?」
「あなたは犬ですか」
ハンジ分隊長は話を聞いてもらえないと分かると、ぶすっとした表情で頬を膨らませる。
不思議だ、こんな顔をされても全く可愛いと思えない。
アーベルの方が僅差で可愛い。僅差で。
結構頭もがしがし洗ったつもりだったが、嗅いでみるとまだ臭う。
「うわ、あんた何日風呂入ってなかったんですか…まだ臭いますよ」
「15日間くらい、かな…」
「分隊長…これから風上に立たないでください。」
「なんだアーベル、君まで冷たいこと言って…」
仕方がないのでもう一度がしがし洗う。
そんな事をしていると、リヴァイ兵士長が大浴場に入ってくる。
服を着ているとはいえリヴァイ兵士長が大浴場に…
兵士達は一斉にざわざわし始めた。
「おい、まだくせぇじゃねぇか…命令だ、なんとかしろ」
「そんな事言ったって…!」
「ふん、貸せ。オレがやる。」
「ちょっと待ってよリヴァイ!!
助けてくれモブリット!アーベルでもいい!! 私の頭蓋骨が危ない!」
私達はその光景を黙って見つめる。
「なんで私が兵長を止めるなんて、そんなめんどくさい事をしなければ?」
「アーベルでもいいってなんですか。でもいいって。 それが人に助けを乞う態度ですか。」
リヴァイ兵士長は掃除だけではなく頭を洗うのも上手いようで、
分隊長の頭はすっかりいい匂いになった。
それもあと数日の話だろうが。
会議の時間が迫っており、分隊長の頭を乾かす時間は無い。
仕方ないので濡れたまま会議に向かうことになった。
「チッ、まあくせぇよりはマシだろ。走りゃ乾く。」
「あのさ!みんながみんな君みたいに速く走れるわけじゃ…!」
ハンジ分隊長がそう言い終わる頃には、もう兵士長は遥か先に走っていってしまっている。
もう米粒くらいの大きさだ。元が小さいからよく分からないが。
私達はなんとか兵士長に追いつき、会議室に入る。
ハンジ分隊長を見ると、まだ髪が乾き切っていないようで
床の赤いカーペットに水滴がぽたぽた落ちている。
「…ハンジ、なぜ髪が濡れているんだ…」
「ごめんねエルヴィン、ちょっと髪洗ってきたんだよ。」
「…リヴァイ、クラバットが顔に張り付いているぞ…」
「チッ、前がよく見えねぇと思ったらそういうことか。走りすぎたな。」
他の上層部の方も、明らかにドン引きしている。 それもそうだ。
髪がびしょ濡れの性別不詳と顔にクラバットが張り付いたチビが会議室に入ってきたら
誰でもこんな顔になる。
「それで、ウォール・マリアの壁を塞ぐ方法についてですが…
彼らが良い案を出してくれるでしょう。」
そう言ってエルヴィン団長は、私達に向かってウィンクをする。
三十路のおっさんがウィンクはキツい…とは本当に全く決して思っていないのだが、
全て丸投げされた感が否めない。
しばらくすると、アーベルが挙手する。
どうやらいい案が思いついたようだ。
いや、恐らく領土奪還作戦の時に言っていた…巨人で壁の穴を塞ぐというやつだろう。
私が思った通り、彼はそれについて話し始める。
「壁の上から銛の先端部分のような、
鋭くてかえしがある刃物を取り付けた網を落とすのはどうでしょう。
下は落としてから杭か何かで固定するのがいいと思います。
そしてしばらく、網を落とした壁上で待機し巨人が集まるのを待ちます。
オレの仮説が正しければ、これで一時的な肉の壁が出来ると思います。」
上層部の人間はしばらく唸っていたが、全員顔を見合わせるとゆっくり頷く。
だが1人の意地悪そうな顔をした初老の男性が手を挙げる。
「それが失敗したらどうなるのだ?巨人が壁内に雪崩れ込んだりしてみろ。
責任の所在は貴様に問われるぞ。」
それを聞いたアーベルは、元気よくこう返す。
「大丈夫です!失敗はさせませんので!」
「いや、私が言わんとしているのはそういうことでは無くてだな」
男性はその後もネチネチ嫌味を言ってきたが、
ひと通り言い終わったらしく自信ありげな顔でアーベルを見る。
アーベルは男性に笑顔でこう言う。
「大丈夫です!100%成功します!」
「…」
そんな調子のバカに、嫌味を言う気が失せたらしく
ふん、と言ってから席に座る。
「先ほども言ったように、これは一時的な応急処置にすぎません。
ですが肉の壁を作って巨人の侵入を阻み、その間に壁の穴を塞ぐ工事が出来ます。」
「ふむ、それが1番現実的だね。他に案がある者はいるか?」
会議室が静まり返る。
私はともかく、ハンジ分隊長でも思いつかなかったようだ。
「それでは、この案を採用しよう。後は技巧班の仕事だ。」
そうやってあっさり会議が終わった。
ハンジ分隊長は会議室から出るや否や、アーベルの背中をばしっと叩く。
「よくやったぞアーベル!あの嫌味なオヤジにも負けず…」
「え?嫌味なオヤジ?兵長のことですか?」
「…」
そもそもアーベルは嫌味を言われていたことに気づいていなかったようだ。
この内地より快適な頭をしたバカは、たった今嫌味なオヤジ呼ばわりしてしまった
リヴァイ兵士長に足を踏まれている。
「いたた!!折れる!!折れます!!!」
「誰が嫌味なオヤジだ、オレは嫌味なんて言わねぇ」
「え?リヴァイって息をするように嫌味言ってない?」
そう言ったハンジ分隊長は兵士長に頭突きをされて気絶した。
もちろん、それを運ぶのは私とアーベルの仕事だ…
:
:
:
:
:
:
:
:
:
私はアーベルの部屋の扉を勢いよく開ける。
「なんだよ!!ノックくらいしろよ!!」
アーベルはそう言って憤慨するが、今の私にそんな心の余裕はない。
荒い息を整え、ここに来た理由を話す…
「……虫が」
「声ちっちゃ、聞こえねえよ」
「部屋に虫が…」
「なんだ、それくらい自分でやればいいだろ。もう夜遅い時間だし…」
私はその返答を聞いた途端、このデリカシーの無いバカの胸ぐらを掴む。
それが出来ないからここに来たんだろうが!!!!
私はそう叫び、無理矢理アーベルを連れて行く。
「で、どこにいるの?」
「あれ、あそこだよ!」
「よく見えないって…本当は大したことないんだろ?」
「あれだって!!なんで見えないのさ…ひっ!!」
急に羽を広げて飛んだ虫に驚き、私は…
思わずアーベルに抱きついてしまった。
それに気づき慌てて手を離す。
「大袈裟だな、小さいじゃないか」
「けど小蝿より大きいだろ!」
「バシッと叩けばすぐ死んじまうよ」
「もし仕留め損なったらこっちに飛んでくるかもしれないだろ!!」
アーベルはやれやれと言った様子でため息をつく。
いやため息をつきたいのはこっちだが。
「ごめんごめん、よく見えないから手伝えない。それじゃ。」
「ちょっと待て…さっき小さいって言ってただろ?見えてたでしょ?」
「それは、言葉のアヤってやつだよ…」
私は本棚から、兵士心得書を取り出す。
「ちょ、それ何に使うつもりだよ…今更兵士とは何たるか復習するつもりか?」
「そうだね、復讐するつもりだよ」
「待ってくれ!!文字が!!文字が違う気がする!!」
私はこの分厚い本の角でこのバカを殴るつもりでいたが、いい作戦を思いつく。
ちょうど虫は床に留まっていた。
「ふんっ!!」
どごん、と鈍い音がする。恐らく、いや絶対死んだ。
これで安心して眠ることができる…
アーベルはそんな私を見て、冷たい視線を浴びせる。
「お前…本で潰すのには躊躇ないの?」
「確実に殺せるからね…」
「なんかさ、本が汚れる!とか思わなかったの?」
「この本の表紙は黒だからね…」
「虫が可哀想とか思わないの?」
「人間領域に足を踏み入れて生きて帰れると思っている、
そんな甘い考えを持った奴らだったんだろうね…」
開いた口が塞がらないという様子だ。
一息置いて、また話し始める。
「…なんか、虫からしたらオレらって巨人じゃないか?」
「そうだな」
「分かってての行動なのかよ…」
お前ってたまに…すごい怖いよなぁ。アーベルはそう言った。
この言葉は前にも言われたことがあった気がする。
昔、私はなかなか友達が出来なかった。
そんな私に話しかけてくれた子がいた。
もう顔も名前も、性別すら思い出せないけど…すごく優しい子だった。
その子が近所のガキ大将に絡まれて、金を取られそうになっているのを見た。
私はその子の家庭がとても裕福とは言えない暮らしをしているのを知っていた。
その時、誰かが不法投棄したであろう釘バットを見つけた。
考えるより身体が動く方が早かった。子供は後先考えないことが多い。
これが子供は残酷だと言われる理由だろう。
私は、そのガキ大将を二度と介護無しでは生きていけないようにしてやった。
だが私もただでは済まず、腕の骨と…あと肋。外傷も酷かった。
その子は私のことを「重いヤツ」だと思ったらしく
それからまた会うことは無かった。
「お前って、すごい怖いよ…たまにだけど。」
それが最後に言われた言葉だったと思う。
私はそれを最後に友達を作るのはやめたつもりだった。
けど、今私はこいつと一緒にいる。
「モブリット?どうかしたか?」
急に黙ってしまった私に、アーベルが心配そうに話しかける。
私は大丈夫だと伝え、すっかり暗くなってしまった外を見て言う。
元から暗かったと言えばそうなのだが。
「あのさ、迷惑かけちゃったしもう外も暗いし…
今日は私の部屋で寝てっていいよ」
「え?いいのか?一夜限りの過ち犯すかもしれないぞ?いいのか? 」
「そうなったら…私の兵士心得書アタックが火を吹くよ」
「あ、そうだよな… 」
…やっぱりこいつは私の事を恋愛対象として見ているのだろうか。
昔からそういうところがあったが、あまり深く考えたことがなかった。
本気で言っているのか冗談なのか分からないため、私はいつも返事に困っている。
私はこいつのことを親友だと思っている…それは今も変わらない。
とりあえず、今こいつに言うべきことは…
「お前が床で寝るんだよ」
「そうなるならオレは帰らせてもらうぜ!!」
「あのね、もう外は真っ暗だよ。階段で足踏み外して怪我したらどうするのさ」
アーベルはしばらく考えると、私の方に向き直りこう返す。
「お前のせいで怪我したって言いふらす」
「子供か」
私はこいつと話しているうちに、昔のことなんてどうでも良くなった。
変えられるのは未来だけだし、過去ばかり見ていてもしょうがないから。
その夜私達は、最初の壁外調査の時の話など
思い出話をしてから眠った。
結局アーベルは床で寝た。
だが朝起きると私の毛布が剥ぎ取られていたため、 きっと寒かったのだろう。
申し訳ないという感情は湧いてこなかった。
むしろ少し癪に障ったため、思いっきり腰あたりを蹴って起こす。
「朝だよ、起きな」
「痛い…せめて朝くらいはスッキリ起きたいのによ…」
そう言いながらアーベルが上体を起こす。
私はそんなアーベルの腕を掴み、引っ張って一緒に部屋から出る。
すると、部屋の外にはシスとリーネがいた。
「あれ?アーベルも一緒?」
「ああ…まあね」
「ちょっとシス!あんた分からないの?
男と男が同じ部屋で…何も起きないわけないでしょ!!」
「あっ、そういう…通りで2人とも、仲良いわけだな。」
今までで何回目かも分からない弁明をし、ひとまず誤解は解けた。
リーネはつまらなそうに頬を膨らませる。
「いや、でも…ほんとのところは?」
「ただの同期」
「ちぇっ…」
シスとリーネは久しぶりに私達に会いたくなり、まずアーベルの部屋に行ったらしい。
だがアーベルはあいにく私との諸事情で留守だった。ダメ元で私の部屋に来たところ
部屋から一緒に出る私とアーベルを目撃したらしい。
「そういうお前らも、付き合ってたりしないの?」
「あたしと?シスが?そんなわけないじゃーん!」
「オレ達ただの大親友だもんねー」
「ねー!」
こいつらの頭も内地より快適そうだ。
実際2人はカップルと間違われることが多いが、本当にただの親友らしい。
2人とも良い奴だから男女の友情が成立するんだろうな…
私達はお互い非番だったため、とりあえず一緒に街をぶらぶらすることになった。
「あ!あのお菓子美味しそう!」
「嬢ちゃん、買ってくかい?」
「けど…399円か…100円で売ってくれない?」
「で、出たぞリーネの必殺技!」
リーネは、前の領土奪還作戦の時も言っていたが
値切りや交渉が大の得意である。
彼女の行きつけの店は必ず潰れるという都市伝説が、あるとかないとか。
「100円は無理だな、大赤字だ!」
「じゃあ200円は?」
「よし、交渉成立だ。200円で売ろうじゃないか」
「ありがとうございます!また買いに来まーす!」
どうやら最初に大幅な値切りを頼み、
その後にさっきより少し高い値段を言うのがポイントらしい。
「リーネ、お前は定価で物を買ったことがあるのか?」
「いや、無いね」
「まじか…」
アーベルは呆れたような表情でリーネを見つめる。
また買いにきますってことは、この店もじき潰されるだろう。
リーネはそれを分かってやっているのだろうか…
そうやってしばらく談笑をしながら歩いていたが、
そんな平穏を一瞬で壊す悪魔の声が聞こえてきた。
「やあやあモブリットにアーベル…その子達は前もいたよね、お友達かな?」
「「ぶ、分隊長…!?」」
私達は驚きを隠せないという表情で彼を見た。
どうやら緊急の用事のようで、今すぐ来てほしいとの事だ。
「服はそのままでいいよ、兵服に着替えるのも面倒だろうし…」
「そんな、急に言われたって」
「そうですよ!部下のプライベートな用事はどうでも良いっていうんですか!」
「モブリット、アーベル、あたし達の事はいいよ!」
「そうだよ、多分そっちの方が大事な用事だろ?」
私とアーベルはシス達にそう言われ、分隊長に文句を言いながらその場を後にした。
今思えば、これがシスとリーネに会った最後かもしれない。
お互いいつ死ぬかも分からなかったし、もっと会っておけばよかった。
大切なものは失ってから大切だったと気付く。
それじゃ遅すぎる。だが失わないと気付けない。
今の私もそれに気付くことが出来なかった…
分隊長が言っていた緊急の用事というのは、次の壁外調査の説明だった。
次の壁外調査は今までの壁外調査とは少し違う。
それはただ、とにかく長期ということだ。
各地に残る古城で休息を取りながら、限界まで壁外までのルートを開拓する。
キース元団長なら、まずこんな事は考えないだろう。
犠牲を承知で、私達に「人類のために死んでくれ」と囁いてくる。
これがエルヴィン団長の長所であり、短所である。
「てことで、ルートはこんな感じだね。質問はあるかい?」
そう聞かれ、ニファが手を挙げた。
「限界まで進むと仰っていましたが、その限界の基準とはなんでしょうか?」
「詳しくは分からないけど、恐らく普段通りだ。
兵士が作戦続行不可能だと感じたら、赤い煙弾を撃つ。」
「ですが、それだと長期の遠征にはならないのでは?」
「それは私にも分からない。分かるのはエルヴィンだけだろうね。 」
私も後で聞いてみるよ、ハンジ分隊長はそうニファに伝えた。
壁外調査は3ヶ月後らしい。
それにしても、エルヴィン団長に団長の座が譲られてから
随分壁外調査の頻度が高くなったように感じる。調査兵団兵士の行方不明者の数も。
これは後に酔っ払ったケイジから聞いた話なのだが、
彼の恋人はウォール・マリア突破前にあった壁外調査で死んだらしい。
あの時、ハンジ分隊長にセクハラされた際に見せた表情の謎が解けた。
「分かってたんですけどね…いつかお互いのどちらかが死ぬんじゃないかって。
一緒に死ねるなんて、そんな都合がいいことは起こらないんだって。」
彼の横顔はとても寂しそうで、見ていていたたまれない気持ちになった。
調査兵団を退団するという選択肢はあるが、退団したところで行くあてもないだろう。
それから彼が新しい恋人を作ったという話は聞いていない。
きっと、ずっと死んでしまった恋人のことが忘れられないのだろう…
彼らが捧げた心臓(いのち)は、人類に暁をもたらすものなのだろうか。
死んでいったことは無駄じゃないのだろうか…
彼らの覚悟を無駄にしないためにも、我々は巨人に勝たなくてはならない。
次の壁外調査こそ絶対に成功させなければ、死んでいった兵士達に合わせる顔がない。
なんていったって、我々調査兵団は…巨人に勝ったことがないのだから。
私達はハンジ分隊長の自室を出る。
「あー怖い。オレ次こそ絶対死ぬ。」
「そう考えてると絶対死ぬんだぞ。」
「おい!絶対死ぬとか縁起悪いこと言うなよ!!」
「お前が言い出したんだろ…」
こいつは見た目だけ見れば強そうだが、実際はかなりのヘタレなので
実戦ではあまり戦果を出せないタイプだ。実力は多分あるはずなのだが。
動きも効率が良いのに勿体無い。残念な兵士っていうのは、こういうやつを指した言葉だ。
だがこいつも私も運だけはいいので、次も生きて帰れる。 そう思った。
アーベルもそう思ったそうで、同じ言葉を口にする。
実際壁外調査でそこまで上手くいくはずないが、そう思っていないと精神が持たない。
心のどこかで「みんな生きて帰れるはず」
いつも思っている。
現実はやっぱりそう上手くいかない。
私とアーベルの同期で調査兵団に入団した…ブラウシュ・ボルツマンというのがいた。
そいつは私の目の前で奇行種に喰われた。
腕を引きちぎられて、泣きながら私に助けを求めていた。
新兵だった私は、それをただ見ているしかなかった。
壊れたスプリンクラーのように血が大量に吹き出して、私を呼ぶ声は耳鳴りに変わった。
パリパリ、と骨を噛み砕かれる音がした。
最期はやはり呆気ない。
私は、ブラウシュもきっと生きて帰れると思っていた。そう甘くなかった。
それからも目の前で死んだ同期はたくさんいる…
ある程度巨人と戦えるようにもなり、何度も助けようとした。
全部失敗に終わったが。
「…お前が食われそうになったら、私が助けてあげるよ」
「そうかい、じゃあ頼むぜ。」
せめてこいつだけは、こいつだけは失いたくない。
もっと、もっと強くならないと。
親友が食われそうになっている時、私は冷静に巨人を倒せるのか?
きっと倒せる…それじゃ駄目なんだ。
理想論だけ語ったって、残酷な現実はいつも唐突に見せつけられた。
けど、親友が食われそうな時に冷静でいるなんて…
強くなるためには、人間性をも捨てなければならない…
私はもう何が正しいのか分からなくなってきた。
「……絶対、一緒に巨人のいない世界を見よう」
「なんだよ急に。当然だろ?」
やはり口から出るのはただの理想論。
私は普通の人間だから、人間性を捨て去るなんてことは出来そうもない。
:
:
:
:
:
:
:
:
:
ついに始まった第35回壁外調査。
目的は前話されたように、壁外までのルートを開拓することだ。
ルート上に補給拠点などを設営しておき、今後の壁外調査に備えておく。
分隊長は色々あって兵士長と行動することになったため
班の指揮はやはり私に任された。
「なんで急に兵長と行動するなんて言い出したんだろうな」
「さあ…」
ハンジ分隊長が考えることはいつも分からないので、
考える時間が無駄だと思い 適当に返事をする。
アーベルもそう思ったようで、任務に集中することにしたらしい。
私達より少し前方を馬で駆けていたケイジが、速度を落とし私達の隣に来た。
「7m級が1体、こっちに向かってきています」
「奇行種か?」
「分かりません…」
私達の班は、陣形の1番端っこの右翼側である。
なのでこれでは奇行種か通常種かは分からない…
だが万が一に備えるべきだ。
「よし、ここで倒そう。奇行種である事を想定して戦え、いいな?」
班員達は全員頷く。
真っ先に立体機動に移ったのは、やはりといったところか。ニファだった。
だが先ほどの指示はしっかり守り、奇行種である事を想定して戦っているようだ。
私達もニファに続き立体機動に移行する。
ケイジが信煙弾を撃った。そうだ、長距離索敵陣形の説明も受けたはずなのに
すっかり指示を出すのを忘れていた。
そしてやはり彼女は筋がいい…あっという間に足の健を削ぎ、巨人は地面に倒れ込んだ。
4人がかりだったおかげだろうか。
その後アーベルがうなじを削いで、危なげなく勝利できた。
早く進もう…そう思い、私達は再び馬に跨ろうとしたが
ニファがそれを制した。
「もう1体来ています…戦闘は避けられないでしょう」
「そうだな…そしたら、さっきと同じように」
そう言いかけたところで、私はただならぬ空気感に口籠った。
ニファはその巨人が何か違う事に気づき、目を見開く。
「速い…速すぎます」
運動精度が普通の巨人の比じゃない…
こういうのはたまにいる。
ニファは少し慌てながらも信煙弾をもう一度撃つ。
もう一度戦うのは骨が折れるな…そう思いながらも戦闘に移る。
巨人は私を追いかけてきたと思ったが、急に方向を変える。
まずい、そっちにはケイジが…
「危ない!!!!」
油断していたケイジを思い切り突き飛ばし、代わりに巨人に掴まれたのは…ニファだ。
私が助けに行こうとするも、彼女は自力で脱出する。
だが流石に巨人に掴まれて無傷とはいかない…彼女の額には脂汗が浮かぶ。
こんな時に思い出したのは、盗み聞きしてしまったニファとケイジの会話。
2人は研究室に残っており、忘れた書類を取りにきた私は
偶然にも2人の会話を盗み聞きする形になってしまった。
「ケイジ…もう忘れなよ、彼のことは」
ニファが、ケイジの方を見ることなくそう呟いた。
彼というのは恐らく、壁外調査で死んだケイジの恋人だ。
「忘れられる訳ないだろ」
「でも、覚えてたって辛いだけだよ」
ニファは、普段とは違う鋭い刺すような目でケイジを見た。
ケイジは下を見るだけで、ニファの方を見ようとはしない。
そんな状況が続いて少しすると、ニファがやっと動く。
彼女はケイジを、まるで追い込み漁のように壁の方に追いやった。
「私が忘れさせてあげようか。ちゃんと男役も出来るんだよ」
「馬鹿言うな」
ケイジはニファを強めに突き飛ばすと、研究室から出てくる。
幸いこの流れを読んでいた私は、光の当たらない場所に隠れて一部始終を見る。
研究室からは、大きなため息が聞こえてきた。
「そうだ…馬鹿だ。もっと良い気持ちの伝え方があったじゃない。」
クズ男のそれだ…そう呟いて、彼女は机に突っ伏す。
ニファはどうやら、ケイジの事が好きだったらしい。
好きとはいっても普通の女が男に感じる恋心ではない…
ニファはケイジを愛したかった。
先程言っていたように、自分が男役として。
もちろん彼女は正真正銘女性だ。心も身体も。
だが、世の中にはそういう人間もいるものだ。神は人間を全て同じようには創らない 。
そうだ…今考え事をしている場合じゃない。
ニファの動きがぎこちない…骨は折れてるだろう。
とんでもない激痛がするだろうに、よく動ける。
彼女は立体機動装置で、ほれぼれするようなアクロバティックな軌道を描きながら
巨人の体を確実に、正確に削いでいく。
木の上でいいタイミングを狙っていたアーベルが、
巨人がよろけた一瞬の隙を逃さずにうなじを削いだ。
「ニファ、大丈夫か?」
「ありがとうございますアーベルさん、私は大丈夫です…それよりケイジは?」
ニファはケイジを探して、視線をあちらこちらに向ける。
ケイジは突き飛ばされた時、腰を打っただけで済んだらしく
少しよろめきながらも自力で立ち上がる。
そのまま一直線にニファの方に向かい、彼女にビンタをする。
「助けてくれなんて頼んでない」
「そりゃ、私が勝手にやったことだからね」
2人を止めようと割って入ろうとしたアーベルの腕を、私は掴んだ。
アーベルはこの2人の関係を知らないので、止めるべきだとかなんとか言っているが、
私は止める気はない…どの立場から止めようというのだろうか。
とりあえず2人の言い合いは終わったようで、ギスギスした雰囲気のまま馬に乗る。
私とアーベルも、そのギスギスした空気にあてられ上手く会話が出来なかった。
しばらく進んでいたが、あたりは暗くなってきた。
ひとまず近くの古城で夜を明かすことにした。
「やぁ君たち、大丈夫だった?」
「あ…分隊長」
ハンジ分隊長が笑顔で私達に近づいてきた。
やはり、彼が一緒に行動していたリヴァイ班もここで夜を越すことにしたようだ。
「リヴァイのとこに行ってみてよかったよー!いやぁ大収穫!」
「うるせぇぞハンジ、巨人が起きちまうだろうが…」
「巨人が夜、騒音で目を覚ますといった行動を見せたことはないね…
眠りが浅い巨人がいたら、あるいは…」
リヴァイ兵長がもう勘弁という様子で首を振る。
「オレが悪かった…テメェに巨人の話を振るべきじゃなかった。」
「どうしたのリヴァイ?しおらしいじゃない?」
兵長がこうなるのも無理はない…
分隊長の巨人トークは止まるところを知らないので、適当に謝るのが1番だ。
だが兵長の謝罪も虚しく、彼が次に話し出した話題も巨人のものだった。
「これ…なんだと思う?」
「さあ、手帳ですか?」
「これは…イルゼ・ラングナーという兵士が書いたものでね、
その子はもう死んじゃったみたいなんだけど、これは人類にとって大きな一歩になり得る。
なんと、ここに人間の言葉を話す…」
「おいハンジ、その話は帰ってからゆっくりしてやれ。
お前の話は固いクソをひりだす時以上は長いからな、明日に響く。」
ニファが先程の戦闘の負傷で、少しつらそうな顔をしながらも
内ポケットからペンを出して目を描こうとした瞬間、
またしてもリヴァイ兵士長が分隊長の華麗なる暴走を止める。
分隊長はまた話を遮られたことで、一瞬不機嫌そうな顔をするも
理由に納得したのか嫌味は言わなかった。
「あー、お腹空いたなぁ。なんか食料でも無いかな?」
「分隊長、自由すぎます…」
「そういうモブリットも、お腹空いてるでしょ?
ちょっと一緒に来てよ、いいものあるかも。」
断ろうとするも、腕を引っ張られ半ば強引に連れていかれる。
握力どうなってるんだ…昔のアーベル以上かもしれない。腕が痛い。
「あだだ、分隊長!痛いです!」
「ごめんごめん、腕ほっそいなぁとか思ってたらつい力が…」
「気持ち悪…じゃなくて!気をつけてくださいよ!」
上官に暴言を吐きそうになるも、すんでのところで堪える。
ここは地下室だろうか…分隊長は木箱を見つけ、蓋を開けた。
「これ…なんだ?鉄の入れ物の中に何か入っているみたいだ」
「鉄にしては軽すぎるのでは、ブレードと同じ素材じゃ…」
「ラベルに魚の絵が描いてあるね、中に入っているのは魚か… 」
分隊長はゴーグルを上げて、そのラベルに書かれている文字をまじまじと見る。
「これ、なんて書いてあるんだ…? 」
「読めませんね…」
昔の文字だったりするのだろうか…とにかく、今の自分達に読める字ではなかった。
開け方も分からなかったため、とりあえず壁に干されていた魚を持っていくことにした。
「いたたた…」
「大丈夫?あーんってしてあげようか?」
やはり折れた骨が痛むらしく、食事がうまく摂れないニファに
分隊長がやはり少し気持ち悪い気遣いをする。
ケイジは何も言わずに、さっさと食べてさっさと寝てしまった。
「とにかく、お前は巨人を倒す効率がわr いってぇぇぇぇぇ!!!!」
「そりゃ、食べながら喋れば舌も噛むよ…」
今舌を噛んだのは、リヴァイ班の…オルオというやつだろうか。
ブロッコリーみたいな髪型とは聞いていたが、本当にそっくりだった…
そしてオルオの向かいにいるのがペトラだろう。
リヴァイ班唯一の女性兵士のため、見てすぐ分かった。
討伐補佐数が私達の比ではない…やはりリヴァイ班、ものすごい実力だ。
あそこの金髪の青年がエルドで、黒髪の方がグンタだろうか。
後輩のはずなのに、討伐数は大体私と同じくらいだ。
多分、抜かされるのも時間の問題だろう。
夜が更けて、私達は明日に備え眠りにつくことにした。
私は、小さな物音がしたのに気づき目を薄く開ける。
ニファがケイジを無理矢理屋上に連れて行っている…首をつっこむつもりはなかったが
どうしても2人のことが気になってしまい、気付かれぬよう用心しながら後をつける。
「なんだよ、こんな夜遅くに」
「…前のこと、謝りたいの」
ニファは少し俯いて、視線を正面にいるケイジから斜めに逸らす。
「ごめんね。あれはほんの悪ふざけだった、から…」
「……そうだろうな…もう寝よう、あのことは忘れるから」
ケイジは、さっさと自分がさっき寝ていた部屋に戻っていってしまった。
ひどくあっさりしている。
それに対してニファは、やはり諦めるのが嫌だったようで
しばらく屋上ですすり泣く声が聞こえた。
私は恋愛というものがよく分からないから、あまり知ったような口はきけないが…
とてもつらいだろう。
だが次の日、ニファはけろっとした顔で
何も無かったかのように出発の準備をしていた。
少し心配だったが、もうこれ以上首を突っ込むべきではない。
私はこの2人の関係については、全て忘れることにした。
分隊長は、例の手帳を発見できたことに満足したそうで
また私達と行動を共にしてくれるようになった。
「リヴァイは運が良いんだよね、
私も出来ることならずっと一緒にいたいけど…君たちが心配だから。 」
「そうですか」
特に巨人と遭遇することがないまま時間が過ぎていった。
嵐の前の静けさとか、そういう言葉ばかりを思い出し少し不安になる。
「はぁっくしょん!!うぅ…」
「どうした、風邪か」
「そうかもしれない」
「あまりこっちに近づかないでくれ…」
「ひどいな」
アーベルとそんな会話をしていると、
ハンジ分隊長が息を荒くしながらぬっと割って入る。
「風邪引いたの?ああ薬とか飲まないでね!
なんとか君の風邪が治る前に巨人を1体捕まえてくるからさぁ!!」
「分隊長、風邪こじらせて死んじまいます」
「巨人に風邪がうつるか知りたくない?知りたいよねぇ!
よし、人類の英霊になってくれぇ!」
「風邪が巨人にうつったら人類に何かメリットでも…?」
また分隊長に絡まれている…アーベルは絡みやすいのだろうか。
とりあえず、風邪を引いたのが私じゃなくてよかった。
確かに昨日の古城は、積まれたレンガから隙間風が入ってきて非常に寒かった。
風邪を引くのも無理はないだろう…
アーベルが言う通り、巨人に風邪がうつっても人類にとっては何のメリットもないため
これは分隊長の趣味だろう。
「…バカは風邪引かないんじゃなかったのか」
「ひどいな、バカでも風邪くらい引く…へっくしょ!」
壁外調査中に風邪を引くとは、こいつは本当に大丈夫なのだろうか。
ハンジ分隊長に聞いた話でこんなものがあった。
昔、巨人に飲み込まれるすんでのところで助かった兵士がいたという。
その兵士は巨人の粘液にまみれていたので、ひとまず川で身体を洗わせることにした。
だが川はとても冷たく、その兵士は風邪を引いてしまったそうだ。
結局風邪をこじらせ肺炎になって死んだらしい。
寝相が悪すぎて壁から転落死した兵士の話といい、本当かどうかは分からないが…
こいつの死に顔を見るのだけは御免なので、なんとか気合いで治してほしいところである。
とりあえずその日は巨人に遭遇することがなかった。
そして次の日、アーベルも大分くしゃみが落ち着いたようだ。
正直ずっと隣でくしゃみをされていたら、気が散って仕方がなかったので良かった。
「多分もう少しで、陣形が旧市街地に激突するね」
「迂回するんですか?」
「さぁ?信煙弾で指示してくれると…」
分隊長がそう言いかけると、青空に一本の煙が上がる。
信煙弾だ。向きは正面を示している。
「正面突破らしいね、迂回する時間が惜しいと判断したか。」
そのまま兵士達は旧市街地へと突入する。
予想通りといったところか、巨人はそこそこの数いるようだ。
「やはり、迂回した方が良かったのでは」
「そうだね…だが、地の利はこちらにある」
そう言ってから分隊長は近くの巨人の方へと飛び去ってしまった。
あの人、自分が班長だということを自覚しているのだろうか。
こっちには怪我人と病人がいるというのに…
「ニファとアーベルは、出来るだけ戦闘は控えてくれ。
単独行動も禁止だ。アーベルは私と、ニファはケイジと行動してくれ。」
「オレなら大丈夫だよ、治りかけの風邪でそんな大袈裟な…」
「ぶり返したら元も子もないだろ」
そう話していると、空に赤い煙弾が打たれる。
救援要請の煙弾だ。
私はアーベルと救援に向かう旨をケイジ達に伝え、救援要請の元に向かう。
「あれは、リヴァイ班の…」
「エルドとグンタだな、巨人4体か…そりゃ、リヴァイ班でも手こずるわけだ。」
「私がやる、お前は適当にそこら辺飛んでろ」
こう言ったはいいものの、私の腕力ではうなじが上手く削げない。
どうすれば…そうだ。ほんの思いつきだが…
私は建物の屋根にアンカーを刺し、そのままアンカーを巻き上げる。
その後、すぐ巨人にアンカーを刺し屋根に着地。
屋根を勢いよく踏み込みながら巨人に刺したアンカーを巻き上げる。
腕力で削げないなら、接近の速度を上げてしまえば…!
「はあっ!!」
巨人が倒れ込む。やれた…!隣でも巨人が倒れ込む音がした。
見てみると、あれだけ安静にと言っていたアーベルが戦闘しているではないか…
「あのね、お前が早死にしたいなら私は何も言わないけど」
「お前だけじゃ荷が重いかと思って…だが杞憂だったようだな。」
グンタとエルドもそれぞれ1体ずつ討伐したようで、巨人を片付けることが出来た。
2人は私達に近づき、会釈をする。
「救援、感謝致します!」
「仲間を助けるのは当然だ。」
彼らはリヴァイ班と合流するためか、礼をしたらすぐさまどこかへ飛び去っていった。
私はふと辺りを見渡す。
何か変だ。先程と何か違う。
「…巨人が、少なくなってないか?」
「そりゃ倒したら減るだろ…って、確かになんかおかしいな。」
「少なくなってるっていうか…1体もいない。
10体以上いたっていうのに、そんなにすぐ倒し終わるものか?」
その時、ワイヤーのきしむ音がして振り向く。
ケイジとニファを連れたハンジ分隊長だ。慌てた様子で私の肩を掴む。
「エルヴィンが…!!」
「団長が、どうかしましたか」
「エルヴィンが言ったんだよ…巨人が街を目指して北上している…」
私とアーベルはそれを聞き、青ざめる。
それはつまり…
「壁が、破壊されたと?」
「勘がいいね、そういうことだ…作戦は中止、今すぐ退却する。」
すぐに馬がいる場所に戻り、壁へと向かうになった。
だが、いくら急いでもかなりの時間がかかってしまう。
補給なども必要だし、大量の巨人と出会わないと決まっているわけではない。
「人類最悪の日がまた更新されちまったな…」
「この調子でいったらすぐ巨人の腹の中だね」
「はは…言えてる…」
人類は巨人に勝てるだろうか。
巨人は休むことなく我々人類を蹂躙していく…
けど、私は決めたんだ。
こいつと、この終わりのない雪山のような悪夢から脱してみせる。
人類の暁を一緒に見るんだ。
この夜に散っていく、名も無き英雄たちのためにも。
コメント
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もう29いいねついてんのはなんなんだ? サムネだけでいいねした人?流し見?注意事項すら読んでなくね? ネットストーカー?セリフの部分しか読んでない? それにしても早くね?黒死牟?なんかの能力者なの?ヨミヨミの実の能力者?