テラーノベル
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「ごちそうさまでした!」
夕食が終わって一息ついた頃、部屋に戻ろうとしたところで一人の男が現れた。
「……やぁ、こんばんわ。
ちょっとだけ……良いかな?」
声の主はジェラードだった。
体調不良とは聞いていたけど、もう大丈夫なのかな?
「……あいたたたっ!?」
突然痛がるジェラード。
いつの間にかルークが後ろに立っていて、例によって左腕の関節を極めていたようだ。
「ちょちょちょ、ルーク! たんまーっ!?」
ルークは私の声を聞いて、ジェラードへの関節技を少しだけ緩めた。
……あくまでも緩めただけで、まだ極めてはいるんだけど。
「はぁ……、アイナちゃんは愛されているね……。
今日はナンパじゃなくて、真面目な話をしに来たんだよ……」
そういえば、前回酒場で会ったときよりも大人しい服装をしている。
真面目な話をしに来た、というのも嘘では無さそうだ。
「それでは、そちらの席にどうぞ」
「うん、ありがとう。
……えぇっと、出来れば人が少ない方が良いんだけど……」
「私はアイナ様をお護りする義務がある」
ルークはジェラードの言葉にいち早く反応した。
鉱山での彼を見ていなければ、ただのキザな優男っていう印象しか無いからね。
「……君は、そうだよね。
ああ、君がいるのは前提だと思っているよ」
ジェラードはルークに笑顔を向けた。
それを見たルークは、少し拍子抜けした表情を見せる。
「それじゃ、エミリアさん。申し訳ないですが部屋に戻っていてください」
「分かりましたー。
それではみなさん、おやすみなさい!」
「「おやすみなさい」」
「良い夜を♪」
エミリアさんは特にぶうたれる様子もなく、食堂を後にした。
「それではジェラードさん、お話をどうぞ」
私は正面に座ったジェラードに声を掛けた。
ルークは念のため……ということで、私の斜め後ろに立っている。
「……うん。
えぇっと、まずは先日の鉱山の崩落事故のときはありがとう。
おかげで、誰も死なないで済んだよ」
「いえ、気にしないでください。
ところで体調不良と聞いていましたが、ジェラードさんこそ大丈夫ですか?」
「ああ、うん。
僕のは怪我というか……ちょっと悩んでしまってね」
「悩み、ですか?」
「……あのときアイナちゃんは、アイナちゃんの出来ることをやって、みんなを救っただろう?
ポーションを提供してくれたのもそうだけど、ガッシュさんたちを助けに坑道の奥まで行ってくれたし……。
それが何とも神々しく見えてね。とても素晴らしいと思ったんだ。とても素敵だったよ」
ナンパな感じでは無いが、ジェラードはそんなことを言いながら微笑みかけてくる。
そういえばイケメンな感じではあるし、そこら辺の女の子だったら、コロッといってしまうかもしれない。
……などと思っていると、突然びくっとして顔を真顔に戻した。
おそらく、後ろのルークに睨まれでもしたのだろう。
「そんなことを言ったら、私だってジェラードさんに助けてもらいましたよ?」
「助けてもらったんですか?」
私の言葉に、ルークが即座に反応する。
あ、そうだよね……黙ってるつもりだったけど、言っちゃった。
「あ――……うん、そうなんだ。
鉱山の周りにおかしな人がいてね、変に絡まれたって言うか……」
「そうだったんですか……。
ジェラードさん、アイナ様を助けて頂き、ありがとうございました」
ルークは素直に、ジェラードにお礼を言った。
さすが、筋は通す男、ルークである。
「……いや、それこそただの偶然だからさ。
でも……昔の僕なら、もっと器用に立ちまわれたと思うんだ」
「と、言いますと?」
「ご覧の通り、僕の右腕は動かないんだ。
昔、ちょっとヘマをしたときの代償でね」
「はい、それなのに鉱山で真面目に働いていて、偉いと思いました」
「ははは。他のところじゃ働かせてくれなくてさ、何とかしがみついているだけなんだよ。
だから、って言うのかな。アイナちゃんの輝きを見ていたら……何だか落ち込んでしまってね」
ジェラードの顔に、悲しいものが浮かんでくる。
「でも、辛い場所から逃げないのは凄いと思いますよ。
……それで、本題は何でしょう?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあってね……。
これを見てくれるかな」
ジェラードは空間に歪みを作り出して、中から瓶をひとつ取り出した。
「あ、ジェラードさんは収納スキル持ちなんですね」
「うん。レベルは10ほどだけど」
私以外でアイテムボックスを使っている人を初めて見た。
よくは分からないが、謎の感動が込み上げてくる。
「それで、アイナちゃん。
これは薬なんだけど……どういうものか、分かるかな?」
「これですか? えーっと……」
えい、かんてーっ!
──────────────────
【初級ポーション(C級)】
HP回復(小)
※付与効果:情報操作Lv37
──────────────────
……『情報操作』? なにこれ?
──────────────────
【情報操作】
鑑定された際、任意の情報を与えようとする。
レベルが高いほど、鑑定スキルに対する抵抗値を得る
──────────────────
えーっと?
つまり偽物を掴ませるために付与した情報……ってことかな?
初級ポーションではあるんだけど、違う薬として売るために――
「……初級ポーションですね。
品質は普通ですけど、情報操作の効果が付与されているみたいです」
「やっぱり……か」
私の答えを聞いて、ジェラードは見るからに落ち込んだ。
「これは何ですか?
こんなの売ったら、詐欺になりません?」
さすがにこの流れで、ジェラードが詐欺をする側だとは思わないけど。
「……これは、あるところから買っている右腕の薬なんだ。
ずっと飲んでれば治るって言われてね……。
でも、そうか……初級ポーションなら、治るわけないよなぁ……」
話を聞くと、他の錬金術師や鑑定士にも見てもらったことはあるらしい。
しかし情報操作のレベルが高いせいで、間違った鑑定をされていたようだ。
レベル37なんて私も初めて見たし――
……私のレベル99のスキルを除いて考えれば、今までで一番高いレベルになるだろう。
「まぁ、そこは薄々は感じていたんだ。情報操作の効果が存在するのは知っていたしね。
それで、僕の聞きたいことはこっちがメインなんだけど――」
「はい、何でしょう」
「この動かなくなった右腕を……少しでも治す薬は、そもそもあるのかな?
出会った錬金術師や薬師にはいつも聞いていることなんだけど……」
「あると思いますよ。
私の師匠が、そんな話をしていたことがあります」
ジェラードの話をもう少し話を聞きたくなったので、架空の師匠をでっちあげることにした。
「ほ、本当かい? そのお師匠さんに、会わせてくれないかな……!?」
「師匠は誰にでも会うということはしないのですが、少し質問をさせてもらって良いですか?」
「も、もちろんさ! 何でも嘘偽りなく答えるよ!」
「何でナンパをしてるんですか?」
「……えっ!?」
想像していた質問と違うのか、ジェラードは途端に焦り始めた。
「そりゃもちろん、女の子が好きだからさ!
……なんて答えは、望んでいないんだよね?」
ジェラードは何かを悟ってから、諦めるように言葉を続けた。
「僕は昔、諜報の仕事をしていたんだ。
そこでヘマをして、命は何とか助けてもらったけど……その代わりに、右腕を壊された。
……そしたら僕はもう、以前みたいな仕事が出来なくなってしまった。
それはそうだよね。仕事をさせないために、壊したんだから」
……目障りな人間であっても、その理由を取り除いてしまえば、あとは無価値になってしまう。
そうなれば今のジェラードのように、捨ておいていても問題は無いのだろう。
「動きにも制約があって、普通の仕事だって満足に出来ない。
得意だった剣術も満足に出来ない。
今の僕が満足に出来ることなんて、女の子を喜ばせることだけだったんだ。
……それも、最後の最後で上手くいかないこともあったけど」
前半は同意できる。後半は、何だか同意したくない。
「そんなわけでさ、ついつい女の子に声を掛けることにばかり意識がいってしまったんだよ。
後ろの君にも、嫌な思いをさせちゃったよね」
ジェラードはちらっとルークの方を見て、すぐに視線を私に戻した。
「もし右腕が治ったとしたら、何をやりたいですか?」
「そうだね。僕は……諜報の仕事に戻りたい。
あれこそが一番充実していて、一番輝くときなんだって……右腕が動かなくなってから、ようやくそれを実感したよ」
「仕事……ですか。
ジェラードさんは、根は真面目なんですね」
「ははっ、そう見えるかい?
……そんなこと、初めて言われたな……」
ジェラードは少し目を落として、しんみりとした表情を浮かべた。
「そんなジェラードさんに申し訳ないのですが……実は、師匠がいるというのはウソです」
「えぇっ!?
……アイナちゃん。それは酷いなぁ……」
ジェラードは驚きの表情を浮かべた後、見る見る表情が曇っていった。
ああ、本当にごめんなさい……。
「本当にすいません。
お詫びにこれを差し上げます。使ってみてください」
私はアイテムボックスから、昨日作った薬をジェラードの前にそっと置いた。
「……これは、初級ポーションとか?」
「いえ、お薬です。ジェラードさんの右腕を治すことが出来ます」
「またまた、そんなウソばっかり……」
ジェラードはそう言ったが、瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。
少しヤケになっている、というところもあるのだろう。
「アイナちゃんはそんなウソをつく人だとは思わなかったから、僕は悲しいよ。
……それじゃ、もう会うことは無いと思うけど――」
ジェラードは立ち上がって、私に手を上げて別れの挨拶をした。
……右腕で。
「――……あれ?」
ジェラードは不思議そうに自身の右腕をしばらく見たあと、目を潤ませながら、そして身体を震わせながら私の顔をじっと見つめた。
「こ、これって……!?」
「そんなに何回もウソはつきませんよ!
治って良かったですね、おめでとうございます!」
「……ははは……動く、動くぞっ!
アイナちゃん、ありがと――……って、あいたたた!?」
私に抱き着こうとしたジェラードを、ルークが左腕を極めながら地面に抑え込む。
さすがルーク、こんなときでも容赦が無い!
しかしジェラードは――
「はははっ! 痛いよ、やめてくれよもう!
ははは、ほらほら、右手でギブアップしてるだろ!? 見えないのかい!?」
……嬉しそうに右手で地面を叩いていた。
涙もたくさん流していたが、それは痛いからなのか、嬉しいからなのか――
……うん、きっと両方なんだろうね。
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