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湧き上がる怒りを抑えるために深く息を吸っていた俺は、いきなり人の気配を感じて身構えた。フィル様を背中に隠して|咄嗟《とっさ》に腰の剣に手を置く。
「ラズール、いつまで立ったまま話してるんだ?部屋に案内しろよ。フィル様はお疲れなんだから」
「なんだおまえか」
トラビスが苦い顔をして立っていた。俺の腰に目をやり更に苦い顔をする。
「相変わらずの警戒心だな。ここでは怪しいヤツなど、そういないだろうが」
「警備を|司《つかさど》る将軍とは思えない言葉だな。城の中であっても、気を|弛《ゆる》めてはならぬ。実際フィル様は、安全だといわれる城の中にいて、何度も命を狙われたのだぞ」
「昔と今とでは状況が違うだろう。まあいい。日頃もそれくらい警戒してほしいものだが…」
トラビスが言葉を切り、フィル様に顔を向ける。
「フィル様、お久しぶりです。お元気そうですね」
「久しぶり。トラビスも元気そうだね。ラズールと仲良くしてる?」
フィル様も意地悪な質問をなさる。
そう頭の中で思ったことが、口に出てしまったらしい。
「ラズール」とフィル様が俺を|嗜《たしな》めた。
「すごく仲良くしてとは言わないけど、トラビスとは協力し合ってよ。でないと僕が安心できないから」
「どういう意味ですか?」
俺はフィル様の言葉の中に異変を感じた。不安に思い真意を聞きたいと思ったが、トラビスが邪魔をする。
「だから立ち話はやめろって。フィル様、中へ入りましょう」
「そうだね。長い距離を馬に乗って、少し腰が痛いんだ」
「それはいけません。後で薬を持ってこさせましょう。腰だけですか?他に不調なところはありませんか?」
「んー…まだ体力が戻らない。リアムに|鍛《きた》えてもらってるんだけどね…」
「は?鍛えるとはどのように?」
まさかフィル様に無理をさせてはいないだろうなと、また俺の中に第二王子への怒りが湧き上がってきた。
「大丈夫。大したことはしてないよ」とフィル様が左手を振って笑う。
その左手を見て、怒りとも悲しみともつかぬ感情が胸の中に充満する。
フィル様は以前、左手で重い物を持ったり強くは握れないと話していた。たぶんずっとこのままかなとも。生活する分には不便はないから大丈夫だよと笑っていたが、俺は代われるものなら代わってやりたいと、何度願ったかわからない。