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「……さ、早く帰り。メガネーズがお待ちかねやで?」
「え、だって……」
肩を組んで無理やり前を向かせると、そこには眼鏡の集団がずらっと並んでいた。あんなのに呪いの藁人形でも作られたら堪ったもんじゃない。
俺には、もとちゃんとの約束がある。だから、仕方ない。大人しく、彼らに返してやることにした。
――はずやったのに。
夜ご飯を済ませ、少しだけ満たされた気分のまま浮きうきで電話をかけたというのに、あいつ、全然出えへんやん!
それと……ごめんな! 俺、そもそもあいつに家の住所、教えてへんかったわ!
「……出ろよっ!!」
何度目かのコール。しかも、この俺が何度もかけ直してやってるんやぞ!
「腹立つ。決定取り消したろか?……あ、はい!! もしもし!!」
不機嫌を全面に押し出して出た。なのに、電話の向こうであいつは呑気に笑っている。
『ふふっ、なに? どうしたん?』
「どうしたん?」じゃないわ! お前からかかってきたからって、ほんの1ミリも嬉しくないんやからな!
「……おい、今日うちに来いって言ったよな?」
一回深呼吸して、声のトーンを落とす。あえて腹を立てているフリをして、少しドスを利かせた。
『いや、だから用事があるって……言わんかったかな? 俺』
なんでそんなに自信なさげなん? ちゃんと言ってたわ! こっちもはっきり聞いたけどな!
「言ってない。俺んちに来る、って言ってた」
『えー……そうやったかな。俺、勉強のしすぎで頭がおかしくなってんかな?』
電話越しでも、もとちゃんが困った顔をしているのが手に取るようにわかる。
なにこれ。アホすぎてめちゃくちゃ面白い。……こいつ、ゴリ押ししたら、なんでも受け入れてくれるんちゃうか?
「で? 来んの? 来うへんの?」
『んー……ごめん、無理やわ。今も大崎の家で勉強してて。この後も家に帰って復習せなあかんねん』
は? テスト期間でもないのに勉強って何のため?
特進クラスは毎朝小テストがあって、成績が悪ければ昼休みも潰されるという噂は本当らしい。何が楽しくて生きてるんや、特進様は。
「……俺んちで勉強したら?」
『え!? 空の家で!? もう9時やで!?』
「は!? まだ9時やろ!?」
『だって、お母さんがご飯作ってくれてるし。空だって、こんな時間に俺が行ったらお母さんがびっくりするやろ?』
「……いや、一人暮らしやし」
さらっと、喉の奥に引っかかっていた言葉を吐き出した。
去年、両親が離婚した。経済力のある親父について行ったら、まんまと家を追い出された。不倫相手と再婚するのに、俺が邪魔だったらしい。
……いや、本当の理由は、あの女が俺に色目を使ってきやがったから。
流石の俺も、大事に守ってきた初体験をあんな女に奪われるなんて、反吐が出るほどお断りや。
『え……ごめん。でも、今日は本当、やめとくわ』
「あっそう。じゃあいいよ。早く帰ってお母さんの美味しいご飯でも食べたら?」
吐き捨てて、通話を切った。
嫌な奴。もとちゃんじゃなくて、俺が。
最初から無理やと断られていたのに、無理やり理由をつけて、挙げ句に拗ねたような言い草。
暗い部屋で一人、スマートフォンの明かりだけが虚しく光る。
俺も……まだまだ子供やな。
「……寂しいなぁ」
冷たいソファに倒れ込んだら、熱い涙が溢れた。
誰か、誰でもいい。俺を捕まえて、「愛してる」って心も体も全部食べ尽くして、この世から消し去ってほしい。
「……新先生、助けて」
『俺じゃ、あかんかな?』
昼間、美術室で新先生が言った冗談を思い出す。
もし今ここで先生に助けを求めたら。あの人は優しいから、きっと俺の望むことを全部叶えてくれるんやろう。
スマホの画面に、新先生の電話番号を表示させては消し、また表示させて。
迷って、揺れて、いつの間にか微睡みに落ちていた。
『……もしもし? 空?』
「……えっ!?」
スマホを握りしめたまま寝入っていた俺は、突然響いた声に飛び起きた。
え!? 誰!? 通話、切れてなかった?
「え? 誰ですか?」
『自分からかけてきておいて、そんなこと聞く?』
耳元で、いつもの優しい笑い声が聞こえる。
無意識に、新先生に電話をかけていたらしい。
「……新先生。ごめんなさい」
思わず鼻声になったら、先生の声色が一段と柔らかくなった。
『……ええよ。寂しい時は誰だってあるもんな』
新先生は、今何をしてるんやろう。
先生ほど素敵な人なら、きっと綺麗な彼女と同棲していて、美味しい手料理でも食べた後なんかな、そう思うと、胸の奥がぎゅっと窄まる。
「先生……会いたいよぉ」
俺、ズルいな。こんな時も「先生」って呼んで、生徒の特権を使って甘えて。
あの人が断れないことを分かっててやってる。
『……ええよ。家の近くまで行こか?』
先生には、俺が一人暮らしをしている理由も全部話してある。
事情を知っているのに「家の近く」と言うあたり、ちゃんと先生としての役割を守ろうとしてくれているのが分かる。
「……うん。ちょっとだけ誰かと話ができたら、落ち着くと思うから」
『……誰かと、な』
とりあえず最寄り駅を教えて、と言われて伝える。
俺だって、新先生を「分散」の一人にしようなんて本気で考えてるわけじゃない。
先生が学校を辞めることになるなんて絶対に嫌やし、線は引かなければいけないことも、分かっていた。
なのに。
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とと
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