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「精神疾患認定できない?」
ジョディは医師の前で声をあらげる。カメラの中には、デスクに座ってじっとしているレディ・スミスがいる。
「えぇーー」医師であるエミリー・ワトソンは伏し目がちに頷き、書類をジョディに渡した。
「彼女がなにをしたかは…病院にいる私にはーー」わからないけどーーと半ばあきれたようにテレビを消す。「このFBI の建物襲撃事件は、テロではないかと示唆する声があがっていますが、現在長官はそれを否定ーー世論は大混乱し…」
レディ・スミスが何をしたか、これは誰も知らなくなる。なかったことになる。
もちろん医師は世論側であり、私たちの機関にーー失望しているのは明らかだった。
「彼女はとても賢い子供です。賢すぎるほど」
「…そのようね」書類にあるテストの結果は、満点だった。パズル、知能、視覚記憶ーーいわば、…「兵器…」ぼそりと呟く言葉が重かった。
「知能が高すぎると、コップに水を注ぐように…」エミリーは実際に水を注ぐ。「一定値まで達すると、知能の心のバランスがとれなくなる」零れる直前でそれをやめた。
「えぇーーそういう犯罪者は山のように見て…」
「犯罪者?」エミリーは明らかにいやな顔をする。とまりきらない太さの束をばんとデスクに置く。
それはレディが関わったスパイプロジェクトのものだった。
「こんなこと、物心つく前の子供にさせておいてーー彼女はそのせいでーー」
「立派な兵器になった」
窓の隅に座る赤井が呟く。「そう言えばどうだ?」
医師はふぅふぅと呼吸してヒールを鳴らし赤井へ近づく。
「彼女は立派なPTSDよ!まるでイラクの帰還兵だわ!ただ絵を描くだけで、わたしの2倍もある男たちがしくしくと赤子のように泣き出すーー!なにも関係ないことでーーフラッシュバックが起きる…!」
国に従えば、死ぬだけだというのに!
エミリーは言い終わるとはぁはぁしていた。
「俺たちにはーー」赤井が目だけ医師に向ける。
「それが正義だと、信じるしかない」
「…なんの関係のない子供の一生を壊しても?」
エミリーはもう、脱け殻のように見えた。「いいわ」何に対して頷くのか、ジョディにはわからない。
「レディ・スミスに関する情報は、わたしと数人の病院関係者しか知らない。
もちろん漏らせば……制裁があるわ」
きっ、と赤井を睨み付ける。ジョディは身を乗り出した。「制裁ってーー」「言われたわ。長官に。彼女を精神疾患認定し、2度と武器がとれないようにしろと」
精神疾患認定されると、あらゆる銃器を手に入れることができない。
あくまで、合法的にはーー。
「わたしは降りるわ」エミリーはドアへ歩き出す。「ちょっ…エミリー!」
「どうしても、わたしにはレディ・スミスという子供が、兵器だと思えない」
「何を…」
「兵器は…」赤井は立ち上がる。「人間が人間を殺すために、人間が作り出すものだ」
「そうよ!でもーーあなたたちはわかっていないの!」
子供がいるの。エミリーの声には、涙が混じっていた。
「ーー目の前の子供を殺さないと自分が殺されると言われてどうする?」
書類には、そのときの写真がたくさん見えた。ジョディは目をそらす。
レディ・スミスがナイフを振り下ろす映像が、見たことがないのに見える。
「たくさんの悲鳴が聞こえないの!?あなたたちにはーーなにも!なにも真実が見えていないーー!」
「でも私たちはーー」
「なにも知らなかった!そうでしょ!」エミリーは頬をぬぐう。
「昨日なにしてた?なに食べた?なにをした?うちの子はこう言うわーーバッドマンで遊んだあと、アボカドラップを食べて、テレビでトイストーリーを見たってね!でも彼女が言うのはーー事件事故の記憶なのよ!何度も何度も凄惨な映像を見せられーー記憶させられた!」
彼女には【それ】しかできないーー!
信じられない。とエミリーは前髪をぬぐう。見ているこちらがどくどくと鼓動を感じるほどに、拍動しているように見えた。
「…わたしにはできない。彼女は被害者だわーー」
「君こそわかっていない」赤井は薄暗い部屋から外を見た。
「なんの感情の変化もなく人を殺すのは、兵器かーー」神だけだ。と。
「ふざけないで!」エミリーは怒鳴る。「彼女を精神疾患認定にはしない!これは国家を揺るがす大事件よーーわたしがリークすればーー」
「それはできない。君の子は…」と赤井が口走ると、ジョディが口を開くが、声はでなかった。
「来月…誕生日だな……?」
目に光る、未だ見ぬ獲物の息の根ーー
「このクソやろうども!」エミリーはジョディを押し退けた。「エミーー」「死んでちょうだい!」
ばん、とドアが閉まり、部屋はまるで怒りだけが残されたいやな感じがした。
カメラのレディ・スミスは一切同じ姿勢で動いていない。
「シュウ…」とジョディは肩をおとした。
「これだから女は扱いたくない。感情的すぎてーー」ジョディの目の鋭さに、赤井は2度見して目をそらした。
「俺もあの女が、」と座るスミスを見る。「精神疾患だとはどうしても思えん」「えぇ?でもエミリーだって、わたしの知る限りは立派な精神科医なのよ…彼女が判断を誤るとはーー」
「ジョディ、人間から飾りをとれば、後に残るのはーー」
「真実」
はっ、とジョディは2、3歩後ろに下がる。レディの声だった。またあの笑み。
「真実に…辿り着く……」
「…うそ泣き」
「は、」ジョディは丸く口を開けた。
「猫を飼ってたな」だからなんだっていうのよ?というのは伝わったらしい。
「野生動物はなーーそんなことはしない。死を受け入れているからだ。だが、お前の家の猫は」と、ジョディを見下ろす。「お前があまりに構わなくなれば、足を引きずりだす。この意味がわかるか?」
ジョディは何度も瞬いた。「…さ、寂しいってこと?」
「あの女の襲撃事件の動機は誰もがわかる。自分にやらせてきたことへの、両親を殺したエドワード・グリーンへの復讐だ。だが、その後の動きくらい、あの女ならわかるだろう」
「たしかに」その通りだが、それと寂しさがなんの関係になるのだ?
「もうあの女はそれこそICPOに載ってもいい危険人物だ。年齢を隠れ蓑にしているから厄介なんだーー見事」赤井は肩をすくめる。
「エミリーはもう蜘蛛の巣にかかった」
「まさか…」
「あぁ。あの女に罪の意識など1滴もないし、こんなことをされたと子供が母親に泣きついてみろ。答えは簡単だ」
レディはカメラから目を離した。
(バカどもとは口も聞きたくないんでね。どうせ読心術も心得ているんだろ、なら同じだからな)口元だけ動かし続ける。(早くわたしを解放しろ。医師が変わっても、何百日わたしを監禁しても同じだーー)
あのエミリーという医師。指輪をしているし時間を気にしすぎていた。
【お迎え】だろうな。働く母親は大変だ。くっ、と笑みを噛み殺す。
最初は医師としてわたしに接したが、段々と同情が混じってきたのは感じていた。(だから泣きついてやった。ママ、ってな…このままじゃFBIに殺される。たすけて…)と。
野生の動物は基本的に痛がりだ。怪我は死に直結する。死ぬときにできるだけ痛くないように力を抜く動物もいる。
(利口だ)
わたしは素直に口にした。
人間だけだーー死にしがみつき、それが死とも知らず。生き続けて意味などない。
殺した仲間は皆最期こう言った。「お母さん」…。女も男もだ。
子供だからではない。人間は最期皆こう口にする。無条件に愛され甘えていたのを、最期まで忘れらやしない。わたしもそうだった。
(バカども…)
カルテルの一味もそうだ。無造作にガキひとりに何十人とかかって発砲してきても、麻薬を袋ごと飲ませている間には、情けなくそうやって叫んで、糞尿を足れ流していた。
あの女の医師は、わたしを精神疾患認定にはしない。どう考えても、わたしの反応からわたしがプロジェクトで【被害者】の立場だからだ。だからといって襲撃事件は別のはなしだが、十分に天秤にはかけられるだろう。
精神疾患認定などできるわけがない。なるべくしてなったのに、銃器社会のこの国で一生それを取り上げるなんぞ判断できるわけがない。
リークすると言えば、あのクソみたいな組織は子供を人質にとるだろう。なら彼女がやることはひとつ。
赤井の携帯が鳴った。「悪い知らせだ」ジョディはため息をつく。
エミリーは医師をやめると言うだろう。
そしてレディ・スミスは精神疾患認定されない。これは、犯罪者が自由に武器を堂々と手にできるのを許し解放するのと同じーー。
最も…あの女なら…そんなみすみすバレるような手は使わないだろうが…とカメラを見る。
「いくつも手を残しておく、ってわけね」
今度は目が合った。お互い、しばらくそのままだった。
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