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再オーディション前日の練習
「…お願い!!」
「私にわざと下手に吹けと?
そんなこと、できるわけないでしょう。」
少し雲がかり、薄暗い色をした空。
二人きりの教室を微かに輝く日差しが照らす。
後輩にこんな真似してバカだってわかってる。無駄だって、情けないってわかってる。
でも、これだけは…
「バレたら私に脅されたってことにしていい。虐められたって言ってもらって構わない!」
「そんなことしなくても、香織先輩が私より上手く吹けばいいだけの話じゃないですか?」
…高坂らしい。
「お願い!
貴方には来年もある!再来年もある!
でも香織先輩にとっては最後のコンクールなの!」
必死で頭を下げる。
ただ深く深く、頭を下げる。
高坂が何を言っているのか、全く耳に入ってこない。
私はただ、『はい』という言葉を待ち続けていた。
顔を上げられない。後輩の顔を、見ることができない。
私今、なんて情けないことしてるんだろう…
「失礼します。」
気づくと高坂はいなくなっていた。
もう、香織先輩に顔向けできないや…
「麗奈、オーディション明日だね。」
「うん。」
「どう?」
「…全然大丈夫。私ならやれる気がする。」
「そっか。ならよかった。」
「久美子こそ…絶対に裏切ったりしない?」
「絶対に裏切ったりなんかしない。
何があっても。裏切ったら殺していい。」
「…本気で殺すよ?」
「麗奈ならしかねないもん。それがわかった上で言ってる。 」
「そう。 ならよかった!私、全力で吹いてくるから。」
「うん!応援してる!」
なによあれ。
帰り道、私は二人の後をつけていた。
私ならやれる気がするって…ちょっと、香織先輩のこと舐めすぎでしょう。
なんでアイツなんかに香織先輩が…
「もうっ…!!」
「優子ちゃん?」
「えっ?」
後ろから、思いがけない声がした。
「何やってるの?こんなところで。」
「香織先輩…」
そこには、トランペットを抱えた香織先輩が立っていた。
香織先輩、帰りはこんな方向じゃなかったはずじゃ…
「先輩こそどうして?いつもこの道でしたっけ?」
「ううん、今日はたまたま。」
えっ…たまたま香織先輩と一緒!?
このままいけば今日こそ一緒に帰れるかも!
ラッキーなこともあるもんだなぁ。
「そうですか!私もたまたま…」
「ねぇ、優子ちゃん。」
「…ハイ?なんですか?」
香織先輩が真剣な目で私のことを見てくる。
いつもの優しい目じゃなく、突き刺してしまうような、真っ直ぐ真剣な目で。
「私ね、さっきまで、高坂さん達と喋ってたんだ。」
「え…高坂と、ですか。」
だからこんなところにいたんだ…
高坂と何話してたんだろう。
明日のオーディションの話?だとしたら私のこととか全部、チクられたりしてないよね?
だとしたら…どうしよう。
私もしかして、既に香織先輩にーーーー
「香織先輩、私ーーーー」
「本当に大丈夫?」
え?香織先輩、私の心配…してくれてる?
「ほら、優子ちゃんが私のことを尊敬して、好きでいてくれるのは本当に嬉しいよ。
でも、感情たかぶっちゃって高坂さんに何かしたり…しちゃってない?」
「…してません!」
「そう?優子ちゃんは私の心配なんかしないで、自分も無理しないようにね。
私は全然大丈夫だし、優子ちゃんからのエールはもう充分すぎるくらいもらったから。」
「そうですか…ですよね。」
…なんですか、ソレ。
あんなことした私を…無理しすぎないようにって…
香織先輩の方が、高坂や周りに気を遣って、きっと私にも気を遣って、私も迷惑…かけて!
なのにそんな言葉…かけるなんて。
どこまで優しいんですか香織先輩…!!
私、もうどうしたらいいか…
「優子ちゃん?」
「あっはい!ありがとうございます。」
「うん!」
「あのっ先輩!」
「明日のオーディション、頑張ってください!
私、誰よりも香織先輩のこと応援してますから!」
「うん、ありがとう。」
喉まで出かかった言葉を、急ブレーキをかけるように飲み込んだ。
それを今言うべきだったのか、これでよかったのかはわからない。
明日はついに本番…
私がオーディションをするわけでもないのに、やけに胸がザワザワする。
そんな不思議な感覚と共に、私はいつも通りの帰路についた。