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朝食を終えたあと、私は書斎でぼーっと過ごしていた。
早朝にあったことの報告をクラリスさんからもらうなら、自分の部屋よりも書斎の方が良いと思ったのだ。
「……暇だし、本でも見てようかな」
そういえば、この書斎の本棚には本がぎっしりと並べられている。
これはピエールさんの配慮らしく、最初に案内をしてもらったときには、『それっぽく見えるデショウ?』とか言っていたような気がする。
でも、この世界では本って高価なんだよね?
いや、そもそもこんなお屋敷を買うのはお金持ちなのだから、その代金に含めていたという方がしっくりくるのか。
代金は国の方で払っているだろうし、上手くオプションを付けてピエールさんが儲かった――
……そんなイメージしか出てこなくなってしまった。
「さてさて、どんな本があるのやら」
軽い気持ちで本を取ってみると、経済学やら政治学やら、そんな真面目な本ばかりが目に付いた。
ざっと全部を眺めてみるも、面白おかしい本があるわけもなく、錬金術や魔法に関する本なども見当たらなかった。
「……よし、つまらない!」
本は大量にあれど、私の関心を引くものは何も無く。
せめてもう少し、挿絵とか漫画とかがあれば違うんだけどね。
元の世界でも、『可愛い感じの絵が入っていれば本の売上は上がる』って聞いたことがあるし――
……ああ、こっちの世界は印刷技術が進んでいないんだっけ? そもそも手書きの本ばかりだし。
以前も思ったけど、やっぱり転生前は印刷関係の仕事をしていれば良かったなぁ。
そうすれば、この世界で印刷技術の革命ができたのに。
私が原理を知ってるのなんて、せいぜいガリ版くらいなものだよ。
――トントントン
再び本棚を眺め直していると、ノックの音が聞こえてきた。
「はい、どうぞー」
「「失礼します」」
私の返事を受けて、クラリスさんが書斎に入ってきた。
その後ろには、ミュリエルさんも続いている。
今回は改まった話になるだろうし、私は立派な机の方に座ることにしよう。
ソファーだと、何だかくつろいじゃうからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――アイナ様。
お時間を頂きましてありがとうございます」
まずはクラリスさんが挨拶をしてきた。
「ううん、大丈夫だよ。
改めて確認するけど……今日の早朝の話で、良いんだよね?」
「はい。ミュリエルさんが早朝、厨房で何者かと密会していた件……になります」
クラリスさんがそう言うと、その斜め後ろにいたミュリエルさんがシュンとした。
最初からシュンとはしていたので、さらにシュンとしたというか、さらに肩を落としたというか。
「結論から入ると、悪い話? 良い話?」
「微妙な話です」
「えっ」
「いえ、お屋敷としては悪い話です」
「そうすると、良い要素も?」
「部外者は何とも言えないのですが、『ああ、そういうこともあるんだな』……という感じでしょうか」
「んん?」
ミュリエルさんはかなり気落ちしているが、クラリスさんはそこまで怒っているようでも無かった。
早朝の様子から察するに、お金や信頼が関わるような……そんな悪い話だったら、もっと凄いオーラを出していそうだし。
「……も、申し訳ありませんでした……」
しかしミュリエルさんは、とても申し訳なさそうに謝罪をしてくる。
クラリスさんから報告をもらう予定だったけど、何だかよく分からないし、直接聞いちゃおうかな?
その方が何だか面白そうだし……っていうのは不謹慎か。
でもクラリスさんが先に聞いているおかげで、そんなに悪い話ではないことは保証されているようなものなんだよね……。
「ミュリエルさんから、直接お話を聞いても良い?」
「え? それは構いませんが……」
少し驚きながらも、クラリスさんはミュリエルさんに前に出るように促した。
「あ、あの……アイナ様、このたびは大変なことを――」
「えーっと、そもそも誰と会っていたの?」
「そ、それは……その……」
そう言いながら、ミュリエルさんはクラリスさんの方をちらっと見た。
「いいからお答えしなさい。
あなたが言わなければ、私が言うことになるんです」
黒猫ている
#独占欲
しめさば
「は、はい……。
あ、あのぅ……。実は、その……レオボルトさん……です……」
「え?」
レオボルトさんというのは、このお屋敷の警備メンバーの1人だ。
体制上は、ディアドラさんの部下のような形になる。
「あ、でも、レオボルトさんは悪くないんです!
私から話を持ち出したので……っ!」
「はぁ……。それで、何をしてたの?」
「はい、あの……軽食を作って差し上げました……」
「……うん? ……?
それって、何か悪いことなの?」
うちのメイドさんが、うちの警備メンバーに軽食を作る。
……何かおかしいのかな?
そんなことを考えていると、クラリスさんが補足を入れてきた。
「アイナ様。今は、ミュリエルさんが調理をするのを禁止しています。
ご存知の通り、味が危険物に近いので」
「おお、はっきり言ったね……。そういえば、そうだった」
ミュリエルさんはメシマズだから、確かに禁止をしているんだよね。
クラリスさんの監督下でなら……ということで、条件付きで許可はしてたけど。
「それに加えて、高めの食材を無断で使っていました」
「うぅ……。
以前の歓迎パーティで食べたあの味を、再現してみたかったんです……」
歓迎パーティ……というのは、エイムズ家のみなさんと警備メンバーがこのお屋敷にやって来たときのことか。
そういえばあのとき、ミュリエルさんが熱心に味を盗もうとしていたような記憶がある。
「ま、まぁ……勉強熱心なんだね?
良い食材でも、ルールを守れば使ってもらって構わないんだけど……」
私がそう言うとミュリエルさんの表情は一瞬輝いたが、その場の空気を察して、すぐにその感情を押し殺した。
「アイナ様。
これは重大な問題とまではいきませんが、明らかな内規違反です」
「うぅ……、申し訳ございません……」
「あ、うん、そうだね……。
えぇーっと、それで……何でレオボルトさんに軽食を?」
レオボルトさんは無口な人だし、そもそもお腹が空いたところで、そんな要求はしないと思う。
食事の時間までは無表情で我慢していそう、というか。
「あの……。以前、クラリスさんに見て頂きながら、お料理を作ったことがあるのですが……。
その、失敗作と言われたので、私が休憩中に裏庭で食べていたんです……」
「うん」
「そこを偶然、警備中のレオボルトさんが通りかかりまして……興味深そうに声を掛けてきたんです……」
「えっ、そんなことがあるんだ!?」
あの無口なレオボルトさんが、仕事以外のことで、誰かに話し掛けるだなんて!?
私にすら、すれ違いざまの会釈しかしてくれないというのに!?
「レオボルトさん曰く――
……何か昔のことを思い出すような味と香りで、それはもう美味い美味い、と食べて頂きました……」
「想像できない」
「そして彼の薄っすら浮かべた涙に、私の心はイチコロでした……」
「……んん?」
ミュリエルさんは申し訳なさそうに言いながらも、何やら少し顔を赤らめて、両手の指をもじもじとさせている。
あれ? これって、もしかして――
「アイナ様。お屋敷内の恋愛も、内規違反です」
「……ああ、やっぱり?」
「ううぅ……。
分かってはいたのですが、どうしてもまた……私のお料理を食べてもらいたくて……」
ミュリエルさんは、レオボルトさんの意外な一面と、料理を褒められたことにコロッといってしまって。
レオボルトさんは、ミュリエルさんの料理に胃袋を掴まれてしまって、ということか。
それにしてもミュリエルさんのあの料理が美味しいだなんて、もしかしてレオボルトさんって|悪食《あくじき》なのかな……。
「……と、ところでお金の話もしてたよね?
あれは何だったの?」
「材料費のお話です……。厨房に無かったものを、少し自腹で購入しておりまして……。
その、レオボルトさんはどうしても払うと譲らなかったので、それでは次のお休みに……一緒に外出などを、その、あの、約束を……」
「あ、そう……」
話を聞いてみれば、何ということも無い。
ミュリエルさんがお高い食材を勝手に使って、禁止されている調理をこっそりやって。
恋愛の方はまだ育んでいる最中だから問題ないのかな?
……いや、それを踏まえて恋愛なのかな? ……まぁ、今は良いか。
「アイナ様、心中お察しいたします。
つきましては、処罰をご検討ください」
えぇー、処罰……?
これくらいなら別に問題は無さそうだけど……ああ、でも職場の空気が緩んだらまずいもんね。
お給料を減らすのは何だか嫌だし、痛い目にあわせるのも嫌だし……。
大変な仕事を振るっていうのが良いかもしれないけど――
「……それじゃ、工房の掃除でもお願いしようかな」
「えっ?
それだけでお赦し頂けるんですか……!?」
処罰の内容に驚くミュリエルさんと、それくらいでも仕方ない……と溜息をつくクラリスさん。
「ああ、でもいつもの仕事はそのままお願いね?
他の人の仕事を増やさないように、ひとりで頑張って」
「は、はい!」
「次やったら、もっときついお仕置きにするから。
それと、このお屋敷では嘘と隠し事はダメだからね」
「かしこまりました! ありがとうございます!」
その後、クラリスさんとミュリエルさんは、深いお辞儀をしてから書斎を出ていった。
私からはやんわりとした感じの注意で終わらせたけど、多分これから、クラリスさんのガツンとしたお説教がいくんだろうな。
……とりあえず、今日の早朝の件はこれでおしまいにすることにしよう。
悪くイメージしていたものとはずいぶんかけ離れた内容だったけど、まぁ何と言うか――
……うちのお屋敷は、今日も平和である。