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シーカー達は仕事を終えて帰路につき、街行く人々もまばらになった夜の王都エンデルブルグ。
リージョンシーカー本部の執務室では、停止してしまった王女ネフテリアを元に戻す為、静かに絵を描き続けるアリエッタの説得方法を得る緊急作戦会議が行われていた。
「あはははは! そんな事してたんですねー」
「私達を追跡して、屋根の上で空腹で過ごすって……この人本当に王女なのよ?」
「いやー、お恥ずかしい。でもそれだけ平和という事ですから」
この作戦会議?には、最初からいる5人と……
「どうぞ、簡単ですがパンとシチューです」
「おぉ申し訳ない。自分も王女の監視と警護をやっていると、今日みたいに走り回られた時はあまり食べられなくて」
「あいかわらずタイヘンそうだな」
白いローブを着た真っ黒な人物が、フードから口だけを覗かせて加わっていた。
その男はロンデルが持ってきた食事を、真っ白な口で美味しそうに頬張り始める。
「私達はシャダルデルクの人を見慣れてないから、なんだか不思議な光景に見えるのよ」
「まぁ、拠点はニーニルだからね。あんまり王都に来ないし、シャダルデルクの人の名前は発音し慣れないし。それにオスルェ…ンシスさん見てアリエッタもビックリしてたし」
(ん? 呼んだ?)
自分の名前に反応したアリエッタだったが、何でもないよと頭を撫でられ、気持ちよくなって思わず笑顔になり、大人しく絵を描く作業に戻る。
急遽この緊急作戦会議に参加しているこの人物は、オスルェンシス。影のリージョン『シャダルデルク』の出身者で、王城に勤める近衛兵である。この日は暴走する王女ネフテリアの警護兼監視の任務についていた。
ピアーニャやロンデルとは顔見知りで、事情を話して加わったのだった。
「それで、屋上で王女を気絶させて持って帰ったら、また抜け出してストーキングしてるし。路地から飛び出す瞬間に影の中に引きずり込んで、また連れ帰って……またまた抜け出すしっ! もーカンベンしてほしいですよ~」
「それはそれは、ご苦労様です」
黒い体を隠す様な外見で、陽気に愚痴る近衛兵。その雰囲気に、最初は緊張していたミューゼとパフィも、すぐに打ち解けて普通に喋るようになっていた。
「で、いつも通りここだろうと当たりをつけて、無事発見したと思ったら、なんだか面白…変な事が起こるしで、どうしたらいいんでしょうかね?」
「なんかすみません……」
オスルェンシスは、中途半端なポーズで止まっている王女を見て、今まで逃避していた現実へと戻った。
「とりあえず拉致して帰るんで、その子に言って元に戻してもらいたいんですけど……」
「それがうまくいかないから、こまっているのだ」
ピアーニャがオスルェンシスに、アリエッタは最近まで言葉を全く知らなかった事、いくつかの単語なら覚えた事を話し、どうにかする方法が無いか考えるように言う。
当然オスルェンシスは、困った様に首を傾げる。
「つまり、子供が言葉を覚えるまで待つしかないと」
「いやそれだとジカンかかりすぎるだろ……」
大人5人が、王女を見てため息をつく。
するとその時、シャカシャカと絵を描いていたアリエッタの手が止まった。
(できた! 色は今回付けないけど、なかなかの力作!)
「ん? アリエッタ、出来た?」
(うん? なんか聞かれた……『デキタ?』って聞かれたけどそれって完成したのか?って意味で合ってるかな? ん~……)
ミューゼを見て少し考えたアリエッタは、思い切って言葉にし、絵を差し出した。
「できた!」
「えっ、本当に出来たの? って今『出来た』って言った!?」
(使い方間違ってたら恥ずかしい! でも何も言わないと正解かどうかも分からないし、ここは度胸だ!)
ミューゼの短い台詞の中から単語を拾ったアリエッタが、意味を考えて言ってみた。オウム返しをすれば、何か反応がもらえるだろうという、実験的な考えである。
「またミューゼの会話を聞いて覚えたのよ?」
「少しずつ成長していますね」
「みんながおさないコロに、とおるミチだな」
ファナリア、そしてファナリアと交流のあるリージョンの習慣では、アリエッタの年ごろになっていれば、親を観て育つ中でそれなりの会話を覚え、分からない事を聞く程度の事は出来ている筈だった。しかし、何故か言葉どころか名前というものを得る前に、森に1人で暮らす事になった可哀想な女の子に、そんな人としての常識を最初から求めるのは酷である。これは本当にゆっくり見守るしかないのではと、大人達からは諦めと哀れみを込めたため息が漏れてしまったのだった。
アリエッタの境遇を聞いたばかりのオスルェンシスは、『明るい笑顔に隠された過酷過ぎる幼少期』を勝手に想像し、フードに隠れた顔を押えて顔を逸らした。
一方、ドジな女神に100日程放置されただけの立場である元大人のアリエッタは、そんな悲観的になっている訳でもなく、むしろ前世よりも幸せを感じて今を生きている。同情されているなどとは思ってもいなかった。
「できた?」
「できた!」(やっぱり意味は『完成』で合ってるっぽいな!)
ミューゼは一度聞き返すと、アリエッタは笑顔で絵を差し出す。
アリエッタは「できた」を覚えた。
意味が通じた事に喜びつつ、撫でながら受け取った絵を確認すると、
「んふっ!? ふふふふ……」
ミューゼが噴いて蹲った。
「なんかいやーなヨカンが……」
「一体何描いたのよ」
ミューゼが絵をテーブルに置いた。
『ぶっ!?』
そこに描かれていたのは、本棚の裏でつぶれた状態で出てきた瞬間のネフテリアのスケッチだった。ポーズも顔も、その時を忠実に再現している。
ネフテリアが出てきた瞬間が脳裏に焼き付いて、集中出来なくなったアリエッタは、その脳裏に焼き付いた光景を絵に出力する事で、雑念を捨てる事に成功したのだった。
(は~、『できた』も教えてもらったし、やっとさっきの絵に戻れるよ)
「あ、アリエッタちょっと待って。えっと、えっと……あの人動かして~」
アリエッタの意識が絵から離れたのを見逃さず、ミューゼはここぞとばかりにネフテリアを指差し、動かすように訴える。
すると……
(もしかして、あの人が動くようにすればいいのかな? えーっと……)
意味が通じた訳ではないが、なんとなく正解し、ポーチからリモコンを取り出して再生の絵を押した。
「ぇぇっ!? てぉわぁっ! また!?」
「どんなオドロキだ……?」
やたらと驚く様子に眉を顰めるピアーニャだったが、その理由は……
「貴女達!? どうしてわたくしが名前を言おうとしている一瞬で、2回も位置がずれるの!? って、なんでシスもいきなり湧いてるの!? どうなってるの!?」
「自分を虫みたいに言わないでくださいよ……」
停止してから動くまでの間は、ネフテリアにとって時間の経過が全く無い。その為、名乗っている間に全員が一瞬で移動して、驚いている間にさらに全員が一瞬で移動するのと同時に、オスルェンシスが突如出現し、窓の外も一瞬で暗くなったのだった。驚かない方がおかしい。
騒いでいる横で、ロンデルとパフィは真面目に話し合おうとしたのがあっさり無駄になったと、ため息をつく。今のところアリエッタの行動は運まかせになる為、仕方がない。
「あー、テリアよ。パンやるからおちつけ」
「うん、落ち着いた。はむっ」
「早っ!?」
パン1つで瞬時に落ち着きを取り戻したネフテリアに、ミューゼとパフィは目で『王女様ってこんなんだっけ?』と会話した。
ちなみにアリエッタは、ミューゼの腕にくっついて様子を見ている。
(なんだかぴあーにゃと仲良いな。なんで怒ってたんだろう。お腹空いてイラ立ってたのかな?)
「えぇっと、ネフテリア様?」
「はいはい、なんでしょう?」
パフィに声をかけられ、軽い感じで返事をするネフテリア。少なくとも『王女』らしさは誰も感じていない。
「なんだかすみませんなのよ。驚かせてしまったみたいなのよ」
「んー、どういう事かは後でピアーニャかシスから聴くわ。それよりも、わたくしが気になっているのはその子よ」
ネフテリアがパンを片手に指差したのは、アリエッタだった。
「え、この子?」
「そう! いきなりピアーニャと仲良くなるし、しかもお姉ちゃんと認めてるみたいなのがすっごく気になって! どうやったらピアーニャのお姉ちゃんになれたの!?」
「ちょっとまてい! べつにわちは、みとめてないぞ!」
「いいじゃないの! わたくしだってピアーニャの妹から姉に昇格したい!」
ネフテリアも、小さい頃はピアーニャを姉として慕っていたが、成長してからは姉として扱いづらく、それでも仲が良いと自負していたい為、あれやこれやと強引に関わっては、追い出されたり潰されたりしていたのだと、オスルェンシスが解説する。
「ようするに、王女様は総長が大好きと」
「そのとぉーり! そしてピアーニャに姉と認められた貴女! どうやれば姉になれるのか、教えてほしいの! ついででいいから、わたくしとも仲良くしましょ!」
「アリエッタも狙われてるのよ……」
キラキラした目でアリエッタにお願いするネフテリア。
それを見て、ミューゼもパフィも、オスルェンシスまでもが困った顔でアリエッタを見る。しかし、その心配を他所に、アリエッタが真剣な顔で立ち上がり、ネフテリアに向かって歩き出した。
「アリエッタ?」
「もしかして、意味が分かったんでしょうか?」
「まさか……」
固唾を飲んで見守る一同。ピアーニャだけがそこはかとない不安に駆られているが、もし会話が成立するなら邪魔をする訳にはいかない。
アリエッタはネフテリアの前に立ち……それを渡した。ネフテリアも、反射的にそれを受け取る。
「これは……なるほど!」
「一体何を受け取ったのよ?」
ネフテリアが目を輝かせ、横にいるピアーニャに向かって屈み、それを笑顔で見せた。
「はいピアーニャちゃん♡ お菓子あげるから仲良ぐほっ!?」
「いるかあぁっ!!」
ネフテリアがアリエッタから受け取ったのは、ポーチから出したお菓子だった。小さい子と仲良くなるには、お菓子があればいけるという結論に至ったネフテリアは、迷わずそれを実行した為、ピアーニャに殴られたのである。
(あれ? 餌付けって事じゃないの?)
(あれ? お腹空いてたんじゃないの?)
すれ違った当事者達は不思議そうにし、それを見ていた者達は、乾いた笑いで見守る事しか出来なかった。