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じゅんじゅん
342
#snjn
のりもちさん
19,372
舜太には兄がいる。
なんでも出来て、努力家で、頼りになって、明るい、漫画の主人公みたいな自慢の兄だ。
4歳も年上でも仲間外れにされたことなんてなく、いつも一緒に遊んでくれた。
大勢の友だちに囲まれて頼られている姿は、舜太の憧れる男の象徴だ。
しかし、兄は最大のライバルなのだ。
決して負けられないライバルであり、最大の壁だ。
超えなきゃいけないのに、ハイスペックすぎて超えられるイメージすらできない。
しかし、そんな兄を越えなければ、いつまでたっても、初恋相手の瞳に映る自分は、俺は幼くてかわいい弟分の舜太のままなのだ。
「最大のライバルが、大好きな兄」について
思い出すときは、いつも手の感触と一緒だ。
「しゅんちゃん、どうしたの」
そういって差し出された真っ白な手。
兄とは違って柔らかく小さな手。
ぎゅうと握ると、暖かさが伝わり、安心できる。
振り払われた記憶なんてなく、家着くまで、自然と離れるまで、ずっと手を握っていてくれるそんな人。
「しゅんたは、すごいねぇ」
と笑う顔が本当に可愛くて、綺麗だった。
だから、好きになるのは当然だったのだ。
「じんちゃん、ずっとずっと一緒におってな」
しゃくりあげながら告げた一番最初の告白を今でも覚えてくれている。
大きな目が瞬き、首をかしげながら困ったように笑う顔も、可愛いなぁ、なんて幼心にのんきに思っていた。
いつも言ってくれる、「仕方ないな」という許しの言葉が聞こえないことも気づかないなんて。
それから十年。
舜太は高校生になった。
何かを学ぶ、という楽しさから、勉強は全く苦痛ではなく、一個一個知識を蓄えることが何より楽しい。学校総出で薦められた進学校では楽しく過ごし、有難いことに努力が実り学年1位の称号をいただいたのも記憶に新しい。
スポーツも好きだし、ルックスのほうも大衆受けをするのだろう、コンスタントに告白をされるくらいには好かれている。
少しでも嫉妬をしてほしくて肝心の初恋の相手に話したら、「自慢かよ」の一言で切り捨てられたが。
金曜日の夕方。
「舜太、脱いだ服はどうするんだっけ?」
ひょこ、という擬音が見えるような動作で、仁人がキッチンからリビングに顔をのぞかせる。
黒のビックシルエットのパーカに、細身のパンツ、緑の生地のエプロン姿が非常に可愛い。
無地のエプロンでも十分に可愛いのに、仁人が着ているエプロンはファンシーな動物のアップリケがつけられている。成人した男が着れば放送事故まっしぐらなデザインだが、不思議と仁人はよく似合っている。ちなみに、若干のからかいを含んだ、幼馴染一同からのプレゼントだ。
贈られたときは可愛すぎだろう、と嫌がるふりをしていたが、可愛いものに目がないため隠しきれないほど嬉しいと笑う顔に、幼馴染一同思わず和んだのは記憶に新しい。
「しゅんちゃーん?返事はー?」
ソファにあお向けて寝ころび、懐かしい思い出に浸っていたため、返事が出来なかった舜太を焦れた様子でのぞき込む仁人。暖色のライトで照られたパーマのあてられた柔らかい髪が揺れる。
この世の天国か、という光景に、だらしなく舜太の相貌が崩れた。
「おれ、いつのまに仁ちゃんと結婚してたんやろ」
「してねーわ。今日からパパたちが旅行だからこっちの家に来たんだよ。寝ぼけてんのか」
あきれたような顔で仁人が毒づきながら舜太を見る。
「あれ?今日から?」
兄の勇斗が高校生にあがったときから、恒例となった佐野家、吉田家両親の合同旅行。
一人っ子の仁人を置いてでかけるのは、と渋った仁人の両親を、うちに来ればいいよ、と説き伏せたのは勇斗だ。
その時は、仁ちゃんがうちに泊まりにくるの?!はやちゃんナイス―なんて単純に喜んでいたが、今ならわかる、兄は両親がいない隙を狙って仁人と新婚ごっこをしたかっただけなのだと。
自分の家で家事をしている仁人を眺める兄の姿は、大勢いる取り巻きたちには見せられないほど脂下がり、若干情けない姿だ。
気遣い屋の仁人は、世話になるからと3泊4日のお泊り会の時、積極的に家事をしてくれる。
デリバリーでもいいのよ、と両親たちから言われても、勇斗と舜太のご飯くらい作れるよ、とはにかみながら宣言し、あっという間に料理のスキルを完璧にした。
それに飽き足らず、積極的にそのほかの家事をする姿は、まさに佐野家の嫁です、といわれても納得して
しまうだろう。
「そ、今日から。夕飯できたから起きろ。んで、脱いだ服を洗濯機に入れてこい。ちゃんとポケットはひっくり返せよ。カバンの中のタオルも出せ」
つらつらとよどみなく出される指示に、はぁいと気の抜けた返事をするとソファから起きだす。
仕方ないな、と言わんばかりに下げられた眉すらも可愛い。
身体を起こした舜太を見届け、仁人はキッチンに戻ろうとする。その姿に、若干の違和感。何かが足りない。そうだ。
「はやちゃんはー?」
「………しらね。どっかにはいるだろ」
いつもは一緒に帰宅し、仁人にこっぴどく怒られるまで後ろをついて離れない兄の姿が今日はない。それどころか、所在さえ知らないと仁人はいうのだ、拗ねた顔で。
いつもは、仁人の大学まで迎えにいき、スーパーで買い物をし、近所をぐるっと回って帰ってくるというすでにルーチン化したデートをして、ニコニコで帰ってくるというのに。
「え?なに、ケンカでもした?」
「してない。会ってない。しらない。いいから、お前は、はやく言われたことをしろ」
口を開くたびに不機嫌になっていく仁人に若干おびえながらも、これはチャンスなのではないか、と明晰な頭脳で考える。仁人に甘えようとするといつも兄にさりげなく邪魔され、苦汁をなめてきた。
これ以上余計な詮索をし、仁人の機嫌を損ねてはいけなと瞬時に判断し、舜太はてきぱきと言われたことを完遂する。
ダイニングテーブルに料理を運ぶ仁人を横目に、必要な分の取り皿を用意し、飲み物を準備すると、きょとりと目を瞬かせ、仁人が笑う。
「いつもこれぐらい手伝ってくれたらいいんだけどなぁ?」
「じんちゃんにいろいろやってもらうんが好きなんやもん」
「あまったれ。お前、高校生になったんだからもっとちゃんとしろ」
「学校ではちゃんとしてるもん」
「家でもやれ」
「じんちゃんにしか甘えんもん」
「ふざけんな」
ポンポンと子気味よく帰ってくる言葉の応酬に笑いながら夕飯の準備を終えると、向かい合わせに席に着く。先ほどのやりとりで、仁人の気もまぎれたのだろう、柔らかい雰囲気が戻っている。
二人分の夕食、というなんともおいしいシチュエーション。
「今日もうまそう。いただきます、じんちゃん」
学校でこの笑顔を向けられたら誰しも顔を赤らめ、好感度がカンストする、と言われた最大級の笑顔を仁人に向ける。
「はい。召し上がれ」
「……」
「なんだよ」
案の定、何の反応もなく返事をする仁人をじっと見つめる。恨みがましい視線に気づいた仁人が少したじろぐ。
今更こんなことで自分のことを弟分以上に見てくれるなんて思ってはいないが、少しでも意識をしてくれないものだろうか、と若干の逆恨みに似た感情が芽生える。
拗ねた気持ちをごまかすように、説明されたがよくわからない横文字の料理を口に運ぶ。よく焼かれたトマトの中にたくさんの具材が詰められた、仁人の得意料理は、舜太の大好物でもある。
口にした瞬間、おいしい、と数十秒前の不機嫌を忘れ、ふにゃりと表情を崩した舜太に、仁人が嬉しそうに笑う。
「…っ」
そんな小さな表情の変化。いつも見慣れているはずなのに。
垂れ下がる眉に、細められた目に、浮かぶえくぼにすら、目を奪われる。
手のかかる弟分、として見られていないのは知っている。
「口の端、ついてる」
ためらいもなく口元に延ばされる、小さいころから変わらない優しい手の感触が、自分のものだったらいいのに、と何回願ったのかもう覚えていない。
離れていく仁人の手を思わず握ると、不思議そうな顔で仁人が首をかしげる。
「しゅん…?」
甘く低い声で、名前を呼んでくれる、初恋の人。
「じっ、じんちゃん、あんな、おれ、じんちゃんのこ…」
「じんとーーーーーーー!!!」
バーンとリビングのドアが激しい音とともに開けられ、それに負けない勢いで仁人の名前を叫びながら勇斗が転がりこんでくる。
焦った様子であたりを見回し、呆気にとられ固まっている仁人(+舜太)を見つけると、潰してしまうのではないかという勢いで抱き着く。瞬間、舜太の手から仁人の手がほどけ離れる。
鍛えられた勇斗の筋肉に潰される形となった仁人が、ばしばしと勇斗の背中をたたくが、勇斗はお構いなしに仁人を抱きしめて離さない。
「むぐっ…はやと、くる…くるしい!」
「お前、なんで電話でないんだよ!」
「はー――?知らねーよ!待ち合わせの場所で1時間放置された俺の気持ちを考えろ!」
「今日講義が長引くから先に家に帰ってろって連絡しただろ!?」
「来てねーよ!」
「した!」
「きてない!」
ぎゃあぎゃあと抱き合いながら言い合いをする二人の様子を眺めていた舜太だったが、自分のスマホの通知が鳴っていることに気づき画面を開く。
そこには、自分の母親からの名前があり、「勇斗に送る相手間違えてるわよって伝えてくれない?」とだけ書かれていた。
「はやちゃん、お母さんから、送る相手間違えてない?って言われてるけど?」
舜太のその言葉に、勇斗は何かに気づいた顔になり、自分のスマホを操作する。
次の瞬間には、分かりやすく表情を青ざめさせた。
力が抜けた勇斗の体重がかかり、仁人が重い!とさらに騒ぐ。
「仁人に、送ったつもりが、母さんに送ってた…。
って、わーーーー!ごめん、仁人!寂しかったよな!変なやつに絡まれてない?!重いもの持てた?手、赤くなってない?」
「うるっせえ!お前は俺をなんだと思ってるんだ」
半ば無理矢理自分の前に仁人を立たせ、全身を観察し始める勇斗にあきれた視線が送られる。
若干(?)人よりは非力なところがあるとはいえ、仁人も男なので、買い物くらいは問題なくできる。馬鹿にすんな、と憤慨する仁人に、可愛い!ごめんね、じんちゃん!と勇斗が再度抱き着く。
勇斗の腕の中、心底安心した顔をする仁人を見て、先ほどまで感じていた暖かい手の温度が冷えた気がした。
なんてことはない、ただの連絡の行き違いがあっただけなのだ。
ケンカしたのかも、と少しの期待をした自分を含め、くだらない、と笑う舜太に、ちらりと向けられた勇斗の視線。
仁人の前に跪いたまま、けっして離れない勇斗は、きっと気づいている。舜太が明確な意思を持って仁人の手を握っていたことに。
身内だからこそわかる、お前でも仁人だけは渡さないという敵対心を舜太に向けている。
そちらがその気なら、こちらにも勇斗には持っていない奥義があるのだ。
「じんちゃん…はやちゃんのせいで、ご飯冷めちゃった」
なおも楽しそうに言い合いをしている二人の世界を切り裂くため、しょぼ、とした声音を仁人に向けると、仁人ははっとした顔になる。
わざとらしいほどに肩を落とし、湯気がなくなってしまった料理に視線を落とすと、慌てた様子で勇斗をなんとか引きがし、舜太の頭を撫でる。
「ごめん、しゅんちゃん。今温めなおしてくるから待ってて」
「お腹すいたぁ」
「そうだよな。この馬鹿のせいでお腹すいたよな」
ばしっと勇斗の頭を引っぱたき、二人分の皿を持ってキッチンに消えていく後姿を見送ると、勇斗と舜太は視線を交わす。
「お前さぁ、いい加減その弟キャラやめない?」
「はやちゃんこそ、弟にまで牽制するのやめない?ださいで?」
「お前だからやってんだわ!」
ぼそぼそとした言い合いの末、挑発を含んだ舜太の返しに勇斗が思わず語気強める。
「勇斗、うるさい!ご飯食べたいならはやく着替えてきて!」
「仁人がつめたい。舜太ばっかり!」
図ったように帰ってきた仁人にとがめられ、勇斗はずるいと連呼する。早くいけ、と追い払われると、わかりすく肩を落として自室に向かう。
舜太はその姿を見て、少し溜飲を下げるのだ。
だって、勇斗が帰ってきてから仁人の表情は明るい。先ほどだって、笑ってくれてはいたが、どこか影があった。いつも大事にされている自覚があるからこその、無意識な甘えは、勇斗にしか向けられない。
勇斗は、ずっとそんな仁人を見てきたから気づかないのだ。
はやちゃんの横にいる、じんちゃんが一番かわいいのなんて、自分が一番知っている。
「舜太、ほら。温めなおしてきたから食べよ」
「…はやちゃん、待たんでええの?」
「いいよ。食べよ」
あったかいほうがおいしいもんな、と笑いかける仁人の顔は、身内にしか見せない柔らかさがある。幼馴染の中でも一番年下である舜太に対して、仁人はいつも甘い。
勇斗と仁人を離すためにした落ち込んだ演技にすら騙されて、これでもかと甘やかしてくれる。
可愛い可愛いずっと小さいままの舜太が、今は自分より背が大きくなってて、よこしまな思いすら向けているなんて微塵も思っていないのだろう。
「じんちゃん」
「んー?」
「大好き」
「なんだ、今更」
きっと勇斗は大急ぎで着替えをして戻ってくるだろう。
二人で先に食べ始めていることにまた騒ぎながら、当然のように仁人の横に座り食事を始めるのだ。仁人の横は、自分であると分かりやすく主張する。
でも、それまでの間、正面に座った自分にしか見せない、ちょっと困ったような嬉しそうな顔を堪能しよう、舜太は適温に温められた、名前の思い出せない横文字の手料理を口にしながら思うのだ。
それは、それとして諦めるなんて絶対ないのだが。
fin.
コメント
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うおおおおお、これめちゃくちゃ良かった…!! 第1話からもう胸がギュッてなったわ。 舜太の「兄は憧れで最大のライバル」って構図、めっちゃ刺さるし、仁人に対する執着と甘え方がリアルで、読んでて「がんばれ…!!」って応援したくなった。 最後の「諦めるなんて絶対ない」でニヤリってなったわ。 続きが待ち遠しいです🔥