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「なんでもどうぞ」
ふわわんって効果音が付きそうなほど優しい笑顔。
裏表なくこの人は穏やかな性格なのかなって思う。だからちょっと胸が痛んだけど、カマをかけてみたいと思ったんだ。
「うちの祖父や母がご迷惑をかけてないかなと。私は病院勤務じゃないし全く関係ない仕事だから紗矢さんたちとは関りがないから、普段のうちの親とか結構、その……気が強いですし」
「そんなこと、ありませんよ」
大丈夫ですよ、と言いながら、洗面所から聞こえてくる水の音に瞬時に反応した。
紗矢さんのことを気にかけつつ、私にも丁寧に応えてくれていた。
「でも、紗矢さんたちは知らないかもしれないけど、母と一矢くんは」
「ああ。中学時代に傷つけた女性が貴方だと一矢くんから聞いてますよ」
息を飲みそうになった。でもここで驚いたら色々と聞きだせなくなる。
「そのことで母と一矢くんってどうやって仲が上手く行ったのか、全然想像できなくて」
「それは――」
紗矢さんが小さく嘔吐くような声がして、一瞬静かになった。
私も我に返る。彼女が悪阻で苦しいときに、旦那さんから情報を聞き出そうとするなんて。
「すみません。紗矢さんが大変な時に自分の話ばかり。落ち着いたら、また遊びに来てください」
これでいい。色々探ったところで、私が一矢くんを全く信用していないみたいで心が重くなる。
私に急接触してきたのは、美里の結婚をきっかけに仕事先がバレたから。
それなのに、祖父と一矢くんが仲良く話しているのと、母と一矢くんが接触していることで、――何か裏があるのかと勘ぐってしまっちゃった。
「もちろん、これからも仲良くしていただきたい。一矢くんの初恋の君ですし」
「そんなんじゃないですよ」
「でも紗矢のお父さんが社長を退いて、代表取締役に就任したときの祝賀会。あの時に君の母親である玲華さんと一矢くん、和やかに話していたからさ。すでにあの時からお見合いを考えていたんじゃないかな」
「……それっていつの話ですか?」
「2,3年前じゃないかな」
和やかに、か。
じゃあ母と一矢くんもその頃にはすでに交流があって。
だからおじいちゃんの歯科医院の経営が傾いた時に、母が頼ったってこと?
それとももしかして――経営悪化が嘘だとしたら。
もし嘘だとしたら、私は母と一矢くんに騙されて強制婚されそうになっていたのかな。
「……」
「喬一さん、ごめんなさい。やっぱまだ外の散歩は無理かもしれないです」
「いいよ。無理しても紗矢がきついだけだろ。悪阻が治まるまで無理しない範囲にしよう」
肩を抱き支え、優しい言葉をかけてあげる感じ。
羨ましいと思わないわけはない。私と一矢くんは、所詮借金がきっかけなんだから。
「バタバタと本当にすみません」
「ううん。悪阻がおさまったら、今度は私がお邪魔させて」
「はい」
嬉しそうに微笑んでくれてそれだけで私も、今日は良かったなって思う。
「一矢くんは、良い子だよ。何か疑問があるなら、悪化する前にきちんと話してみた方がいい。夫婦ですれ違うのは一番、辛いだろ」
私の様子に、心配そうに聞いてくれたから曖昧に笑ってお礼を述べた。
だって夫婦じゃない。あなた達みたいに愛情があって結婚したわけじゃない。
最初から何もかも違うんだ。
『妹はもう帰った? 俺ももうすぐ着くよ』
一矢くんからのメール。
冷蔵庫の中には、中途半端に焼いたまま突っ込んだハンバーグ。
中まで火は通っていないのに表面は冷えてしまって、油は固まってる。
私たちの関係みたいなだって一人笑って、焼き直す気が起きなかった。
もうすぐ一矢くんが、帰ってくる。
砂原 紗藍
#再会