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マリアとルナがホテル街に到着した頃、守は疲れ果てた体をタクシーに託し、すぐ後から到着した。
「ふぅ、なんとか間に合った……」車を降りた守が額の汗を拭う。
マリアは守の姿を見て吹き出した。「あー、タクシー使ってる。」
「当たり前でしょ!」守は反論した。
「ここまで何キロあると思ってるの!? 走って来いとか無理だから!」
「ふふっ、まあいいけど。」マリアは笑いながら地図を確認すると、
「じゃあ手分けして探そうか。私はこっちに行くから、ルナとフクちゃんはそっちね。」と指示を出すと、
軽やかに路地の奥へと姿を消した。
守はルナをちらりと見て小声でつぶやいた。
「ルナさんと二人か……いや、正確には小百合さんもいるけど。」
深夜のホテル街。静けさに包まれているものの、ここが人通りの少ない場所ではないのは一目瞭然だった。
ネオンの残光に照らされる路地では、ちらほらと通行人の目がこちらを向いている。
「……な、なんか見られてる気がするんだけど。」守が周囲を気にしながら歩くと、耳に入ってくるひそひそ声。
「あの人達、どんなプレイをするつもりなんだ?」
「ていうか、背負ってるの本物の人間だよな? 拉致されたんじゃないの?」
守の顔が一気に真っ赤になった。「誤解されるよな・・・」
周りの視線がますます気になる中、ルナはそんなことをまったく気にしていない様子で淡々と歩いている。
守は慌てて彼女に声をかけた。「ルナさん、早く建物を見つけないと、このままじゃ通報される!」
そのとき、路地を曲がり人気のない暗がりに差し掛かった瞬間だった。
「……ん?」守は足を止めた。小百合を背負うルナの背中から、
わずかに動く指が見えたのだ。「小百合さん、今……動いた?」
ルナが守の視線に気づき、彼女もわずかに警戒を強める。
そこに、通信機からマリアの声が入った。
「ルナ、それっぽい建物を見つけたよ。場所は西の方角にある廃墟になってるホテル。
見た目がかなり怪しいから、多分そこだと思う。」
「了解。」ルナは短く答えると、守を見て頷いた。
「よし……行きましょう!」守は少し震える声で応え、彼女たちと共に西の方角へ足を進めた。
廃墟となったホテルの入り口には、「立ち入り禁止」と書かれた古びた看板がかかっている。
周囲は草木が生い茂り、階段の奥には薄暗い空間が広がっていた。
守はその光景を見て唾を飲み込んだ。「だ、大丈夫かな、こんなところ……」
背筋に寒気を感じてルナの方を振り返ると、彼女の目が暗闇の中で妖しく光っていた。
「ひぃっ! すみません!!」守は慌てて叫びながら、また張り手をされる前に勢いよく階段を駆け上がり始めた。
ルナは守の後を追い、静かに階段を登っていった。
廃墟ホテルの奥には、さらなる危険が待ち構えている――そんな不安が、守の心をどんどん掻き立てていた。
ルナは突然立ち止まると、入口近くの太い木に小百合を縛りつけた。
守は驚いて声を上げた。「何をやってるんですか?」
ルナは冷静な声で答えた。「アジトは見つけた。小百合がいると、もしもの時に足手まといになる。」
そう言うと、小百合を木に固定し、安全な場所に残していくことにした。
廃墟の長い階段を上ると、周囲の空気が次第に異様なものに変わっていった。湿気に満ちた空間に漂う悪臭。
守は足元の感触に顔をしかめる。「なんだこれ、ヌルヌルする?」
べたつく液体が階段に広がり、守の靴底にまとわりつく。空気もどこか重く、嫌な圧迫感を感じた。
「これ、どこまで続くんだよ……」守は息を切らしながら呟いた。
その時、耳に微かに響く音に気づいた。
「……何だ、この音?」
最初は風の音かと思ったが、次第にその音が規則的な羽ばたきのように聞こえ始めた。
どこかで大きな羽が何枚も動いているかのような、不気味で湿った羽音が次第に近づいてくる。
守は身を固くし、周囲を見渡す。階段の先の暗闇に、ぼんやりと動く影が浮かび上がった。
最初は一つ、そしてまた一つ。やがて無数の小さな影が現れ、それが天井や壁、
さらには守のすぐ近くの手すりにまで張り付いていることに気づく。
「ま、まさか……全部スウォームフライ……?」
守の声はかすれ、冷たい汗が背中を流れた。羽音が重なり、闇の中で不気味なコーラスのように響き渡る。
それに合わせるように、影たちがじわりじわりと動き出した。
「ル、ルナさん……これって、本当にやばいやつじゃないですか?」
背後を振り返ると、ルナは無表情で守を見つめていた。その目が静かに光る。
「声を抑えろ」と低く囁くと、ルナはわずかに腰を落とし、構えをとった。
守はごくりと唾を飲み込んだ。羽音がさらに近づき、粘つく臭い空気の中で、
ぬるりとした液体が頭に落ちてきた。守が思わず顔を上げると、
天井にびっしりと張り付いたスウォームフライが不気味な音を立てていた。
「うっ!」驚きの声を上げそうになった瞬間、ルナが守の口を押さえた。
「静かにしろ。大きな音で興奮させたら、仲間を呼ばれるぞ。」
守は必死に息を整え、冷や汗を拭いながら小さく頷いた。
階段を進むごとに粘液は増え、異臭は濃くなる。ぬめる床を踏むたび、
靴底が吸い付くような感触がして、不快感が募る。壁の隙間から何かが蠢く音が聞こえ、
遠くで甲高い羽音が響いた。崩れた壁や朽ちた家具をかき分けながら奥へ進むと、突然、視界が開けた。
そこには、巨大なスウォームフライの母体がいた。
「!!!」
母体はグロテスクな姿で、無数の卵に囲まれながら卵を産み続けている。
その体が蠢くたびに奇声が響き、辺りに新たな卵が落ちては粘液に埋まっていく。
中にはすでに孵化の兆しを見せるものもあり、薄い殻の内側で蠢く幼体の影が透けて見えた。
ピキリ、と微かな音を立ててひび割れた卵から、ぬらりとした触手が飛び出す。守は背筋が凍るのを感じた。
守は吐き気をこらえながらルナに聞いた。「これ……どうすれば?」
ルナは相変わらず無表情ながらも、その黒い瞳だけが、暗闇の奥にいる「母体」を鋭く見つめていた。
「マリアを待つんだ。そして母体だけを集中攻撃する。」
「攻撃って言っても、僕はまだ……」守が言いかけたその時――
耳をつんざくような大爆発音が、すぐ近くで響き渡った。
廃墟と化したホテルの建物全体が揺れたかのような衝撃に、守は思わず耳を塞いだ。
「な、なんだ!?」
爆煙がもうもうと渦巻き、崩れかけた天井からはごう音と共に瓦礫が降り注いでくる。
守は驚いて振り返ると、熱を帯びた火炎の向こうに、堂々と立つ人影が見えた。
「お待たせ!」
巨大な火炎放射器を担ぎ、肩越しに余裕の笑みを浮かべるマリアの姿が現れる。
背後には、彼女が破壊した壁の残骸が煙を上げていた。
「さぁ、始めるよ!」
爆発音で周囲のスウォームフライが興奮し、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
ルナは素早く飛び出し、母体に向かって武器を構え攻撃を開始する。
マリアは担いだ火炎放射器の引き金を躊躇なく引いた。轟音と共に噴き出した業火が
襲い来るスウォームフライの群れを次々と焼き尽くしていく。炎上し、黒焦げになって地面に落ちるスウォームフライ。
マリアは火炎放射でスウォームフライを次々と燃やし、ルナの援護をしていた。
目の前で繰り広げられる、常識を超えた激しい戦闘。ルナの素早い動きと的確な攻撃、マリアの圧倒的な火力。
守はその場で立ち尽くし、目の前の激しい戦闘をただ見守るしかなかった。
ルナとマリアが奮闘する中、自分は何もできず、ただ震えているだけ。
逃げるべきか、それとも戦うべきか――脳内で何度も問いかけるが、答えは出ない。
心臓が喉元までせり上がるような圧迫感に襲われ、息が詰まりそうだった。
足が震え、恐怖と焦燥感が彼の全身を覆っていた。
「フクちゃん」マリアが火炎の間から叫んだ。「戦う準備をして!まだ間に合うから!」
しかし、守は自分の手を見つめ、言葉を飲み込んだ。
「僕に……本当にできるのか?」
問いかける声は、自分自身にも届いていなかった。
戦闘の中、彼の心に決断の重みがのしかかっていた。