テラーノベル
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夜、藤澤はひとりマンションの部屋に籠もっていた。
カーテンを閉め切った暗い部屋で光っているのは、ノートパソコンの画面と、携帯端末のアプリの地図。
そこに、小さな赤い点がある。
――元貴の現在地。
プレゼントに渡した紅い指輪。
その中に仕込んだGPS。
それは今も、彼の正確な位置を刻々と示し続けていた。
「……やっぱり、今日も帰りにあのカフェに寄るんだな」
モニターを眺めながら、藤澤は小さく笑った。
ここ最近、彼はパターンを掴んでいた。
元貴はドラマなどのソロ活動で、打ち合わせが多い日々。
それが終わった夜は必ず、駅前のカフェに寄る。
ブラックのアイスコーヒーを頼み、タブレットや携帯を触っている。
それが彼の「習慣」だった。
習慣――それはすなわち、支配するための入口だ。
「……偶然を装って、会ってやろう」
藤澤は立ち上がり、上着を羽織る。
鏡に映った笑顔は、柔らかい。
けれど目の奥には、冷たい支配欲が滲んでいた。
⸻
カフェに着いた藤澤は、窓際の隅の席に座った。
まだ元貴は来ていない。
だがGPSは確かにこちらに向かって動いている。
数分後、店のドアが開いた。
小さなベルが鳴り、元貴が入ってくる。
黒いキャップに薄いパーカー。
気取らない服装が、街の喧騒にすんなり溶け込んでいた。
(……やっぱり来た)
心の中で呟きながら、藤澤はスマホを置いて手を振る。
「おっ、元貴! 偶然だね!」
驚いたように目を瞬かせる元貴。
「涼ちゃん!? なんでここに?」
「たまたま。ここのカフェ、前からいいなぁと思ってて、帰りにちょっと寄りたくなって」
にっこりと笑う涼架。
完璧な演技。
元貴は首をかしげつつも、疑いを持たず笑った。
「偶然だなぁ。座っていい?」
「もちろん」
ふたりは向かい合って座る。
店員が水を運んでくる間、藤澤はあえてさりげなく言った。
「これ、ほら、元貴が絶対好きなやつじゃん。頼んだら?」
「よく知ってるなぁ。じゃあ頼もうかな。」
元貴は笑ってメニューを開く。
藤澤の胸の奥で、ゾクリと快感が走る。
――もちろん「知っていた」んじゃない。
若井やスタッフとの会話の断片から調べ尽くしただけだ。
だが、彼にとっては“優しい気遣い”にしか見えない。
⸻
コーヒーが運ばれてきて、会話が始まる。
音楽のこと、最近のソロ活動のこと、他愛のない話。
元貴は安心しきった笑みを浮かべている。
まるで、ここに藤澤がいるのは「運命」だとでも信じ込んでいるように。
藤澤は笑顔のまま、心の奥でつぶやいた。
(……違うよ、元貴。これは偶然なんかじゃない。全部、俺が計算してる。)
にっこりと笑ったその笑顔の裏で、藤澤の瞳は深く冷たく光っていた。
⸻
「また会ったね!」
カフェの扉を開けた瞬間、そこに藤澤が座っているのを見つけた元貴は、思わず笑ってしまった。
「あれ、涼ちゃん今日も?」
「うん。なんかさ、ここ落ち着くんだよなぁ」
藤澤はカップを揺らしながら、柔らかい笑みを浮かべる。
二度目の偶然――元貴にとっては、ただそれだけのことだった。
「ほんと、よく会うよね」
元貴は屈託なく笑い、テーブルに荷物を置く。
疑念などひと欠片も抱いていない。
むしろ“気の合う仲間と、自然に会える幸福”に心を温めていた。
⸻
三度目は、休日の街角。
買い物を終え、楽器屋から出てきた元貴が手に袋を提げて歩いていると、不意に聞き慣れた声がした。
「わっ、元貴!買い物?」
「涼ちゃん!? 偶然!」
藤澤は買い物袋を手に、何食わぬ顔で歩いていた。
実際には、GPSが示すルートを先回りし、角を曲がるタイミングすら計算していた。
「三回連続で会うとか、すごくない?」
元貴は嬉しそうに笑う。
気づいていない。
むしろ「不思議な縁だ」と信じ込んでいく。
――支配の輪は、こうして目に見えない形で深まっていく。
⸻
帰り道、夜風に吹かれながら、元貴はふと考えていた。
(なんか、最近涼ちゃんと会うこと多いな……)
不思議に思いながらも、そこには違和感ではなく、むしろ安心感があった。
――きっと、運命。
そんな風に思ってしまう自分がいる。
藤澤の思惑通りだった。
その頃。
部屋に戻った藤澤は、スマホに映る赤い点を見つめていた。
今日もまた、完璧に予測通りの行動。
彼の足跡を一歩先でなぞることで、“偶然”を自在に演出する。
「……運命、か」
呟きながら、笑みを浮かべる。
「そうだね、元貴。これは運命だよ。でも――俺が作った運命だ」
画面に映る赤い点を指先で撫でる。
愛しさと、支配欲が絡み合う。
――もう逃げられない。
元貴の心は、自分の描いた「偶然」という檻に、確実に閉じ込められていく。
⸻
ある晩。
リハ帰りにカフェで合流したふたりは、静かな夜の店内でコーヒーを飲んでいた。
元貴が、ふと遠くを見るように呟く。
「なんかさ……最近、涼ちゃんといる時間が一番落ち着くんだ」
その言葉に、藤澤の胸が熱く疼いた。
「ほんとに?」
(……そうだろう? だって、そう仕向けてるんだから)
だが声に出したのは柔らかい一言だけだった。
「俺もだよ。……元貴がそばにいると安心する」
そして藤澤の瞳がまっすぐ元貴を捉える。
「俺さ、元貴のことよく考えてるんだ。だからなのかな。気づいたら同じ場所にいるんだよ」
「……」
一瞬、元貴は言葉をなくした。
胸の奥が強く揺さぶられる。
(俺のことを……考えて?)
藤澤はふっと笑みを緩める。
「だから、俺にとっては偶然じゃなくて……必然なんだと思う」
柔らかな声。
だがその裏には、確かな支配欲の熱が潜んでいた。
わざとらしくはない。
けれど、確実に心の奥へ刺さる。
その純粋さを見ながら、藤澤は心の奥で囁いた。
――もう逃げられない。
――お前の安心は、全部俺が作ってる幻だ。
偶然の積み重ねは、やがて「必然」へと変わる。
元貴は知らぬまま、その檻に自ら歩み入っていた。
コメント
2件
だんだん近ずいてる近ずいてるwこの後の話でかなり変わりそう( ˶'ᵕ'˶)