テラーノベル
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暗い街の中、雨が容赦なく降り注ぐ。
少年は足を取られ、泥まみれになりながら立ち尽くしていた。
「雨なんかッ……大嫌いだ!」
叫び声は風にかき消されず、夜の空に鋭く響く。 雨も風も、どれも彼の心を追い打ちするかのように荒れ狂っていた。
「明日”も、今日もっ、全部、大嫌いだ!」
頬には傷が走り、雨と泥にまみれた涙がその傷口に染み込む。 少年の肩が小刻みに震え、声が嗚咽に変わった。
「何でっ……!」
ぽろぽろと涙がこぼれ、傷に伝って落ちる。
「な”んのために、雨なんかあるんだよぉ”ぉ”!!!」
目の前の景色は、もはや街ではなかった。
村は無惨に荒らされ、炎があちこちで燃え広がっている。
これほどの雨が降っているにもかかわらず、炎は消える気配すらなく、風が強いほど火勢は増すばかりだった。
少年はただ、その地獄絵図を見つめるしかなかった。 足元に広がる泥水、炎の匂い、焼ける木々の軋む音。
すべてが、彼の心を刺す。
「あ”ぁぁぁっ、み”んなぁぁ!!!」
叫び声は空虚に響き、雨と風の中に飲み込まれていった。 少年の小さな体と、破壊された世界との間に、深い絶望だけが広がる。
ぽつ…ぽつ…
その日は雨が降っていたのかもしれない。
バケツや小さな皿に落ちる雨粒が、ぽつぽつと規則正しいリズムを奏でる。
それに合わせるかのように、どこからか澄んだ歌声が流れてくる。
「 ♪ ~ 」
その声は男の彼から放たれるにはあまりに美しく、部屋中に柔らかく響いた。
「 こさめちゃーん! ご飯よー!」
1階から、おばあちゃんの声が届く。
「はあい」と返事をして、彼はハンモックに揺られながら座り込む。 両腕には、お気に入りのサメのぬいぐるみを抱きしめて。
部屋の中は、大小さまざまなサメのぬいぐるみで埋め尽くされていた。
少し雨漏りがあるので、小さな青いバケツを床に置き、その水音も雨のリズムに重なる。
「 よいしょっと、」
ハンモックからゆっくり降り、足元のサメのスリッパに足を滑り込ませる。 ふわりとした布地の感触が、まだ夢の残る体に心地よく触れる 。
「 んぇーっと? 」
独り言を大きな声でつぶやきながら、クローゼットの中をあちこち探す。 制服の袖や襟元に指を滑らせ、やっと一着を見つける。
「 あった!早く着替えよー!」
制服に袖を通す前のわくわくと、少しの焦りが混ざった声が、部屋に響く。
階段を降りると、朝の香ばしい匂いが漂ってきた。
「おおお!美味しそう!」
テーブルには、おばあちゃんが用意した和食が並んでいる。白いご飯、焼き魚、味噌汁、漬物。どれも丁寧に作られていた。
「ごめんね、和食ばっかりで。もっと美味しい物、食べたいでしょ?ほら、今の若い子達は、ハンバーグとか……」
おばあちゃんは少し悲しげに、目を細めてそう言った。
「ううん!こさめ、好きだよ!」
思わず明るく答えるその一言に、おばあちゃんの表情がぱっと柔らかくなる。
「あらっ、ありがとう」
その声は、いつもより少し高く弾んでいた。
「 じゃあ、おばあちゃん 行ってくるね!」
元気いっぱいの声を残し、こさめはドアを開けて外に踏み出す。
「 行ってらっしゃい 」
リュックを背負い、雨の音と朝の光に包まれながら、軽やかな足取りで進んでいった。
『 ~~!ーー!、ーー!』
テレビから明るい声が響く。
カラフルに光る画面の前で、少年・いるまは固まっていた。まるで画面に噛み付くように、目を大きく開いて。
「 …… 」
瞬きも忘れてテレビを見つめるその様子に、母親が少し首をかしげた。
「……いるま?どうしたの?そんなにテレビを見つめて」
食器を洗う手を止めずに、ちらりとテレビへ目を向ける。
「 あら、なつくん?この子人気よね。」
食器に水が跳ねる音が小さく響く。
「…… なつって、言うの?」
いるまはコテッと首を傾げて、母の言葉を真似するように呟いた。
画面の中では、眩しいライトを浴びる小さな男の子。暇 南月が満面の笑みを向けていた。
『 俺は、みんな大好きっ! 』
「 ! 」
その瞬間だった。
心臓がドクッ、と強く跳ねた。
鼓動が速くなり、熱が一気に頬へとのぼる。
自分でも理由がわからなくて、胸の真ん中がきゅっと締め付けられた。
ドラマのワンシーン。
たったひとつのセリフ。
そして、太陽みたいに輝く笑顔。
少年・いるまは、その瞬間、画面の向こうのあの子に恋をした。
数年後
ジリリリリ…
枕元の目覚まし時計が鳴り響く。
いるまは眠たげな手でアラームを止め、ゆっくりとベッドから起き上がった。
「……」
ぼんやりしたまま、スマホを手に取る。
スワイプする指が覚えているように、ある動画サイトを開く。 そして、再生ボタンを押す。
『俺はみんな、大好きだよっ』
明るい声とともに、笑顔の子どもが画面いっぱいに映る。 元人気子役、暇 南月。その名シーンだった。
「 ……可愛い 」
思わず小さく漏れる声。
胸の奥が、昔と同じようにじわりと熱くなる 。
彼は、その子に惚れていた。
初めてテレビ越しに見たときから、ずっと。
心臓が跳ね上がったあの日から、何年経っても気持ちは消えないまま。
だけど――
大好きだった那津は、突然子役を辞めてしまった。
理由も説明されず、噂だけが飛び交い、あっという間に表舞台から消えていった。
その事実は、いまだに胸の奥がきゅっと痛むほど辛かった。
「 ……帰ってこないかな 」
薄暗い部屋でそっと呟く。
心の底からの願い。
ただもう一度、あの笑顔をその演技を、 見たかった。
しばらくして、壁掛け時計の短い針が7を過ぎたころになる。
「 あ、準備しよ… 」
小さく声を漏らし、いるまは慌ててスマホをテーブルに置いた。
充電器を差し込み、画面が光るのを確認して
スタッ、と布団から起き上がる。
クローゼットを開ける。制服に手を伸ばす。
シャツのボタンをとめ、ネクタイをきゅっと締める。 鏡の前に立てば、制服は見事に着こなされていて、どこか大人びた印象が漂っていた。
そのまま勢いよく部屋を出て、
トントンと軽い足音を響かせながら、リビングへ向かって走っていった。
リビングへ駆け込むと、そこにはやはり誰もいなかった。
広いテーブルには昨日のままのコースターが置かれ、椅子はきちんとそろえられている。
生活の気配はあるのに、人の温度だけが欠けている、いつもの朝。
母親と父親は海外へ長期出張中。
兄と姉は実家暮らしだが、仕事が忙しく、家に帰ってくるのは月に数度あるかどうか。
この家に響く足音は、ほとんどいつも彼ひとりのものだった。
それでも、いるまは、そのひとりの朝にもう慣れている……そう、自分では思っている。
「 …… 」
寂しさに反応しないように、感情を封じ込めることにも慣れた。
広いリビングは今日も静かで、彼の足音だけが淡く響いた。
スマホの画面に目を落とすと、右上の数字はちょうど 100% を示していた。
充電は完了。
今日も一日を過ごすための、小さな安心がそこにあった。
いるまはスクールバッグを肩に掛け、玄関へとまっすぐ向かう。
靴箱の横に置かれた鏡で、軽く身だしなみを確認する。 制服の襟を整え、乱れた前髪を指先で直す。
「 よし、… 行ってきます。」
誰もいない玄関に、少しだけ小さな声が落ちる。 返事は、当然返ってこない。
だけどいるまは、その静けさにももう慣れていた。
ドアノブを回し、外の光が差し込む。
今日もまた、彼の一日が始まる。
ツカレタ
コメント
1件
主が眠気に負けなければ、このまますちみこ編行けると思う…🙄