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「ああ、興味深いね。今回は数字ときた」
「友人よ、楽しんでいるようで何よりだ。で、もう解けているんだろ?」
俺は普通に期待している。友人が生徒会長と同等の知力と学力を持っていると確信したからだ。それも演技だったらどうしよう、なんて思いは心の片隅にしまっておこう。
「この数字の正体は見た瞬間に分かっているよ。2進数だ」
「お、おう。なんだそれ」
「まったく君ってやつは。数学の授業で先生が少し話をしていたじゃないか」
2進数とは、「0」と「1」の数字を用いてすべての数を表現すること、らしい。俺には何のために存在する数字か理解できないが、とりあえず、そういうものらしい。
「全てが0と1だなんて、分かりにくいもんだ。これを解読したら、なんか文字とか浮かび上がってくるのか?」
「そうだね、これを解けば新たな数字に変換できる。あらゆる方法を試した結果、それは一番簡単なものだったよ」
「方法は一つではないのか」
「まあ、話しても分からないだろうから省くけど、色々あるのさ、進数というものはね」
ああ、俺にはどうせ分からないさ。だからこうして助けを求めているんじゃないか。
「それで、結局何だったんだよ」
「この2進数を10進数に直せば答えがわかる。やってみるかい?」
「俺には分からん。いいから結果をく教えてくれよ」
「つまらない奴だね。これがまとめた結果だよ」
「えっと、11111010001は2001、1000は8、1011は11で、全て組み合わせると、2001年8月11日となる。なんだこりゃ、さっぱりだ」
「そのままの意味だよ。その0と1の羅列を解くと、その日付になるのさ」
頭が痛くなりそうだ。もう直で書けよ、面倒くさいな。
「そもそもこの日付ってなんだ」
「これはきっと誰かの誕生日じゃないかい? 2001年は僕たちの生まれ年だし、少し安直かもしれないけれど、この怪文書は三年生に向けられたものなのだから、その可能性は高いよ」
これは奥出に直接聞いてみたほうがよさそうだ。あいつは全生徒の生年月日を記憶していると言っていた。まさか、あいつ自身のじゃないよな……?
「俺の誕生日ではないな」
「僕のでもないね。犯人のって可能性もなくはないけど、そんなすぐにバレるようなこと、僕ならしないね」
「さあ、相手は案外気づいてほしいとしたら、どうするよ」
「でもこれ、二枚目は2019年だ。これは誕生日ではなく何かの記念日と捉えたほうがよさそうだね。これは解けたとしても何の日か分からなければ意味がない」
「ちなみに何の日なんだ」
「二枚目の2019年4月5日は入学式の日だよ。君、今年の入学式の日すら覚えていないのかい?」
「そんなの興味ねえよ。そもそも俺たち休みだったろ」
新学期は確か4月8日からだったはずだ。こんな俺でも、それぐらいは覚えている。
「この数字が指し示しているとしたら今年入学した一年生かな。僕だって何でも知っているわけではない、これ以上は憶測の範囲だ」
「それでもある程度は考察したんだろ?」
「君は僕に何でも頼り過ぎだよ。少しは自分で考えてみたらどうだい」
考えるも何も、犯人は確定しているんだ。俺はこの目で見た、これを作ったのは奥出で、三年全クラスの黒板に貼ろうとしていたのも奥出なのだ。俺に考察は必要ない。
「俺はいいんだよ。興味ないから」
「嘘つきも大概にしないと、誰かに嫌われてしまうよ」
「誰かって、誰だよ」
「例えば、本当に例えばだけど、生徒会長とかね」
「ふっ、勝手に言ってろ」
あいつは俺のこと、別に好きも嫌いもないんじゃないかと思う。ただ単に遊び相手が欲しかっただけだろう。それこそ、友人でもよかったわけだ。
「三枚目の説明も必要かい?」
「ぜひ聞かせてもらおうじゃないか」
三枚目の解読結果は2003年9月22日。俺にはもちろんさっぱりだ。
「三年生の誰かの誕生日、今年の入学式、ときて最後はこれだ。一年生の誰かの誕生日だと僕は思うよ。しかし、僕にはあいにく一年生の知り合いがいなくてね、根拠はやはり2003年というところしかないんだよ」
「大丈夫さ、そんなことは最初から分かりきってる。結局、『英語』の時みたいな細かい情報は、あまり掴めないということだろう?」
「ああ、物わかりが早くて助かるよ。僕にも限界があるからね、僕は君から見たら天才の部類に入るのかもしれないけれど、それは全てにおいてではないことを知っておかなければ」
しかし、俺からすればこいつはやっぱり何でも知っていて、生徒会長とのこともすぐに気づいて、しかもそれは本気ではないなんて言うんだ。確かにこれは、俺だけが別の世界にいるみたいだ。
「物わかりが早いなんて、お前だけが言ってくれる。他のやつはな、俺に『物わかり』なんてものがあると、思ってもいないんだ」
「君にしては珍しい、ネガティブになることが君にもあるんだね、拓斗」
「人間なんだから、そりゃあるだろ」
「言っただろう? 『天才はばかには勝てない』と。天才、凡人、ばかの中で、ある序列では君が一番上に立っているんだよ。それだけでいいじゃないか」
きっと友人なりに慰めてくれているんだろう。単純なものさしで図ってはいけないと、そう言いたいことは伝わる。でも、結局世の中が見ているのは、その単純なものさしで図ったものだろうに。
「おいおい、ばかって言われるのも案外傷つくんだぞ」
「じゃあ、身の丈に合わなくても、天才って言われたいのかい?」
「そうじゃないけど、『ばか』は『ばかにされている』のばかだから、ほぼ悪口だろ」
「僕からしたら褒め言葉なのだけどね。ほら、君もよく言っているあれさ」
「ばかで結構、コケコッコー?」
「それそれ、面白いじゃないか」
これが面白いだなんて、変わった奴だ。いや、言っている俺も同類か?
「他のやつの前だと、大体気温が一℃下がるんだけどな」
「それはそれで、夏には役立ちそうだね」
「お前はポジティブすぎて、心配になるほどだ」
「それはどうも」
こんな友人がいることで、俺は俺として成り立っているのだと思った。そういえば、こいつと出会ったのは、俺が俺でなくなってしまった、ある日のことだった。
「君は、ここで何をしているの?」
「お前こそ、こんな夜中に何してるんだよ」
まだ俺たちは小学生だった。俺は学校に通っていなかったから、友達などいるはずもなかった。
「僕はちょっと疲れたからお散歩していただけだよ。君は?」
「俺も……似たようなもんだ」
「殴られたの?」
かつての友人は俺の嘘を秒で見抜いた、というか、誰も触れなかった部分に初めて触れてくれたのが友人だった。
「俺の、俺のせいじゃない! いつも親はけんかしていて、いつも俺に何かが飛んでくる! 物も拳も、もううんざりなんだよ……」
泣きじゃくりながらそう訴えた。同い年の、通りすがりの少年に、誰にも見せなかった姿を晒した。
「僕の家においでよ、そしたら明日からきっといい日になる。僕の家族はね、僕の言うことを聞いてくれる『優しい』家族だから、心配しないで」
友人の言うことは全て本当だった。俺みたいな奴を家に匿ってくれた『優しい』家族、翌日には俺の両親は児童虐待で逮捕され、俺は友人の親戚に引き取られた。
「ああ、久しぶりに思い出した」
「ん? 何をだい?」
「俺が救われた日のことだ」
「君は最初から僕の親戚だった。今の君にはそれで十分だろう」
「お前は『優しい』から、そう言うと思ったよ」
嵐の前の静けさが、俺たちを優しく包んでいた。
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