テラーノベル
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さほど広くはないレコーディングスタジオの控え室で、バンドのヴォーカルと対面した。
まだデビューから日も浅く、特定のマネージャーも付いていないようで、取材の現場にいたのは、その男性ただ1人だった。
「今日は、ヴォーカルの方のみですか?」
まだどことなく少年ぽさも覗く彼に、そう尋ねると、
「見ればわかるだろう……」
色の抜けた長めの髪を指でいじりながら、不機嫌そうにかけている濃いめのサングラスの奥からこちらを睨めつけるように見た。
扱いにくそうな人だな……そう、漠然と思う。
「あの、写真撮影をするので、サングラスを外してもらってもいいですか?」
やんわりと促してはみたけれど、
「ダメだ」
と、あっさり切り捨てられてしまった。
「でも……それでは、表情が撮れないので……」
戸惑いつつも言いつのると、
「今日は、寝不足で目が腫れぼったいから、サングラスは外せない。どうしても外せって言うのなら、帰る」
「帰る、って……」デビューしたての割に、わがままにも程があるようにも感じられる。
ただ帰ると言うから帰したのでは、自分の仕事は成立しないわけで……。
「写真……どうしますか?」
態度のあまり良くはない取材対象に、いささかイラ立ちも窺えるカメラマンへ、
「サングラスしたままでもいいので、撮影をしてください。今回はワンカットのみの紹介記事なので、雰囲気が伝わればいいですから」
その場でとっさに答えた。
渋々といった感じでカメラマンが写真を撮り始める横で、インタビューを始める。
「最初に、ヴォーカルの方のお名前から」
「カイ……」
ボソリと一言が返る。
「カイさんですか。本名は何とおっしゃるんでしょう?」
話の流れで問いかけたけれど、
「本名は、非公開だから、記事にしてもらったら、困る」
サングラスをしたままの目の前の彼からは、そんな素っ気ない返事しか戻ってはこなかった。
「そうなんですね、すいません」
とりあえずの話のつかみのつもりだったけれど、初めからこの調子だとどうインタビューを進めていったらいいかを困って、正直辟易をしていた。
「バンドの一番の売りは、何ですか?」
「売り?」
さも面白くなさそうに口に出して、
「売りなんか、資料見たらわかるだろ」
彼はいかにもヒマを持て余してる風で、また髪の毛をクルクルと指に巻きつけた。