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休み時間。
旅行誌を3つ並べてみた。
国内の温泉特集と、北欧と、北米。
さて、どれから開こうか。
「読まないの?」
学が、陽気な声を上げながらやってきた。
「どれも面白そうだなぁって」
「まぁ、全部読むんだけどさ」
「リストに書いた温泉とオーロラ?」
「そそ。ワクワクした勢いそのままに、本屋さん行ったんだ」
「有言実行で、えらいじゃん」
「まぁね!」
「じゃあ、さらにその勢いで化学室に行こっか」
「もう、みんな行ってるし」
「うわっ、マジだ! 誰もいないんだけど!」
旅行誌を鞄にしまい、教材を持ち、学と教室を出る。
「さっきの話の続きじゃないけどさ、有言実行したこと、自分でもびっくりしてるんだ」
「なにが?」
「今までやりたいとか、いいなとか思ったこと、思っただけで終わってたから」
「じゃあ、リスト作った効果が早速出てきたんだ?」
「そうだね」
不思議な達成感を覚えていた。
ほんのちょっとしたこと。
時間で言えば、5分もかからない寄り道。
それだけで、こんな気持ちになれるなんてね。
「やりたいこと、全部やっちゃえばいいんだよね!」
「おっ、気合い入ってる」
「1年後に自分はいないんだし、もっと毎日を大切にしないと!」
「……そんなこと言うなよ」
「えっ?」
「未来のことなんて、誰にもわからないだろ?」
「学……」
「そうだよね。ごめん」
「こっちこそ、ごめん。偉そうに」
「ううん。学がいなかったら、私、どうなってたかわからないから」
「そんな大げさな」
「ホントだよ?」
学が、私が無意識に隠そうとした気持ちに気づいてくれたから。
気づいて、声を掛けてくれたから。
第2話 やりたいことはなんですか?②
「そろそろ寝るね」
「ああ、おやすみ。ゆっくりな」
「おやすみ。なにかあったらすぐ呼ぶのよ。物音を立てるだけでもいいから」
「ふたりとも心配しすぎだよ」
苦笑して、リビングをあとにする。
心配するのは、しょうがないんだけどね。
お父さんもお母さんも、一緒に病院で話を聞いてたわけだし。
そのうち、弟の 大樹(だいき)にも話さないとなぁ。
そんなことを考えていると、あっという間に2階にある自分の部屋に到着する。
入って、すぐにベッドに倒れこんだ。
「今日も無事に過ごせたけど……」
「こんな日が、いつまで続くのかなぁ」
今までは考えてこなかった日常。
本当は当然じゃないのに、当たり前だと錯覚していたこと。
私にとって、今、生きているということが不思議だった。
「もし死んじゃったら、いろんなことができなくなるんだよね」
「美味しいご飯を食べられなくなって」
「友達と遊べなくなって」
「バスケもできなくなって」
「……学校も行けなくなって」
あれ、たいしたことしてない?
いやいやいや。
明日がやってくるのが当然だと、今も思ってるから、そう思ってしまうだけ。
もし、死んでしまったら誰とも会えなくなるわけで。
私が私じゃなくなるわけで。
ムズムズと、胸の奥が怖いものが溢れてくる。
「そうだよ、会えなくなるんだよ」
「家族にも、友達にも……」
小学2年のときにケンカした男子。
いつも挨拶をしてくれる近所のおばさん。
出会ったことのある人たちの顔が、浮かんでは消えていく。
もちろん、その中にはクラスメイトも混じっている。
まだしばらく、同じ教室で学ぶ仲間たち。
でも、私は卒業するまで、一緒にいることはできない。
「もし……」
「もし、卒業して大人になれたら、どんなことをするんだろう」
「結婚してるのかなぁ」
「子どもは2人欲しいかな」
「あっ、でも、子どもができると大変だっていうし……」
「独身のまま、自由にバスケ一筋で生きていくとか!?」
「……って、やりたいことやるために、バスケやめたんじゃん」
そう、やりたいことをやるため。
今の人生を楽しむため。
「将来のことを想像しても、現実にはならないんだよね」
私に待っている、別の現実。
大人になれないという、真実。
「お父さんとお母さんにも、悪いことしちゃったな」
「もっと、私が健康だったら……」
「そもそも、全然なんともないのが問題なんだけど!」
息が切れるようなことしても、何もないし。
ついこの前まで、部活でバスケを思い切りやってたわけだし。
先月、夏休み最後の部活で倒れちゃったくらい?
まぁ、それがなかったら、この状況はなかったかな。
遅すぎたのか、早すぎたのか。
知らないなら、知らないままでいたほうが良かったのか。
「よくわかんないよ……」
泣きたいような、苦しいような。
どうでもいいような、哀しいような。
静かに胸の中が沈んでいく。
「って、なんでこんな暗くなってるんだろ!?」
ガバッと、体を起こす。
「もう落ち込むのはやめるって、決めたじゃん!」
誰かと一緒にいるときは、気が張っているせいか、笑っていられる。
でも、ひとりになると、まだちょっとダメ。
「大丈夫。ひとりでも、ひとりじゃないから……」
そう教えてくれた人の存在。
そう教えてくれるきっかけになった出来事。
あれは、随分前のことのようだけど、2週間前のこと。
その日、私は両親と一緒に病院にいた。
「君の命は、もって1年だろう」
「えっ……」
余命1年。
それは、私に未来はないと告げるものだった。
第3話へ続く