あれから喜多見が何かしてくる事は無く、その件に関しては問題無くなったものの、俺と環奈が付き合っているという噂が界隈に広まってしまい、あれ以降俺たちは店を休んでいた。
喜多見の事や噂の事もあって、環奈が心配だった俺が一緒に住む事を提案すると、初めは迷っていた環奈も明石さんや礼さんの助言もあって同棲する事を決めてくれた。
お互い住んでいたのが単身向けの間取りだった事もあり、駅や店からも比較的近い街中のマンションを新居にと越してきた俺たちだったけど、万が一客に見つかりでもすると面倒な事になりそうなので、ほぼ部屋に引き篭る日々が続いていた。
「……万里さん、やっぱり私、HEAVENを辞めて、別の場所で再就職しようと思うんです」
「まあ、それについて反対はしねぇけど、別に環奈が働く事はねぇよ。金なら暫く働かなくても俺の貯金があるし、ほとぼりが冷めたら俺がまた働くし」
「そんなっ! 万里さんだけに働かせるなんて出来ません。いくらお付き合いしていて同棲する仲ではあっても、その……結婚している訳ではないですから、金銭的な事は、きちんとしておかないと……」
確かに、環奈の言う事は最もだ。
それは分かるけど俺は環奈を手離す気は無いし、正直、彼女には俺の目の届く場所に居て欲しい。
キャバ嬢として働くのは嫌っちゃ嫌だけど、HEAVENなら明石さんも居るしボーイたちも信頼出来る奴らばかりで安心出来るから、かえって一般企業で働く方が俺にとって気が気でない。
「……俺としては、今すぐにでも環奈と一緒になりたいんだけどな?」
「ッ!」
ソファーに並んで座っていた俺は環奈を抱き寄せながら思っている事を口にすると、驚いたのか恥ずかしがっているのか彼女は小さく反応を示した。
「……わ、私だって、その、将来的にはって思っていますけど、その、結婚となると、やっぱり、すぐには…………」
「分かってるよ。悪い、焦らせたな。今のは忘れてくれ」
まあ、そうだよな。結婚は人生に大きく影響を及ぼす事だ。
それに、今の俺の立場じゃ環奈の両親も安心して娘を嫁がせようとは思わねぇだろうから、やっぱり将来を見据えて夜の仕事からは足を洗うべき……なのかもしれねぇな。
「今日は久しぶりに買い出しにでも行くか」
「……はい。そうですね、そろそろ食材も無くなって来たし、買いたいものもあるので」
基本引き篭もり生活を強いられてはいるも、買い出しくらいには出掛けている。
そりゃ頼めば買い出しくらいして来てくれる人は居るけど、たまには気分転換に外へも出たいし、環奈とは普通の生活ってのを送りたいから、やっぱり早くこの軟禁生活から抜け出したいところだ。
「買い忘れないか?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、車に荷物置いたら、何処かで飯でも食ってから帰るか」
「そうですね」
買い物に出た俺たちは市外にあるショッピングモールへとやって来ていた。
結構買い物をしたので一旦荷物を置いてから食事をする為再び店内へと戻る。
「環奈は何食いたい?」
「私は何でも……万里さんは?」
「んー、そうだなぁ、パスタとか食いたいかも」
「それじゃああっちにイタリアンのお店があったのでそこにしましょうか?」
「そうだな」
食べたい物が決まった俺らが目的の店に向かって歩いていると、一人の女とすれ違う。
けど、こういう店で人とすれ違うなんて普通の事だし、環奈と一緒に居るのに他の女をまじまじと見る事はしない。
だから、気付かなかった。
「…………芹……?」
その女が、俺の事も環奈の事も知っている奴だという事に。
俺たちはイタリアンの店に入るとそれぞれ食べたい物を注文して、料理が運ばれて来るのを待っていた。
すると、礼さんから着信があった事に気付いた俺は料理を運んで来た店員と入れ違いに席を立った。
「もしもし?」
『万里、お前今、何処にいる?』
「え? あー今は買い出しがてら、市外にある大型のショッピングモールに居ますけど?」
『……今さっき店に変な電話があったんた。芹と噂のキャバ嬢をショッピングモールで見掛けたって』
「え?」
『お前ら、もしかしたら監視されてるかもしれねぇ。そのまま自宅に戻るとまずそうだから、一旦店に寄った方がいいな』
「分かりました、急いで戻ります」
『ああ、気を付けろよ』
礼さんとの電話を終えた俺は急いで席に戻ると、環奈に礼さんから聞いた話を告げてすぐにショッピングモールを出る事に決めた。
車へ戻る最中、どこからともなく視線を感じた俺が立ち止まって周りを見渡すと、一人の女が俺たちの前に立ちはだかった。