「お、俺も、あのメンバーで出来たら嬉しいなって思ってます」
真っ直ぐな視線。そこに宿る一筋の不安げな色。それは、俺の返答に対して向けられたものだ。彼の瞳を見て真っ先に抱いたのは、またあの場所に戻れる、という期待、高揚、そしてその真っ直ぐさに引き込まれてしまいそうだという恐怖感。あぁ、でも俺は、あの日の「夢」に囚われたままでいる。何か答えねばと口を開きかけたその時だった。
「でも涼ちゃん、教育実習もあるしこれから忙しいんだろ」
シュンの声に現実に引き戻される。
「えーでもとりあえず学祭と同じ曲ならそこまで練習詰めなくていいし、いけんだろ~」
少しむっとした様子で、わざとらしく酔っ払い風な態度で高野さんが口を挟んだ。シュンが明らかに不機嫌そうに眉根を寄せる。
「そういうこというと向こう見ずに涼ちゃんは引き受けちゃうんで。ていうか高野さんだって来年4年になるなら就活始めなきゃでしょ。サークルに時間かけてる暇なくないですか」
「ちょっとクロ、先輩に向かってそんな言い方……!」
しまった、と慌てて間に入ろうとするがもう遅い。
「ていうかなんでクロが口挟んでくるわけ?涼ちゃんがどうしたいかだろ」
高野さんが挑発するように返してくる。
「それは……!」
シュンが咄嗟に何か言いかけたが、そこで気がついたように口をつぐんだ。
「すみません。ただ一緒に組んでた身としては涼ちゃんが頼まれたら断れないし無理する性質なの分かってるんで、心配になっただけです」
シュンが落ち着いた口調で引き下がったことで、ほっと胸をなでおろす。ふたりの剣幕に圧倒されていたのであろう大森君が、はっと気がついたようにこちらに身を乗り出した。
「もちろん無理に、とは言いません。でも俺、あのライブめちゃくちゃ楽しかったんです。あのメンバーだから作れた場所だったって思ってる。……藤澤さんはどう思いますか」
祈るような、縋るような、そんな視線。緊張のせいなのか、大森君はいつもより顔色が悪い。周囲は静かに俺が何と答えるかを興味津々に見守っている。考えなきゃいけないことはたくさんある。でも、それでも、一時の感情でもいいからこの流れに身を任せて、またあの『場所』で演奏できたなら……。
「僕は……」
言葉を紡いだと同時に、大森君が咄嗟に腰を浮かせた。すると、彼の身体は不自然にバランスを崩して倒れ込む。
「大森君!」
慌てて手を伸ばすも、テーブル分の距離が俺たちを隔てる。届かない。隣にいた高野さんがその身体を支えた。テーブルに目を遣った高野さんは、何かに気づいたように眉を顰める。
「お前っ!俺のコークハイ飲んだな!」
大森君はそのまま気を失ってしまう。ひとまず彼を介抱する必要があるだろう。俺は立ち上がって彼に駆け寄る。よかった、呼吸に乱れはない。
「ゆっくり休めるとこで寝かせたほうがいいかも。すみません、僕先抜けます」
待って、と声をかけたのはシュンだ。
「俺もそろそろホテルの関係で帰らなきゃいけないとこだったし、今日はこれで。皆、今日は久しぶりに会えて嬉しかったです。会の企画、ありがとうございました……まだ少しこちらには滞在する予定なのでよければ声かけてください」
そういって彼は深々と頭を下げる。開始から既に3時間は経過しており、皆もそろそろか、という雰囲気はあったのだろう、解散の空気へと移っていく。
「涼ちゃん一人じゃ連れてけないだろ、手伝うよ」
どうしよう、とたじろぐ。確かに大森君を背負った状態じゃ荷物を持ったり家のドアを開けたりするのも一苦労だ。誰か1人いてくれるのはありがたい。しかし、いくら大森君がいるとはいえ、パーソナルな状況下にシュンと置かれるのは何となく気まずさがあった。高野さんが、いや俺の飲み物のせいだし、と手を挙げてくれたが、シュンは
「久しぶりに涼ちゃんと話したいこともあるんで」
と突っぱねてしまう。俺とシュンの事情など知らないであろう高野さんは、そういうことなら、と引き下がってしまった。
「涼ちゃんのはこれだよね。大森君のはどれだろう」
「うん……あっ、その足元のリュックだと思う。そう、その黒の」
「これか……なんだこれめちゃくちゃ重いな。本でも持ち歩いてんのかな」
大きめのリュック。それも持って、自分のトートバッグも持って、大森君を運ぶというのはちょっと考えたくもない。俺は仕方なくシュンの言葉に甘えることにして、二人で店を出た。
8月ともなれば、夜も汗ばむほど暑い。店の中は冷房が効いていたが、外に出た途端にむわりとした熱気が俺たちを包む。
「ドイツ……なんか寒そうなイメージある」
何気なく口にすると
「まぁ確かに夏は日本より涼しめかも。でも四季のある国だから、日本とあまり変わらないよ」
ドイツにも四季があるんだ。なんとなく、よかったな、なんて思ってしまう。彼は季節の移ろいを楽しむのが好きな人だったから。
「秋になったら紅葉もするし、オクトーバーフェストもある」
「何それ」
「みんなでめちゃくちゃビール飲む祭り」
「え~いいじゃんめちゃくちゃ楽しそう~!」
思わず明るい声をあげた俺に、シュンは可笑しくてたまらないといった風に笑う。
「涼架は確かに好きそう」
涼架、懐かしいその響きに息が少し苦しくなる。その時、大森君が苦しそうに呻いて身震いをした。ぎゅ、と縋るように腕の力が強められる。
「大丈夫?寒い?」
うう、と同意ともとれるような声が聞こえたが、無意識かもしれない。幸いにして俺のアパートはもうすぐそこだった。
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涼ちゃん視点で、もっくんの意識がない間や音しか聞こえていなかった時に何が起こっていたかが綴られていきます!
次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです〜
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