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ロディアが蜂の動きに苦心していた頃、ラビーランドの事務所前では、なぜか精神統一を繰り返すミアの姿があった。
既に小一時間そうしている様子を、イチルは退屈そうに屋根の上から覗き見ていた。
どうやらこれから運ばれてくる食材を前にイメージトレーニングをしている様だったが、あまりにも不毛なため、イチルもつい口を挟まずにはいられなかった。
「お前、いつまでそうしてるつもりなんだ?」
「……お静かに願います。もちろん、皆さんが食材を持って帰るまでです」
「ふーん。で、何を作るかもう決めたのか?」
「……ハヘッ?! そうだ、何も決めてませんでした~、ハウ~」
先程までの集中力はどこへやら、悲壮感にまみれてうるうると瞳を潤ませたミアは、当然のように先のことなど一つも考えていなかった。
「最初に言っとくが、奇抜な料理はやめろ。シンプル、かつわかりやすくを基本として、素材の味を生かし、それでいて話題性のあるもの。そんなのを考えろ」
「シンプルで、素材を生かし、話題性……? わかりました、《倍肉フラッシュ油増しギトギト炒め》ですね!」
「いや、……それじゃない。ギトギトとか、テラテラとか、ニチャニチャとか無しで」
ガーンと露骨にショックを受けているミアについては、細かな路線変更で良し決め、イチルは最後に残っていた二人の働きに苦心していた。
フレアとペトラは、スキルや魔法が使えるわけでもなく、直接ダンジョンへ放り込むわけにはいかない。それでいて、まだ年端も行かない子供という点も大きな問題だった。
「だからといって無駄な時間を過ごしている暇はない。キミらには、ウチを支える屋台骨になってもらわないとな」
などと言いながらイチルが事務所に入ると、中では何やら準備を整えている様子のフレアとペトラの姿があった。
トレッキングに使うような重苦しい靴を履き、大きな荷物を背負う姿は山登りにでも出かけるようで、眉をひそめたイチル質問した。
「一体なんのつもりだ?」
「俺たちだけぼーっとしてるわけにいかないだろ。施設をわざわざ一週間も休みにしたんだぜ、何かしら結果出さなきゃ客も満足しないだろ」
イチルに紙束を投げたペトラは、靴先をコツコツ地面に当てながら、最後の荷物を担ぎ直した。紙にはこれから必要となる食材の一覧が記されており、自分たちで集められそうな物をピックアップした二人は、それを手に入れようと計画を立て、準備を整えていたのだった。
驚くより先に呆れたイチルは、優秀すぎる二人の爪の垢をウィルに煎じて飲ませたいものだと首を振った。
「これから一週間、私たちは不在となりますので、あとのことはミアさんと犬男でお願いします。どーせゴロゴロしてるだけなんだから、留守番くらいちゃんとお願いしますよ!」
返す言葉もないイチルを置いて事務所を出た二人は、オーナーの思惑など完全に無視し、さっさと行ってしまった。
「あいつらは俺がいなくてもどうにかなるか……。だったら仕方ない。こうなったら、今回のメイン食材の様子でも見に行ってみますか。はてさてどうなっていることやら」
外でフンフン鍋を振る練習をしていたミアの肩を叩き、「あとのことは頼んだ」と言い残したイチルは、一路ロベックの街へと飛ぶのだった。
「え、ちょっと、わ、私一人で留守番ですか?! さ、寂しいじゃないですか、私を一人にしないで~!」
「ほほぅ、これがあのロベックの街ですか。全てが中途半端でお馴染みの、大拠点を繋ぐ中間地点でしかなく、見どころなと何もなかったはずの街、ロベック……」
数十年前、イチルが魔道具開発の際に寄り道して目撃した面影はとんと消え、今やゼピアの人口を吸収して発展した街は、溢れるほどの人と活気で満ち満ちていた。
もとより隣国や有名ダンジョンへ向かう行路の途中にあり、それなりに栄えた地域ではあったものの、ゼピアからあぶれた甘い汁を吸った街は急激に膨らみ、今や近郊随一の拠点として発展していた。
街を歩いてみれば、換金所に冒険者ギルド、それに関わる数多の業種がひしめき合い、あの街から鞍替えした冒険者や商人がここぞとばかりに押し寄せ、我が物顔で闊歩していた。
「見た顔もちょくちょくいやがるが……、それにしても現金すぎる。もう少し土地に愛着ってものはないのか、愛着ってものは」
商店も、ギルドも、街の広場も、ゼピアと比べるのもおこがましいほど賑わっている。何より聞こえてくる人々の声のハリ、そんなものがまるで違っていた。
「今に見ていろ、またすぐ逆転してやる。と、そんなことを言っている場合ではなかった。ギルドギルドっと」
冒険者でごった返すロベックのギルド事務局は、数ヶ月前のゼピアを彷彿とさせる華やかさだった。
各種様々なダンジョンが点在するロベック地区は、多少距離はあるものの、何処へ行くにも都合が良かった。エターナルダンジョンに臨む最終拠点としての意味合いしか持ち得ないゼピアの街とは、存在意義そのものが違っている。
イチルは人が集まって輪になったクエスト掲示板を袖から覗き、ウィルが言っていた青鱗亀の討伐依頼書を探した。掲示板の端の端、誰も触れていない日焼けした紙の中に、亀の姿を発見した。
「効率を考えれば確かに受諾優先度は恐ろしく低いだろう。Dランクの討伐依頼であれば、もっと効率的なモンスターがごまんといる。わざわざコイツを選ぶ者は少ない。が……、だからこそ選ぶ価値があると、俺は思うがね」
紙を一枚拝借し、イチルは窓口の担当者に最近この依頼を受けた人物がいなかったかを尋ねた。窓口で事務仕事をしていたダークエルフの担当者は、「それでしたら」と指を立てた。
「昨日、北の《擬態の森》で青鱗亀を狩りたいと訪ねてきた者がいたよ。Aクラスの冒険者さんでしたが、どうしても一人でやると聞かなくて困っていたんです。ですが、仲間がいたのなら良かった。早く行って助けてあげてください」
ムザイで間違いないようだと礼を言ったイチルは、《擬態の森》と呼ばれるロベック北に広がる広大な敷地の森へと向かった。
擬態の森は、いわゆる自然系に分類されるダンジョンで、森全体が主によって統治されている。現在進行系で溢れるほどのモンスターが日毎に生み出され、今なお規模を拡大し続ける、地区屈指の巨大要塞だ。
それなのに準備もせず足を踏み入れたイチルは、持ち得るスキルだけを駆使し、ムザイの姿を探した。森は進むにつれて臭気が濃く、深くなり、自然と冒険者の方向感覚を狂わせた。
「いわゆる迷いの森系のギミックというものだね。未熟な冒険者なら出られなくなる可能性もあるので、初心者は真似をしないように。さ~て、ムザイはどこかな?」
イチルの呟きとともに、何処かで大きな爆発音が聞こえてきた。ピョンと木の上へ飛び上がったイチルは、額に手を当て、高い場所から砂煙の上がる場所を探した。
「お、派手にやってますなぁ。それでは、お手並み拝見といきますか♪」
景色が揺らぐほどの紅蓮の炎が森の奥で立ち昇っていた。
激しい爆風に煽られ、森のモンスターたちが次々に上空へと巻き上げられていく。
単純な戦力だけならばAクラスに該当するムザイが手こずるモンスターなど、擬態の森にはいなかった。しかし、事青鱗亀の捕獲、となれば話は別だった。
「青亀一番の問題は、弱点である腹が、あまりにも弱すぎることだろうな。ムザイならば、亀を倒すことは容易い。しかし原型を残したままとなると……」
器用に木の上をぴょんぴょんと辿って爆発点に近付いたイチルは、透明の魔法を使って身を隠した。激しく燃える炎の近くでは、「クソッ!」と叫ぶ誰かの声が聞こえていた。
どうやら上手くいかず、嘆くような状況なのは見るまでもなかった。
「何の工夫もなく魔法をぶっ放したらそうなるさ。それじゃあ、亀の身体は粉々の木っ端微塵だ」
怒りのまま叫んでいたのはムザイだった。発見した青鱗亀を下方から爆炎で攻撃するも、亀の柔らかい肉は一撃で崩れ、虚しく甲羅だけが残っているような惨状だった。
「この方法では、どうしても本体ごと吹き飛ばしてしまう。しかし発火速度と魔法のレベルを下げれば、攻撃が当たる前に逃げられる。かといって、罠や魔道具にはかからないし、鈍足で動きを止めても、捕獲へ移る頃には土の中。どうしようもないではないか!」
苦心する彼女の顔を見てクスクス笑ったイチルは、焼け焦げて甲羅だけになった残骸を削り取った。
亀の甲羅だけでも希少部位のため、持ち帰れば酒代にはなる。勿体ないことをする奴めと腕組みし、無駄な殺生は感心しないぞと小分けにしたドロップ品を、荷物の中に押し込んだ。
「動きを止めたまま攻撃する方法は……。魔道具か、それともスキルか?!」
ただでさえレアモンスターである青鱗亀は、それほど個体数が多いわけではない。よって、闇雲に討伐したところで、ムザイのやり方では、ただの環境破壊でしかない。
気付きが重要ではあるものの、狩場を無碍に荒らしてしまうのは、賢い冒険者のそれではなかった。
「力にかまけて相手を観察できない者は絶対に伸びない。まったく……、狩りというものはこうやってするのだ」
イチルは探索で周囲の敵を一つ一つ取捨選別し、中から青鱗亀だけを抜粋して目星をつけた。そして一番近くにいるものにあたりをつけ、透明を解かぬ状態でそっと近付いた。
「スキルや魔法は、ただ闇雲に威力を高めればいいってものじゃない。重要なのはポイントとタイミング。これ、異世界の親父の受け売りね」
背の高い木の上から岩陰で休んでいる青鱗亀を発見したイチルは、地上に降り、地面に手を付いた。亀のいる地形の状態を読み取り、悟られぬように、遠隔操作で少し深めの土を削って空洞を作った。そして空洞の中に亀一匹が乗れる程度の土の岩盤を用意して、周囲をコーティングした。
「すると、鋭い亀ちゃんは周囲の異変を察知して首を振る。しかーし、時既に遅し。その時、俺はもう攻撃を撃ち込んでいるのであった♪」
地の底から放たれた魔法は、コーティングされた硬い岩盤ごと、上に乗った亀を空中へと跳ね上げた。
亀の得意技は、『地面を掘って逃げること』。
魔法で腹を裂いてしまわぬよう土の岩盤でフタを作り、地面ごと亀を空中へ跳ね上げてしまえば、もはや隙だらけ。退路さえ断ってしまえば、もはやそれは、甲羅が大きなただの亀でしかないのだから。
空中で甲羅をキャッチしたイチルは、ひっくり返ったままバタバタ暴れる亀の顔面を叩いて気絶させた。そして縮小の魔法で小さくし、腰元のモンスターパック(※特注)に放り込んだ。
「と、捕獲方法はこんな感じに様々あるが、ミソは直接亀を叩くことばかりに気を取られるなってとこか。罠にはかからないが、《休憩している最中に板切れ作る時間くらいはあるよ》ってとこまで検証し、試してみるのが冒険者の醍醐味って奴ですよ、奥様」
単純な勝負の世界ならば、圧倒的な力の前には誰もが無力である。しかし勝負の中に目的が合わされば、時として相手を倒すことだけが全てではなくなる。
殺さず、生かして入手することが目的ならば、如何に殺さないかを考えられる頭を持たねばならない。
ムザイは冒険者ランクも高く、それなりの実績もある。しかし力任せに捻じ伏せることだけに注力してきたせいで、肝心な力の使い方がまるでなっていなかった。
「まずは、相手をよく知ること。そいつはどんな奴で、どんなものを食い、どんな時に動き、どこで寝て、どこを好み生息しているか。一週間もあるんだ、この時間で青鱗亀を学び尽くせ、未熟者」
再び吹き上がった炎を一瞥し、まだしばらくかかりそうだと遠い目をして呟く。
一足早く森を出たイチルは、ムザイが倒して回った亀の甲羅を金に変えてから、街で一番流行っていない店に入り、ロベック名物の《ミシェル豚のガスペールソース添え》と、《ミシェル酒のフルコース》を注文した。
「中途半端な酒と、なんとも言えない味の飯。これくらいの贅沢は良いだろ。なにせ400年節制してきたんだからさ。ハッハッハ!」
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