部屋の中には、静寂だけが満ちていた。
外の世界の季節が変わっても、
ふたりの部屋には、何も変化はなかった。
カーテンは閉ざされたまま。
スマホは封じられ、
時間の感覚はどこか遠くに消えていった。
でも……愛だけは、毎日、そこにあった。
「愛してる」
『愛してる』
凛は、変わらなかった。
優しく、可憐に、敬太を愛し続けた。
どこにも行かないように、心も体も隙間なく包み込んだ。
だけど……
敬太の中の何かが、確実に音を立てて壊れていた。
毎日同じ部屋。
毎日同じ会話。
毎日繰り返される”愛してる”。
それはまるで、機械のような生き方だった。
ある夜、敬太は鏡の中の自分を見た。
目の下には深いクマ。
頬は痩せ、口角は上がっていないのに、なぜか笑っていた。
『……おかしいな……こんなに幸せなはずなのに』
その夜、凛は敬太に言った。
「ねえ、敬太。今夜は、特別な日だよ。私たちが”この部屋”で暮らし始めて、ちょうど100日目」
『……そうなんだ』
「だから、お祝いしよう。ワインもあるし、ケーキもある」
『……うん』
凛は笑っていた。
とても優しい笑顔で。
それはまるで、最初に出会った頃のようだった。
でも、その笑顔が、どうしようもなく“怖い”と感じたのは、なぜだっただろう。
食事のあと、凛は敬太の手を取り、そっとベッドへと導いた。
「ねぇ、敬太……。」
『何?』
「私、このまま死んでもいいって思うの。あなたに愛されてるって、確信できたから……」
『……。』
「敬太は、どう?まだ生きたい?」
敬太は言葉を失った。
「ねぇ……もう、終わりにしない?2人だけの世界、ここでおわらせよ?」
『凛……やめて、そんなこと……。』
「死ぬってことじゃないよ。2人で、もっと深く結ばれるってこと。魂ごと、重なるように……。」
凛の目は、静かに澄んでいた。
そして、枕元には……
一振りの包丁があった。
「ねぇ、敬太。二人で死のうよ……。」
『……。』
敬太の心が、音を立てて砕けた。
『もう、無理なんだ……。』
「えっ……?」
『もう……俺、自分が誰なのか、分からない……。』
「敬太……?」
敬太は凛の手から包丁を奪い取った。
『凛、ごめん……泣』
「……なに、して……」
ズシャッ
凛の胸に突き立てられた刃。
一瞬、目を見開き、
でも次の瞬間には、笑っていた。
「……あぁ……これが、あなたの……愛、なんだね……」
血が、真っ白なワンピースに広がっていく。
けれどその顔は、幸せそうだった。
敬太は、膝をつき、凛の体を抱きしめた。
冷たくなっていく彼女の頬に、頬を寄せる。
『愛してる……ごめん、ごめん、ごめん……』
『こんな……終わり、望んでなかった……』
『でも、もう……俺、壊れちゃったんだ……』
そして、敬太はゆっくりと刃を自分の腹に当てた。
『凛……俺も、すぐ行くから……』
自分の体を貫いた感触。
熱いものが流れて、意識が薄れていく。
ベッドの上。
ふたりは、抱き合ったまま、静かに倒れていた。
血の海に浮かぶように。
ふたりは、最期まで“離れなかった”。
ふたりは、最後まで“愛していた”。
そして、誰にも見つからない部屋で、永遠に“ふたりだけの世界”は続いていった……。
結局……
美咲と良規は……
“転生”しても”同じ人生”を繰り返すだけだった……。
コメント
1件
結局、転生しても変わらなかったかぁ……。泣