澄み渡る空。 雲いっさい無い快晴。
私はこれから街に帰る。
もともと住んでいた場所。
「街、どうなってると思う?」
「…さぁね。ひどいことにはなってそう。」
「…お父さんとお母さんに会えるかな?」
絶対に無理だ。
私は心の中で答えた。
緑色の山が遠ざかっていく。
もうすぐ秋だから、少々赤みがかかっている。
その山を見ながら私は頬杖をついた。
先ほどの会話は、終わってしまったようだ。
続ける気配も感じなかった。
(あと何分かかるだろう…)
街から、あの田舎に行った時の時間は忘れてしまった。
もうずいぶんと前のことだ。
お母さんだけに見送られて出発したあの日。
お父さんはいなかった。
「お!もうすぐ着くんじゃね?」
誰かが叫んだ。
確かに、街に近づいて来ている感じがする。
「…ぐっちゃぐちゃだ…」
「仕方ないよ。」
「でも、お母さんたちに会えるかも!」
この電車には子供しかいない。
だからこんなに騒がしい。
私も子供だが、あんなに騒がない。
だって、あんなに騒いでいると阿保に見えるもの。
すると、急に電車が止まった。
「やっと着いたぁ!長かったなぁ!」
「早く降りようよ!駅が混んじゃうよ!」
子供たちはぞろぞろと、電車から降りていく。
「あともう少ししたら降りるか…」
電車内は混み合っていて、出られそうにない。
私は、足元に置いていたリュックを背負った。
リュックには、ほぼ何も入っていない。
食べ物なんて一個も。
そろそろ行けそうだと思った私は、座席から立ち上がり、電車を降りた。
久しぶりに吸う街の空気。
もちろんだが、田舎の空気よりかは劣っていたが、私には懐かしく感じられた。
そんな空気を吸いながら、駅を出た。
そこに広がっていた、光景は地獄そのものだった。
こんな光景、生で一度も見たことがなかった。
建物は破壊され、たくさんの焼け跡が残っていた。
前にあった木や、花なども全て消失していた。
何もかもがなくなっていた…
「何これ…?」
私は一瞬何も感じられなかった。
いや、感じたくなかったのだ。
今ある、残酷な現実を。
あの子たちの言う通りだった。
ぐっちゃぐちゃ。
「やっぱり…そうだよね。」
そう、私たちの国は戦争に負けた。
三日前に、ラジオでこの国の降伏を聞いた。
二年間にも及ぶ戦争があの日、終わったのだ。
それに、街はとてつもなくひどい被害を受けたと、聞いたこともあったのだ。
だから想像はついていた。
でもやはり、こう実感すると頭が追いつけなかった。
「…とりあえず、家を探そう。」
と言いながら私は歩き始めた。
せめてでもの感情で。
お母さんは言っていた。
『駅に着いたら、すぐお家に帰ってくるのよ。お母さん待ってるから。』
本当にいるのだろうか。
家も無くなってると思うのに。
どこもかしこも焼けている。
「ここって…なんだったかな?」
二年前の風景を思い出してみる。
パン屋…?カフェだったかな?
どこも思い出せなかった。
面影などなく、焼けているだけ。
大人たちが、建物の瓦礫などを回収している。
「ったく、ひでぇありさまだよなぁ。」
「何もかも無くなっちまったもんな。」
そんな会話が聞こえてきた。
そう、ひどいありさま。
大人たちの言う通りだ。
私は、どんどん進んでいく。
家までの道はなんとなく覚えていた。
家族と駅から何度も家まで、帰ったことがあったからだ。
「確かここに…」
あった、カーブミラー。
だけど今は、ぽっきり折れている。
ここを右に曲がれば、私の家。
もう多分ないけれど。
少し早歩きになりつつ、進んでいく。
思い出の場所に。
案の定、家はなかった。
もちろん、お母さんもいなかった。
おそらく、戦争で亡くなったのだろう。
残っていた瓦礫を地面に立てた。
そして、リュックから花を取り出した。
田舎で摘んで、そのまま持ち帰った名も知らない花。
そっと、花を供え目を瞑った。
「どうか、お母さんが天国に行けますように。」
涙が少しだけ溢れた。
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