テラーノベル
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それから六日が経過した。
積み重なった酒瓶が倒れて地面に転がった。
さらに並んだ瓶をガラガラとなぎ倒し、ゲフゥと漏らした吐息は酒臭く、酷い有様だった。
「しまった、ハメを外しすぎた……」
どんちゃん騒ぎの末にロベックの夜を満喫しすぎたイチルは、店から店、酒から酒とはしごを重ね、醜態を晒して遊び歩いていた。しかし人なんてものは一つタガが外れてしまえばこんなものだと笑い飛ばし、頭から水をかぶって首を振った。
覚束ない足元のままロベックの街を出たイチルは、千鳥足でランドへと戻り、事務所の扉を豪快に開けた。
「うぃ~、オーナー様が帰ったぞ~。……なんだ、誰もいないのか。あん?」
よく室内を見渡せば、部屋の端でドーンと沈んだ空気を醸し出す者がいた。ランドに放置されたミアがいじけており、体育座りして膝の間に顔を埋めたまま、無言で佇んでいた。
「な~にをしてんだお前は。んなとこでサボってる暇があるなら、さっさと料理の一つでもだな、うん?」
床を一つバチンと叩き、ミアは顔を伏せたまま、黙ってテーブルの上を指さした。文句を言いながらテーブルの紙束を手に取ったイチルは、書かれたレシピと料理の概要図を読み解きながら、「俺が悪ぅございましたよ」と詫びた。
「フレアさんも……、ペトラちゃんも……、ウィルさんもロディアさんも帰ってこないし、留守番のはずのオーナーも家を空けたままだし、私、ずーっとこの寂しい部屋で待ってたんですからね。この寂しい誰もいない部屋で、ずーっと一人で!」
彼女は孤独に耐えられないタイプのようだった。
ご立腹なミアとイチルがしばし形容し難い時間を過ごしていると、徐に事務所の扉が開いた。
「うぃ~す、食材手に入れてきたぜ。見ろよ、このスージースジのスジ肉で作ったスジ塩。これ採るのスゲェ苦労したんだぜ!」
細かな食材集めに出ていたフレアとペトラがタイミングよく戻り、イチルはどうにか胸を撫で下ろした。しかし男の酒臭さに鼻を摘んだ子供二人は、細い目をして蔑むように言った。
「テメェ、働きもせず酒浸りかよ。マジで糞だな」
食材を目の前にドンと置いたフレアは、「本当、最低」と一言で全てを表現した。しかも部屋の隅で沈んだミアを見つけるや否や、ペトラと二人で駆け寄り、また酒浸り男に敵意を見せつけながら、当て付けのように言った。
「ミアさん、大丈夫ですか?! また犬男に酷いことをされたんですね!!?」
しかしイチルと同じく二人にも一抹の不満を隠していたミアは、いじけたように口を結んだままだった。
「ゴラァ犬男ぉ、テメェ、マジぶっ殺す。今度こそぶっ殺す!」
続いて戻ってきたのはロディアだった。
いつもの落ち着いた語り口は消え、全身擦り傷、切り傷で服もズタボロ。顔にも大小様々な傷があり、たらたらと血も流れていた。しかしそれよりも怒りが勝っており、つかつかとイチルに詰め寄ったロディアは、二日酔いの可哀想な男の長いケモミミを掴んで、「聞いてんのかこの犬!」と叫んだ。
「アガァッグァ、み、耳元で騒ぐな、頭が割れる、わ、割れる……」
「割れろ、割れて死んでしまえ、あの壺のように、あの壺のように!」
日頃物静かな人間を怒らせると恐いなとヒソヒソ話をする子供二人をよそに、阿鼻叫喚の説教地獄が続く中、まるでタイミングを合わせたように事務所の扉が開いた。
嗅いだことのない土臭さとも、甘いとも違う異臭を漂わせながら、三角錐の形をしたカニのような生き物が、扉の隙間から入ってきた。
「なんだよ、これ……、カニ?」
ペトラが指先でちょんとカニのような生物に触れた。するとカニは、「グォォ」と唸り、外袋を突き破ってウィルが飛び出してきた。
「帰還、我、《カニの神》となり、ここに帰還。長かった、苦しかった、しかし僕は決して諦めなかった。ビバカニ、ビバ甲殻類、ハーハハー!」
これまでにも増してますます壊れてしまった男の様子に、全員が不憫な人を見る目で頷いた。きっとカニの毒にやられたのだろうと遠い目をしたイチルは、未だ隣で怒り狂っているロディアの肩をポンと叩いた。
「話は終わってないぞ犬男。貴様のせいで、私は何度死にかけたことか!」
「ハハハ、我が妹よ。どうしてそんなに怒っているんだい。ほら、このキノコを食べて落ち着きたまえ、ハハハ!」
カオスと化した惨状に顔を引きつらせ、いよいよイライラの限界に達したフレアが「うるさい!」とテーブルを叩いて叫んだ。一瞬にして静かになった面々は、シュンと肩を落とし、ようやく各自持ち寄った食材をテーブルに並べた。
イチルは痛む眉間をグッと押さえながら、仕方なく書き出された具材一覧と、並んだ食材とを見比べた。一つ一つ全ての食材を確認し終えたところで、唯一残っている食材、青鱗亀の文字を指でなぞった――
「今回は俺もちぃとサボりすぎちまったし、今日のところはそれぞれ及第点ってことにしてあげようかね。さてでは皆さん、この一週間それなりに働いていただいたようでお疲れさん。残すところ、あの《ヨソモノくん》の材料ひとつとなりました。……が、タイムリミットは泣いても笑ってもあと少し。お望みでしたらどうでしょうか。奴の仕事っぷり、キミらも一緒に覗いてみないかい?」
イチルの言葉に、張り詰めるような緊張感が場に走った。
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