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「ささ、こちらへどうぞ」
巫女さんに導かれ、俺は授与所近くの床几 (しょうぎ) に腰をおろした。
(床几:竹製で座の部分は布が張ってある折り畳み式の長椅子。赤い毛氈 (もうせん) が敷いてある)
日よけだろうか、床几の後ろには赤い野点傘が差してある。
でも、神社に野点傘ってどうなの?
とも思ったのだが、雰囲気づくりでやっているのかもしれないな。
巫女さんはポットのお湯を急須へ注ぎいれる。
そして湯のみにお茶を淹れると、
「本日はよくお参りくださいました。お茶をどうぞ~」
「うん、ありがとう」
そう言って頭を下げ、隣りに置かれた茶をいただく。
ふぅ、旨~い。
煎茶なんて何年ぶりだろう。もちろんあちらの世界にはないものだ。
俺がフーフーしながらも飲み干すのを見て、
「もう一つ、お入れしますね」
急須からお茶を注いでくれた。
シロは木製の器に入れてもらった水を飲んでいる。
すると巫女さんは和菓子を皿に乗せて出してくれた。
「ほう、水無月ですか。これは良い!」
「本当に外国の方ですか? よくご存知ですよね」
「だって三角だし、前は日本に住んでましたから」
「へ~、そうだったんですねぇ。でも詳しすぎませんか?」
すると巫女さんは自ら床几へ腰掛けると、お茶を飲みながら話しはじめた。
「ここは老松神社といいまして…………、平安時代に菅原道真が立ち寄ったとのいい伝えもあり…………、大宰府の祈願所なので、ここにお参りすると太宰府天満宮に参るのと同様のご加護があるとされているんですよ」
ふむふむ、平安時代から続く由緒ある神社なんだねぇ。
「京都には昔から夏越の祓 (なごしのはらい) の日に水無月 (和菓子) を食べて邪気を祓う風習があるのですが。それを真似て福岡の和菓子屋でも【水無月】と名づけたお菓子をこの時期に作るようになったんですよ…………」
などなど、神社にまつわる話をいっぱいしてくれた。
巫女だからかもしれないが、所作が古風というか日本的というか……、
今どきの子にしては珍しいよな。
なんてことを思っていると、父親がこの神社の宮司なんだそうだ。
あっ、それでか……。
母親もこの神社に生れ、若い頃は巫女を務めていたらしいのだが、自分が3歳の時に亡くなってしまったので詳しいことはわからないそうだ。
それからも吐露するように話しつづける巫女さん。
………………
「えっ、私。何でこんなことまで喋っているんだろう?」
巫女さんは口を手で覆いながら立ち上がると、いそいそと後片付けをはじめた。
「こちらはお下げしますね。どうぞ、ゆっくりしていってください」
「俺はゲン、こっちは愛犬のシロ。聞いてあげることはできるから、何でも好きに話してくれて構わないよ」
「あ、名前! 私は紗月です。真領路紗月 (しんりょうじ・さつき) といいます。よろしくお願いします」
深々と頭を下げている巫女さん。 ふ~ん、紗月ちゃんっていうのかぁ。
そうだ、大事なことを聞いておかないとな。
「それで紗月ちゃん、今日は何月何日か教えて欲しいんだけど。 ほら、俺ってスマホも時計も持ってないし」
「あっ、はい。今日は7月4日ですね。土曜日で学校が休みなので、こうしてお手伝いしているんですよ」
「そうか7月4日だったかぁ。因みに何年だっけ?」
「えっと~、西暦でいえば確か2026年だったと思いますけど……」
人差し指を口にあて、コテン? と首をかしげる姿がなんとも可愛い。
巫女姿だからなおさらだぁ~。
――じゃない!
俺は意識を引きもどし、腕ぐみしながら考える。
そうか……。
2026年ということは俺が死んで5年後?
向こうの世界 (サーメクス) では10年間生活してきているのにだ。
――計算が合わない。
でも、これって仕方がないのかも……。
人間が考える計算というか、物差しだからな。
そこには時間の流れが違っていたり、次元がねじれていたりということもありえる。
本当にここが、以前俺が生活していた世界なのか?
パラレルワールドということも十分考えられる。
なので早い話が…………、 ”考えるだけムダ” ということだな。
そこに有るものを現実として受け入れる。 それでいいだろう。
「ところで、紗月ちゃんはいつも巫女姿なの?」
「いえいえ、これは夏越の祓があったからです。氏子さん達は先日お見えいただいて茅の輪くぐりは済まされましたし、私がこの恰好でいるのは明日の日曜日までです。 あとは例祭 (大祭式例祭)の時や、年末年始などに巫女としてお仕えしている感じですね」
イキイキとして答えてくれた。
そのあとも、例祭は太宰府天満宮と一緒で秋分の日からだとか、お神輿や夜店もでて賑やかだとか……。
一人で喋りまくってたな。
そして最後に、
「あんな所に座ってらしたのは、その……、何かあったのですか?」
まじまじと心配顔で質問されてしまった。
――って、顔近いから!
「うん、え~とね、朝シロ連れて散歩してたら穴ぽこに落っこちちゃってね、気がついたらそこの雑木林に居たんだよ…………」
割と本当のことを言ってみた。
「すっ、すごいです! 転移です! 神隠しです! 超常現象です!」
疑うどころか、まるっと信じやがったぞ。 おい!
この娘 (こ) の将来がすこし心配になってきた。
そう、壺を買わされる未来が見える!
それでも気づかなくて、壺を眺めながらへへへっと笑っていそうだ。
「ゲンさん、ゲンさ~ん!」
おっと、いかんいかん。 未来は誰にもわからないのだ。
「はい、すいません。すこし考えごとをしていたもので……」
「もう、しょうがないですね」
いやいやいや、しょうがないのはお前さんの方だよ。壺売り (霊感商法) には気をつけろ。
「では、泊るところもないんですよねぇ。ん~、ゆっくりお話しもしたいですし……。父が帰ったら聞いてみますね」
……だと。
いいのか? そんなすぐに人を信用して。
お父さんが帰ってきたら、ぜったい怒られる…………事はなかった。
――お父さんも良き人でしたぁ。
「困っているときはお互い様だから、何日でもゆっくりしていったらいいよ」
……だそうだ。
”この親にしてこの娘あり” だな。 お人好しすぎる。
……でも、ご厄介にはなっちゃいますけどねぇ。 行くあてもないし。
それに、なんとシロまで家にあげていいらしい。
なんて家だ! 素晴らしいぞ。
「ゲンさーん、お風呂どうぞ~」
「いえいえ、家長より先にいただくわけには参りません」
「なに古臭いこと言ってるんですか。もう、後がつかえてるんですから早く入ってください!」
「それに、はいっ! 着替えのジャージです。下着は父のお古ですけど我慢してくださいね。洗濯物はそこの籠にお願いしますね。では、ごゆっくり!」
いやぁ、紗月ちゃん。こういうところは確りしているんだなぁ。
母親が居ないからなのかな……。
俺は風呂に浸かりながら自分を鑑定した。
ふむっ、やっぱりMPの回復が遅いみたいだ。
まあ、日本に居るとすれば魔法を使うことなんてそうはないだろうし。
インベントリーはそのまま使えているし、今のところ問題ないよな。