アリスは怒っているのか?
なぜ?
命が助かったのに?
「君こそっっ!・・・」
怒鳴るつもりはなかったのに自制が効かない
地面に両手をつき、呼吸を整える、怒りが込み上げる
途端に一語一語口ごもっていた、子供時代の感覚が押し寄せる
興奮すればするほど言葉は出なくなる
落ち着け!北斗!
「一歩間違えれば二人とも死ぬ所だったのよ!人が乗馬している時にあんなもう突進してきて私を持ち上げるなんて!大事故になる所だったわ 」
「じ・・・乗馬? 」
言葉がつかえたのだろうか?それともただ単に驚いただけだろうか?北斗はアリスを見た
「ええ!そうよ! 」
アリスが腰に手を当てて憤慨している
「きっ・・君はっ・・・・・」
北斗はアリスと今は乗り手を失って、彼女の後ろで速度を落としているジュリアンを交互に見た
―馬に乗れるのか?―
ジュリアンはいなないて足を踏み鳴らし、物凄く興奮している
「可哀想にあんなに怯えさせて、ジュリア―ン!大丈夫よー!かえっていらっしゃーいー 」
アリスが北斗を放って今だに先ほどの出来事で、怯えているジュリアンに走って駆け寄った
ジュリアンが荒い鼻息を吐いてブルルルッとたてがみを揺らす所を、アリスがドゥドゥと優しくさすってなだめている
そして手綱を引いて、未だにあっけに取られて地面にあぐらをかいて座っている北斗の所へパカパカやってきた
「いいですか!北斗さん!馬はとてもデリケートな生き物ですましてや人を乗せている時は、馬にとっても私達乗り手にとっても、信頼関係が必要なんですよ。さっきの出来事で、この子がもう私を乗せてくれなくなったらどうするんですか?」
アリスが聞き分けのない子供に言って聞かすように、腰に手を当てて、片眉を上げて、北斗に人差し指をかざす
この言葉は北斗が調教師に、口酸っぱくいつも言ってるセリフだ
まさか牧場主であり調教師の自分が、他人にこのセリフを言われるなんて、人生で思っても見なかった
「あんな乱暴な事をするなんて乗馬のマナー違反もいい所です!ジュリアンに乗りたかったら順番を待つべきだわ!」
なんてことだ!彼女は俺があの調教できていない、怠け物の馬に乗りたいから、疾走している彼女を掴んで自分の所に乗せたと思っているか?
とんだ勘違いだ!
それに調教できていない馬に乗るなんて、どんなプロの調教師だって用心するのに
北斗は憤慨しているアリスと睨み合った、怒った表情の彼女も可愛かった
顎をこわばらせ、目を吊り上げてぎらつかせている
今この瞬間のアリスを北斗はとてもきれいだと思った
重症だこりゃ
「あ・・・あの馬は・・・危険だ 」
北斗は不意にどもるのではないかいう恐れがよぎり、深く息をして舌を落ち着かせた
そうした意思の調整は長年の訓練で手慣れたものだった、彼女の目には苛立ちを静めているように映っているはずだ
それにこれまでの会話でも、さほど不信には見えないはずだ
「彼女はあんなに良い子なのに?」
アリスの言葉にまた驚いた、彼女?いい子?あのジュリアンがか?
競走馬にならない馬は成宮牧場では欠陥品だ、たまにバイヤーからそんな馬を売りつけられることがある
そんな馬はここではいらないので、動物園か農耕に貰われていく、競走馬になる適性が無いと判断されている怠け者のジュリアンも、北海道の農耕に里子が決まっている
しかし先ほどのアリスを乗せて疾走していたジュリアンは、競走馬エリートのアレクサンダーでさえ、追い付くのが一苦労だった
アリスのおかげで北斗のジュリアンに対する見方がこれで変わった
アリスはジュリアンにとって良い乗り手だったのだ、本当にアリスには驚かされる
しかし自分の妻が乗馬するのは危険だし良いことではない
「じ・・・女性の乗馬も・・・危険だ・・・」
「まぁ!北斗さん?危険だからといって、あなたは私がこれから馬に乗るたび、駆けてきて鞍から引きずり出すの?」
どうしたものかと北斗は考えた、先ほどは、もしアリスが落馬して死んだらと人生最大に怯えた、手がまだふるえている
口にこそ出さないが、北斗の胸中では様々な感情と言葉が渦巻いている
今や自分の心の中にはアリスが大半を占めている
アリスは北斗にとって人生で絶対必要な存在だ、たった今自覚した
彼女の身に何かあれば・・・彼女を失うことがあれば・・・北斗はきっと生きてはいけないだろう
だめだ・・・おちつけっ
「じじ・じ・・乗馬は・・・き・禁止だ」
「どうしてっっ? 」
アリスはショックを受けた、やっとこの牧場で楽しみを見つけたのに、北斗はアリスから視線をそらした
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