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✦『風間くんのママは全部わかってる。』
(風間トオルの母視点・仕上げ版)
夕方。
雨が小降りになった帰り道。
迎えに来た車のハンドルを握りながら、風間ママは校門の近くで息をのんだ。
——ひとつの傘の下、肩を寄せ合って歩くふたり。
息子のトオルと、野原しんのすけ。
その距離の近さ、歩幅の揃い方、
そして何より、息子の横顔の“柔らかさ”。
(……あら。
トオル、あんな顔……学校では見せたことないわ。)
しんのすけが少し傘を傾けると、
トオルの耳がみるみる赤く染まる。
しんのすけはそれを見て、楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、
風間ママは胸の奥がふっと温かくなる。
(しんちゃん……本当に変わらない子ね。
優しいところも、真っ直ぐなところも。)
思い出すのは幼稚園の頃。
転んで泣いたトオルに、
誰より先に駆け寄って手を握ったのはしんのすけだった。
テストで落ち込んでいた日、
トオルの背中を叩いて笑わせたのもしんのすけ。
幼い頃からずっと、
ふたりの間には“特別ななにか”があった。
(でももう……ただの“幼馴染”の距離じゃないわね。)
高校生のふたり。
雨の中、肩が触れるほど寄り添って、
まるで恋人のように歩いている。
風間ママは小さく息をついた。
寂しさじゃない。
むしろ、嬉しさが胸に広がる。
(トオル……
あなたが最近帰りが遅かった理由も、
身だしなみを気にするようになった理由も……)
全部、分かっていた。
息子は恋をしている。
それは親なら、誰よりも早く気づく。
(恋をすると、人は少し弱くなる。
でもね……すごく強くもなるのよ。)
しんのすけがトオルの肩にそっと傘を寄せた瞬間、
トオルは照れたように顔をそらす。
しかし離れようとはしない。
むしろ、しんのすけの歩幅に合わせてそっと近づく。
(ああ……かわいいわね、本当に。)
風間ママは車を動かそうとしたが、
すぐにアクセルを戻した。
もう少し近づけば、トオルに気づかれてしまう。
それは避けたい。
だから、ただ静かに見守る。
——親は口を出さない。
でも、そのぶん誰よりも応援している。
風間ママは、そっと胸の中で願う。
(トオル。
あなたが誰を好きになっても……
私は、その背中を押すわよ。)
そして、もうひとつ。
(しんちゃん。
どうか……うちのトオルを、これからも笑顔にしてあげてね。)
雨の余韻が残る車の中で、
ひとりの母はそっと微笑んだ。
——息子の幸せを願う、その誰より静かで強い愛とともに。