テラーノベル
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⚠︎後半流血表現注意
後半は答え合わせみたいなものなので苦手な方は読まなくても大丈夫です。
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「お邪魔しまーす」
いつものように重たいドアを開け、病室へと足を踏み入れる。この建て付けの悪いドアを開けるのも、この数日で随分慣れたものだ。
顔を上げた先にはカーテンの畳まれた眺めの良い部屋が広がっており、一番奥のベッドには大量の花が積まれている。
僕は迷いなくそこまで歩みを進め、当たり前のように用意されているパイプ椅子へと腰かける。
手土産はない。千羽鶴も。
一部の隙もなく花で埋め尽くされたベッドに、まるで独り言みたいに問いかける。
「ね、リトくんさ。────きみ、起きてるだろ」
1秒、2秒、10秒待ってみても、リトくんは身じろぎひとつしない。ほんの少しだけ自信を無くすけど、諦めずにまた言葉を続ける。
「多分……最初に目が覚めたのはおととい? かな。マナくんが反応したの、あれきみが起きたからでしょ。……でも、どうしたわけかその場では誤魔化されたわけだけど──それはなんで?」
あえて答えやすいように聞いたつもりだけど、やっぱり返事は返ってこない。耳を澄ませてみても、酸素供給機の無くなった今は僕自身の呼吸音しか聞こえなかった。
「るべくんが僕を慰める時に言ってたさ、『自分もボロボロになりながら怪我をした仲間を病院まで運んだ』ってやつ。あの時僕が怪我してたこと知ってるの、きみだけなんだけど。昨日るべくんとどんな話してたわけ?」
「…………」
「はは、もしかして僕のこと絶賛してくれたりしてた?」
試しに煽ってみるけど、効果はない。おかしいな、いつものリトくんなら怖い顔して笑いながら「調子乗るなよ」とか言ってくるはずなんだけど。
あの時、リトくんを運んだ時の記憶は無いけれど、次の日起きたら全身がギシギシ痛んで傷だらけになっていたからびっくりしたんだよな。
僕ってば怪我したら絶対に隠すタイプだからマナくんにもウェンくんにも伝えていないはずなんだけど、担がれていたリトくんに意識があったらきっと気付かれていたんだろう。
ここまでピースが埋まっていれば、ラブコメの主人公ばりに鈍い僕だって流石に理解できる。
……さて、ここからが本題だ。
このメンタル強者である僕が、幻覚まで見だすくらいに強いストレスを覚えている根本的な原因。もちろんあの日見た血溜まりがトラウマになっているというのもあるんだろうけど、それをここまで長く引きずってしまっているのはおそらく、もっと別の負い目があるから。
びっしり冷や汗をかいていることを悟られないよう手を組んで、ベッドの柵に身を乗り出してみる。幻覚の花は香りまでは再現されないらしく、消毒液とリトくんの匂いが鼻を掠めた。
「……それでさぁ、ついでに……なんだけど。
………………僕、きみのことが好きなんだよね」
1秒、2秒、10秒、20秒経っても、重い沈黙は破られない。
ああ、どうしよう。心臓が口から飛び出そうなくらいバクバク鳴ってるの、バレてないかな。なんで何も言わないんだよ、ちくしょう。
「その……ほら、きみって強いだろ、ものすごく。おまけに優しくて、努力家で、特別な力だって持ってるのに、それを人を助けるために使えて……僕にとってリトくんはずっと、憧れのヒーローなんだ」
「…………」
「……だから、こんな気持ちはきみの邪魔にならないように墓まで持ってくつもりだったんだけど。はは。ままならないね、人生って」
不安なのを誤魔化すようにまくし立てるけど、反応が返ってくることはなかった。僕が決死の覚悟を持って告白したってのに、きみは無視を決め込むのか。
花をかき分けて、手探りでリトくんの頬に触れる。所詮は幻覚なんだし花に触感があるわけでもないけど、それでも何だかそうしなきゃいけない気がしたから。
「なぁ、いつまで寝たふりしてる気だよ。僕のことはいくらでも振ってくれていいけど、この国はきみがいないと駄目なんだ。……だから頼む。起きてくれよ、ヒーロー」
パイプ椅子から立ち上がって、涙を堪えつつ顔があるであろう位置を覗き込む。
──本当は、確信なんて持っていない。リトくんは本当に眠っているだけで、全部僕の早とちりかもしれない。
けど、もう限界だった。きみが生きているのか死んでいるのかも分からない状態で平然と生活するだなんて僕にはできない。
だって僕には、きみが必要なんだから。
白、黄色、青、みどり、ピンク。色とりどりの罪悪感に阻まれて、きみの顔はどれだけ見つめたって見えてこない。
指の甲で触れている頬は暖かくて、それがリトくんの体温なのか、それとも僕の手が冷えてしまっているのか判断がつかなかった。
ふと──眠り姫を起こした時の王子様ってこんな感じなのかな、なんて考えが頭をよぎって。
「……起きないとチューするぞ」
声をひそめて、そう囁いてみる。
そこまでしてもリトくんはやっぱり何も言わないので、仕方なく僕はひとつ深呼吸をして、息をとめる。指先で顎をなぞって唇の位置を確かめて、身を屈めた。
……いいんだな、本当に。
躊躇う心を無理矢理押し退けて、そっと自分の唇を重ねてみる。
1秒、2秒──……今度は3秒も耐えられなくて、ゆっくりと目を開ける。
「…………なんでお前のが照れてんだよ……」
きみのにやけた顔が、僕を見上げていた。
「っ……よかっ、たぁあ……!!り、リトくんがもう、二度と目を覚まさないんじゃないかって、僕っ……!」
「お、あー……ごめんな、心配かけて」
「痛いとことか無い!? 意識しっかりしてる……!?」
「おーおー、今のお前よりはしっかりしてるな。痛み止め効き始めたのは昨日からだけど」
やっと見えた姿をもっとちゃんと見ていたいのに、視界はどんどんぼやけていって、とうとう何にも見えなくなってしまった。
良かった、本当に良かった。
リトくんが目を覚ましていてくれたことも、それを僕の目が正しく認識してくれることも、全部が嬉しくて泣けてしまう。
突っ伏して泣きじゃくる僕に、リトくんはいつもみたいに笑って頭をわしゃわしゃ撫でてくるものだから、余計に嗚咽がひどくなる。
「もう、なんですぐ教えてくれなかったんだよぉ……!」
「や、だってお前すげえ引きずってたし、なんかもうちょい心の整理ついてからにした方がいっかなって」
「そのせいで僕の心ぐちゃぐちゃなんですけど!?」
キッと睨みつけてもリトくんは少しも怖がる素振りを見せずに、頭を覆う包帯をぽりぽりと掻いた。
よく見てみると、包帯は頭や腕や胸のあたりに巻かれてはいるものの、最初に見たチューブやら点滴やらは一切見当たらない。なんて治りが早いんだきみ。ミュータントか?
「つうか、お前こそどう責任取るつもりなんだよ」
「責任って……あ、」
口角を引き攣らせながら唇をなぞる動作に、また心拍数が上昇する。
そうだった、僕今好きな人に告白してキスまでしちゃったんだった。返事も聞いていないのに──いや、それは別に聞くまでもないんだけど。
「そ、それに関しては本当に何というか、申し訳ないと言いますか……宣言した通り、好きなだけ振ってくれて構わないから、」
「……お前それ本気で言ってんの?」
「え? だって──」
「お前が『宣言』した時に起きなかった時点でもう察しろよ……」
顔を上げると、リトくんは見たことがない表情をしていた。恥じらうような、呆れたような──何だかすごく可愛い顔。
「……わかんないよ、言ってくれなきゃ……だから、きみの言葉で、ちゃんと言ってよ」
「……お前なぁ」
リトくんはその大きな手で顔を覆い隠して、やがて覚悟が決まったのか、手すりに掴まりながらゆっくりと上体を起こした。なんだよ、もう結構動けるようになってるじゃん。
久しぶりに見るオレンジと水色が、僕の目線を縫い付けて離さない。僕は無意識のうちに背筋を正していた。
「……テツ、」
「は、はい」
「俺もお前が好きだよ」
「…………ほ、ほんとに? 人として? 恋愛対象として?」
「人として。恋愛対象として。ヒーローとしてもお前のこと好きだし、すげー尊敬してる」
「そっ、……かぁ」
「そっかあって何だよ」と照れつつも不満そうな彼に、くすぐったくて息が詰まるような愛おしさが込み上げる。
そっか。両想いだったんだ、僕達って。
じわじわ実感が湧いてきて、何だかその場でじっとしていられないような気持ちになる。だって、信じられなくない? 長年片想いだった相手が自分のことを好いてくれてるなんて。
リトくんが僕のこと好きってことは、僕と同じように触れ合ったり、見つめ合ったり、甘い言葉を交わしたりしたいってこと?
……うわ、そんなの、そんなのって!
「……そういや確認してなかったけどさ、お前もう、ちゃんと俺のこと見えてんの?」
「えっ今? ……う、うん」
「うわマジか……俺すっげえダサい顔してたわ」
「んふふ、いや? リトくん、すっごくイイ顔してたよ。僕が言うんだから間違いない」
「お前が言うから信用ならねえんだって」
いつもの軽口も、今日は何故か楽しくて仕方ない。数日ぶりに肩の荷が降りた気分だ。
ああそうだ、マナくんとウェンくんにも連絡しないと。僕はもう大丈夫、リトくんも多分もうすぐリハビリが始まって、退院できるようになるだろうって。星導くんとライくんの2人にも迷惑かけちゃったしな、近々何かお礼の品でも買って渡そうか。
僕がニヤニヤしているのに気がついたリトくんが「どこ見てんのよ」なんてふざけるから、「きみのこと考えてたんだよ」とキザったく返してみる。うんざりしたような表情を作っても、顔が赤いから照れているのが丸わかりだ。僕も今同じような表情をしているんだろうな、きっと。
抜けるように青い空をバックに、包帯だらけのリトくんを見つめる。
薄いカーテンがひらめいて、どこかで風鈴のような音がした。音の出所を探ってみると、昨日星導くんが置いていった硝子細工が揺れて涼しげな音を奏でているところだった。
あ、そういうやつだったんだ、これ。
昨日は鮮やかなオレンジ色がリトくんに似てなくもないと思ったけれど、本人と比べてみると全然違う。リトくんの髪や瞳は本人の生命力とエネルギーを映し出すみたいにキラキラ輝いていて、花や硝子細工なんかじゃ到底敵わない。
自分がヒロインだなんて言うつもりは無いけれど、きみはやっぱりヒーローだから。
花に埋もれて眠っているんじゃなく、青空の下を駆け回ってる方が似合ってるよ。
「……あ、そうだ」
「まだ何かあんの?」
「いや、ほら。言い忘れてたなって思って。
改めて……──おはよう、」
僕のヒーロー。
§ § §
──霞む視界に、揺れる黒髪だけがはっきりと見える。聞こえるのは風の音と、何か重いものを引きずる音と、食いしばった歯の隙間から呼吸する音だけ。
時折立ち止まっては休憩とも呼べない間を置いて、おそらく自分を担いでいる相手──イッテツはどこかを目指して歩みを進めている。
どこまで行くつもりなんだろう。こんな巨漢を担いで、引きずってまで。救護テントは出ていないはずだから、まさか郊外の病院まで? いやいや、どれだけ距離があると思っているんだ。
一度は思い過ごしだと打ち消したが、こいつのことだしやりかねないなと考えを改める。
煙草に侵された肺ではこの状況で呼吸を整えることすら難しいらしく、咽せるような咳払いも聞こえてくる。
──あー……俺、ダッセェな。
細い背中に体重を預けることしかできないまま、リトは自己嫌悪に陥っていた。
イッテツの背後に迫った敵にいち早く気がついて応戦したまでは良かったものの、金槌のような硬い何かに殴られ、そのまま意識を失ってしまった。仲間を助けるために割って入ったくせに、自分自身がやられてしまっているんじゃ本末転倒だ。
受け身が取れなかったせいだろう。倒れた時に全身を強く打ったらしく、どこもかしこもガンガン痛む。
ほとんど無意識に身をよじった先で、リトは意外なものを見つけた。
──あれ、こいつゴーグル着けてねえじゃん。
首元にぶら下がっているベルトと硬い何かは、おそらくイッテツが普段変身時に装着している特殊なゴーグルだ。本人曰く『血を見るのが駄目だから、それをファンシーなお花に見せるためのゴーグル』とのことだったはずだが──リトは首の動く範囲で自分の身体を眺める。
攻撃をもろに食らった頭は言わずもがな、そこで流れた血が腕や胸にもこびり付いているし、顔周りもおそらく真っ赤に染まっていることだろう。
──え、こいつ大丈夫なの?
再び姿勢を元に戻してみれば、乱れた前髪の隙間から白目を剥いているのが見えた。
──マジかこいつ。血の海見たショックで失神してんのに、根性だけで俺を引きずってんの?
若干引きつつも、心のどこかではそれに甚く感心している自分がいた。イッテツがいつも声高々に掲げている『強制的救出』という言葉が浮かんで、初めてそこで納得した。イッテツの言う『強制的』とは、どうやら自分自身にも適用されるらしい。
意識が朦朧とする中気力だけで動いているものだから、あちこちぶつけているらしく服のところどころが破れている。どこかで転んだりもしたんだろう、ダメージ加工で露出した膝にも赤色が滲んでいた。
自分だって満身創痍なのに、グロいのだって駄目なのに、仲間を安全な場所まで届けるために血と泥に塗れて。ビビりで臆病で自信が無くて、普段は前線に出てくることすらしないくせに。
どちらのものか分からない血の匂いが鼻をついて、リトは力なく笑った。
──あーあ。こいつ、めちゃくちゃかっこいい『ヒーロー』じゃねえか。
普段はあれだけ生き汚いくせに、こんな時ばっかり自己犠牲に走りやがるんだ、こいつは。危なっかしいけれどそこがイッテツの良いところでもあり、彼がヒーローたる所以でもある。
自分のことを棚に上げながらリトは『次起きた時は説教だな』なんて考えて、この世で一番頼りになる背中に体重を預け、再び意識を手放した。
コメント
4件
良かった…目覚めたし報われたし…最後のリトの言葉が良すぎて…( ; ; )
いろいろお゙め゙でどぅぅ゙ゔううゔ゙ゔゔ泣泣泣泣 もう…ほんと…ぅあああああああああああああああああああああああああああああ😭😭😭(死)(尊)(悶え) ほんとに作品作りが上手すぎで死にそうぅううううう…泣泣泣ありがとうございますぅうううううう泣泣泣泣泣