このあたりは長年住んでいたこともあり土地勘はある。
あの細長い石階段も、下の道路を通っていく際はよく目にしていたものだ。
しかし、階段を上った先にこんな立派な神社があったとは驚きだよ。
それに何日も泊まっていいとか言われて、さらに驚きだよ。
そうでなければ野宿だったかもな。
向こうでは冒険者もしていたので、野営道具は一式インベントリーに入れてるけど……。
こんな町中で野宿なんかしていたら、それこそ事案ものだよね。
通報されて職務質問されて、身分証もないから連れていかれて……。
ややこしくなる未来しか浮かばない。
いや、本当に助かったよ。
………………
要るものといえば、まずお金だよな。
インベントリーに入ってる金 (Gold) を換金すれば何とかなるとは思うけど。
あとは身分証をどうにかしないと……。
見た目が外国人だから職務質問される可能性は高いんだよな。
難民申請なんてのもあるけど、これがとんでもないんだ。
まず、審査が通るまでは施設から出れない。
それに審査が下りる確率は1%と狭き門なのだ。
不服申し立てで3回まで申請できるそうだが、ダメなら強制送還される。
申請が通るまでに10年かかることだってあるらしいのだ。
送還先のない俺はいったいどうなるんだろうね……? シロのことだってあるし。
――とてもやってられない。
まあ、俺の場合は厄介事を避けるために身分証が必要というだけだね。
衣食住はなんとかなるし、医者に掛かることもないからね。
向こうのように、冒険者ギルドで手軽に作れたらよかったのだけれど。
まあ、身分証のことはおいおい考えることにしよう。
はぁ――――っ、早く帰らないとな。ハルちゃんが泣いてないといいんだが。
「お先しました~!」
風呂からあがった俺は居間の座布団に腰を下ろした。
すると、シロがトトトっと側に寄ってきて伏せの体制になる。
よく見ると口のまわりを舌でペロペロしている。
はは―ん! なるほど、シロが行ってた先は台所みたいだ。
さてはおねだりしていたな~。まったく。
「もう少し待っててくださいね」
おかずが乗った皿を両手に持って、せかせかと動いている紗月ちゃん。
目の前のテーブルには焼きサバ・里芋の煮っ転がし・ほうれん草のお浸し・コロッケと、おかずが次々に並べられていく。
そして、やれ懐かしや。辛子高菜の油いためがドンブリに入って出てきた。
い、いかん、マジで涎が出てきたよ。やべーなぁ。
しばらくすると、お風呂から上がってきたお父さんが茶の間に置いてあるテーブルの正面に座る。
「そう大したものはないけど味は保証するよ。いっぱい食べてよ」
そういいながら、ご飯を盛ったお茶碗を紗月ちゃんから受けとっている。
「はい。ゲンさんもどうぞ~!」
ご飯とみそ汁を受けとり、みんな揃ったところで、
「「「いただきます!」」」
………………
いや―、旨かった。
つい、2回もおかわりしてしまった。
はぁ~、やっぱりご飯だよなぁ。涙が出そうだった。
「それにしても、本当に日本人みたいだよなぁ。お箸の持ち方にしても雰囲気にしても」
お父さんの名前は茂さん。
真領路 茂 (しんりょうじ・しげる) 。この神社の宮司である。
俺はすこし迷ったが、ここは正直に身の上を明かすことにした。
こんなに親切にしてもらって、後でいろいろとバレてしまうのは拙いだろう。
信じてもらえないなら出ていけば済むのだし。
俺は居住まいを正すと、
「今からする話は荒唐無稽と憤慨されるかもしれません。ですが、あなた方を騙すつもりも、危害を与えるつもりもありません。どうか最後まで聞いてください」
最初に断わりをいれてから話はじめた。
………………
…………
……
全てを話し終えてみれば……。
やはり、お父さんは半信半疑の様子だ。
難しい顔をしたまま目を閉じて腕を組んでいる。
しかし紗月ちゃんの方はというと、
――これが大興奮!
「キャー! やっぱり異世界ってあったんですね。すごいすごい! インベントリーが使えるって本当ですか? それに鑑定もー。キャーどうしよー!」
どうしよーって、どうするつもりなの……?
何を隠そう、彼女はラノベ大好きっ娘 (こ) であり、異世界オタクだったのだ。(あとで知りました)
「じゃあ、シロちゃんはゲンさんの従魔で、フェンリルだったんですかー!? キャーかっこいい!」
「…………」
「…………」
あまりのハイテンションさに、ちょっとウザくなってきた。
お父さんも黙ってないで止めなさいよ!
ある程度質問に答えてあげると、幾分かクールダウンしてきた。
「それでなんですが茂さん、ひとつお願いがあるのですが……」
「んっ、はいはい。何でもは無理だけど、僕にできることなら協力するよ」
「ありがとうございます。お暇なときで結構なので質屋についてきて頂けませんか? このように向こうのお金はあるのですが、こちらのお金は1円も持ってないので」
金貨や銀貨を何枚かテーブルに出すと、
「キャー異世界のお金! ほんとに金貨や銀貨なんだー! 重いしかっこいい」
――ぶり返してしまった。 やれやれ。
そのあと茂さんからは了承を得られたので一安心。
やっぱり先立つものがないとね。
それからも……
「剣は持ってるんですか? 革鎧とかもありますよねー」
紗月ちゃんからの質問が絶えることはなかった。
「うん、今日はもう遅いから、また明日にね」
「ええ――――っ、そんな~」
「ちゃんと見せてあげるから、 ねっ!」
寝床までついて来ようとしている紗月ちゃんを宥めて何とか押しかえした。
ふぅ――っ、日本のオタクを舐めちゃいけないな……。
布団の上で座禅を組んで精神統一。
日課である魔力操作の訓練をして寝た。
………………
ぺしぺし! ぺしぺし!
『おきる、うれしい、やま、いえ、さんぽ、からす』
ううん、おう、朝か?
「シロ、おはよう!」
んっ!?
ああ、そっか……。
こっち (地球) に来ていたんだったな。
昨日の晩も、転移魔法である【トラベル!】を試したのだが発動しなかったのだ。
「…………」
よし、着替えるか……って、俺はこっちの服をもってない。
まさか、このハデな貴族服を着てまわるわけにもいかないし、冒険者装備では間違いなく職務質問されるな。
まあ、朝の散歩だけなら、この借りた黒いジャージでいいか。
そして玄関へ。
うっ! さすがにジャージにブーツはないだろう。
かといって、ツッカケを借りていくのもなぁ……。
と、困っていると後ろから茂さんに声をかけられた。
「おはようございます。散歩ですか? じゃあ、僕が以前使っていたサンダルで良ろしければ使ってください。若干だけど調整も利くだろうし」
作務衣姿の茂さん。
”サンダルシューズ” を持って、バリバリとマジックテープをはがしている。
「おはようございます! ではお貸りしますね」
茂さんからサンダルシューズを受けとった。
サイズは大丈夫そうだ。履いたあとにマジックテープで微調整して足に合わせた。
うん、バッチリだね。
「散歩に行ってきまーす!」
玄関を出て、シロを連れて参道を歩いていると、
「あ~、ダメですよ~。ちゃんとリードをつけておかないと怒られちゃいますよ」
女の子らしく、薄いピンクのジャージを着た紗月ちゃんが竹箒を片手に近寄ってきた。
「「おはようございます!」」
お互いに挨拶を交わしたあと、
「少し、待っててくださいね!」
紗月ちゃんは竹箒を俺に預けると家の裏へと走っていった。
しばらくして戻ってきた紗月ちゃん。手には犬用のリードが握られている。
「はいコレ、日本でのルールですよ!」
にっこり笑顔で手渡されたリードを、俺は頭をかきながら受けとった。
そうだよな、ここは日本なのだ。これからも、いろいろと気をつけないとな。
シロにリードを付けてみた。
シロを見ても、特に嫌がっている様子はない。
尻尾も振っているし、リードを付けることに抵抗はないようだ。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるから!」
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