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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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医院にゾルダークの騎士がやってきて、明日の朝にゾルダーク領へ向かえ、と閣下からの指示を告げた。僕の予定というものは完全に無視をしている。侍医だから仕方がないが妻一人に医院を任せなくてはならないから不安だよ。


朝早く迎えの馬車に乗り込むと中にはカイラン様とその従者が乗っていた。この長旅をこの面子で過ごせだって?気まずいなぁ。大きな馬車だから狭くはないけど、後ろの小さい馬車に乗せてくれないかな、話すこともないのに…


「ライアン医師、お祖父様の不整脈とは死ぬほどのものですか?」


「そうですね、今回倒れられたと聞きましたが、息切れをおこしたのか意識を失ったのか、後者ならば危険です。診なければなんとも」


前回の診察から予想すると前者だと思うんだけどな。カイラン様が同行するとなると護衛の騎士が多いな。




雨には降られず、定宿に泊まり整備を始めた道のおかげで早くにゾルダーク領へと入った。

ライアン医師の診察結果次第で予想よりも早く王都に戻れるかもしれない。


僕はお祖父様に何を言われるのか…全てを把握しているだろうな。妻を父親に取られた軟弱な孫だと罵られるかもしれないな。憂鬱だ。

広大なゾルダークの邸は自然豊かだ。レオンが大きくなったら連れてこよう。僕の子ではないのにあんなに可愛いんだからな、僕の子が生まれたらどんなに可愛いのか…キャスリンの子だから可愛いのかもしれないな。


ゾルダーク領の邸には日暮れに着いた。薄暗い中を馬車は進んだが、父上は馬車で二日の距離を一日でどうやって駆けたのか。


「僕は老公爵様を診てきます、カイラン様行きましょう」


着いたばかりだがお祖父様の状態が気になる。トニーとオットーを連れてライアン医師とお祖父様の寝室へ向かう。

お祖父様の寝室には使用人が侍り、僕らの来訪に驚いた顔をしたが頭を下げ部屋から出ていった。お祖父様は寝台に横になり掛け布をかけて目蓋を閉じている。痩せてしまってすでに死んでいるように見える。


ライアン医師はお祖父様に声をかける。


「ギース様、聞こえますか」


その声に目蓋が震え黒い瞳が現れる。


「…なんだ」


「医師のライアンです。倒れたと聞いて参りました」


黒い瞳だけを動かして医師と側に佇む僕にも目を向ける。


「まだ死んでないぞ」


ライアン医師は掛け布を捲り手首に触れ、聴診器で胸の音を聞いている。


「大旦那様、オットーでございますよ」


「オットー、貴様…おかしな手紙を送るな」


「私が直接見て報告しますと申しましたでしょう?」


オットーは陽気にお祖父様に話しかけている。

ライアン医師は掛け布を直し僕を横目で見て話し出した。


「ギース様、診断の結果は皆さんにも聞いてもらっても構いませんね?」


無言ならば諾だろうとライアン医師は話し出す。


「随分心臓が悪くなっています。前回を鑑みても不思議なくらいです。何故か知っていますか?」


お祖父様は黙したまま僕へ黒い瞳を動かす。


「トニーとライアン医師は出てくれ」


寝室にはオットーだけを残しトニーとライアン医師を退室させた。


何かを告げるつもりだな。僕は寝台の横に立ったままお祖父様を見下ろす。


「毒だ」


お祖父様はそれだけ発する。誰が毒を?いや、まさか…


「慣らすために受けた毒ですか?」


公爵家の後継にはある程度幼い頃から体に毒を与え、外敵に盛られても耐えられるように体を造る。僕も媚薬系には慣らされている。


「カイラン、怖がるな。お前はこうはならん」


お祖父様の言葉に自身が震えているとわかった。


「ぼっちゃまが子に興味がないおかげでカイラン様は長生きしますな」


オットーは笑いながら話す。


「父親が死ぬのを待つらしいな」


キャスリンのことか。お祖父様の容態次第で父上のことを相談しようと思っていた。父上にも効く毒を持っているかと…


「他に女を作る方が楽しいだろうに、意固地になっておるか」


「僕はキャスリンを愛しています」


「そうか、頭がおかしい母親でもいるだけで愛を覚えるか」


なるほどな、とお祖父様は呟いている。


「奴に毒は効かんぞ、わしより慣らされてる」


その言葉に衝撃を受ける。お祖父様より慣らされているならば、まさか…


「望みを叶えるならば待つのが得策だな」


恐怖に震える。父上が予想よりも早く死ぬだと?


「わしよりは早く逝くだろうよ」


待て、待ってくれ。それまでにキャスリンが父上と共に逝くという願いを変えなければならない。


「困る…キャスリンは父上と共に逝くとまで言ってる…」


僕の小さな声にオットーが笑い出す。


「ほーそこまでお二人は想い合っておいでか。大旦那様、オットーは嘘は伝えておりませんでしょう?」


頭に血がのぼる。


「どのくらいなんだ!?どうしたらいい?キャスリンが…」


「女は子を産むと変わると言うだろ、奴より子を選ぶ。嫁はお前より若いだろ?気は変わる」


そんなのわからないじゃないか!レオンが成長していたら躊躇わず逝きそうだ。


「わかりません、今も父上が離さないし、キャスリンも幸せそうだ」


「女などに狂いおって。面倒臭がらずお前に大量の媚薬を盛っていればな」


恐ろしいことを言う。僕を目の前に言うことか。


「ぼっちゃまのおかげでカイラン様は気がふれず長生きできる。よかったですな」


喜ぶところか?父上の関心のなさが僕の生きる時を延ばしたのか。


「わしはもう歩けんだろう。まだ少しは生きるがな」


「大旦那様、お疲れ様でした。ぼっちゃまのお子のレオン様は可愛らしいですよ。大旦那様をお送りしたら王都に戻りたいですな」


オットーは死なないつもりか。


「お祖父様、まだ父上に死なれては困る。僕ではまだゾルダークを支えきれない!」


「落ち着け、直ぐには死なんだろ。わし自身が予想よりも生きてる。奴の生命力が毒を凌駕すればわしを越えるかもな…いや無理だろうな、それだけ毒を与えた」


あんなに屈強な父上が…信じられない。


「父上は知っているのですか?」


「当主は知るだろうな」


当主になったら受け継ぐ何かがあるのか。父上は今四十だ、お祖父様が六十過ぎ、生きても十数年…


「わしのようにいきなり倒れるのか、徐々に弱るか、それもわからん。だがゾルダークの当主は毒の影響で六十まではもたんな。奴はどうだかな」


ゾルダークが他家より強い理由の一つはこれなのか。害そうとしても効かないならば脅威だ。その代わり命を削るのか。


「強い意志を持った当主の犠牲の上にお前は立っている。王さえも容易に手は出せんほど堅牢にしたのにな。後継がお前だ。衰退するな」


反論もできない。自分が弱いことなど知っている。


「カイラン、強い意志を持てよ」


ゾルダークのためならば自分すら犠牲に生きろと言うのか。それができないならゾルダークを名乗る資格などないか。


「奴の子をゾルダークにするんだ」


僕はレオンの命を削る毒など与えない。ゾルダークの力で外敵から守ればいいんだ。僕と同じで十分だ。


「何故僕に話す?」


代々言い継がれてきたことなのか。


「奴に毒を盛ろうと考えたろ?無理だから教えたんだ」


早く死ぬのにキャスリンを連れて逝くと言ったのか!キャスリンに話したらどうなる。父上を責めるか…いや微笑みながら共に逝くと言いそうだ。父上が承知の上で連れて逝くと言っているのか問い質さなければならない。





ギースの部屋から出されたライアンは隣の部屋の中を歩き回り思考する。


あれは異常だ。これは異常事態ですよ閣下。軽い不整脈から心臓が限界まで悪くなるなんて、老化なんてもんじゃない、唐突すぎる。毒を盛られているとしか思えない。何故引退したギース様を、もう老い先短い老人を殺す?恨みか?いや…いや…まさか…だから僕は出されたのか?医師の僕を出すのは家族の秘密を話すときだろ。はぁー。毒は毒なのか。それしかないだろ。与えすぎたんだ!ギース様だけではないだろう、閣下も…僕は何も聞いてないぞ。閣下は知っているのか。一度診察をしなければ、してもギース様のようにいきなり倒れる場合は手の施しようもない。


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