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リディアとディオンは、何も買わずに店を出た。
「ねぇ、何も買わなくて良かったの……?」
「また、帰りに寄るからいいんだよ」
帰りにと言う事は、まだ帰る訳ではなさそうだ。ディオンは待たせていた馬車には乗らずに、馭者に声を掛ける。一言二言話すと、振り返りリディアへと手招きをした。
「?」
よく分からないまま、リディアは呼ばれるがまま歩いて行く。すると手を差し出された。
「何、この手は」
「……見て分からないの?」
少し不機嫌そうに言いながら、徐にリディアの手を掴んだ。
「なっ、何するのよ⁉︎」
余りの事に顔を赤らめて抗議するが、ディオンは手を離す事なくそのまま歩き出す。
「少し、歩くから……お前、絶対に逸れそうだし……仕方ないだろう」
ぷいと顔を逸らしながら話すディオンの顔は、リディアからは見えない。だが、耳が赤くなっている事に気が付く。
思わず笑ってしまった。兄もこんな風に照れる事があるのだと。
(意外と可愛いかも……なんてね)
「はい、はい。分かりました〜」
たまには素直に言う事を聞いてあげるのも悪くない。まあ、兄孝行とでも思っておこう。リディアはディオンの手を握り返した。
「ねぇ、どこ行くの」
「適当に見て回る。無知で莫迦なお前に、世の中ってものを教えてやろうかと思ってね。それなら直接見て触れた方が手っ取り早いからさ」
事実かも知れないが、結構な言われ様だ。本当に口が悪い……。そして、どうやらこれは、お勉強の時間らしい。
「ふ~ん」
それにしても人が多い。歩くだけでも大変だ。リディアは、落ち着かない様子で周りを見渡す。
馬車にも乗らずに、街中を歩くなんて初めての経験だった故、少し緊張するのと同じくらい怖さを感じる。珍しいのか、行き交う人々はリディア達を見遣る。その目は余り好感のあるものとは言い難い。思わず繋いでいる手に力が篭る。
そんな中、人の多さも手伝って無意識にリディアはディオンに身体を寄せた。すると不安気なリディアに気付いたのか、ディオンは握っていた手を離すとそれを腰に回し抱き寄せる。
「怖がらなくても、誰もお前を取って喰ったりしやしないよ……。それにさ、もしそんな奴が現れたら、強くて格好いいお兄様がそいつをぶった斬ってやるさ。俺がお前を守ってやるから、安心しな」
「っ……よ、よく恥ずかしげもなくそんな台詞吐けるわね! やっぱり女たらしは違うのね! 莫迦じゃないのっ……」
言っている本人よりも恥ずかしくなり、リディアは早口で捲し立てる。きっと今自分の顔は、熟しきったトマトくらい赤くなっている事だろう。
顔をディオンから見えない様に背ける。
今日は何だか変だ。なんでこんなにドキドキしたり、顔が赤くなったりするのか……。
腰に回されているディオンの手や腕、触れている肩や全てが脈を打って熱い。だが不快には感じない。寧ろ……。
「女たらしって……どこでそんな言葉覚えてきたんだよ。意味分かって使ってるの?」
ディオンの、呆れた様な声が聞こえる。
「あぁ、何お前。もしかして、照れてるの?」
だが次の瞬間には愉しげな声に変わっていた。顔を見なくても分かる。兄は今、絶意地悪い笑みを浮かべているに違いない。人が困っているのを喜んでいるのだ。兄はそういう人間だ。
「べ、別に⁉︎ そんなんじゃないから! 風邪、引いたの!」
(多分、風邪……じゃないと、こんなのおかしい)
心の中で、そう付け加えた。
「あぁ、お兄様が格好良過ぎて惚れ直したんだね」
「誰もそんな事言ってないから! そもそも、惚れ直すって……」
「昔『お兄様大好き、将来はお兄様と結婚する』って言ってただろう?」
幼い頃のリディアの台詞の所は真似をしているのか、声色を変えている……ちょっと不気味だ。
「いや、それいつの話よ!」