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「あの日、神隠しを見た」

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「あの日、神隠しを見た」

1 - 「あの日、神隠しを見た」

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2025年09月14日

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そう話していたのは、誰だったか。





「蒼悟、そろそろ起きなさい!」

お母さんが、そう大きく呼ぶ声が聞こえた。

「まだ、もうすこし…もうすこしだけ…」

時刻は午前7時。

今日は日曜日なんだから、たくさん寝かせてくれたっていいじゃないか。

心の中でそう憤怒しながらなんとか体を伸ばし起き上がる。

そうだ、いつもの神社に御供物を置きに行かないと。

″彼″が待つ、あの神社へ。



「今日もたくさんの果物とおにぎりを持ってきたよ!」

そう大声で言いながら、紅く大きな鳥居をくぐる。

少し薄汚れた社を前に、持ってきた食物を綺麗に整えながら置く。

「きゅーちゃん、きゅーちゃん?今日もいるでしょ、どこにいるの?」

そう大声で叫びながら、周りを見渡していると。

「…要らないと、言っただろう?」

背後から、静かで落ち着いた低いトーンの声が聞こえて振り返る。

「やっと出てきたね、きゅーちゃん!」

「その呼び方、どうにかならないのか?私が九尾だからと言って、安直で単純極まりない。子供じみすぎている」

ぷくー、と頬を膨らませると、俺は子供だって言ってるじゃん!と反抗する。

「いいや、貴方は私の主だと何度言ったらわかるんだ?」

その言葉に尚更頬を膨らませて足踏みを繰り返す。

「だからさ〜!俺はきゅーちゃんの言う″主″じゃないの!俺はただの人間だし、きゅーちゃんは神様でしょ!」

そう言うと、悲しげに彼の頭上に生えた白い獣耳が平たく倒れる。

九本の尻尾も垂れて、左右に小さく揺れている。

「も〜、そんな顔しないでよ….悪かったってぇ、俺の使いなんだよねわかったからさ〜」

「わかったなら、いい…」

ようやく耳を立てて、へらりと笑った彼を見て少し顔が熱くほてる。

「じゃあ、とりあえず持ってきたご飯食べよ〜!俺のおにぎりも持ってきたんだ!」

そう笑って、九尾の手を握って引いた。



「でさ〜、奏太のやつうんていから落っこちて!自分で上から登ったのにわんわん泣き出して俺たちがいじめてたみたいに先生に怒られて〜」

おにぎりを頬張りながらそう話す彼を尻目に、天気の良い空を眺める。

「ねえ、ちゃんと聞いてる?」

いつの間にか蒼悟はおにぎりを食べ終え、空いたその両手で九尾の頬を包む。

「む…あぁ、すまない。少し気が逸れていたよ」

「もう、ちゃんと聞いてよね!俺のグチ!」

ぱっと手を離そうとした彼の手を握り、鼻を寄せる。

すー…と少し嗅いで、やっぱり嗅ぎ慣れた落ち着く匂いだと笑いながら手を離し、口を開く。

「蒼悟、お前は今年で何歳になった」

困惑しながらも、12歳だよ?と微笑む。

「12…まだその程度か、私はもう1500年は生きているというのに」

「マジ?1500歳なの、きゅーちゃんおじいちゃんじゃん」

目を丸くして、くふふと笑った九尾が尻尾を揺らす。

「私は歳を取らないから、生まれた時も今も同じ姿なんだ」

「えー、俺はもっとちっちゃかったよ、成長できないのって寂しくない?ほら、家の柱に身長を記録したりして成長につれて懐かしくていい思い出になるでしょ?」

ほう…と顎に手を当てて考えながら、人間の成長は早いな、と笑う。

「なんで笑うの?」

「私と再会した時は、貴方はまだ生まれたての赤子その物だったからな」

「俺、きゅーちゃんが居る事が当たり前で出会った時の事とか忘れちゃったよ」

背後から手を回し、九尾の頭に顎を乗せてピタリとくっ付く。

「蒼悟、また今夜に此処に来られるか?」

「今夜って何時位の事?」

うーん、と顎に手を当てる。

「そうだな…20時なんてどうだ?」

「ん〜…わかった!抜け出してくるよ」

また夜にね、と笑って立ち去る。



「お母さんがね、話してくれたんだ」

星空が広がる上空を、芝生の上に寝転んで二人で眺める。

「今見えてる星には、もう存在してない星もあるって、教えてくれたんだ。星の光は、何年も、何光年も経ってようやく地球に届いてるんだって。不思議だよね、俺たちの目には見えるのにもう存在してないなんて」

「その話は、私も聞いた事がある。どこでだったかは忘れたが、恐らく社に来た子供が話していたのだろう」

そっか、と笑いながら少し近寄る。

「俺ももし死ぬ時が来たら、空に行って光を届けたいな。きゅーちゃんが、暗闇で迷わないように」

「また貴方が死ぬなんて、想像もしたくない。今世こそ、私の命が果てるまでお側に居たい」

その言葉に目を丸くして、にかりと笑みを浮かべる。

「じゃあさ、俺が大人になったら二人で何処かに住もうよ」

「私は此処から離れられないからな…」

えー…と落ち込みながらも体を起こす。

「じゃあ、俺も神様になるよ。そうすればきっと、きゅーちゃんと居られるよね」

「再び神に…?そんな事をすれば、生きていられるかどうか…」

いいから!と九尾の手を握って起き上がらせて駆け出す。

「俺が大人になったら、絶対ね!」

「えぇ…わかりました」





何度日が暮れたか、何度朝を迎えたか。

どれほどの時が経ったのか。

神になると宣言した少年は、背丈が伸びて顔つきも大人のように成長していた。


「蒼悟…お前は何歳になった」

「俺はもう、20歳だよ」

ふふ…まだそんなものか。

そう言って笑う九尾は、あの頃よりも柔らかい笑みを浮かべるようになっていた。

主を失った悲しみが、彼の転生によって埋められて。

昔のように、よく笑えるようになった。

「もうあの頃よりも8年も経ってるんだ、そろそろ大人になったなって褒めてくれてもいいんじゃない?きゅーちゃん」

「その呼び方は相変わらずだな、だがもう慣れてしまったよ」

社の前でそう話す二人を、不思議そうな目で見る小さな子供。

神である九尾の姿は、蒼悟の瞳にしか映らない。

視線に気がついて、唇に人差し指をあてて笑った。

「なんでもないよ、内緒にね」



「そろそろ、俺は神になるって宣言したのを実行しないとな」

「まだやる気だったのか?馬鹿馬鹿しい….お前はただの人の子だぞ」

あの時会話した芝生に寝転び、手足を広げて空を眺める彼。

「俺は歳を取るけれど、きゅーちゃんは取らない。俺は君とずっといたいんだ、また置いて逝くなんてもってのほかだよ」

「何をしようとしているのかわかっているのか?人間からすれば失踪として大事件になる筈だ」

不安げに尻尾を垂らして上から顔を覗き込む九尾。

「いいや、失踪なんかじゃない。俺は俺が望んで君に着いて行く、人里には戻らない家出だよ」

「所詮は神だっただけの人の子だ、二度も神になるなど…」

もう、と頬を膨らませて起き上がる蒼悟。

九尾の着物を掴み、引き寄せた。



目を丸くして、耳がぴくぴくと震えている。

尻尾の毛がぼわぼわと逆立ち、上がっている。

「これでわかった?俺の気持ち」

「…いや…人のする事はわからない、が….覚悟はわかった気がする」

本当に行くのだな、と彼に手を伸ばし立ち上がるのを支える。

「俺は今世こそ君と添い遂げるよ、九尾」

「あぁ…私もそのつもりだ、稲荷」

九尾が彼の手を握り、駆け出した。

その二人の様子を眺める、あの子供。

彼が神木の裏を通り抜けるが、反対から現れる事は無かった。

興味本位で近づき、裏を覗くが足跡すら残っておらず。

母親の呼ぶ声に、その場から離れた。


あれから、数年。

「そんなの嘘だろ、見間違いってヤツ!」

「だから、信じてよ!僕はあの日、」

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