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夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
朝倉くんとの一夜は、最高だった。
とにかく優しくて、大切に扱ってくれた。
「瞳子さんの瞳が大好き」
「このサラサラの髪に、ずっと触れたかった」
「瞳子さんの甘い香りがたまらない」
「好きな人と抱き合えるのが、こんなに気持ちいいなんて知らなかった」
彼の口からこぼれる言葉は、どれも真っ直ぐだった。
普段の朝倉くんからは想像できないほど、余裕がなくて。
それなのに、私を少しでも不安にさせないように、何度も優しく触れてくれた。
そんな彼の愛が溢れるセリフや、ぎこちない動きさえ、愛おしいと感じた。
(今夜だけは、全てを忘れる。朝倉くんだけを愛す)
そう決めた。
姉としての私も。
上司としての私も。
振られたばかりの情けない女としての私も。
今だけは全部忘れて、ただ一人の女性として彼のそばにいた。
私たちは、二人だけの世界へと没頭した。
そして──迎えた朝。
明日のことは明日考えればいい。
そう思っていた、その「明日」を迎えてしまった。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、部屋の中を明るく照らしている。
昨晩の耽美な時間は、まるで夢のようだった。
けれど、朝の光に照らされると、一気に現実へと引き戻されてしまう。
私は姉であり、社会人であり、そして朝倉くんの上司なのだ。
心地よい甘美な疲れに浸っている暇もなかった。
隣を見る。
そこには、気持ちよさそうに眠っている朝倉くんがいた。
その寝顔を見た瞬間、血の気が引いていく。
(ああ……部下と寝てしまった
私は……彼とロマンスの不祥事を起こしてしまった!)
昨晩は、あんなに幸せだったのに、今になって、一気に不安が押し寄せてくる。
朝倉くんの腕の中で愕然とし、一時の欲におぼれた自分が情けなくなった。
なにより、これは彼のためにならない。
七つも年上の女にうつつを抜かしていい人ではないのだから。
彼には、彼の未来がある。
こんな一晩の出来事で、その人生の軌道を見誤ってほしくない。
私は彼を好きになってしまったからこそ、彼の未来を邪魔したくなかった。
だから──離れよう。
そっと彼の腕から、這い出ようと身体を動かす。
その瞬間だった。
「……ん」
朝倉くんが、ゆっくりと目を覚ました。
そして、寝ぼけているのか、私の身体を抱きしめてくる。
胸元から腰へ、ゆっくりと手を撫でられる。
「おはよう。瞳子さん」
耳元で囁かれる声。
昨晩、何度も聞いて身体を熱くした声だった。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
このまま彼の腕の中にいたい。
そんな気持ちが一瞬、頭をよぎった。
でも、私はその気持ちを押し込めるように、彼の腕から這い出した。
這うように壁際まで移動し、背中をつける。
「瞳子さん?」
朝倉くんが、そっと上半身を起こした。
「朝倉くん……」
私は彼の顔を見ることができない。
「こんなことになってしまって、ごめんなさい。あなたの名誉にかかわるわ。今日のことは……お互いに忘れましょう」
これなら、朝倉くんもあと腐れなく、この件を昇華できるはず。
年上女と寝るなんて、彼にとっては黒歴史にしかならない。
そう思えば思うほど、胸が痛くなった。
「なかったことにする気ですか?」
朝倉くんの声が低くなる。
眉をひそめ、不機嫌そうに身体を起こした。
「え……」
「瞳子さん、僕と寝た責任から逃げるんですか?」
「に、逃げるわけではなくて……朝倉くんのことを思って……」
私はシーツを胸元まで引き上げる。
すると、朝倉くんがそれをぱっと剥がした。
「きゃっ」
背中に腕を回され、そのまま抱き寄せられる。
抵抗しようとしたけれど、それ以上の力で抱きしめられた。
「絶対に逃がしません」
「あ、あの……」
戸惑う私の両肩を掴み、朝倉くんがじっと私を見つめる。
その瞳には、昨晩とは違う強い意志が宿っていた。
「瞳子さんは、僕の初めてを奪ったんだから」
「……え?」
一拍置いて、言葉を飲み込む。
……初めて?
朝倉くんから、そんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
私は眩暈に襲われる。
このルックスで?
この才能で?
今まで女性に困ったことなど一度もなさそうな彼が?
「……それは、少し無理があるわよね?」
思わず疑ってしまう。
けれど朝倉くんは、本気だった。
「瞳子さんは僕の初めての女性です!!」
真っ直ぐな声だった。
「僕は、この日をずっと待ち望んでいました。責任逃れは許しません!」
彼の熱量に圧倒される。
朝倉くんは、一体何を企んでいるのだろう。
私の味方のふりをして、私から何かを奪おうとしているのでは?
「……もしかして、慰謝料とか……?」
朝倉くんは即座に首を振った。
「僕はそんな卑しい男ではないです!」
「じゃ、じゃあ……どう責任を取ればいいの?」
金銭以外の責任って、一体なに?
朝倉くんが頬を赤くする。
そして、私の左手をそっと掬い上げた。
左薬指を、愛おしそうに撫でる。
その指先に、唇をそっと落とした。
「僕の初めてを奪った瞳子さんには……」
ゆっくりと顔を上げる。
そこには、これ以上ないほど幸せそうな笑顔が浮かんでいた。
「責任を取って、僕と結婚してもらいます」
「……結婚?」
ああ。結婚。
そういう責任の取り方もあるわね。
一瞬、妙に納得してしまった。でも──
(いや、待って! 責任、重すぎませんかっ!)
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