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1件
毎回ストーリーの構成が天才すぎます;;
⚠︎死体埋めの話
元ネタはVTA時代の某配信
雰囲気ちょっと不穏かも
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夕暮れ時。落ちる陽のオレンジ色と夜の藍色がなめらかなグラデーションを作っている。にわか雨が通り過ぎた後の山から見える景色は、この世のものとは思えないほど神秘的で禍々しくて、とても綺麗だ。そこら中で鈴虫の声がする。こうしていると実家を思い出すな、なんてぼんやり考えながら、隣に佇む大きな影に目を向けた。
「そんな怖い顔しないでよ。すぐ終わらせるからさ」
「……別に、作業が遅いからイライラしてるってわけじゃねえよ」
そうは言っても、リトくんの眉間には深い皺が刻まれている。どっからどう見たって不機嫌度MAXって感じだ。
やっぱり連れて来ない方が良かったかなぁ、と目線を下に落とせば、落ち葉を掻き分けたそこにはちょうど人ひとり分くらいの穴が空いている。僕の右手にはまあまあ使い古されたスコップ。そう、この穴は僕が掘ったものだ。
「ハァ……見てないで、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいんだよ?」
「いや? ぜってえ手伝わねー」
「何なのその意地……」
これ以上食い下がっても手伝ってくれる気配は感じられないので、大人しく作業に戻ることにする。
範囲は申し分ないんだけど、あともう少し深みが欲しい。やれやれ、とため息を吐きながら、穴の底にスコップを突き立てる。土は何度も何度も掘り返したせいで腐葉土のように柔らかく、スコップの尖った先端はいとも容易く刺さった。そのままへりを足で踏めばざくりと音を立てて深く埋まり、そうして掘ったスコップ一杯分の土をてこの原理で持ち上げて、穴のすぐ横に積んでいく。そしてまた穴の底にスコップを突き立てて──と、この繰り返しだ。
どこかの国では囚人に地面を掘らせては埋め立て、更に同じ場所を掘り返しては埋めて、掘っては埋め、掘っては埋めというのをひたすら繰り返す拷問があると聞いたことがある。似たようなことをもうずっと続けているが、なるほど確かに頭がおかしくなりそうだ。僕がこれを強制されている立場じゃなくて良かった。
無言の時間が重苦しくて、何の気なしにリトくんに話しかけることにする。
「……そういえば今日キリンちゃんは?」
「連れて来るわけねえだろ、こんな……こんなところに」
「そんなに辺鄙な場所でもないと思うけどなぁ」
「……そういう意味じゃねえよ」
「はは、分かってるよ」
一度口籠ったものの、あえてリトくんは言い回しを変えることはしなかった。それはきっと、やっぱりこの儀式のようなものに納得がいっていないからだろう。
まぁ、確かに無意味ではあるんだけどさ。
心の中でそう溢しつつ目線をリトくんの足元に移せば、麻袋に包まれた巨大な巾着のような『それ』がふたつ、積み重なっているのが見える。
どうしようかな、そろそろ埋めちゃいたいんだけど。
またリトくんの方を見ると、彼は相変わらず不満げな顔をしている。何か考え事をしているのか、視線が水面のようにゆらゆら揺れては時折ふっとまぶたを閉じてしまう。
声、かけ辛ぇ〜……。
「……ん、もう埋めるか?」
「あ、ああそう。気付いてくれて良かった」
声をかける前に僕の視線で気付いてくれたリトくんは、僕の目をじっと見つめたまま半歩後ろに下がった。しばらく待ってみても、リトくんは動こうとしない。
「……あの〜……やっぱ『それ』運ぶの、手伝ってくれない感じですかね……」
「おう」
「おう、ってきみねぇ……」
足蹴にされないだけマシか、と自分で自分を宥めつつ、微動だにせず横たわる『それ』まで近づいて麻袋の紐を解く。
その中から現れたのは──僕だ。
うわ、これちょっとグロいな。
目を固く閉じたまま動かない僕を半分以上染める赤色に、無意識のうちに眉を顰める。
グロいのは苦手だけど、袋はそのまま埋めると環境汚染になっちゃうし、そもそもこれも含めて僕の役目なんだから仕方ない。固まった血をベリベリ剥がして、硬直した四肢を持って、穴までズリズリ引きずっていく。
おっも。自分と同じ重さのものを運ぶってよく考えたら異常だよな。なんか宇宙のことわりに反してる気がする。苦労しつつ何とか穴に放り込むと、もう一体の方を運びに戻る。
「うおっ、これ目ぇ開いてんじゃん! うわ怖、あんま見ないようにしよ」
「…………」
袋の口をくつろげた瞬間濁った瞳孔がこちらを見上げていて、危うく腰を抜かすところだった。僕の顔怖っ。
僕が土に埋めて葬ろうとしているこれらは、今となってはお馴染みの『残機』というやつだ。正しくはその使用済み個体。
猫の命は九つあるってよく言うじゃない? それにあやかって組織が開発した僕個人の特殊能力、それが『残機猫』。それは発動するまでは紫色の猫のような形をしていて、専用の煙草の煙によって生み出され、一日に九つまでは生成することができる。つまり、一日に九回までは死ねるというスーパースゴいチート能力だ。
え? やっぱすごいよね、チートすぎるよねこの能力。僕的には足りない戦闘スキルを補うのにちょうどいいお助けスキルくらいに思っているんだけど、リトくんやマナくんはこれを使うことにあんまり良い顔をしない。そりゃまぁ数日に一回のペースで仲間の死を見届けることになるんだから無理もないけど。
ウェンくん? ウェンくんは「テツがそうしたいなら好きにしな〜?」って言ってくれてるよ。割と放任主義なところあるよね、彼。
見上げてみれば、麻袋から取り出した僕の死体を見るリトくんの目は、より険しく苦々しいものになっていた。まるで自分が殺した死体でも見ているような、そんな表情。
この儀式みたいなものにリトくんを──というか人を連れてきたのは初めてなんだけど、やっぱりやめといた方が良かったかな。素人目にはかなりキツい光景だもんな、これ。
「いやだから、そんな顔しないでよ。これは僕にとっては日常なんだからさ、あんまり重く受け止めなくて良いんだよ?」
「……こんなのが日常であってたまるかよ」
「そう言われてもなぁ」
リトくんは苦虫を噛み潰したような表情で、低く吐き捨てるように言う。
言い忘れていたけど、これは不法投棄とかそういうのではない。何故なら、この僕は数日も経てば跡形もなく消えるから。元は煙なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、不思議だよね。今こうして動いている僕の身体だって、たった数時間前まではただの煙だったんだから。
肉体がまるきり別のものに置き変わってしまった状態を『命が連続しているといえるのか』なんて思考実験があった気がする。あれを初めて聞いた時、僕はなんて答えたんだっけ。
──話を戻すと、数日経てば消えるといってもさすがに自分の死体と同居する趣味は僕には無いので、山の一画を借りてこうして定期的に埋めに来ているというわけだ。実質無限に増える自分の残機とは言っても一応死体は死体なんだし簡易的にでも弔ってやりたいっていう、まぁ、要は気休めなんだけど。
こちらを手伝いもせず渋い顔をしたままのリトくんに、良い加減反論したくなってきた。良いかな、僕だって持論のひとつやふたつくらいあるし。
「──じゃあさ、残機も無い僕はヒーローとして何ができるの?」
「……は?」
「もし仮に残機を使わないようにしたとして、戦闘スキルも能力も皆とは比べものにならないくらい劣っている僕が、きみらのために何ができるってのさ」
「それは……逃げ遅れた人を避難させるとか、怪我した人を運ぶとか──」
「それって僕じゃなきゃ駄目かな? わざわざそのためにデバイス持ちのヒーロー使わなくったって、代わりなんていくらでもいるでしょ」
代わり、という言葉に反応したのか、リトくんの眉がピクリと下がった。その仕草だけで震えるくらい怖いけど、僕にだって矜持というものがある。今僕の全てを言って聞かせなきゃ、腹の虫がおさまらない。
「僕だってね、リトくん。傲慢だけど、特別でありたいんだ。僕にしかできないことで、僕にしかできないやり方で『ヒーロー』をやりたい。そのためにこんなに便利なものがあるんだったら、使わない手なんて無くない? だってそれが組織に与えられた、『ヒーローとしての僕』の役目なんだから」
「……、ッ」
突然タガが外れたようにまくし立てる僕に言われるがままだったリトくんは下唇をキュッと噛んで、自分を落ち着かせるためか小さく息を吐いてから、絞り出すように呟いた。
「……お前は、死ぬのが怖くねえのかよ」
俯くリトくんの目は穏やかな浅瀬みたいな淡い水色で、いつもとは違う見え方をしていた。
……そういえばリトくんは、死ぬのが怖いって話をしていたことがあったっけ。
ふと思い出したのは、もう何年も前の記憶。病気にも怪我にも気合いで勝ってしまいそうな彼は、普段より少し低いトーンで『生きている』状態じゃなくなるのが怖い、五感が無くなるのが怖い、独りになるのが怖い、だから、死ぬのが怖い。そう話していた。
その時と同じ暗い瞳を見ながら、僕はいやに冷静に考えていた。──だって、そんなの。
「……怖いよ。怖いに決まってるじゃん、死ぬのなんて」
「じゃあ、なんで──」
「でも、皆同じでしょ、そんなの。通学とか通勤とか、皆嫌だけどそれが与えられた『役目』だから仕方なくこなしてる。それと何が違うの?」
「違うに決まってんだろ、死ぬんだぞ。それは普通、人生に一度しか訪れないはずなんだよ。それをお前は、」
「何度でも迎えることができる。だから僕にとっての死ときみにとっての『死』は多分、別物なんだよ」
分かる? と目を細めて威嚇してみると、リトくんは一瞬すごく傷ついた顔をして、すぐに目を伏せた。
……どうしてきみがそんな顔をするんだよ。どうして分かってくれないんだよ。
きみだっていつも、全身を駆け巡る電流の痛みに耐えながら前線を張っているくせに。血まみれの拳を後ろに隠して、キリンちゃんや僕たちを怖がらせないために朗らかに笑ってなんてみせるくせに。
よりによってきみにだけは言われたくない、と口を突いて出そうになって、慌てて飲み込む。そんな風に言ったら今度こそブチ切れられるかもしれない。
リトくんは眉間を揉みながら深いため息をつくと、いきなり大股で僕の方へ寄ってきた。突然のことに動けないでいる僕をよそにリトくんは穴の前にしゃがみこんで、虚ろな目をした僕の死体をじっと見下ろしている。
「……このお前を見つけた時、俺がどんな気持ちだったか分かるか?」
「…………」
「俺に、後は任せた、って突っ込んで行った後で──お前がこんな姿になって、運ばれていくのを見て。……俺が、なんて思ったか」
その声はひどく震えていて、僕は何も言えなくなる。早く何か返事をしないといけないのに、まるで今にも泣き出しそうなのを堪えているような──リトくんのこんな悲しげな声、初めて聞いたものだから。
俯いたリトくんの顔がよく見えない。周りを見渡してみると、もうすっかり陽が暮れきって辺り一面灰色の闇に包まれていた。
雨と土の匂い、白い紫陽花、じめついた熱気──それらが僕達を取り囲んでいて、何だかもう、逃げ場が無いような気がした。
「テツがどうしてもそれしか無いって言うんなら、俺に止める権利は無い。けど……せめて賛成はさせんな。俺はお前が命を使い捨てるのには、反対だ」
「……そんなこと言ったって、」
「お前が大切なんだよ」
立ち上がったリトくんに真っ直ぐ見つめられてしまい、二の句が継げない。さっきとは打って変わって凛とした声がじわじわと心臓に染み込んでゆく。
ああ、きみってそういうとこあるよな。
いつもは冗談で小突き合ったりお互いの絆を聞かれるとすっとぼけたりするくせに、こういう時だけは真正面から、何の迷いもない本心を差し出してくるんだ。今だって僕はきみの顔を直視できていないっていうのに、視界の端のきみは少しもたじろいだりせずにじっと僕の目を見てきている。
さっきまでの夕焼けみたいな瞳が、僕を無彩色に追いやる。
「…………分かったよ。応援は別にしてくれなくていい。ただ、僕だって方針変えるつもり無いからね。ヒーローとして、佐伯イッテツとして僕にできることがこれなら、それを遂行する。……だからリトくんは、せいぜい僕が死なないように見張ってなよ」
「──は、言ったな?」
空気を変えるためにわざとおどけて言うと、リトくんはやっといつものように怖い顔で笑ってくれた。実は嫌いじゃないよ、その顔。少なくともさっきまでの仏頂面よりはよっぽどマシだ。
ようやく会話が途切れたので、作業を再開することにした。
穴の中でもたれ合っているふたりの僕に、早くも乾き始めている土を乗せて埋めていく。僕もリトくんも何も喋らず、砂粒がスコップの表面を傷つけていくザッザッという小さな音だけが響いている。
しばらく仁王立ちで見守るだけだったリトくんは、ふと思い出したように散らばった麻袋を拾って畳み始めた。それはやってくれるんだ。
仕上げにスコップの背を使って均してみるけど、周りの踏み固められた落ち葉と比べると明らかに浮いている。元々人の入らない土地なんだ、完璧にカモフラージュする必要はないし別に良いか。と、いつも適当な頃合いで引き上げることにしている。
「ふー……もう良いかな。ごめんリトくん、待たせちゃって」
「おう。……テツはいっつも1人でやってんだもんな、これ」
「まぁね。でもきみだって肉体仕上げたりしてるでしょ? キリンちゃんのお世話とかも。……あ゛〜、つっかれた! 煙草吸いてぇわ」
「今吸っとけば良いんじゃねえの?」
「……ライター下に忘れちゃって……」
そそっかしすぎるだろ、と笑われて身を縮めながら、スコップに着いた土を足で払う。麻袋はリトくんが持って行ってくれるみたいなのでそれに甘えることにして、持ってきた懐中電灯で足元を照らしつつ麓を目指して歩き出した。
リトくんは普段めちゃくちゃ歩くのが早いのに、足元の悪いことを気にしてか、僕に合わせてゆっくり足を進めてくれている。こういうとこなんだよな、きみのずるいところって。
「……そういえばさ、今日何にも手伝ってくれなかったのはなんか理由あんの? 結局僕1人で全部やったんだけど」
「んー?」
「や、だから……え? はぐらかすつもり?」
「はは、冗談だっつうの。……いや、単にさ、お前以外を弔うのに参加したくねえなって思って」
「……? あれだって僕だけど」
訝しむ僕にリトくんは「何つうかな」と頭をぽりぽり掻いた。
いつも1人でやっているから別に余計疲れたってわけじゃないけど、じゃあリトくんは何のために着いて来たのか、って話になってくる。ただ説教がしたかったのか、もしくは興味本位なのか。やる事は変わらないんだしどちらでも構わないけど、どちらもしっくり来なかった。
「……悼む、ってさ、普通はひと1人分の……何つうの? こう……行為というか、感情だと思うわけね」
「んぇ? ……うん」
「だから……テツを悼むのは、人生で一回だけにしたい。お前が本当の、俺が知ってるのと同じ死を迎えたときだけ、俺はお前を弔いたい。……それを確かめるために今日着いて来させてもらったんだけど、マジ急に無理言ってごめんな?」
「いや、それは別にいいんだけど……」
自分の思いをできるだけ形を変えず伝えられるように、慎重に言葉を選びながらリトくんは言う。
何というか──リトくんらしいな、と思った。
人の死を悼むことについてそんなに真面目に考えているだなんて、全くもって人間らしいリトくんらしい。僕にだってその感覚が無いわけじゃないけど、ここまでちゃんと自分の考えがあるわけでもない。
……そっか。リトくんは僕のこの解けるのかどうかも分からない呪いが解けて、いつか当たり前の死が迎えられるまで、そばにいてくれるつもりなんだ。
ちらりとそちらに視線を遣ると、リトくんは麻袋に茶色くこびりついた血を、そっと手のひらで包んでいた。その仕草にどんな感情が込められているかは、よく分からない。
「……きみ、もしかして僕が死ぬまで生きてるつもり? 言っとくけど僕、呪いのせいでまあまあ長生きすると思うんだけど」
「んー……まぁ、今のところは?」
「えぇ……自分で言うのもなんだけど、僕本当にいつ死ねるのか分かんないよ? そもそも死にたくないし」
「それは俺も同じだって。だから意地でもお前より長生きする」
「ああ、シンプルに長生きするつもりなんだ……」
ヨボヨボのおじいちゃんになったリトくんが若いままの僕を看取るところを想像して、何だかちょっと笑ってしまう。
いつになるんだろうな、そんなの。50年後か100年後か、この国の科学がもっと発達すればもっと先の話になるかもしれない。
それまで本気で僕と一緒にいるつもりなんだろうか、彼は。それってさすがに飽きちゃわない? ……まぁでも、現時点で既に腐れ縁ってやつか。
「俺、お前の葬式に出るのも嫌だからさ。せいぜい長生きしろよ、テツ」
「──う、うん」
会話しているうちに足元は獣道からアスファルトで舗装された道になり、街の明かりも見えてきた。久しぶりに見たリトくんの顔はすっかりいつも通りのいたずらっぽい笑みを浮かべていて、それにどこか安心している自分がいる。
どうやらリトくんにとって僕は、まだ死んでいないらしい。
今しがた死体を埋めるところまで見ているはずなのに、リトくんにとって『生きている』僕は、あくまでこの僕だけなんだ。
……ああ、嫌だな。たかが残機のこの身が、ほんの少しだけ惜しくなっちゃった。
「何か食って帰るか」と提案するリトくんに賛成しながら、いつか僕が死体になった時、きみのその暖かい手で運んでもらえたらどんなに幸せだろう──なんて考えて、あまりにも虚しくて、すぐに打ち消した。