それでは、最終回?になるかもしれませんが行きましょう!
今回、時系列一気に変わったりします、そこはご了承ください、
数年前のあの日のことを、僕は鮮明に覚えている。
司くんが目を輝かせながら、司くんがずっと楽しみにしていたミュージカルの公演日で、明日は公演を観に行くのだと、練習中もずっとそわそわと落ち着きのない司くんを、寧々は呆れながらもやさしい目つきで、僕とえむくんは楽しそうに眺めていた。感想を楽しみにしているよと別れ際に伝えた類に、もちろんだと司くんも笑顔で言った。
――まさかそれが、最後になるなんて、思いもしなかった。
司くんの妹である咲希からの電話で、病院に駆けつけた僕が見たのは、ベッドの傍で泣き崩れる咲希とその両親と、眠っているように瞼を閉じた司くんの姿で。
居眠り運転の事故だったのだと両親から聞かされた。司くんがミュージカルを観に行った会場近くの交差点で、司くんは、車とガードレールの間に、挟まれそうになった小さな女の子を庇ったらしい。なんとも司くんらしいことだと、こんなときでもつい笑いそうになる。司くんが助けた少女は無事だった。
――その代わりに、司くんは、この世界から、類の前から居なくなった。
悲しみの涙を流していたのは彼の家族と類だけではなく、えむくんも寧々も、彼が大切にしていた後輩や彼の知り合いたちみんなが泣いて、悲しむ中で、僕だけは、一度も泣かなかった。
悲しくなかったわけじゃない。僕だって、心臓が張り裂けそうになるほどに痛かった。それでも泣かなかったのは、泣けなかったのは、心のどこかで、これはきっと悪い夢なのだと、これが現実だと、いつまで経っても、受け止められなかったからだ。
それからの僕の記憶はどこか曖昧で、寧々の話では、高校を卒業して、大学に通って、演出家として、仕事はきちんとしていたらしい。司くんが好きだった、ミュージカルや舞台の演出を何件か引き受けたのは覚えている。きっとそれを伝えたら、彼は瞳を見開いて驚いて、それから自分のことのように喜んでくれただろう。さすがだ類、と笑顔で頭を撫でる声が聞こえることも、その手に触れられることも、彼がその公演を観ることすら、もう二度と無いというのに。
僕がショーも仕事をしていないときは、いつもどこかぼうっとしていて、目を離すと消えてしまいそうだからと、寧々とえむくんが、頻繁に家に来てくれていたのを覚えている。迷惑をかけていた自覚はあった。ふたりだって辛かっただろうに。類の方が心配だからと、寧々にはいつも言われていた。きっとどこかで思われていたのだろう。
僕が司くんの、後を追うかもしれないと。
そんなことは絶対に司くんが許さないだろう。天国に行っても、お前はまだこっちに来るなと、突き飛ばされるのが目に見えている。だけど司くんのいない世界で、僕が生きる意味なんて無くて。生きることも、死ぬことも選べなくて。司くんが居なくなってから、数年間ずっと、生きながらに死んでいる。まさにそんな状態だっただろう。
タイムトラベルは理論的には可能だという。それならいっそ、タイムマシーンでも作って、過去に遡れないだろうか、なんて、馬鹿みたいなことまで考えて。現実から逃げるように飛び込んだセカイは、司くんが居なくなったあの日から、アトラクションも音楽も、すべてが止まっていた。このセカイは、司くんの想いで出来たセカイだから。
ひとりでベンチに座って、佇んでいた僕に、近づいてきたのはミクくんだった。セカイが止まっても、ミクくんたちはまだこのセカイに取り残されている。それでも、いつも見ていた明るい笑顔も声もなく、ただ静かに、僕の前に立って、僕を見つめたまま、尋ねる。
「もしね、過去が変えられるなら、類くんは変えたいって思う?それで、今の類くんが消えてしまったとしても、それでも、司くんのこと助けたいって思う?」
「ミクくん……。…そりゃあ僕は助けたいよ。彼がいない世界の、ここにいる僕のことなんて、どうだっていいんだ。ただ、会いたいんだもう一度、会いたいんだ、司くんに」
「……うん、うん、そうだよね。ミクだって、会えるのなら、会いたいもん。類くんの想い、受け取ったよ。だから強く願って。類くんがいきたい場所に会いたい人を、思い浮かべて?」
ミクが、僕の手を握りながら言う。その言葉に、類は願う。行きたい場所なんてひとつしかなくて、会いたい人なんて、ひとりしかいなくて。彼を助けることが出来るなら、もう一度彼に会えるのなら、僕はどうなったって、構わないから。
白むセカイでミクは司くんも、類くんのことも大好きだから、そういつもの笑顔のミクが、僕の意識が落ちると同時に消えた。
意識が戻ったとき、僕は現実世界に一人で立っていた。街の喧騒は変わりなく、ただ、僕が知っている今よりも少しだけ、懐かしい。そんな気配に、僕が見上げたビルの、モニターに流れる映像に、映った文字に、息を呑む。その日付と時間は、司くんが事故に遭う当日の、午後だった。
そして、赤に変わった信号の前に立っているのはいつもの見覚えのある黄色と桃色のグラデーションの髪と、同じ色の瞳の司くんが、前にいる。僕は、声が震えないように、不自然にならないように話しかけた。
「やぁ司くん、今日は絶好のショー日和だね」
「ぇ、、は?類?」
僕の言葉に、ぽかんと唇を開いたまま、瞳を瞬いた彼の、声も、表情も、ひとつだって見逃したくなくて。無理矢理丸め込んで、誘い出した彼は、文句を言いながらも、僕に毎回付き合ってくれた。打てば響くの言葉通りに、僕がああ言えば、司くんはこう言う。そんなやりとりを、ずっと毎日、当たり前のようにしていたのだ。今となっては懐かしい。
司くんが歩むべき道を、当たり前に訪れる未来を、取り戻すために、僕はここにいる。そのときまでは、純粋に、司くんと過ごす時間を、大切にしたかった。楽しみたかった。僕の言葉で笑って、怒って、呆れて、くるくると変わる司くんの表情を、声を、見ているのが、聞いているのが、その時間が、僕は一番好きだった。
――僕は結局、伝えることはできなかったけれど。
僕は、司くんのことが好きだった。それは友人として、ショー仲間として、そして、ひとりの人として。
いつからか、当たり前のように僕の隣に居て、僕の演出が好きだと、その声で、態度で、すべてで表して、全力で応えてくれる司くんを、好きにならない方が無理だった。それでも、その関係を、壊したくなくて。まだ、このままで、今のままで、いつか伝えるときが来たら、なんて、そんな風に思っていた。
――当たり前に訪れると思っていた明日が、毎日が、決して当たり前なんかじゃなかったことを、僕は知らなかったんだ。
過去を変えると言うことは、必然的に未来が変わると言うことだ。司が居なくなる未来が変わる、それはそこに生きている僕の未来も変わる。
――「もしそれで、今の類くんが消えてしまったとしても。」あのミクくんの言葉の意味はきっと、そういうことなのだろうと、理解していた。
――それでもいいと思った。君が生きていてくれるのなら。どこかで笑っていてくれるのなら。その隣に、今の僕が居なくても。
司くんに、ピアスを贈ったのは、僕が消えてしまっても、物ならば残るんじゃないだろうか、という実験じみたものもあって。もしそれだけが残っても、司くんはきっと捨てたりはしないんだろうな、と僕は思った。たとえ記憶になくても、持っていてくれるんじゃないかなって、そう思って自然に笑った。
ピアスを贈るのは、自分をいつでも身近に感じていて欲しい、そんな独占欲と、執着じみた意味があるなんてきっと、司くんは知りもしないだろう。それでいい。そのままどうか、気が付かないで居て欲しい。
――僕は君に会えて、君と出逢えて、それだけで僕の人生は、幸せだったと胸を張って言えるから。
知らないだろう? 寧々にも瑞希にも、昔から僕を知っているみんなが、僕が君に出会ってから、昔と全然違う顔をしているって言うんだよ。そのときはわからなかったけれど、きっと、本当にそうだったんだろうね。
僕の演出で、話で、君が笑ってくれるなら、それだけで、僕も嬉しくて。君が僕にくれたたくさんのものを、僕はひとつでも、返すことができただろうか。もし足りなかったらそれは、これから先の未来を、君の隣で、のうのうと僕の苦労なんて何も知らずに、当然のように居座るだろう僕に、任せることにするよ。
君が居なくなったときでさえ泣けなかったのに。君に、見られなくてよかったけど。
君のために願うよ。ずっと。どうか、偶然出会った未来の僕のことなんか、忘れていいんだ。これは君には関係のない、訪れなくていい未来の話だから。だからどうか、いつまでも。笑っていて。幸せでいて。たくさんのひとに、愛されていて。君が望む未来が夢が、叶うように、ずっと願っているから。祈っているから。
僕が消えたら、あの世界で消えた司くんとも出逢えるのかな。そうしたら、少しは褒めてもらえるだろうか。いや、きっと間違いなく怒るだろうな。はぁ、今から言い訳でも考えておこうかな。好きな人のために頑張ったんだよって言ったら、少しくらい許してくれないかな。ふふ、なんてね。
※
「おい、類! いい加減に起きろ!」
僕の耳元にきーんと、響く司くんの声に、僕の意識が浮上する。なんだか大事な夢を見ていたような気がするけれど、司くんの目覚ましでぜんぶ吹き飛んだ。まぁ所詮は夢だ。大した内容では無かっただろうと、欠伸をかみ殺しながら体を起こす。
「……おはよう、司くん」
「おはよう、もう昼だがな! いくら休日だからと言って、一日だらだらしていては勿体ないだろう」
「司くんは元気だねぇ……昨晩はあんなに激しく、あ”っ、痛いからクッションで叩くのは止めて」
「っ、お前が余計なことを言うからだろうが!、全く…いいから、さっさと起きろ、せっかくのランチが冷めるだろう」
ふわぁ、とあくびをしながらベッドから起きる僕を、じとっと睨むように司くんが見る。司くんと恋人になってから、ようやくつい最近、目が覚めたときに、司くんがいる生活が当たり前になった。眠る際には司くんを抱いたまま眠って、翌日はこうして、司くんの声で起こされるたびに、それを実感して、自然に類の頬が緩む。
「ふふ、君がこうして当たり前に、僕の傍にいてくれることが嬉しいんだよ」
「……今更なんだ。もう何年も一緒にいるだろう」
「そうだね、でもなんとなく、伝えたくなったんだ」
僕の言葉に、首をかしげる司くんに、笑ってしまう。たまにはそういう日だってあるだろうと、僕が言えば、さっぱりわからんと、呆れたようにため息を吐いて、司くんが僕に伸ばした手で、僕の髪をくしゃっと撫でつけた。
「お前は、オレとショーをやるべきだ。お前にそう言ったあの日から、オレはお前を手放してやる気なんて無かったからな」
それよりもランチだランチ。そう、何事も無かったようにベッドから体を起こした司くんに、類がきょとんと瞳を瞬いて固まる。
「それって…あのときには司くんは、僕のことが好きだったってことかい?」
「さぁなっ、?w」
「つかさくぅううん…!!♡」
「あぁ、もう!暑苦しい!!//////」
いつまでも、こんな幸せな日々が続くといいな____。
はい!読むのお疲れ様でした!長かったですよね!だって今4700文字超えてますからねw
これでこの話は終了になります!
読んでくれてありがとうございました!!
番外編、もしかしたら、?出すかもしれません!し、出さないかもしれませんw
またねわんだほ~い!
コメント
5件
はあああああ………………(クソデカため息)これですよこれ、見たかった類司。本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした………🥳🥳🥳🥳🥳
えっとぉ〜うちも続き書いてきますわん(書きたくなった)