夕暮れの風の中で、みことの涙を見たすちは、 ほんの一瞬だけ何かを諦めたように目を伏せた。
次の瞬間──
「……もういい」
すちは突然、みことの腕を強く引き寄せた。
「っ……すち……?」
抱きしめられたみことは驚いて息を呑む。
すちの腕は“優しい抱擁”なんかじゃなくて、 逃がさないように縛りつけるみたいに強い。
胸板に押しつけられたみことの身体が、ぎし、ときしむ。
「……離れんなよ」
低く落ちた声は、掠れて震えていた。
だけどその震えは弱さじゃなく、限界ギリギリまで抑え込んだ激情のせいだった。
みことは苦しいほど抱きしめられながら、小さく声を漏らした。
「すち……苦しい……っ」
「……ごめん。でも離せない」
罪悪感なんて本当は欠片もないくせに、
口先だけの謝罪をつけて、すちはさらに腕に力を込めた。
肩口に落ちてくるすちの呼吸が熱い。
けどその熱の奥にあるものは、決して温かさじゃなかった。
「みこと」
耳元に落とされた声は、ひどく静かで、どこか壊れていた。
「恋人と俺……どっちか失うなら、どっち?」
みことの身体がびくりと震える。
胸がざわりと嫌な音を立てた。
「え……なんで……そんなこと……」
「答えて」
囁きというより命令に近い声だった。
優しさを失ったすちの目が、至近距離からみことを射抜く。
「言えよ、みこと。 どっちか一人しか残せないなら……誰を選ぶ?」
逃げ場のない問いだった。
抱きしめられたまま、腕はほどかれない。
離れようとすれば、もっと強く締めつけられるのがわかる。
「……なんでそんなこと……聞くの……?」
みことの声は掠れて震えた。
すちはゆっくり、みことの頬に触れた。
優しく撫でる仕草なのに、目だけが冷たかった。
「知りたいんだよ。 みことの“いちばん”が……誰なのか」
みことの心臓が、どくっと跳ねた。
「俺じゃないなら……」
すちの指が、みことの頬から顎へ、そして首筋へ滑り落ちる。
その動きはゆっくりなのに、逃げられない圧があった。
「……全部、壊すよ」
息を飲む音すら許されないような静寂の中で、 みことはすちの腕に捕らえられたまま、震えるしかなかった。
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