突然話をふられたルーファスは、しばらく黙っていたが全員に注目されるプレッシャーの中で、答えないわけにもいかなくなったのか話し始めた。
「ダチュラというご令嬢は、クインシー男爵令嬢のことです。最近教会に熱心に通われるようになり、とても信仰の深い方のようです。すみません、私もそれ以上はよくわからないのです。確かに猊下とも親交が深く、教会のブラザーたちにとても愛されている存在のようですが、どうしてそうなったのかまでは私にもちょっと……」
アルメリアはルーファスがまだなにか隠しているような気がした。そして、もしなにかしら知っているならば、教会本部だけではなく、一領地の教会の助祭であるルーファスの耳にまでその話が届いているということになる。しかもその内容は、公では話せないような内容なのかもしれない。
それにここにはリカオンという教会派の人間もいる。先程リカオンもダチュラのことを知らないような反応だったが、それは芝居でダチュラのことを知っているのかもしれなかった。そもそも王太子殿下とも通じている人間を、教会派の人間が放って置くわけがない。リカオンが素知らぬ顔で教会と通じていても、なんら不思議はなかった。
そんな存在の目の前で聞き出すのは、酷だったかもしれない。そう思い、アルメリアはこの場でこれ以上ルーファスから聞き出すことを諦めた。
「ルフスにもわからないんですのね、それなら仕方ないですわ」
そう言うとリカオンに向き直った。
「リカオン、私がクインシー男爵令嬢を秘密裏に調べているようだと、殿下に報告してもらえるかしら?」
「わかりました。お任せくださいお嬢様」
リカオンは面白くなさそうにそう答えたが、これで少し事態が動くかもしれない、とアルメリアはほっとしていた。
そのとき、ずっと不満そうに話を聞いていたリアムが口を開いた。
「アルメリア、君はやはりクインシー男爵令嬢についてなにか知っているのではないですか? それになぜ殿下がクインシー男爵のことを調べることによって、君と殿下の婚約の話がなくなるというのですか?」
アルメリアはリアムに向き直る。
「しっかり説明もせずに、リカオンと話を進めてしまってごめんなさい。でも|私《わたくし》が知っていることも、ルフスとそう大して変わりはありませんの。先日、回廊から猊下とクインシー男爵令嬢がご一緒されているところを見かけましたわ。それであのご令嬢はどなたかしら? と、少し変に思って、気になってしまったものですから調べてみたんですの。そうしたら先ほどルフスが話していた通り、クインシー男爵令嬢は教会に熱心に通われていて、どうやってかわかりませんけれど、あっという間に教会の人々の心を掴んだみたいなんですの。もちろん猊下とも親しくされていらっしゃるみたいですわ。それにとても向上心の高いご令嬢のようですし、殿下とお近づきになれば殿下のお心も掴むに違いないと思いましたの」
嘘をつくなら本当のことも織り交ぜる。これは前世で培ったアルメリアなりの処世術だった。これで嫌でもみなダチュラに注目するだろう。
これでゲームの設定通りに、みんなダチュラに夢中になってしまったとしても、ダチュラがそれだけ素晴らしい人間だということなのだから、アルメリアはそれはそれでかまわないと思っていた。リアムはアルメリアの説明に、とりあえずは納得したようだった。
「そういった理由があったのですね。それは確かに変ですね。わかりました、私の方でもその女性のことを調べてみましょう」
「ありがとうございます。でも、少し気になっただけですし、変だと感じたのはこちらの勘違いで、とにかくとても魅力的で人徳のある令嬢なだけかもしれませんわ。だから彼女のことは、本当はもう少し調べてからみなさんに訊いてみようと思っていたんですの。でも、せっかくリカオンが協力を申し出てくれたことですし、お話しするには今がちょうど良かったかもしれませんわね」
そのとき、アルメリアの視界に入ったペルシックが柱時計に注意がいくように視線で合図してきたので、柱時計を見た。と、すでに午後の四時を回っていた。
「あら、もうこんな時間ですわ。みなさん、お時間大丈夫ですの?」
すると、みな慌てたようすで残りのお茶を飲み干す。リアムは立ち上がるとスパルタカスを見た。
「城内統括、私はお茶のあとに参謀から来るよう言われていますが、城内統括にもお声はかかっていますか?」
「ええ、私も呼ばれました。恐らく本日の会食のときの話だと思います」
リアムはスパルタカスに軽く頷いて返すと、アルメリアに向き直り微笑む。
「明日からまたしばらく、こちらに通わせていただきます。今日はとても有意義な時間を過ごせました。楽しい時間をいつもありがとうございます。では、これで失礼します」
「閣下、私も失礼いたします」
二人とも一礼すると連れ立って去っていった。
残っていたルーファスも慌てて立ち上がると、挨拶もそこそこに教会へ戻っていった。
ルーファスを見送りながら、彼にとって今日のお茶会はさぞ居心地が悪かったに違いない。と、内心苦笑した。
今日、ルーファスの前でダチュラの話を出したことで、今後ルーファスに警戒されるかもしれないし、逆になにかを打ち明けてくれるかもしれないので、これはアルメリアにとって大きな賭けだった。
「ルフスはなにか話してくれるかしら」
リカオンに聞こえないように、そう一人ごちた。
アルメリアにとって、事態はようやく動き出したばかりだった。
騎士団は先日の調査にたいして今後の処分や再発防止の対策、それにアルメリアの提案による編成の準備や、それにともなう色々な騎士団内のルール変更。その他どう編成するかなど、話し合うことが山のようにあるはずなので、リアムは通うと言っていたがそんな時間は取れないだろう。スパルタカスもそれは同様である。
ルーファスはダチュラのことを聞かれたくなければしばらくは顔を出さないだろうし、アドニスも忙しいはずなので、そう簡単にはこれないはずだ。ムスカリは、王太子殿下という立場上そんなに頻繁に令嬢の執務室に通うという軽率なことはしないはずなので、おそらく訪ねてこないだろう。
そういうことから、それらのことが落ち着くまではしばらくゆっくり過ごせるかもしれないと、アルメリアはそう考えた。
しかし、予想に反して次の日の午後一番に、ムスカリがアルメリアの執務室に訪れた。
ムスカリはなんの前触れもなくいつも突然訪れるので、アルメリアが驚いているとムスカリはそんなアルメリアを愛おしそうに見つめた。
「そんなに驚くことはないだろう? 昨日言ったではないか、私も毎日通うと。今日も君と過ごそうと思う」
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