✦『野原ひろしとみさえは、息子の変化に気づいている。』
(野原家/ひろし&みさえ視点)
夕飯の支度をしていたみさえは、
ふと窓の外に目をやって手を止めた。
(……あれ?あれって、しんのすけと……トオルくん?)
ひとつの傘をふたりで差し、
肩を寄せ合って歩く影が見えた。
しんのすけは何か話していて、
トオルは真っ赤な顔でうなずきながら歩幅を合わせている。
みさえは思わず口元を押さえた。
(ちょっと……“距離近すぎじゃない”?)
ひろしもタオルを持ったまま、
窓のそばに来て目を細めた。
「……ほぉ〜。
なんか……こういうの、いいもんだな。」
「アンタ、さりげなく感動してるじゃない。」
「いや、そりゃあ……。
しんのすけだってもう高校生なんだしよ。
誰かとああやって歩く日が来るなんてさ……
ちょっと……なんか……くるな。」
みさえは肩で笑いながらも、
ひろしの言葉に少し目を潤ませる。
しんのすけは
トオルの肩に傘を寄せて、
少しでも濡れないようにしている。
あの子があんな顔をするのは珍しい。
いつものふざけた笑顔じゃなくて、
誰かを大切にしてる時の優しい顔。
(……ああ。
あの子、本当に大きくなったのね。)
みさえの胸に、じんわりとした温かさが広がる。
「……ひろし。」
「ん?」
「しんのすけ……
誰かのこと、本気で大事にできる子に育ったんだね。」
ひろしは少し照れくさく笑い、
頭をかいた。
「……オレとみさえの子だしよ。
そりゃまぁ……いい男に育つだろ。」
「もう。そういうとこだけは自信満々なんだから。」
二人が見つめる外で、
しんのすけがトオルに何か渡した。
おそらくタオルだ。
トオルは受け取って照れくさそうに笑っている。
(しんのすけ……
あの優しさ、ちゃんと誰かの心に届くといいね。)
ひろしは小さく息をつく。
「……心配もあるけどよ。
でもオレは、あいつが選んだなら……
応援するしかねぇよな。」
「うん。
あの子の“好き”を、ちゃんと守ってあげたい。」
降り続く雨音の中、
野原家のふたりはそっと微笑んだ。
——息子はもう子どもじゃない。
でも、どんな選択をしても
“親は一番近くで味方でいる”。
それだけは変わらない。