コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
千紘は凪の心音を聞きながら、これ以上ないくらいに目を見開いた。ついさっきまで、凪に突き放されることも考えていたのに、凪の方から一緒にいてもいいかもなんて言ってくれたのだ。
驚かないわけがなかった。
「え、凪。一緒にいてもいいって。な……俺、ちゃんと寝るって毎日……一緒にいるの、毎日?」
「何言ってんの? お前日本語変だよ」
凪は肩を揺らして笑った。動揺しているであろうことが、会話だけで伝わってくるのがおかしかった。
「だって……ねぇ、どういうこと? 本当に毎日?」
「俺、正直初めてお前にされたことは許せない」
欲しい言葉よりも先にビシッと凪に言われて、千紘は唇を震わせた。許して貰えていると思っていたわけではない。
それでも、今になって尚それを直接言われれば心にくるものがあった。
「今も許せないし、多分これからも許せない」
「うん……ごめん」
「写真使って脅したことも、思い出したら腹立つし」
「うん……」
「お前のこと、怖いと思ったこともいっぱいある……」
「わかってる……。ごめんね」
千紘は、凪の背中に回した手で凪の服をぎゅっと握った。
凪はそれを感じながら、目を伏せて言葉を続けた。
「お前にとってはいい兄ちゃんでも、俺はお前の兄ちゃん苦手だし」
「そうだと思ってた……」
「会話ができるようになるまではまだかかると思う。できれば暫く会いたくないし」
「も、もちろん! 凪が嫌な思いするなら兄ちゃんとは会わなくてもいいよ! その……兄ちゃんはちゃんと凪に謝りたいって言ってたけど……」
「え?」
今度は凪の方が目を丸くさせた。凪は未だに千草が凪を敵視していると思っていたのだ。大事な弟を傷つける存在だと牽制してくるものだと。
今回凪が連絡しないことだって、千草にしてみれば千紘を振り回しているように見えるだろうと思えた。
「俺、兄ちゃんには言った。俺が凪にしたこと……」
千紘は小さな声で言った。本当は誰にも知られたくなかったことだ。そう後ろめたいのも、悪いことだとわかっているからに他ならない。
「言ったの……? よく言えたな……」
凪は唖然とした。仲の良い兄弟にそんなことを言えば、悲しませることはわかっていたはず。常識のある人間なら、それでも千紘は間違っていないとは言えないだろう。
「だって、凪のこと誤解されたままなのは嫌だったから……。俺が一方的に凪のこと好きになって、追いかけ回したのにまた凪に嫌な思いさせた」
「……うん」
「もうそういうことしたくない。……俺は、本当は凪のこと守りたい。傷付けたいわけじゃなくて……いっぱい喜ぶことしてあげたいし、笑った顔見たいし……」
千紘の声のトーンとスピードから、これは本音だろうなと凪は感じ取ることができた。でも、凪もそんなことをあえて言われなくても言動からそれが伝わってきたから今日千紘と会う決意をしたのだ。
「わかってるよ。散々言われたし、今では本気でそう思ってるんだろうなって感じるし」
「本当?」
「うん」
「……俺、凪のためなら何でもするよ。兄ちゃんにも、俺がそのくらい本気だって知ってほしかった。それに、凪は全然悪くないのにそれでも家にきてくれたんだって」
「そう……」
「兄ちゃんには怒られた」
「怒られた?」
「うん……。理由が何であれ、無理やり傷付けるのはダメだって。それは、俺が今までされてきたのと同じだって」
「……」
凪は千紘の言葉に応えなかった。千紘が今まで傷付けられてきた内容に関しては、凪は想像するしかないし、深く聞く気もない。
ただ、今まで傷付けられてきた千紘と、千紘が傷付けた凪が同じように見えたのだとしたら、千草が凪に謝りたいと言っていた意味もわかる気がした。
「2人の関係性も知らずに勝手に凪を傷付けたのは俺も同じだから、機会があるなら俺も謝るって兄ちゃんが……」
「うん」
「だから、俺にも凪が許してくれるまで償わなきゃダメだって」
「さっきも言ったけど、俺はどんなに償われても許す気はないよ」
「うん……」
「でも、それ以外のいいところは俺も認めていこうとは思ってる……」
許せないものは許せない。けれど、受け入れたいところがあるのも事実だった。
千紘は二度ゆっくりと瞬きをした。
「いいところ? 俺、いいところある?」
「あるよ。まあ、悪い所と同等くらいには」
凪はイタズラにそう言って笑った。千紘は、それがどこかは聞かなかったが、凪が笑顔でいい所もあると言ってくれただけで十分だった。
「許さないけど、それでも償いたいっていうなら俺の飯作ってくれる?」
凪は千紘の後頭部に手を添えたまま尋ねた。千紘が凪の為に食事を作ることが1番の近道に思えた。
きっと凪がちゃんと飯食えと言ったところで、1人だったら適当に済ますだろうし、凪が一緒に食べると言ったら喜んで自分の分も作るであろうから。
自分と千紘の健康を考えたら、一緒に食事をして一緒に眠るのが効率よく確実だと思えた。
「も、もちろん! 俺、凪の為なら毎日でもご飯作るよ!」
「休みの日は外食でもいいけど」
「う、うん!」
「俺、出勤時間バラバラに入るかもだから、毎日同じ時間にいるわけじゃないけど」
「うん……」
「なるべく一緒に寝れるように時間作る」
凪の言葉に千紘はまたじわっと涙が滲んだ。まるで本当に毎日一緒にいてくれるかのような口ぶりだったからだ。
それに千紘と一緒に寝る時間をわざわざ作ってくれるというのだから、今日みたいな幸せがまだまだ感じることができるのだと期待する。
「俺も……毎日一緒に寝たい」
「まあ……できるだけ」
「嬉しい……」
千紘はぎゅうっと腕に力を込めて、凪との距離を更に縮めた。
「俺も千紘と寝ればよく眠れるし」
「うん……」
「お前の作る飯は美味いし」
「うん……」
「諦めることにした」
さらっと言った一言に、千紘はふと顔を上げた。暗い空間の中でも凪の端正な顔が見えた。
「諦める?」
「ん……。お前から逃げるの」
「凪……。俺がしつこいから?」
千紘が真顔で尋ねれば、凪はぶはっと吹き出して「ほんと、お前しつこい」と言って千紘の頬を指先でつまんだ。